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<灯台紀行・旅日誌>と<花写真の撮影記録>

<灯台>と<花>の撮影記録

2022

06/22

Wed.

11:08:15

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 愛知編


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<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 愛知編 #5
野間埼灯台撮影4

二日目の朝は、<6:30 起床 8時朝食 8時30分出発>とメモにある。朝食の時間は、コロナ対策で、受付であらかじめ決めさせられていたわけで、そう、八時しかなかったのだ。撮影に出るにはやや遅い。したがって、朝食前に支度を全て済ませて、食べたらすぐに出られるようにしておいた。もっとも、野間埼灯台に関しては、山が邪魔して朝日は望めない、と駐車場のおばさんから聞いていたので、さほど早く出る必要もなかった。とはいえ、午前の明かりでの撮影は必須で、明日は移動日だから、今朝しかないのだ。のんびりはしていられない。

九時前に、野間埼灯台前の駐車場についた。小屋は閉まっていて、二トン車が一台駐車している。運転席に人影が見えたので、休憩しているのだと思った。車は、昨日とほぼ同じ場所に止めた。真正面に灯台が見える。装備を整え、歩き出した。途端に、横からガタガタの白い軽トラが来た。すぐ横で止まり、運転席側の窓から、おばさんが話しかけてきた。今日は小屋をあけないので受け取れない、と言って千円札を一枚渡してきた。昨夕、自分が先払いした分だ。

いちおう、遠慮したが、向うの意志が固いので、すぐに受け取って、ポケットにしまった。それから、五、六分、世間話をした。灯台の向こうの海には、小さな漁船が行ったり来たりしていた。親類の船だ、とおばさんが言った。なにが捕れるのですかと聞くと、タコが捕れると答えた。おばさんの服装は、作業着に変わっていた。明らかに、漁港か畑へ行って、仕事をする雰囲気だ。その後、ちょっと話が途絶えたのをきっかけに、今朝も、心からの挨拶を交わして別れた。<お気をつけて><ありがとうございました>、と。

快晴だった。文字通り雲一つない青空だ。灯台正面の広場に、人影はない。平日月曜日の、朝九時だ。してやったりと思った。人がいて、昨日は撮れなかった位置から、灯台の正面写真をゆっくり撮った。何とか一枚くらいは、モノになりそうだ。あとは、東西の浜を、端から端まで移動して、撮り歩きした。昨日みつけたポイントで立ち止まり、再度、構図を確認した。同じ絵面でも、明かりや空の様子が違うので、灯台が新鮮に感じられた。それに、画面に人影が入らない。観光客がいないからね。風もなく、暑くも寒くもない。良い天気だった。

午前の撮影が一通り終わった。時計を見たのだろう、十一時だった。九時から撮り始めたのだから、二時間たっている。あっという間だった。休憩方々、隣の漁港へ移動しよう。国道をホテルの方へ少し戻ったところに漁港への出入り口がある。昨日来るときに確認していた。それに、防波堤が見えるということは、あそこから、灯台も見えるわけだ。漁港だから防波堤灯台もある筈だ。

注釈 この漁港は<冨具崎漁港>という釣りの名所。国道は、247号線で、常滑街道ともいう。

国道を左折して、漁港に入っていくと、左手に広い駐車場があり、車がたくさん止まっていた。釣り人だろうなと思いながら、適当なところに駐車して、外に出た。<名古屋>とか<豊田>とか愛知県ナンバーが多い。防波堤に沿って、細長い芝生広場があり、さらに、その防波堤には、何か所か上にあがる階段がついている。要するに、この一角は、駐車場、芝生広場、防波堤とをひっくるめた公園なのだ。

防波堤の上にあがった。もろ、逆光の中、野間埼灯台が小さく見えた。望遠で狙ったが、空の色が飛んでしまう。写真的には、さほど期待できない。とはいえ、きらきら光っている海、彼方に大きな船も見える。いい景色だ。灯台が眺められる場所はすべて回る、という自分の撮影流儀に従って行動している。この位置取りから、灯台を見たということが重要なのだ。無駄足を、意味ある行為だと思いたかった。

少し行くと、防波堤は右直角に曲がっている。右下が係船岸壁で、小さな漁船が数珠なりだ。灯台に背を向けて、さらに行くと、小さな防波堤灯台らしきものが見えた。赤と白だ。ただし、何と言うか、機能的には灯台なのだろうが、フォルム的には、単なる円筒形の物体で、ロケットのような形だ。上の方に、太陽光蓄電池がついていて、頭のてっぺんが、ランプになっている。ま、いわば、安価な<灯台ロボット>だ。

それでも、夜の港では、ぴかぴかぴかぴか光って、漁船の安全を確保している。機能一点張りの物体だが、彼らとて、一応は灯台の範疇に入るのだろう。それに、ここまで歩いてきて、一枚も撮らないで帰るのもシャクだし、何よりも、彼らに失礼ではないか。一応は記念写真だ。望遠カメラをしっかり構えて、何枚か撮った。

そうだ、書き込むのを忘れたことが、二つある。一つは、若い女の子二人連れが、派手な肩掛けで寒さをしのぎながら、防波堤で釣りをしていたことだ。男の連れがいたとは思えなかったので、なんだかおもしろい感じがした。自分がガキの頃には、釣りと言えば男の子の遊びで、女の子は、怖がって、エサもつけられなかった。それが、半世紀以上たった今、<釣り女子>が普通の光景になった。

もう一つは、小太りの父子が、変な色のタコを釣り上げた瞬間にでっくわしたことだ。ぽっちゃりした顔の父親が、人に聞こえるような声で、<なんか変な色だな>と言っている。そばで、体形も服装も、ほぼ相似形の息子が、少し引いた感じで見ている。通りすがりに、ちらっと、防波堤にべったり張り付いている手のひら大のタコを見た。やや透明で黒い筋が入っている。形はタコだが、タコらしくない。父親が、いたずらっぽい目で見上げて、そのあと、ニヤッとした。童顔だった。こんな人懐っこい釣り人には、初めて出会ったような気がする。

野間埼灯台に再度戻ったのは、十二時すぎだった。メモに書いてある。正面、それから左右の砂浜を行き来して、側面の撮影ポイントで丹念に写真を撮った。同じ場所で、同じような写真を、何度も何度も撮っているが、やはり明かりと空の様子が違うからだろう、飽きはしなかった。だが、おのずと、撮影ポイントが絞られてきて、一回りする時間が短くなったような気がする。

おそらく、少し疲れたのだろう。一時半過ぎに、砂浜から上がって、駐車場の隣のカフェレストランに入ったようだ。夕方の撮影にはまだ時間があったし、コーヒータイムだな。それに、どんなところか、一度は入ってみたかった。入り口で、コーヒーだけでもいいですかと聞いた。大丈夫です、ということで中に入った。店内は、わりと広く、ゆったりしている。それに客もまばらだったので、ゆっくりできそうだ。壁に、アフリカの仮面などが飾ってあり、まずまずの雰囲気の店だった。

ホットコーヒーを頼んだ後で、アイスコーヒーにすればよかったと思った。季節的には十二月上旬だが、服装的には真冬仕様なので、少し暑くなり、のどが渇いたのだ。ま、いい。テーブルの下で靴を脱いだ。さすがに靴下まで脱ごうとは思わなかった。それほどには暑くない。窓際の席には、二組先客がいた。話し声はほとんど聞こえない。こちらは、通路を挟んだ、壁際の長いソファー席に一人で座っている。ぼうっとしていてもしようがないので、カメラのモニターを始めた。

そのうち、窓際の一組が出て行った。店内はさらに静かになった。ところが、その静寂も長続きしなかった。入れ替わるようにして、おばさん四人組が入ってきて、窓際の席に陣取った。自分からは、斜め前方になる。なんで、おばさん連中というのは話声が大きいのだろうか!それに、あることないこと、次から次へと話題が尽きない。店内に、いわば、おばさんたちの話し声が響き渡っている。しばらくは我慢して、カメラのモニターを続けていた。だが、もうコーヒーも飲んでしまったことだし、限界だ。席を立った。ま、それでも、二十分くらいは店に居たようだ。

その後は、車に戻り、後ろの仮眠スペースに滑り込んで、少し横になっていた。車の中は、窓を閉め切った状態でも、さほど暑くなかった。そのうち、隣に黒っぽい車が入ってきた。ドアの開け閉めの音や人の話し声がうるさい。起き上がった。そのあと、お菓子を少し食べたような気がする。そして、再度時計を見たのだろう、<2:00~昼寝 2時30分 撮影>とメモにある。三十分ほどは車の中に居たことになる。

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2022

04/18

Mon.

09:56:05

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 愛知編

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<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 愛知編#4
野間埼灯台撮影3~宿

灯台広場は、依然として観光客でごった返していた。とはいえ、何十人いようが、関係ない。日没前後になれば、みなシルエットになってしまうのだ。広場の敷地をまたいで西側の浜へ踏みこんだ。波打ち際には下りないで、道路との境、幅の狭い、腰高のコンクリ塀のそばに立った。ま、これは、防潮堤の一種と考えてもよろしい。この位置取りは、灯台を斜め後ろから見ているわけで、画面の左側には、<絆の鐘>とか椰子の木などが見える。しかも、灯台は水平線と垂直していない。言ってみれば、構図的には、難がありすぎるが、灯台と夕日を絡めようとするならば、致し方のない、ベストポジションなのだ。

太陽は、水平線に徐々に近づきつつある。だが、いまだ光が強すぎて、画像的には白飛びしてしまい、その円形の姿は捉えられない。水平線ぎりぎりになって、はじめて、線香花火の火の玉のような夕日が、画像に定着できるのだ。要するに、まだ少し時間がある。ほかに、もっといい場所はないのかと思い、砂浜を、切り立った岩場の方へ移動した。

岩場の前まで来た時に、その陰から、黒っぽいコートを着た三十代くらいの青年が現れた。大きめの黒いカメラバッグを肩にかけ、その手には、一眼レフが握られていた。あきらかに、灯台と夕日を撮りに来たアマチュアカメラマンだ。すれ違いざま、ちらっと顔を見たが、向こうは目を合わせない。思い切って、話しかけた。<夕陽が撮れる場所はどのへんでしょうか>と。というのも、この期に及んで、砂浜を歩き回って、灯台に夕日が絡む、そのベストポジションを探し出すのは、自分だけでは、ほぼ不可能だと思ったからだ。

色白で、髭が濃い、おとなしい、どちらかと言えば、オタクっぽい青年は、すぐに話に乗ってきてくれた。尊大な感じはみじんもなく、言葉も丁寧だ。二、三分か、五、六分か、立ち話した。だが、その間にも、太陽は、刻一刻と、水平線に近づいている。実のところ、お互い、気が気ではない。そのうち<向う側の浜を見てくるので、いいところがあったら、伝えにきます>と言って、去って行った。

これで、少しの間、バタバタせずに、今いる西側の浜で、ゆっくり写真が撮れる。再度、午前中に目星をつけておいた撮影ポイントを回って、写真を撮った。むろん、構図はほぼ同じだが、明かりの具合が全然違うので、撮っても無駄、意味がないとは思わなかった。ただ、切り立った岩場の上、つまり、廃業したリゾート施設に行こうとは思わなかった。景観的には、水平線が見える分、多少いいが、うす暗くなっていたし、時間的にも無理だろう。それに何よりも、またサル山の猿にはなりたくなかった。

そうこうしているうちに、髭の濃い彼が、黒いコートの前をなびかせて、こっちに向かってきた。戻ってこないんじゃないかな、と頭の隅でひそかに思ったことを少し恥じた。やはり、律儀で、誠実な、いい奴なのだ。彼の報告によれば、向こう側の、道路際の防潮堤の上がいいらしい。カメラのモニターを見せてくれた。なるほど、画面の右端に灯台、左端に夕日が写っている。といっても、夕日は白飛びして、中心が白色の黄色っぽい大きな同心円になっていた。

この時も、二、三分か、四、五分話して、別れた。彼は、灯台の根本の岩場の方へ行き、見上げながら、写真を撮っていた。一方自分は、東側の砂浜と道路との境になっている、幅の狭い防潮堤の上を歩いて、彼の話していた場所で止まり、カメラを構えた。しかし、残念なことに、夕日は、最大限の広角にしても、画面にはおさまらなかった。おそらく、彼のカメラは、自分より広角なのだろう。とはいえ、灯台と夕日が、画面におさまる位置取りの限界はわかったわけで、その後は、そこから、灯台付近までの数メートルの範囲で、ベストポジションを探しながら、時間も、暑さ寒さも忘れて撮りまくった。

そして、まさに、太陽が、燃え尽きて、水平線にかかる刹那、西側の浜に戻って、広場の椰子の木や<絆の鐘>を写し込んだ、自分だけのベストポジションで、最後の時を楽しんだ。

夕日は、いつも思うのだが、水平線にかかると、あっという間に沈んでしまう。その間、どのくらいの時間なのだろうか?計ったことはないし、計ろうとも思わないが、とにかく、短いことだけは確かだ。そうそう、案の定、この日没の瞬間には、文字通り広場は人間でごった返していたようだ。しかし、画像には、黒いシルエットが、端に少し映り込んでいただけだ。自然の美しさに感動する、人間の謙虚な姿、と思えないこともない。

落日。急に辺りがしらけた感じになる。とはいえ、これからの数十分が<ブルーアワー>だ。陽が落ちた後も、広場や灯台周辺の人影が消えないのは、劇的な落日とは好対照の、かそけなく美しい夕空を見たいからなのだろうか。今一度、いや、今三度くらいかな、七色に染まる夕景を撮るために、波打ち際の方へ行った。言わば、今日一日の、最後の最後の仕事だ。そう、なぜか、水平線の近くがオレンジ色で、上にあがるにしたがって、徐々に淡い水色に変わっていく。これまで、気づきもしなかった、静かな美しさだ。その真ん中に、灯台が立っていた。

引き上げる前に、反対側の浜に行った。撮影場所を教えてくれた律儀な青年に、一言、声をかけたかった。彼は、狭い防潮堤の上で、写真を撮っていた。またしても、二、三分、いや、五六分、立ち話をした。ニコンのD750という本格的な一眼レフカメラを持っていたので、なにか、SNSでもやっているのか、と聞くと、以前はやっていたが、最近はほとんどアップしていないとのこと。

カメラ一台で給料が吹っ飛ぶ、とも言っていたので、独身のサラリーマンなのだろう。昨日はセントリアで撮っていて、今日は、夕日を年賀状に載せるために撮りに来たとも言っていた。<セントリア>?と聞き返した。中部国際空港のことらしい。なるほど、昨日は土曜日、飛行機で来たんだ。<ありがとうね>とちょっと手をあげて別れた。いい青年だった。

駐車場へ戻った。小屋の明かりがついていたので、ちょっと寄って、おばさんと話した。明日も早朝から来るので、駐車代¥1000を先払いしておきたかったのだ。マスクをしていたから、たしかなことは言えないけど、小柄だが、しっかりした顔立ちの美人だった。年は、六十前後で、おそらく漁師の女将さんなのだろう。だが、話しぶりが知的だった。そういえば、昼間、小屋に居た爺さんも、話し方が穏やかでちゃんとしていた。

愛知県知多半島、名古屋弁は関係ないのだろうか、言葉の抑揚、アクセントなどにも、まったく違和感がなかった。おばさんと、心からの挨拶を交わして、小屋を後にした。<お気をつけて><ありがとうございました>。辺りはほぼ暗くなっていた。疲労感はなく、心がやや軽い感じだった。さあ、引き上げだ。

宿にはすぐについた。灯台から四、五キロのところにあるので、ものの十分とかからなかった。国道からはそれて、海の方へ細い道をうねうね行くのだが、曲がり角ごとに、案内板がある。ナビに従わなくても、間違えることはなかった。

半官半民のような組織が全国的に持っている宿泊施設の一つで、建物はしっかりしている。手入れもよく、きれいだった。一泊二食付きで¥12000だから、食事はさほど豪華なものではないが、特筆すべきは、温泉が広くて、きれいで、しかも、ほぼ貸し切り状態だったので、非常に良かった。

コロナ対策も万全で、バリアフリーも完備。従業員は、ほとんどが六十代以下の女性で、顔立ちのしっかりした都会的な人が多かった。応対も、それなりに丁寧で問題はない。それどころか、翌朝の、朝食終わりで、コーヒーを飲みながら、窓の外の海を眺めていたら、若い、しかも美人の従業員が<今日はいい天気ですね>と、声をかけてきた。その後、二、三分、言葉を交わした。こんなことは、これまで七回の灯台旅で初めてだ。広い食堂で、五、六組、食事をしていたが、一人で食べていたのは、自分一人だった。後姿に、ジジイの悲哀が漂っていたのかもしれない。

部屋はベッドが二つ並んでいるツインで、設備、調度品もみなきれいで、新しい。食堂で夕食を済ませたあとは、ちょこっとメモ書きして、おそらく、すぐに寝てしまったようだ。何しろ、今日は、朝の三時半に起きて、400キロの道のりを六時間半運転して、その後も手を抜くことなく、陽が沈んだ後までみっちり写真撮影だ。ま、それでも、初回の、犬吠埼旅のような、身も蓋もない疲労感はなく、元気だ。撮影旅に慣れてきたのだろう。

そうそう、もう一つ、書き記しておこう。それは、例の<地域クーポン券>のことで、ここでは、二泊分でなんと¥4000!ゲットした。のみならず、なぜか、宿の売店だけで使える¥1000券もくれた。正規で泊まれば、二泊で¥24000だが<Goto割り>もあり、クーポン¥5000分を差し引くと、実質一泊¥7500くらいで泊まれたことになる。廃墟のような安ホテルでも素泊まり一泊¥5000取る今日日、これは安いだろ。しかも、お食事つきですからね!

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2022

04/04

Mon.

10:55:38

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 愛知編

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<灯台紀行・旅日誌>2020 愛知編#3 野間埼灯台撮影2

小高い岩場での、至福の時間が終わった。灯台に向かって歩き始めた。今度は、波打ち際ではなく、砂浜の奥の方、つまり、高さ五、六メートルほどの切り立った防潮堤?のそばまで行った。ちなみに、この防潮堤の外側が道路になっている。往路とは違った角度で、灯台を見てみたかったのだが、案の定、灯台の垂直が確保できない。灯台を斜め後ろから見ていることになるので、灯台の先にある岩場との平行関係も崩れてしまう。灯台の垂直を無理に確保すれば、むろん、天地の水平が確保できない。無理して撮る必要のないアングルなのだ。

ま、でも、一応確認しておく必要がある。何しろ、基本は?灯台の周りを、できうる限り回って、その中からベストポジションを見つけることなのだ。見なくてわかることでも、しっかり見ておけば、あとで後悔することもない。

砂浜をぶらぶら撮り歩きしながら、灯台の真下にまで来た。正面に、コンクリ階段が、五、六段あり、その上が広場だ。たしか、この時だと思う。若造がドローンを飛ばしている。広場の上空を飛び回っている。なんでこんなところで飛ばしているんだ、とちょっと眉をひそめて、若造の顔を見たような気がする。だがすぐに気分を変えて、性懲りもなく、灯台正面から何枚か撮った。まるっきりの逆光で、眩しくて、灯台がよく見えなかった。

さらに今度は西側?の砂浜に下りた。こっちは、半逆光。灯台の右側の縁が、少し光っている。明かり的には、イマイチだ。ただし、先ほどの東側?の砂浜と同じで、灯台の垂直も、水平線の水平も確保されている。カメラの性能がアップしたのと、補正の腕が多少上がったのとで、半逆光、いや、逆光の写真でも、構図さえしっかりしていれば、最近はモノにできるようになっていた。しっかり構図を決めて慎重にシャッターを押した。

西側の砂浜は、東側に比べて、極端に狭い。すぐに断崖で遮られてしまう。もっとも、断崖沿いに、岩場を伝い、さらに行くこともできるが、灯台が見切れてしまう。それに、波しぶきをかぶった岩場は濡れていて、なんだか危なっかしいぞ。写真を撮りながら、引き返した。

あと残るのは、海側からの灯台だ。灯台の前は、うまい具合に岩場になっているので、灯台を背景に自撮りができる。観光客がひっきりなしだ。しかし、岩場といっても、それほど海に突き出ているわけでもない。灯台全体を画面に入れるとするならば、かなりの広角撮影になる。それに、背景がよくない。至近距離に特徴のない山がせまっているし、巨大な灯台の胴体には、窓一つなく、のっぺり感がきつい。要するに、野間埼灯台は、正面も背面も、写真にはならない。となれば、左右、というか東西からの側面からの写真で勝負するしかないだろう。

ふと思って、岩場からは早々に引き上げ、砂浜を横切り、上の道路に出た。ガードレールはあるものの、歩道としては狭すぎる。ま、いい。狙いは、少し先にある、道路沿いの施設だ。廃業しているようで無人。その施設に歩道から登りあがった。年甲斐もなく、なぜそんなことを!要するに、一段と高くなった、海を見渡せるその施設の敷地、いや、断崖の縁から灯台を撮ろうというわけだ。

何と記述すればいいのだろう。海を臨んで、こ洒落たバンガローのような建物が、間隔を置いて、幾棟も並んでいる。その一坪ほどの建物の前には、日光浴用の木製の長いすがあり、大きなパラソルが差してある。要するに、日帰りのリゾート施設だろうな。だが、設備もまだそう古くのないのに、廃業だ。素人考えだが、この場所に、セレブっぽいリゾート客を呼び込むのは、無理なのではないか。ここは、知多半島の先端、最果て感はないものの、ややさびれた観光地といった雰囲気なのだ。

話しを戻そう。その、海に突き出た、断崖上のリゾート施設の縁に陣取って、灯台を撮った。もっとも、先ほど、この真下で写真を撮っているので、構図的には、ほぼ変わらない。とはいえ、高い分、水平線がよく見える。景観的にはこちらの方がよろしい。それに、下界を?見下ろす感じなので、気分はいい。カメラをしっかり構えて、ここでも慎重にシャッターを押した。そのあとは少しの間、断崖の縁に腰かけて、ぼうっとしていた。朝っぱらから動き回っていて、少し疲れたのかもしれない。灯台の背後の海が、きらきら光っていた。ふと、いま、大地震が来たら、と思った。この場所は瞬時に崩落するだろう。うしろ手に囲い石をつかみながら、下をこわごわ見た。そうだ、高い所は苦手だったんだ。

この高みの見物も、自分がサル山の猿のような気がしてきて、じきに興ざめしてしまった。夕景の撮影までには、まだ時間があった。車に戻って、バナナでも食べよう。腹は空いていなかったが、栄養補給だ。もっとも、今日の宿は食事つきだ。なんとなく、気が楽だった。駐車場に戻り、トイレで用を足した。出てくると、係のおばさんに声をかけられた。<コーヒーでも飲んでいかない、インスタントだけど>。

係のおばさんと思っていた女性は、この有料駐車場を取り仕切っている、ま、いわば所有者だった。売店らしき雑然とした小屋に入っていくと、カウンターらしきものがあり、おばさんがコーヒーを作ってくれた。砂糖とミルクは自分で、その辺にあった瓶から入れた。どこから来たの、とか雑談していると、小柄な爺が入ってきて、おばさんにコーヒーを作らせている。旦那なのか、身内なのか、定かではない。が、おばさんとはかなり気安い間柄なのが話しぶりでわかる。物静かな漁師といった雰囲気を漂わせていた。そして、しばし、三人で<川越>とか<翔んで埼玉>などの話をして盛り上がっていた。

と、そこに、さっきのドローンの若造がやってきて、目の前の台に、ドローンを置いて、おばさんと気安く話し出した。知り合いなのか?黙って聞いていると、何やら、先生とか言っている。え、と思って、腰パンっぽいジャージーにパーカの若造をちょっと見た。どうやら、何回もここにきて、ドローンを飛ばしているらしい。今日の朝は、カワウの群れを撮ったとか話している。

自分としては、めずらしく気分がよかったのだろう。若造にドローンのことを少し聞いた。その時、マスクの上の目を見た。やや知的な感じがした。おばさんが言うには、歯医者さんらしい。しかし、その後の話ぶりや内容が、どうもうさん臭さかった。今使っているのはと、台の上に載せたドローンをいじりながら、16万のドローンで、8万も出せば、性能のいいものが買える。自分の知り合いも、カメラからドローンに転向した。操作方法は簡単で一日でマスターできる。自分が教えた。広告収入が30万ほどあり、それがこれだ。とスマホを見せてくれた。

なるほど、ユーチューブに、かなりたくさんの作品をアップしているようだ。内容的には、いろいろで、うける感じのものを狙っている。アカウント名を聞いた。<LL>とか言ったが、言葉を濁した。見ればわかるとか言っている。話しぶりが、やや尊大で、これ以上話していると嫌な気持ちになりそうなので、おばさんに、ごちそうさまと言って、小屋を出た。歯医者か!話しかけたのが間違いだった。

車に戻った。バックドアーを開け、車体に腰かけ、持参したバナナを一本食べた。おそらく給水もしたと思う。それから、夕景撮影のことを少し考えた。おばさんが言うには、<絆の鐘>の右横あたりに陽は沈むらしい。となれば、撮影ポイントは、広場に隣接する西側の砂浜で、しかも、道路に近い所だろう。時計を見たに違いない、三時半を回っていた。陽は大きく傾き、地上の事物がかなり赤っぽくなっていた。日没は四時半だ。さあ行くか、靴の紐をしめなおした。

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2022

02/14

Mon.

10:10:01

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 愛知編

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<灯台紀行・旅日誌>2020 愛知編#2 野間埼灯台撮影1

野間埼灯台は、国道沿いの海岸に立っていた。その対面、道路左側に有料駐車場があり、車を入れた。すぐに係のおばさんが寄ってきた。出たり入ったりするつもりだったので、一日分¥1000を払った。隣にもレストランの駐車場があった。むろん利用者専用だろうから、むやみに止めることはできない。もっとも、この有料駐車場は、灯台のほぼ真ん前にあり、道路を渡れば、海側にせり出した広場へとすぐに行ける。位置的には、ベストと言っていい。

装備を整え、といっても、カメラ二台を、それぞれ斜め掛けと肩掛けしただけだが、気分的には撮影モードに入った。真っ白な灯台の胴体が、すでに目の前に見えていて、写真を撮れる位置取りになっている。だが、余計なものがありすぎる。まずは電線だ。それに、道路と横断歩道、さらには、広場に立っている大きな椰子の木やベンチなどで、どう見ても、灯台写真が撮れるような状況ではない。

道路を渡って、海にせり出した広場へ足を踏み入れた。言うまでもなく、この広場は、灯台を眺めるための場所だが、たいして広くもないのに、いろいろな物体がひしめいている。大きな椰子の木が三、四本あり、ベンチも五、六脚ある。右の方には<絆の鐘>があり、南京錠を取り付けるモニュメントもある。さらには、立派な石の記念碑などもあり、まさに、所狭しといった塩梅なのに、観光客が、あとからあとから押し寄せてくる。変な話、物だけでなく人間も<蜜>な状態になっている。

ま、それでも、この正面ロケーションの中で、ベストポジションを探しながら、狭い広場をうろうろしていた。歩道沿いのベンチが一番いいだろうなと思ったが、カップルがどっかと座っていて、なかなかどかない。仕方ないので、その後ろで、一応、カメラを構えてみた。だが、普通の記念写真にすらならない。大きな椰子の木に挟まれた灯台、その左右には、<絆の鐘>だの、石の記念碑だの、ベンチに座っている人間だので、まったく絵になりまへん!

まあいい、まあいい。ここで写真を撮ろうとしたのが間違いだ。と思い直して、今一度道路を渡り、道の向こう側から、カップルの座っているベンチを手前に入れて、何枚か、適当にシャッターを押した。どんな絵面にしろ、記念写真くらいは撮っておきたいと思ったからだ。意味のないことだとわかってはいるが、このままやり過ごせば、あとになって、何か忘れ物をしたような気がするに決まっている。

広場の横から、砂浜に下りた。灯台の全体が見えた。下の方が、なぜかステン?の柵でぐるっと囲まれている。灯台に直接触れられないようになっている。景観的にはよろしくない。あの時にはそれがやや不満だった。が、いま思えば、灯台を不埒な連中から防御しているわけで、灯台に落書きされるよりはましかもしれない。ところが、いまネットで調べると、この柵に南京錠をつける恋愛ジンクスが広まり、なんと、その重みで柵が倒壊したことがあるそうな。世の中、何が起きるかわかったもんじゃない。

この教訓を生かしたのだろうか、その後、南京錠をつけるモニュメントができたので、今現在は、柵に南京錠はついていない。もっとも、注意書きがあったような気がする。柵に南京錠をつけてもすぐに撤去する、と。これは、効果てきめんだろう。恋愛成就を願ってつけた鍵が、そのうち切り取られてしまうのなら、いくらなんでも、そこに鍵をつけることはしないだろう。ましてや、正規?に鍵をぶら下げておくモニュメントがあるのだから。

しっかし、おじさんの感想を述べさせてもらうのなら、南京錠で結びつけておく男女の仲や、家族や友人の絆とは、いったいどういったものなのだろう。本当は、結び付けておくことができない、と思っているからこそ、南京錠という手段に出るのではないか。だとするならば、海風に晒され、風化していく南京錠たちは、人間のはかない希望を形象化しているオブジェと見ることもできそうだ。

深く考えもしないで、ちょっとした洒落のつもりで、南京錠を柵に取り付け、その後、何年かして、錆びついた南京錠を目の当たりにしたとき、人間は、何を思うのか。ましてや、恋愛が成就されず、家族や友人の絆がほどけてしまったのなら、これはもう、まともに見ることすらできないだろう。そんな悲しみを直感する想像力を、灯台のそばに座って、波音に耳を傾けながら、取り戻してほしいと思うばかりだ。

ところで、唐突だが、灯台の正面とは、やはり、扉のある方なのだろうか。扉は、ほとんどの場合、陸地側にある。当たり前だ。人が出入りするわけで、陸地側にある方が合理的だ。だが、いつも思うことなのだが、灯台の機能面から考えると、海側が正面なのではないか。光を海に投げかけているのだからね。となれば、扉は、玄関口というよりは勝手口になるわけだ。

なんでこんなことを言い出したのか?というのも、野間埼灯台は扉のある方、つまり勝手口の方が、景観的には優れているからだ。つまり、正面であるはずの海側の胴体には窓もなく、のっぺりした感じなのに、背面であるはずの陸側の胴体には、ちゃんと窓がついていて、明らかに見栄えがいい。玄関口が勝手口よりも立派なのは常識だろう。したがって、こと、野間埼灯台に限って言えば、扉のある方、いわば勝手口が玄関口になっているようなのだ。

広場から砂浜に下りて、灯台を横から俯瞰する位置に立つと、そのことがよくわかった。つまり、側面ゆえに、灯台の窓はほとんど見えなくなってしまうわけで、胴体ののっぺり感が際立ってしまう。だが幸いなことに、この位置取りは、砂浜や海や空などのロケーションが素晴らしいのと、下の方が柵に囲まれているものの、灯台の全体像が俯瞰できるので、その立ち姿、というか、美しい構造が、のっぺり感を相殺してくれる。ま、それにしても、側面に、窓がひとつでもあれば、とないものねだりをしながら、撮り歩きを始めた。

波打ち際を五、六歩進んでは振り向き、灯台を主役にした構図を瞬時に見つけてシャッターを押した。砂浜に打ち寄せる波や、広場に聳え立つ椰子の木なども、画面に取り込もうとした。そのうち、岩場が露出してくる。波しぶきを受けている岩場には近寄らないで、渇いている岩場に登って、標準、望遠、二台のカメラでかわるがわる、少し遠目だが、真白な灯台を撮りまくった。もう、胴体ののっぺり感などは、ほとんど気にならなかった。ただし、観光客が、次から次へと来るので、画面に、人影が写り込んでしまう。これは致し方ない。十二月だというのに、さほど寒くもない、素晴らしい天気の日曜日なのだ。

灯台の垂直や、水平線の傾きなども、さして気にならなかった。というのも、野間埼灯台は、岬の先端でもなく、さりとて、海に突き出た岩場でもなく、そのずっと手前の、極端に言えば、砂浜に立っているような感じなのだ。したがって、自分の立っている波打ち際と、ほぼ平行関係にあるわけで、灯台の垂直はあらかじめ担保されている。それと、水平線は岩場に隠れてしまい、少ししか見えない。こちらも、多少の傾きは気にならない。

問題は、右端にある、少し高台になっている広場の椰子の木やモニュメント、ベンチ、その他もろもろだ。できれば、灯台写真は、海と空と灯台だけで完結したい。だがそうもいくまい。苦肉の策として、一番大きな椰子の木を、画面の右端に取り込むことで、構図全体のバランスを取った。ただし、広場の土留めコンクリが少し入ってしまう。なんとなく釈然としない。それに、海側にせり出してくる、背景の山が、なんか変なのだ。灯台の垂直や水平線とは<ねじれ>?の関係にあるようで、画面に取り入れるとあきらかに不自然だ。結局、背景の山と、広場の大部分は、画面から立ち退いてもらうことにした。

さらに、岩場と砂場が混在する砂浜を行けるところまで行った。これ以上行くと、灯台が見切れてしまうその場所に、少し小高い岩場があった。迷うことなく、よじり登った。みると、今歩いてきた海岸全体が見渡せる。灯台はさらに遠目になったが、ここは望遠カメラの出番だ。灯台を画面のほぼ真ん中に位置して、まさに、灯台そのものを撮った。だが、手前に観光客がいる。砂浜で子供が遊んでいて、親たちが座りこんでいる。それに、灯台の前を横切って、岩場の先端に行こうとする観光客があとを絶たない。

望遠400ミリの精度の高いレンズだ。表情までが、手に取るように見える。だがいまは、そんなことを面白がっている場合じゃない。人間が点景なら、風景写真的には、さほど気にならない。いや、致命傷にはならないだろう。しかし、表情までもがはっきり見えていたら、これはもう写真以前の問題だ。つまり、肖像権の問題で、ぼかすとか何らかの処理をしなければ、たとえアマチュアでも、発表することはできないだろう。と、ここでふと思った。SNSなどに写真をアップすることが、写真行為の必須条件になっている。

撮った写真を、自分一人で眺めるだけでは、もはや満足できない。そもそも、写真を撮ること自体に、撮った写真を人に見てもらいたい、見せたいという欲求が内在している。大袈裟に言えば、いわば、自分を世界に開示したいのだ。とはいえ、だから、どうだというのだ。頭の片隅で、人間がこれほど大きく映り込んでいては、補正で消すこともできないなと思った。それでも、真っ青な冬空を背景に、一分の揺らぎもなく垂直する、真白な灯台を撮り続けていた。モノになるか、ならないか、そんなことはこの際、どうでもいいような気がした。

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2022

01/21

Fri.

11:51:39

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 愛知編

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愛知県知多半島 野間埼灯台 2020-12-6 11:34

<灯台紀行・旅日誌>2020 愛知編#1プロローグ~往路

時間を戻そう。今は、2020年12月4日、金曜日だ。おそらく、十日間天気予報を見たのだろう。というのも、14日の月曜日は伊良湖ビューホテル、15日16日17日は、三重県鳥羽磯部付近のビジネスホテルをすでに予約してあったからだ。前回の<福島・茨城旅>の旅日誌をやっと書き上げた直後で、次回七回目の<灯台巡り>を、愛知県渥美半島の伊良湖岬灯台、三重県紀伊半島の安乗埼灯台、大王埼灯台などに照準していたのだ。

四泊五日の旅日程も、ほぼ頭の中で確定、あとは、出発までの時間で<福島・茨城旅>の撮影画像の補正を終わらせるつもりだった。ところが、この夜、晴れマークがついていた14日の天気が怪しくなってきた。せっかく<伊良湖ビューホテル>の予約が取れていたのに、しかたない、キャンセルだ。むろん、その後の鳥羽のビジネスホテルもキャンセルし、旅の日程を再考した。

十二月の前半から全国的に晴れが続いていた。<灯台巡り>をするには絶好の日和だ。だが、自分に課した、旅日誌の執筆と撮影画像の補正を終わらせなければ、旅には出られない。と、思い込んでいる。しかし、今回は、自分で決めた約束を破った。6日7日8日9日と、愛知県には四日連続で晴れマークがついている。この日程をやり過ごしたら、十二月の灯台旅は流れてしまうかもしれない。

おおよそ、十二月の中盤までは、寒さもそう厳しくない。だが、後半、クリスマス前後には、毎年寒波がやってきて、寒い思いをしている。したがって、中盤がだめなら、前半に行くしかないだろう。それに晴れマークもついている。四日の金曜日の夜も更けて、日付が五日に変わっていたと思う。つまり、六日から宿泊するのなら、前日予約になってしまう。いまから、ホテルは予約できるのか?

<楽天トラベル>でさっそく調べ出した。調べているうちに、気持ちが変わって、予定を変更した。つまり、フェリーで三重県側には行かないで、巡る灯台は、愛知県の野間埼灯台と伊良湖岬灯台だけにした。初日に一気に知多半島へ移動し、その先端に位置する野間埼灯台へ行く。そこで二泊して、そのあと、戻る感じでぐるっと回り込み、渥美半島の伊良湖岬灯台へ移動する。突然の予定変更の理由には、いまだ確実な下準備ができていない三重県側の灯台たちを、この期に及んで、調べなおすのが億劫になった、ということもある。

伊良湖岬灯台と野間埼灯台は、それぞれ、愛知県の渥美半島と知多半島の先端にあり、普通なら、セットにして巡るべきだろう。ところが、移動が大変なのだ。距離にして150キロ、時間にして三時間半もかかる。少し前までは、半島間にフェリーがあったのが、今は廃止されている。そうした理由で、伊良湖岬から出ているフェリーで三重県側にわたり、渡航時間は小一時間ほどらしい、紀伊半島の南西部の灯台たちを見て回ろうという気になったわけだ。その方が効率的だと思ったような気がする。

灯台巡り、とくに灯台写真を撮るには、下調べが大切だと思い知らされている。事前に、撮影の位置取りを、ほぼ確実に頭に入れておいても、現場では右往左往することが多い。下調べもせず、手ぶらで行くのは愚の骨頂だろう。一応、伊良湖岬灯台の下調べは終わっている。それに、新たな照準とした、野間埼灯台もネットで検索する限り、さして難しいロケーションではない。それに、今回は、一つの灯台に二日かけることにしたので、極端に綿密な下調べは必要ないのだ。

野間埼灯台も、伊良湖岬灯台と同様、夕日がきれいな所らしい。これまでの経験から、灯台に夕日や朝日を絡めて撮るには、とにもかくにも、灯台に近い宿に泊まるのがよろしい。ま、近いといっても、四、五キロ離れていても問題はない。というわけで、該当する宿を探し、日程に合わせる作業を、夜中の三時頃までやった。

頑張った、というか、夢中になっていた。その甲斐あって?まあまあ、満足のいく結果を得られた。すなわち、野間埼付近の、食事つきの旅館を二泊、伊良湖岬のすぐ近くのビジネスホテルを二泊、予約した。前者の食事つきは、これまでの慣例に反するが、一泊二食付きで12000円、その上<Goto割り>で安くなるので問題ない。とにもかくにも、灯台に近い宿がいいのだ。

旅の前日、五日の土曜日の朝は、前の晩、夜更かしたにもかかわらず、眠気はなかったと思う。それよりも、旅の準備を頭の中で、ざっと思い浮かべ、直ちに実行していった。慣れたもので、車への荷物の積み込みなど、午後の二時前にはすべて完了していた。ゆっくりくつろいで、早めの夕食、夜の八時すぎには寝ていたと思う。もっとも、いつものように、夜間トイレで一、二時間おきに起きている。だが、興奮して眠れないということはなかった。

出発の日、六日の日曜日は、午前三時半に、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。頭も覚めていて、ためらうことなく起床、ゆっくりと自分のペースで出発の準備をした。お茶づけなどを食べ、便意を催促したが、いつもの排便時間よりは、そうとう早い。うんこは出なかった。玄関ドアを出る前に、お決まりのように、虚空のニャンコに向かって、行ってくるよ、と声をかけた。一瞬、もうこの家に帰ってこられないかもしれない、という不安を感じた。いや、ちょっと、思ってみただけだ。

午前五時出発。まだ真っ暗だった。最寄りの圏央道のインターから入り、六時には、厚木に到達していた。青梅からの断続的なトンネル走行は、トンネル内が外より明るいので、むしろ外よりも走りやすかった。そのあと、東名、第二東名と乗り継いだ。たしか御殿場あたりだっただろうか、富士山が右手に見えた。それも、なんというか薄赤紫色の幻想的な富士だった。

左側の稜線がものすごく急で、北斎の<赤富士>を想起した。頭に少し冠雪している程度で、赤土色の斜面に朝日があたっている。その周辺に、雲なのか靄なのか、白いもやもやしたものが漂っている。幽玄を感じた。北斎の<凱風快晴>の稜線は、やや誇張しているなと思っていたが、まさに、その通りの、切り立った稜線が、目の前に見える。というか、横に見える。第二東名を走っているわけで、現地点はほぼ山の中だ。北斎がこの位置から富士を見たとも思えないが、この近辺だったことに間違いないだろう。

北斎は、どこで朝日のあたる富士を見たのだろうか。数百年の間<赤富士>を超える富士は出現していない。そして、今後も出てこないだろう、とひそかに思った。

・・・理由はない。単なるミスだ。ナビに従って、高速から降りてしまった。古いナビだから、第二東名が貫通していることを知らないのだ。<第二東名 豊田方面>の標識がちらっと見えたが、後の祭りだった。ま、いい。高速走行にも飽きていた。気分転換に一般道を走るのもいいだろう。というわけで、次の高速入口までたらたら走って、また高速に乗った。その後は、伊勢湾岸道路に乗り、一気に、知多半島を南下した。野間埼灯台に着いたのは、午前十一時半頃だったと思う。およそ400キロ、六時間半かかった。だが、さほど疲れてもいなかった。


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2022

01/08

Sat.

09:39:53

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

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2020-11-10 6:26 茨城県日立市 日立灯台

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#15
日立灯台撮影4

真っ暗な中、車に乗り込んだ。灯台はすぐ近くだが、一応ナビをセットした。道順は頭に入っていないのだ。それから、日の出前、すごく冷えていたので、ウォーマーをはいて、上はダウンパーカを着た。これで、防寒対策はばっちりだ。ついでに、ネックウォーマーもしたような気がする。

公園の駐車場には、時間制限があり、たしか、チェーンが外れているのは八時から六時ころまでだったと思う。昨日確かめておいた。ということは、今の時間、横の道に路駐するしかない。早朝だから、大丈夫だろう。あっという間に、公園についた。まだ暗かった。周りは住宅街だ。そろそろと駐車して、音を立てないようにして外に出た。公園の中に入って、太陽の位置を確認した。目の前の海から昇ってくる感じだ。ところが、水平線に、雲がかかっていて、朝日を隠している。残念!海から昇る朝日は拝めない。

ま、それでも、水平線付近は、少し朱色に染まり始めた。何と言うか、朝日を隠している雲は、横にたなびいているわけで、もう少し時間がたてば、その雲の上に朝日が出てくるだろうと思った。たしか、軽いカメラを三脚に装着して、望遠の方は右肩から斜め掛けしていたように思う。カメラバックを背負わない、今回の旅で味をしめたスタイルだ。

朝夕の撮影に、三脚は必須だが、露出設定などは、全く頭から飛んでいた。したがって、ピンボケだけは防止できるかもしれないが、それ以上の写真は期待できないだろう。なので、ろくにモニターもしなかった。もっとも、三脚に装着したカメラの、しかも、暗い時のモニターは手間がかかり、面倒なのだ。しかし今思えば、面倒とか、そういうことを言っている場合ではなかった。日立灯台の早朝撮影は、おそらく、これが最初で最後になるだろうと予感していたのだから。

三脚を担いで、公園内をうろうろ、撮り歩いているうちに、待望の朝日が顔を見せてくれた。まだ、半分くらい、たなびく雲に隠れている。だが、それでも十分に朱色だ。いや、みかん色、と言った方がいいかもしれない。どこか温かみがある色合いなのだ。夕日の撮影と違って、朝日の場合は、刻一刻と明るくなっていくので、なにか、気分的にも明るくなっていく。

昨日下調べした、撮影ポイントは、まったく参考にならなかった。何しろ、太陽の位置が全然違う。今は、真正面の海の、少し上あたりにあって、灯台を真横から照らしている感じだ。期待していた、朝日がもろ灯台にあたる状況にはなっている。だが、イマイチ、感動がない。思うに、周りが明るすぎる。空の色も、すでにきれいな水色になっている。事物は地上に長い影を引き、芝生や樹木の緑色は、みかん色に中和され、変な色合いなっている。画面全体が、期待していた灯台も、スカッと抜けたみかん色に染まるわけではなく、なんとなく、ぼうっとしていて冴えない。それでも、撮らないわけにはいかないだろう。全エネルギーを傾注して、公園内をバタバタ移動しながら、撮りまくった。

かなりの時間がたって、犬のお散歩などで公園を訪れる人が多くなった。朝日は、あっという間に成長して、もうすでに立派な太陽になっていた。見晴らし用の小山に行く前に、太陽を灯台の胴体で隠して撮る、逆光写真を撮った。<番所灯台>に続いて、いわゆる、二匹目のドジョウを狙ったわけだ。だが、全然よくない。理由は、灯台の胴体が巨大な分、その影はもっと巨大になり、したがって、画面に占める割合が多すぎて、目障りなのだ。それに、辺りが明るくなってきたので、人影が気になってきた。なかには、公園の縁をぐるぐる歩いているおじさんもいる。朝の日課なのだろうけど、白い上着を着ているので、画面に入り込んだときに、目立つんだ。まあまあ、世界は君一人の物じゃないんだよ。

夜明けから、小一時間たっていた。撮影モードが解除され、アドレナリンが引いてきたのだろう、周りのことが少し見えてきた。まず、自分の車の前に黒い車が路駐している。撮影中にもちらっと眼に入った光景だ。その黒い車を、いま改めて見ると<ポルシェ>だった。早朝の公園と<ポルシェ>の取り合わせが、ちょっと面白かった。公園内の誰かの持ち物には違いないが、それが誰なのか、よくわからなかった。というのも、犬の散歩などで、けっこう人がいるのだ。

それから、でかいバイクの若い男だ。彼の存在にもかなり前から気づいてはいた。大柄で、黒い革ジャンを着ている。スマホで、盛んに朝日に絡めて灯台を撮っている。要するに、インスタか何かにアップする写真を撮っているのだ。最大限近づいた時に、と言っても二十メートルくらいはあったかな、顔をちらっと見た。やや長髪で、角ばった感じの顔だ。人懐っこさや、如才なさはなく、無表情、いかにもバイク野郎という感じだった。こっちから、声をかけてもよかったのだが、シカとした。というのも、まだ、見晴らし用の、小山からの撮影が残っていたし、明かりの具合も、刻一刻と変化している最中だった。立ち話をしている暇はない。こっちのそんな雰囲気を察知したのか、彼も話しかけてこなかった。そのうち、ポルシェの前に止めた、大きなバイクの方へ行ってしまった。

そういえば、前回の<爪木埼灯台>でも、陽が落ちる直前に、どこからともなくバイク野郎が来たっけ。年齢も同じくらいだ。二十代後半の若者だ。すんなり就職しなかったのだろうか、それとも、就職できなかったのだろうか、あるいは、会社勤めにうんざりして、退職届を上司にたたきつけ、バイクに乗って、旅に出たのだろうか、いずれにしても、朝日や夕日に染まる灯台を、スマホ撮影とはいえ、きっちりその時刻に撮りに来るからには、それなりの理由があるのだろう。バイクのエンジン音が、轟いた。あるいは、これから、バイトに行くのかもしれない。旅をしている割には、荷物がなかったな。いや、荷物は、自分と同じで、まだ宿に置いてあるのかもしれない。

小山に上がった。灯台が水平線にクロスする、お気に入りのベストポジションだ。海から出てきた太陽は、あっという間に灯台より高い所に昇ってしまった。要するに、明かりの具合は、斜光だ。早朝の厳粛な雰囲気は霧散して、辺りには、朝の生気が漲り、人間や生き物の気配がする。地上に描かれた、事物の黒い影は、しだいに薄くなり、その長さも、刻一刻と短くなるだろう。空の様子はと言えば、紫雲たなびく、というか、静かで、美しい瑠璃色だ。どこかで見たような、やさしい浮雲が漂っている。

天空はやすらぎの空間で、地上には生気が満ち満ちている。その真ん中に、灯台が立っている。わずかに、右側が光っている。光ることによって、その輪郭が、ますます確信できる。ローソク型の白い灯台は、もはや、地上の事物ではなく、かといって、天空に回収されもしない。ただただ、天地の間に佇立しているだけだ。写真を撮りながら、目の前に広がる光景に感動していたのだろう。

立ち去りがたくはなかった。十二分に撮ったような気がした。時計を見たのだろう。七時過ぎだった。いま撮影画像で確認した。引き上げるつもりで、小山を下りて、車へ向かった。と、灯台の前に来た時に、ふと立ち止まった。なにか、先ほど撮った同じ位置なのに、灯台が、というか公園全体の雰囲気が、違って見えた。なるほど、明かりの具合が変わっていたわけで、これはもう撮るしかないでしょう。構図的には同じだが、明らかに、今の方が、写真としてはきれいに撮れると思った。

そうこうしているうちに、画面の前を、犬を連れた老年の夫婦連れが、<ポルシェ>の方へ歩いていく。あ~、公園の周りをぐるぐる回っていた爺さんだ。なるほどね、長時間止まっている訳がわかったよ。朝の日課、公園の周りを小一時間歩く。その間、奥さんは、犬のお散歩をしながら待っている、というわけだ。見るともなく見ていると、二人とも、車の周りで、ぐずぐずしていて、なかなか出て行かない。が、二人の姿が消えた。やっと車に乗ったのだ。少しあって、腹に響くような、野太いエンジン音が響き渡った。さすが<ポルシェ>だ、エンジンの音からして、ちがう。ただね~、爺さんに<ポルシェ>って、どうなんだろう?おそらく、金持ちで、車が好きなんだろう。例えば、俺が金持ちで、車好きで、なおかつ<ポルシェ>が好きなら、やはり、爺になっても、<ポルシェ>に乗っているかもしれない。<ポルシェ>か~、貧乏人の僻みだ。自分には、やはり、<灯台巡り>の方があっているような気がした。

<福島・茨城旅>2020-11-7(土)8(日)9(月)10(火)収支。

宿泊費三泊 ¥12100(Goto割)
高速 ¥13400 
ガソリン 総距離720K÷19K=38L×¥130=¥4900
飲食等 ¥4100
合計¥34500

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#1~#15
2020-12-11 脱稿。

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2021

12/31

Fri.

10:37:46

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 福島・茨城編


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2020-11-9 16:29 茨城県日立市 日立灯台

<灯台紀行・旅日誌>2020 福島・茨城編#14 安ホテル

ひと仕事終えたような気分だった。午前、午後、夕方と、変化する灯台の姿を写真に撮り終えたのだ。これだけの時間をかけ、これだけのエネルギーを使い、これだけの数の写真を撮ったのだから、二枚や三枚は、気に入った写真が撮れた筈だ、と信じたかった。さらに、体力にも気力にも、まだ余裕があったのだろうか、明日の朝、朝日を受けた灯台を撮り来ようとさえ思った。思った瞬間に、朝五時起きすれば、五時半までには、公園に来られるなと算段した。今の時期、日の出は五時半なのだ。

辺りは暗くなっていた。車のライトが自動点灯していたと思う。安ホテルはすぐ近くにあった。駐車場がわからなくて、入り口付近に路駐し、受付のおばさんにたずねた。要領を得ないので、繰り返し聞いた。おばさんの方も、なぜ聞き返されているのか、わからない感じだ。一緒に外まで来て、指さしながら教えてくれた。

駐車場は、100m位離れた道沿いだった。さほど遠くはない。だが、ほぼ満車状態で、トラックなども止まっていた。いつものように、カメラバックを背負い、トートバックに食料、飲料水を入れて、ホテルに入った。出入り口付近には、何台かの駐車スペースがあったが、すべて満車。まだ五時すぎなのに、<入り>が早いなと思った。

受付には、品のいい小柄な、年齢的には、<おばさん>と<ばあさん>の間くらいの初老の女性が、先客のチェックイン対応をしていた。丁寧なのだが、まどろっこしい。なかなか終わらない。と、先ほど、駐車場を案内してくれたおばさんが、受付カウンターの斜め前あたりで、コピーを取っている。それも何枚も。やっと番が来て、今度は自分が、施設使用などについての、バカ丁寧な説明を延々と聞かされている。

そのうち、受付カウンターの中から、長身の浅黒い男が出てきて、コピーおばさんに、それほど険悪な感じではないが、<コピーは一枚取ってくれって言ったんです、こんなに何十枚もとっちゃって、どうするんです>と言っている。コピーおばさんの方は、自分のミスを謝ることもせず、なにか言い返している。息子が怒っているのに、まるで意に介さない母親のような感じだ。

チェックイン対応も最終段階になり、支払いも済ませ、<地域クーポン券>の話になった。¥1000分の券をもらった。どこで使えるのかと、受付の初老の女性に聞くと、なんだか、要領を得ない。すぐさま、近くいた、さきほどコピーおばさんを叱責していた、背の高い、顔立ちのいいインド人が、悠長な日本語で説明してくれた。なるほど、彼の話はすぐに分かった。同時に、おばさんたちと彼の関係も理解できた。おばさん二人はパートだ。顔立ちのいいインド人は、純粋な日本人か、さもなければ日本で育ったインド人で、というのも、その日本語から確信したのだが、ホテルの従業員だろう。

ここ何回か遭遇した、安ホテルで働く高齢者たちは、人手不足の折、パートで採用された人たちなのだろう。受付の応対に、それぞれの人生経験が色濃く反映してしまうのは、面白いといえば面白いし、致し方ないといえば致し方ないことなのだ。そんなことを思いながら、エレベーターに乗り、部屋に入った。値段相応の設備と内装だ。だが、埃だらけということはなかった。掃除は、パートの律儀な高齢者が、手抜きせずにやっているのだろう。

<17:00 ホテル 弁当 フロ ノンアルビール 日誌>とメモにあった。その通りで、ほかに何かあるかと言えば、なにも思い浮かばない。物音もせず、静かに眠れたのだろう。そうだ、おそらく、朝の五時に目覚ましをセットしたのだと思う。朝日を受けた灯台を撮る。やる気十分だった。それに、明日は帰宅日だが、朝撮り?しても、日立からなら三時間くらいで帰れるはずだ。高速走行も、今回で六回目になる。三時間くらいなら、ほとんど苦にならなくなっていた。

翌朝は、目覚ましが鳴る前に起きたと思う。窓の外は、まだ真っ暗。洗面も食事も排便も、要するに朝の支度は何もせず、着替えて、すぐに部屋を出た。出入り口の自動ドアが開かないので、明かりのついていた食堂を覗くと、賄いの優しそうなお婆さんが居て、裏口を教えてくれた。鍵はかけてないから、帰って来た時もそこから入っていい。それから、自動ドアは手でこじ開ければ開くとも言っていた。たしか、鍵をお婆さんに預けたと思う。

唐突だが、ここで、時間をワープしよう。この旅日誌は、一応、現実の時間軸にそって書いているのだが、構成上というか、枚数的にというか、要するに、この<安ホテル>の章を完結させるには、ここであと一、二枚、紙数を埋める必要があるのだ。なんでそんなことになったのか?以下、理由を説明しておく。

旅日誌も、今回で六回目になり、おのずと、構成が決まってきた。それは、ブログ形式で発表するという条件に、大きく影響を受けた。つまり、ブログ一回の分量が、あまりに多すぎても、読みづらいだろう。ということが次第にわかってきたので、適当な分量でおさめようと思ったのである。では、<適当な分量>とはどのくらいの量のことかといえば、およそ、今書いている紙数で五枚程度、400字詰め原稿用紙に換算すれば、10枚くらいだろうと考えた。

そこで当初の、字数制限なし、見出しなしで、延々と書き流していくスタイルを改め、見出しをつけ、章分けして書いていくことにした。つまり、読み物としての体裁を、多少整えたのである。というか、自分にとっても、書きやすく、読みやすくしたつもりである。

というわけで、時間的には、次の章の最後の方に出てくる、ホテルの従業員の態度についての記述を、内容的にはこの章にいれてもおかしくないな、と<我田引水>的に考え、枚数的な均衡を保とうとした。要するに、体裁の問題で、どうでもいいことなのだが、一応言い訳しておく。

…朝の撮影終え、ホテルに帰って来た。八時ころだったと思う。すでに、駐車場の車は、半分くらいになっていた。カメラバックを背負った。ホテルは道路の斜め向かい側にあった。さっき出た<従業員用の出入り口>と、少し遠い正面玄関、どちらから入ろうかと一瞬考えた。少し近い前者を選択した。賄いのお婆さんも出入りしていいと言っていたしな。あとから考えれば、この選択が間違いだったのだ。

<従業員出入り口>からホテルの中に入った。食堂を覗いて、中のお婆さんに一声かけて、受付カウンターへ行った。誰もいないので、呼び出しベルを押した。すぐに、奥から男が顔を出した。名前と部屋番号を言って、鍵を受け取った。その瞬間、怪訝そうな顔をした男が言った。いま、あっちから入ってきましたよね、と<従業員出入り口>を指さした。監視カメラで見ていたのだろうか?ええ、おばあさんが・・・と言いかけたのに、その男は、にこりともしないで、<あっちは、従業員出入り口なので使わないでください>とぐっと睨みながら言い放った。頭ごなしのこの言葉と、威圧的な態度にイラっとしたが、自分の迂闊さにも気づかされた。

ホテルの防犯上の問題もあるわけで、部外者が立ち入ってはいけないところに平気で立ち入ったわけだ。四十代くらいの黒っぽい男は、ホテルの従業員というよりは、ガラの悪い麻雀屋の店員といった感じだが、安ホテルを仕切っているのかもしれない。でなければ、客に対して、あんな横柄で、威圧的な態度が取れるはずがない。

部屋に上がった後も、この一件で心が動揺していた。なんて野郎だ!安ホテルに泊まったがゆえの代償なのか。今もって、思い出すと不愉快になる。この安ホテルにはもう二度と泊まらない、と心に決めた。

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2021

12/17

Fri.

09:41:31

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#12
日立灯台撮影2

車に戻った。次は、<久慈浜>から岬の灯台を狙う。こっちからの画像は、ネットにも多少上げられている。<久慈浜>は海水浴場として有名らしいが、今年は、コロナ禍で閉鎖されたようだ。もっとも、今は秋、時期的には関係のない話で、浜に海水浴客はいない。ゆっくり撮影できそうだ。駐車場を出た。海沿いの広い道に出て、少し行って信号を左折。日立港の中に入って行く。すぐ左折して、今度は漁港の中を走る。突き当りが<久慈浜>だ。

砂浜沿いの広い駐車場には、何台か車が止まっていた。目ですぐ数えられるほどだ。日陰はない。ということは、どこに止めても同じだ。ならばと、砂浜に一番近いところに止めた。カメラ二台を、一台の軽い方は右肩から斜め掛け、もう一台の重い方は、右肩にショルダー掛けで、撮り歩きを始めた。これからの旅では、このスタイルが定着しそうだ。車が目の前にあるのなら、ほかの物は必要ない。着替えにしろ、水にしろ、三脚にしろ、カメラバックに入れて背負う必要はないのだ。身軽だし、このスタイルは、何よりも、望遠カメラを多用できるという利点がある。

砂浜に下り、岬の方を見た。灯台が、半分くらいしか見えない。しかも、岬の先端にではなく、中ほどに突き出ていて、バランスが悪い。断崖は、むき出しの岩壁でもなく、かといって、すべてが樹木に覆われているわけでもない、なんだか、中途半端な風景だ。魅力がない。位置取りが悪いのかと思って、水たまりのできている砂浜を、岬の方へ向かって歩いた。だが、岬と灯台の布置は変わらず、これ以上近づいたら、もっと悪くなるような気がした。

と、水たまりに、灯台が写っている。文句なしに、このような光景が好きだ。なので、かなりしつこく撮った。だが、やはり、実像がよくないと、ダメなようだ。水に写る灯台を見て、人の目は必ず、その上の本物の灯台を見る。そのとき、灯台が美しいのなら、その美しさは、水の上の、いわば虚像の灯台にもバウンドする。光景全体が何か印象深いものとなる。そんな、ちょっとした奇跡は起こらなかった。そもそもが、岬の中ほどに、中途半端な形で突き出ている灯台に、<美>を印象しなかったのだ。こっち側からもモノにならない。それに、岬と灯台を、横から撮る構図そのものに、少し飽きが来ていた。どの灯台も遠目で、似通っていて、同じような写真になってしまうのだ。

少し重い足取りで、砂浜から車へと戻った。昼寝をするために、車を、崖際に移動した。いくら秋になったとはいえ、フロントガラス越しに太陽と対面していては、暑くてしょうがないだろう。メモには<12:30 限界 すこしうとうとする>とある。だが、この時は、仮眠スペースに入ったもの、ちゃんと横になって寝なかったような気がする。積み上げている蒲団に背中をもたせ、膝を少し曲げたままの態勢で、目をつぶった。散乱している荷物を脇に寄せ、横になるスペースを作るのがめんどくさかったような気もする。それほど疲れていたとも思えないが。

<1:30 赤い防波堤灯台をとりにいく>。とメモにある。要するに、小一時間、窮屈な態勢のまま、 うとうとしたようだ。少し元気が回復していた。先ほど、公園の見晴らし台から見えた、日立港の赤い防波堤灯台が気になっていた。というか、見えた時から撮りにいくつもりでいた。時間もちょうどいいではないか。つまり、この後の予定としては、三時頃に、公園に戻って、西日を受けている日立灯台を撮る。そのうち、陽が沈むだろうから、うまくいけば、夕陽に染まる灯台も撮れるかもしない。というわけで、それまでの時間が有効に使えるわけだ。

駐車場を後にした。その際、男女がイチャついていた崖の前を通った。むろん、車は止まっていなかった。何の感情もイメージも出てこなかった。閑散とした漁港の中を、係船岸壁沿いにゆっくり走りながら、赤い防波堤灯台に近づいていった。じきに、プレジャーボートがずらっと並んでいる岸壁の行き止まりに、赤い灯台が見えた。周りに、けっこう釣り人がいる。

広めの岸壁で、空いているところに駐車した。軽いカメラを一台だけ、肩に斜め掛けして、防波堤に掛けられた、五、六段の、木の頑丈そうな梯子を登った。灯台は目の前にあった。だが、モロ逆光で、まぶしくてよく見えない。ただうまいことに、灯台で行き止まりにはならず、左方向へ突き出る感じで防波堤が少し伸びている。つまり、逆光を避け、灯台を横から撮ることができるのだ。ただし、なかば、海を背中に背負うことになり、灯台の背景には、対岸の建物や重機などが映り込んでしまう。むろん、灯台付近の釣り人もだ。

雑駁な感じの画面だ。だが、ほとんど気にならなかった。というのも、写真としてモノにしたい、という野心?は端から薄い。あの赤い防波堤灯台、どんな感じになっているのかな?いわば、近くで見たいという無垢な好奇心があるだけだ。うまく撮れればそれに越したことはない。だが、写真として撮れなくても、現物を見ただけですでに十分満足なのだ。

とはいえ、写真は慎重に何枚も撮った。しかも、そのうち、今いる防波堤の反対側からも撮ることができる、ということに気づいた。つまり、係船岸壁は、アルファベットの<C>を逆にしたような形をしていて、その口の開いたもう一つの地点が、すぐそこに見えるのだ。しかも、岸壁に車も見える。行けるなと思った。

戻り際、太陽を灯台の胴体で遮った、逆光写真を何枚か撮った。今朝、小名浜の番所灯台で試した構図だ。けっこう、カッコいいと思っている。防波堤の梯子を慎重に下りて、岸壁に降り立った。陽はすでに傾き始めていて、明かりの具合が、なんとなく、オレンジ色っぽい。見ると、岸壁の向こう、はるか彼方、岬に立つ、真白な日立灯台が見えた。なぜか灯台は、先ほど浜辺で見た時よりも、背丈がぐんと伸びていている。あれ~と思いながら、写真を撮った。遠目ではあるが、なかなか美しいのだ。

今いる場所が、さっきの砂浜より遠いのに、砂浜で見た時よりも、灯台がよく見えていることが、ちょっと不思議だった。むろん、距離的には遠目だが、全体像としては、こっちのほうがはるかにいい。要するに、岬に近づきすぎて、灯台が、断崖の影に隠れてしまい、よく見えなくなったわけだ。この逆説が、面白かった。ただし、よく見えているとはいえ、物理的には離れているのだから、超望遠でない限り、今見えている灯台をモノにすることはできない。いずれにしても、写真にはできないわけで、無駄に不思議がり、無駄に面白がってしまった。

漁港の中をぐるっと左回りに走って、向かい側の岸壁に来た。向い側というのは、先ほど、写真を撮っていた防波堤灯台から見て、海を挟んで向かい側なのだ。ま、いい。縦長の直方体に円筒が接続している、よく見る形の、赤い防波堤灯台の付近には、釣り人の姿がかなり目立つ。先ほどより増えたのか?そうではなくて、防波堤で死角になっていた、岸壁の釣り人達が、見えているだけだ。防波堤の向かい側の岸壁に来ているのだからね。

岸壁に立って、カメラを赤い防波堤灯台に向けた。釣り人が、かなりの数、画面に入っている。これは致し方ない。かまわず撮っていると、釣り人がこちらに気づいて、中にはチラチラ見ている奴もいる。たしかに、写真はNGの人間だっているはずだ。これは失礼!それに、赤い灯台も、風景も、執着するほどのこともない。バシャバシャと撮って、すっと引き上げた。

世界が、というか、辺りがなんとなくオレンジっぽい色に包まれ始めた。時計を見たと思う。三時過ぎていた。日立灯台の夕景を撮る時間だ。と、その前に、忘れるところだったよ。港をいったん出て、すぐの交差点沿いにあるセブンで、食料の調達をした。宿は日立灯台のすぐそばだったが、近くにコンビニがあるのか、どこにあるのか、調べていなかった。だから、気づいた時点で、早めに処理しておけば、世話なしだ。したがって、弁当は、食べるまでにはまだ時間があった。だが、一応あたためてもらった。

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2021

12/10

Fri.

09:46:25

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020 福島・茨城編#11
日立灯台撮影1

岬を下りた。小名浜の市街地を抜け、常磐道いわき湯本インターへ向かった。むろんナビの指示に従ってだ。この間、二、三十分かかったのだろうか、高速に入るまでが長かったような気がする。あとは、日立北を過ぎてからの、断続的なトンネル走行だ。少し気を使ったし、難工事だったのだろうな、などとも思った。<どこまで行っても日立>という言葉も頭に浮かんできて、走りながら、思い出し笑いしていた。

若い頃、生活のために、軽トラの運転手をやっていた。時々、日立や北茨城へ行く仕事が回ってきた。行きは、荷主が高速代を負担してくれる。だが、帰りは出ない。したがって、のんびり一般道を走って帰ってくる。当時、常磐道は、日立南太田あたりまでだったと思う。あとは、6号線を行くしかない。ナビなどない時代、地図を見ながら走っている。日立という文字が出てくると、着地がそろそろだなと思う。ところが、そこからが長い!日立の市街地は、六号線沿いに、延々と続いている。<どこまで行っても日立>の所以だ。

配車センターでの、退屈まぎれの雑談で、この話になると、運転手はみな経験しているから、中には、面白おかしく、この言葉に抑揚をつけて、おどけて見せる奴もいる。狭い部屋が、どっと笑いに包まれる。もっとも、首都圏から日立辺りまでの仕事なら、御の字で、帰りの高速代が出ないとしても、悪い仕事ではない。むろん、運転手たちはそれを承知しているから、笑いの種にもできるわけだ。もっとシビアな仕事なら、その方が多いのだが、冗談も出ないし、話題にさえしたくない。

常磐道下りを、日立南太田で降りた。たしか¥1500くらいだったと思う。運転手をやっていたころは、料金所で払う高速代が、いちいち気になっていた。だが、今は、ほとんど気にもならない。と、どこかで見たような光景が目の前に広がっていた。正面に海が見える。日立灯台は、もう間近で、何回もマップシュミレーションした道路を実際に走っている。海沿いの広い道から、普通なら見落としてしまうような狭い道へと、当たり前のように右折した。さらに右折すると、お目当ての公園の駐車場が見えた。

日立灯台は、古房地(こぼうち)公園の中に立っている。ここは、断崖沿いの、縦長の公園で、きれいに整備されている。付近が住宅地なので、七、八台は止められる駐車場がありがたい。さっそく駐車して、装備を整え、撮影開始。と、その前に、駐車場の横にある公衆便所で、用を足した。それなりの臭いはした。

まずは、灯台の周りを、360度、左回りに回りながら、撮り歩きした。敷地が広いので、灯台付近にあるテーブルやベンチ、遊具などは、さほど気にならない。ただ、北側が狭く、しかも、松の木や街灯などがあり、全景写真がやや難しい。あとは、公園を囲っている柵が低木に覆われているうえに、多少の高さがあるので、海が見えない。

もっとも、北側の柵越しに、海が少し見えるところもある。自分としては、できれば、灯台写真には、海を入れたいので、少し残念な気持ちになったわけだ。だが、その後すぐに、駐車場の後ろにある、見晴らし用の小山から、海が少し入ることがわかった。ま、この時は、知らなかったのだ。さらに、公園の北西側には道路があり、道沿いに住宅が並んでいる。この辺りからは、松の木や遊具が多少邪魔になる。

いちおうひと回りして、撮影ポイントを、三、四か所、頭の中に入れた。そこで、公園に背中を向けて、下調べしてあった、南側の<久慈浜>の方へ行った。その時に、駐車場の後ろにあった、見晴らし用の小山を見つけて登ったわけだ。唯一、日立灯台が水平線とクロスする場所で、しかも、小山の上には、コンクリの正方形のテーブルとベンチが置かれていた。三脚を立てて、ゆっくり撮れる場所だ。カメラバックをおろして、一息入れたような気もするが、どうだろう、そのまま通り過ぎ、公園を出て、広い道路の歩道から、ふり返って、岬の中ほどから飛び出ている灯台を試写したのかもしれない。

もっとも、その前に、公園を出たところに、下の浜へと下りる階段があった。覗きこむと、かなりの高さの断崖で、階段も長い。下りるのは簡単だが、登ってくるはしんどいなと思った。それに、あとで、車で回りこんで、下の砂浜沿いの駐車場へ行くつもりだった。今下りることもない。それに、岬全体をアングルした場合、主役の灯台が小さすぎる。この構図にこだわることもあるまい。来た道を戻った。

ふと真下を見た。断崖の下は、砂浜に併設された駐車場になっている。ほとんど車などないのだが、黒っぽい車が二台止まっている。普通の乗用車だ。と、車と車の間で、男女が、今まさに抱き合い、キスをしようとしている。いや、べったり抱き合ってキスをしている。背後は高い壁、左右は車、前方は人のいない砂浜だ。要するに、本人たちは、死角だと思っているのだろう。まさか、上から見られているとは思っていない。平日の、まだ午前中だったと思う。はっきり顔は見えないが、男女とも三、四十代だろう。あきらかに<不倫>の匂いがする。

いや、<不倫>が悪いと言ってるんじゃない。それに、見ず知らずの赤の他人が、自分に危害を加えない限りは、別に何をしようが関係ない。ただこの時、自分が、でかい望遠のカメラを肩にかけていたので、なんだか、浮気調査を依頼された探偵のような気に、一瞬なったのかもしれない。まあ~、それよりも、真昼の情事?を、はからずも目撃してしまい、柄にもなくどぎまぎしている。何かいけないことを見てしまった小学生のような心持だ。テレビや映画で男女の色事を見るのは、慣れっこになっているが、実際となると、少し違った興奮があるものだ。

しかし、すぐに冷静になった。なぜ、車の中で情事をしないのか?わざわざ、外に出て、イチャイチャ、抱き合ったり、キスをしたり。と、ここで思い至った。まだ、そういう関係ではないのかもしれない。いや、ちがうだろう。お互い仕事中で、時間がない。けれども会いたい、イチャイチャしたい。ま、恋愛中の男女の心情だな。わからないこともない。おそらく、そうだろう。でもね~、くだらん、じつにくだらん!と思いながら、当人たちに気づかれないように、また、崖の下を覗き見た。まだ、イチャイチャしているよ!

公園に戻ってきた。見晴らし用の小山にのぼった。備え付けのテーブルにカメラバックをおろし、少し汗をかいたロンTを脱いだような気がする。そのあと、休憩方々、上半身裸でベンチに座り、水平線と灯台がクロスする風景を眺めていた。崖の下の男女のことは、きれいさっぱり忘れていた。清い心?で<灯台のある風景>を何枚か写真に撮った。撮りながら、ここに陣取って、灯台の夕景を撮ろうと思った。磁石を見て、西を確認した。うまいことに、背後が西だ。ということは、灯台に、もろ西日が当たるということだ。

四角いテーブルの上に干したロンTを着た。まだ湿っているが、脱ぐ前よりはましだ。すぐそばに車があるのだから、新しいロンTを取りに行くという手もあったはずだ。それをしなかったのだから、さほど汗はかかなかったのだろう。暑いとはいえ、真夏のような暑さではなかったのだ。

さてと、先ほど下見した、公園内の灯台撮影ポイントを回りながら、写真を撮り、北側のはずれまで行った。というのも、今度は、北側から公園を出て、広い道路沿いの歩道から、岬の灯台を狙おうという腹だ。このアングルは、マップシュミレーションで発見したもので、一度は確認しておきたい撮影ポイントだった。

公園の北のはずれは狭まっていた。そのうえ、松が密集している。灯台は、すぐに見えなくなった。海側の柵にも木々が繁茂していて視界がない。だが、すぐに、住宅が連なる道路沿いにレストランが見え、少し下り坂になっているのだろうか、広い道路が見えた。ただ、なにか、工事中で、歩道が切れている。どうも立ち入り禁止のようだ。様子を窺がいながら歩いていくと、工事現場から作業員たちが全員引き上げていく。その後ろ姿が、小さく見える。はは~ん、昼休みだな。そういえば、レストランにも人影が見えた。

無人になった崖っぷちの工事現場に入り込んだ。長い巨大なコの字型の鉄板が積まれている。歩道の改修工事なのだろうか。ま、そんなことよりも、ふり返って、岬を見た。灯台も見えたが、小さい。それに、なんというか、岬と正対できず、斜めから見ているので、構図的によろしくない。岬の下に砂浜も見えるが、テトラポットなどが連なっていて、雑然としている。まるっきり、写真にならない。無駄足だったわけで、来た道を、そろそろと引き返した。南も北も、歩道沿いからの写真は無理だ。だが、これで撮影ポイントを絞れたわけで、ま、一概に無駄足だったとは言えまい。むしろ、気分的にはすっきりしたわけで、徒労感はなかった。

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2021

12/03

Fri.

09:34:18

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#10
番所(ばんどころ)灯台

<5:30 起床 1時間おきにトイレなど 物音は無>。翌日、つまり、2020年11月9日(月)のメモ書きの第一行目だ。少し付け加えよう。

そもそもが、五時半に起きるつもりはなかったのだ。ま、せめて六時までは、ベッドに居るつもりだった。だが、何の因果か、頻繁な夜間トイレの最後が、五時すぎだった。ということは、白々と夜が明けてくる時間帯だ。よせばいいのに、カーテンをちらっとめくって、外を見た。夜明け前の静けさが漂っている。そのまま、ベッドに戻ったが、早めに寝ている、さほど眠くはない。目がさえてしまった、というほどではないが、腕くみしながら横になっていた。

このまま、うとうとしてしまえば、それはそれでいい。朝方の、意地汚い眠りにしがみつくだけだ。だが、この時は違っていた。カーテンの隙間から、しだいにオレンジの光が差し染め始めた。日の出が五時半ということは、事前に調べていた。夕日は撮ったことがある。だが、朝日に染まる灯台を撮ったことはない。早朝は苦手なんだ。ベッドの中でイジイジしていた。寝返りを打つたびに、朝日が気にかかる。耐えかねて、すくっと起き上がった。窓際へ行き、カーテンをあけ放った。市街地に朝日が差し込んでいる。なんとも美しい、厳粛な光景だ。いったんは、ベッドに戻った。だが、もう無理だった。朝日に染まる灯台を撮りに行こう。今この瞬間しかない!

決断してからの行動は早かった。洗面、食事、排便は、なぜか普通に出た。着替え、部屋の写真撮影、ざっと部屋の整頓、エレベーターで下に降り、受付でチェックアウト。外に出て、歩いて、道路の向かい側のファミマへ行き、<地域クーポン券¥1000>を消化。鮭缶などを買う。車に戻り、ナビに番所灯台と打ち込む。出発。

朝まだきの小名浜の市街地を突っ切り、岬へと向かう。三崎公園の<みさき>は岬の<みさき>なんだ。くだらないことに感心しながら、あっという間に、その岬に到着。坂を上る。途中、朝日を受けている港が見える。防波堤灯台や<キリン>なども見える。ちなみに、<キリン>とは、本物の麒麟ではなく、港などに並んでいるクレーンのことで、今調べたら、正式には<ガントリークレーン>というらしい。なぜか、自分にとっては気になる存在で、ま、好きなんだな。

戻そう。ナビに従って、くねくねと坂道を登っていくと、なんとなく頂上近くになり、木立の間に駐車場があった。ナビの案内もここで終了。ほかに車は一台もない。外に出た。道はあるものの、灯台らしきものは見えない。少し歩き始めて、思い直した。車に戻り、ナビの画面を拡大してみた。なるほど、ここよりも灯台に近い駐車場がありそうだ。ナビの画面を見ながら、ゆっくり車を動かした。

なんだかよくわからないまま、木立の間を走っていくと、身障者用の駐車スペースが二台あった。ナビをじっと見ると、灯台はすぐ目の前だ。路面に描かれた車いすのマークが気になったが、誰もいないことだし、ということで駐車した。

装備を整えていると、どこからともなく、少し小さめなトラ猫が姿を見せた。おいでおいで、と手を出すと、怪訝そうな目で見て、茂みに隠れてしまった。と、そこに、ほかの猫がいたようで、威嚇しあっている。ちょっとたって、トラ猫が、ぱっと茂みから出てくると、その後を追うようにして、大きな茶トラが出てきた。こちらは、人に慣れているようで、ふてぶてしい感じだ。ま、いい。灯台の話に戻そう。

木立の間を少し歩いていくと、突き当りに、番所灯台が見えた。そこは、こじんまりした公園になっていて、小さなマウンドの上に、デザインチックな東屋があった。海側は金網の柵できっちり仕切られていて、灯台は、朝日を受けた逆光の中、その前に立っていた。真っ白な、角ばった(六角形の)とっくり型で、表面は、四角に切った石を組み上げているようにも見えた。おしゃれな感じがして、ひと目で気に入った。

…今、番所灯台を記述するにあたって、ちょっとネット検索した。そもそも名前の読みかたからして、間違っていた。番所=ばんどころ、と読むらしい。それに、自分の撮った灯台は二代目で、昭和三年初点灯の一代目は、無念にも<東日本大震災>で亀裂が入り、六、七年前に、建て替えらえたようだ。どおりで、おしゃれで、きれいなわけだ。

灯台の姿形も気に入ったが、五時起きしてきた甲斐があって、海からの朝日をもろに受けた灯台を、初めて、間近で見た。少し興奮していたと思う。一気に撮影モードに突入。灯台の周りを180度、回りながら撮り歩きした。これは、いわば下見で、灯台の全景が写真に収まる、すべての地点を逐一見て回るのだ。それが終わると、今度は、頭に残った、写真になりそうな撮影ポイントを、重点的に撮る。さらに最後には、ベストポイントを決めて、しつこく、しつこく、撮る。撮影画像を調べてみると、109枚、四十五分ほどかかっていた。ま、撮りっぱなし、という感覚なのだが、枚数的には意外に少ない。

この間、幸いなことに、この<公園内公園>には、誰も来なかった。おそらく、昼間の時間帯なら、散歩などで、必ずや人が来るだろうから、撮影は、こんなに早く終えられなかったろう。なにしろ、狭い公園なのだ。人が来れば、灯台とカメラの間に、人影が入ってしまう。中断せざるを得ない。

もっとも、朝の七時台、街中の公園なら、人の来る確率は非常に高い。だがここは、市街地からは離れた、岬の上の、さらに奥まった公園だ。オレンジ色の神々しい朝日が、辺り一面、贅沢なほどだった。逆光の中に佇む、黒いシルエットになった灯台を仰ぎ見た。立ち去りがたかった。後退しながら、木々の葉で、灯台が見えなくなる所まで来た。そこでやっと、写真を撮るのをやめた。

なんだか、朝っぱらから充実した時間を過ごしてしまったな。眠気もなし、気分良く、車に戻ってきた。と、また、どこからともなく、トラ猫がでてきた。こいつは、同じトラでも、さっきのトラ猫ではなくて、体の大きい、ふてくされた面相だ。鳴きながら足元に近づいてきた。あげる物はないんだよ、などと声をかけながら、カメラバックを車に積み込んでいると、今度は、先ほどの小さなトラも出てきた。ついでに、茶トラも、どっからか現れて、大きなトラとひと悶着起こしている。喧嘩なんかするんじゃないよ、と声掛けしていると、脇を、体操姿の婆さん二人連れが、朝の散歩なのか、大きな声で話しながら、通り過ぎていく。

小さなトラの姿が見えないので、車の下を覗いてみた。案の定、居た。こっちを見て、さっと茂みの方へ逃げ出した。ふと、仏心が出て、食べ物をあげたくなった。その辺に、空き缶が置いてあったのは、誰かが、エサをあげているのだろう。そういえば、三匹とも、きれいで、比較的太っている。かわいそうに、捨てられたんだろう。そう思ったら、余計かわいそうになった。

ちょっと考えた。ニャンコにあげるような食べ物は持っていないよな。いや、と思い返して、トートバックの中を引っ掻き回した。たしか、食べ残したブドウパンがある筈だ。ニャンコが、ブドウパンを食べるとも思えなかったが、他に何もないのだから、しょうがない。ニャンコたちも、死ぬほどおなかがすいたら、食べるかもしれない。そう思って、小さなトラが逃げ込んだ茂みの方へ行き、ブドウパンをちぎって、その辺にばらまいた。隠れていた小さなトラが出てきて、ちょっと口をつけた。でも、食べなかったようだ。

いま、俺にできることは、その程度なんだよ。岬を下りた。その際、小名浜港だろう、朝日に照らされた港が見えた。防波堤灯台もいくつか見えた。そして、その向こうにはキリンだ。また、ゆっくり来たいと思った。<いわき>なら、そんなに遠くない。またいつか来られるかもしれない。

ニャンコたちのことは、もう忘れていた。いや、その時思い出した。<地域クーポン券>で、鯖缶や鮭缶を買ったんだ!車は、すでに岬を下りかけていた。ニャンコたちのところへ戻りたいと思ったのかもしれない。だが、戻らなかった。鯖缶や鮭缶は人間の食べ物だろう。それに、次の撮影場所、日立灯台へ早く行きたかった。いま思えば、どちらも、自分に対する言い訳だ。わざわざ戻って、ニャンコたちに缶詰をあげれば、立ち去るのが、なお一層辛くなるだろう。それが嫌だったんだ。

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2021

11/26

Fri.

10:40:45

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#9
ホテルに宿泊

辺りはうす暗くなっていた。車に乗り込んで、ナビを、今晩泊まるホテルにセットしたと思う。小名浜の市街地だ。走りだして、燃料メーターが、短くなっていることに気づいた。たしかに、昨日今日だけで400キロ以上走っている。帰宅する前に、どこかで給油しないわけにはいかない。それに、コンビニで食料の調達だ。

塩屋埼灯台や海辺からも遠ざかって、小名浜へと向かう広い道路に入った。ガソリンスタンドがあれば、値段的なことは考慮しないで、入れるつもりだった。むろん、地元の埼玉より高いのは決まっている。だが、高速のスタンドよりはましだろう。と、長い下りの坂道だ。フロントガラスの向こうには、市街地の明かりが見える。うまいことに、左手にスタンドが見えた。リッター¥139の看板も出ている。

すっと車をスタンドの中に入れた。給油位置に寄せると、日に焼けた短髪のあんちゃんが、誘導してくれた。<セルフ>ではないのだ。窓を開けて、ちょっと考えて、満タンで、と言った。そのあと、何となく車の外に出た。アンちゃんが、窓を拭いてもいいですかと言いながら、室内拭きを渡してくれた。ニコニコしている。バンパーにくっついている虫の死骸などを拭いていると、高速走って来たんですか、と気安く声をかけてきた。そのあと、少し会話した。

自分が車で観光していることを知ると、あんちゃんは、羨ましそうに、いいですね~と言った。その顔に、まだあどけなさが残っていた。この先にコンビニはあるかと聞くと、丁寧に教えてくれた。純朴で、親切だ。最近は、めったに出会うことのなくなった若者のタイプで、気持ちが和んだ。

坂を下り終わると、小名浜の市街地に入った。なるほど、コンビニが目の前にあった。車を止めて中に入った。弁当や菓子パンなどを買って、レジに行った。レジ袋は、と言われたので、車から取ってくるといって、その場を離れた。その際、お弁当はあたためますか、とレジの女の子がきいてきた。どことなく伏目勝ちの、まじめそうな、額の秀でた、大柄な女の子だった。言葉遣いには、優しさがあり、親切な感じがした。

そういえば、昨日のコンビニの女の子もそうだった。一見愛想がないように見えるが、そうではなく、奥ゆかしさというか、東北人特有の、いや、それに加えて、若い女性にありがちな<はにかみ>なのではないのだろうか。なんとも言えない上質な色気=エロスを感じる。幾つになっても、スケベな爺さんだ!何となく得をしたような気分になって、店を出た。

ホテルには暗くなる前に着いた。片側二車線の広い道路に面していて、出入り口前に、車が数台止められるようになっている。幸い、空いていたので、何回が切り返しして駐車した。外に出て、なんとなく見まわすと、隣が平場の駐車場になっているような感じ。それに、道路のはす向かいに、コンビニがあった。

車の中に身をかがめ、ぐずぐずと、部屋へ持っていく荷物などを整理した。疲れているのだろうか、行動が遅い、動作が鈍い。よいしょとカメラバックを背負い、受付へ行った。狭いロビーで、受付カウンターも小さめ。黒い服を着た若い女性が二人いて、そのうちの一人が応対してくれた。ま、ビジネスライクで、一通りの説明だ。コロナ関連の書面に署名して、支払いをした。その際、車はどこに止めたのかと聞かれた。出入り口の向こうを指さした。すると、駐車代が¥500かかりますと言われた。ええっと思ったが、<Goto割り>で、それでも一泊¥4434だった。

駅に近いビジネスホテルでは、立地の関係なのだろう、駐車料金を取ることがよくある。だが、ここは駅前ではないし、解せぬことではあるが、楽天トラベルでのネット予約の際、その旨記載されていた。文句を言う筋合いではない。はいはいと言って、鍵だったか、カードだったか忘れたが、受け取って、受付を済ませた。最後に、受付の横の棚を示され、パジャマを持って部屋へ上がるように言われた。

実を言うと、昨日応対してくれたホテルの受付の女の子と、今日の受付の女の子の顔が、というか印象がごちゃごちゃになっていて、分別できない。どちらも、黒い服を着て、アクリル板の向こうに居たし、口調も似通っていて、説明内容もほぼ同じだった。共通項が多すぎるということもあるが、この時間帯、こっちは疲労の限界にあり、注意が散漫になっていたのだろう。ま、それにしても、双方ともに、そっけない応対ではあったが、嫌な感じは全然しなかった。

部屋に入った。狭苦しい感じだ。サンダルを脱いで、アメニティーの、使い捨ての白いふにゃふにゃスリッパを探した。あるはずだと思い込んでいる。たが、ない。ないわけはないのだからと、少し考えた。そうか、パジャマ置き場の棚だ。自分で持ってこなければならなかったわけだ。ま、取りに行くのも面倒だな。靴下を脱いだ後は、はだしのままでいた。

その後は、着替え、荷物整理、弁当を食べ、風呂。ノンアルビールを飲みながら、ノートにメモ書き。撮影写真のモニター。それから、明日の予定をちょっと考えた。六時起床、七時出発。高速に乗って、日立灯台へ向かう。ここから、一時間くらいだろう。…何か、忘れ物をしたような感じだった。はっと、思い出した。そうだ、小名浜にもう一つ撮るべき予定をしていた灯台があったのだ。

とっさに、名前が出てこなかった。スマホでガチャガチャ調べだした。小名浜港の北東に岬があり、その一帯が公園になっていて、<いわきマリンタワー>などもある。その三崎公園の中に、<番所灯台>がある。そうだ、思い出した、番所(ばんどころ)灯台だ!

とはいえ、日程的に調整できるのか?明日の午前中は、<番所灯台>を撮って、移動、午後からは日立灯台を撮る。そして、翌日の帰宅日に、午前の日立灯台を撮る、という手がある。こうなると家に帰るのは午後遅くになる。帰宅日は<帰るだけ>、となんとなく決めていたので、ちょっと引っかかる。あるいは、<番所灯台>はパス、明朝、即移動して、午前中から日立灯台を撮る、という手もある。

<番所灯台>?今一度スマホで、画像検索した。まあ~難しいところだ。というのも、ついでにちょこっと寄れるのならば、当然、お寄りさせていただく灯台クンだ。だが、わざわざ、あるいは、日程を変更してまで、撮りに行くべきなのか、決断がつかない。ロケーションがイマイチなのだ。それに、そもそも、当初の予定は、どうだったのだ?いや、当初から、三日目の午前中に撮る予定だったのではないか?なんだか、よくわからなくなってきた。

疲れていたんだろう、<番所灯台>は次の機会にしよう、ということに何となく決着したようだ。いや、メモ書きは<7時すぎにはねるつもり 備 小名浜 マリンブリッジ 番所灯台>で終わっている。何のための備考なのか?やはり、番所灯台へ行くつもりだったのか、今となっては、推測することさえできない。

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2021

10/29

Fri.

10:31:33

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#8
塩屋埼灯台撮影4

堤防の階段を下りた。車に乗った。回転して、塩屋埼灯台へ向かった。灯台下の駐車場は、午前中に比べ、やや混んでいた。ひばりちゃんの碑の辺りには、観光客の姿が目立った。ふと思い出したのだろう、カメラ二台をぶらさげて、砂浜に下りた。岬の反対方向へ、少し歩きながら、灯台を見上げるようにして何枚か撮った。さらに、砂浜を歩いて、振り返り、岬の上の灯台を見た。う~ん、景色としてはイマイチだな。引き返した。

車に戻り、カメラバックに、ペットボトルの水と、ロンTの着替えを突っ込んだ。灯台の敷地で、日が暮れるまで、粘るつもりだった。といっても、そんなに長い時間じゃない。時計を見たのだろう、午後の二時前だったような気がする。日没時間は四時半だ。岬の階段を登り始めた。上から降りてくる観光客が意外に多い。ま、階段は、ぎりぎり、すれ違い出来るくらいの幅だから、さほど神経を使うこともない。とはいえ、体力的には、やはり、途中で一回息を入れた。

階段を登りきって、灯台の<敷地外敷地>に入った。断崖沿いの柵に寄りかかりながら、岬の、繁茂した樹木の中から飛び出ている白い灯台を狙った。長い紐に連なっている万国旗が、灯台にまとわりついている。風をうけて、勢いよく揺れている。一通り撮って、移動した。後でもう一度、夕日に染まる灯台を撮りに戻ってこよう。

ステンの門をくぐって<敷地内敷地>にはいった。受付を覗きこみながら、先ほど受け取った入場券?の半券を示した。即座に、おばさんの機嫌のいい声が聞こえた。快く、入場を許可してくれた。さてと、午前と同じく、灯台までの、数十メートルの階段道を、撮り歩きしながら進んだ。明かりの具合と、空の様子はよくなっているものの、灯台の布置が変わったわけではない。もどかしい写真しか撮れない。何しろ、灯台へと向かう階段道の設置場所が悪い。いや、悪い、というのは、写真を撮るうえで悪いのであって、建築上の問題とか、安全面とかでは、ベストなのかもしれない。常識的に、そういった問題が優先されるのはあたり前の話だ。

いちおう、灯台の根本まで行き、午前と同じく、灯台を見上げながら、周りをぐっと一回りした。いま思えばだが、この時も、灯台に登る気にはならなかった。というか、そういうことは思いもしなかった。夕陽までには時間もあるのだし、考えるくらいのことはしてもよかった筈だ。そうだ、観光客が、たくさんいたような気もする。<蜜>が気になっていたのかもしれない。

お決まりのように、撮り歩きしながら階段道を後退して戻った。しかしこの行為も、整地された断崖に一本だけ植わっている樹木の前までだ。そこからは、灯台の胴体と樹木が重なってしまう。せめて、この木だけでも、どうにかならないかと思った。

受付け前の広場にも、何やら人影が多い。あとからあとから、観光客が階段を登ってくる。端にある、屋根付き休憩所まで、迷うことなく歩いた。カメラバックやカメラをテーブルの上に置き、たしか、着替えたはずだ。背中が汗でびっしょりだった。給水して、柵越しに目の前の海を見た。黄金色に染まっている。何枚か撮った。

少し休憩して、<敷地外敷地>の柵の前に戻った。つまり、夕日に染まる灯台を狙えるポジションだ。どっかとその場に座りこんだ。夕日にはまだ少し時間が早かったのだ。背中に観光客のざわめきを感じながら、この日初めての、静かな時間を過ごした。というか、なんとしても、夕日に染まる灯台を撮るつもりだった。

時々、すぐ横に、観光客たちが来て、わあわあ~、たわいのない話をしていた。こちらは、ほぼシカと状態で、灯台を眺めていた。そのうち、灯台の胴体が、白から、薄いオレンジ色に変わってきた。振り返って、西の空を見ると、陽がだいぶ傾いてきて、茜色に染まっている。ここぞとばかり、数分間隔で写真を撮った。みるみるうちに、あたりがうす暗くなってきた。<秋の夕日はつるべ落とし>か。

ジーンズのベルト通しにくっ付けた腕時計と西の空とを交互に、再三見た。時間は、三時半過ぎになっていた。西の空には、なぜか、大きな雲がかかってきて、その雲が夕日を時々隠してしまう。むろん、そういう時は、灯台もうす暗くなり、写真としては、何となくさえない。かっと、西日が差す瞬間を、カメラを構えて待つわけだが、その待つ時間がじれったい。いや、考えようによっては、楽しいのかも知れない。

小一時間粘ったようだ。なんだか、退屈になってきた。というか、明かりの具合からして、これ以上粘っても、今以上の写真が撮れるとは思えなくなってきた。夕日を覆っている巨大な雲が、このあと、一気に霧散することもあるまい。それに、灯台の背景の空が西側なら、きれいに染まる可能性もあるだろうが、残念なことに、東側なのだ。青空が、少しオレンジ色っぽくなっている程度で、さほどの魅力はない。となれば、そろそろ限界で、引き上げようか。

そう思いながらも、ぐずぐずと、なかなか決断できなかった。というのは、前回の<爪木埼灯台>のことが思い出されたからだ。あの時は、あと三十分、粘りきることができなかったがゆえに、夕日に染まる灯台を撮り損ねたのだ。今回も、なんか嫌な予感がした。とはいえ、もう集中力が切れていた。未練がましく西の空を見上げたものの、すでに、それすらが、自分に対するポーズだった。

決断ができない、中途半端な気持ちのまま、カメラバックを背負った。階段を下りようとしたとき、すぐそばにいた爺・婆が、人に聞かせるような感じで、話をしていた。たしか、小柄でおしゃべりな爺さんと、婆さん二人連れだった。爺さんは小さなカメラを持っていて、多少、カメラや三脚などに興味がありそうだ。<ジッツォ>という名前も口にしていた。婆さんたちは、俺がでかいカメラバックを背負っていることに感心していた。

階段の降り口で、爺・婆たちとの距離が最大限接近した時、横で、<あのお兄さんが>という声が聞こえた。つい、その婆さんに向かって<もう、おじさんなんですけど>とサングラスを取って、軽口をたたいた。たしかに、ジーンズ姿で、頭にバンダナなどを巻いているのだから、婆さんたちから見れば、俺も<お兄さん>なのかもしれない。なんだか、うれしいような、気恥ずかしいような、気がしないでもなかった。

駐車場に降り立った。そのまま、公衆便所に直行して、用を足した。そうだ、灯台の敷地にはトイレはなかった。その旨、看板にも書いてあった。まあ~、年寄りが多いからね。そのあと、少し砂浜の方へ歩いて、岬を見上げた。なんと、灯台の白い胴体が、オレンジ色になっている。予想はみごとに外れて、自分が去った後も、灯台は夕日に照らされ続けている。だが、もう後の祭りだ。こうなったらからには、ひばりちゃんの碑に灯台を絡めて撮ってみようか。

碑の前に行った。ところが、観光客で、ごった返している。とまでは言えないが、次から次へと、記念撮影だ。ここまで来たんだから、ひばりちゃんと一緒に記念写真を撮りたい。ま、それが、人情ってもんだろう。それほどのファンでもない自分がそうなんだからな。少し脇によって、碑の前から人影が消えるのを待っていた。わあ~わあ~わあ~わあ~、家族連れも、爺婆たちも、カップルも、楽しそうに、スマホで記念写真だ。見ていて、嫌な光景じゃない。むしろ、ほほえましい。

だが、いささか長い!少し焦れてきたその瞬間、碑の前に人影がなくなった。すすっと前に出て、片膝をついて、手前にひばりちゃんの碑、上の方に黒いシルエットの岬と、その上に飛び出ている灯台を、一瞬のうちにアングルして、撮った。目の端、頭の中に、少しオレンジ色っぽい、傾いだ灯台と、ひばりちゃんの白黒写真がフラッシュした。なるほど、この碑は、灯台がちゃんと写り込むような位置に設置されていたんだ。

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2021

10/15

Fri.

10:15:17

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#7
塩屋岬灯台撮影3

港を後にした。海沿いの道に戻り、少し走り、高い防潮堤沿いの駐車場へ入った。朝来た時にも寄った場所だ。外に出ると、太陽が眩しかった。塩屋埼灯台の立っている岬を見た。ぼうっと霞んでいる。モロ逆光。ということは、岬の反対側へ行けば、順光だろう。比較的きれいなトイレで、用を足し、駐車場を出た。

海沿いの道を、ガードマンのいるところまで行って、右折し、回り込むようにして、岬の反対側に出た。ところが、岬の真下へと続く道に、またしてもガードマンだ。漁業関係者以外、立ち入り禁止だと言う。窓を開けて、すぐそこに見えている、防波堤灯台を撮りに来たんだ、と言ったが、褐色に日焼けた小柄な爺は、要領を得ない。立ち入り禁止の一点張りで、そのうち、少し離れた立看板のそばにしゃがみこみ、迂回路の地図を指さしながら、なにやら、塩屋岬灯台へ行く道順を説明している。ラチが明かない。わかったわかったと、フロントガラス越しに、手で合図して、車を回転させた。

さてと、ここからは、カンを働かせていくしかない。ナビのセットなんか、いちいち面倒なのだ。適当なところで、信号のない交差点を左に曲がった。なんだか、辺りが、だだっ広い。きれいに整地されている感じで、ところどころに、新築の住宅が建っている。なるほど、あの<大津波>に襲われた区域なのだろう。さらに、周りをきょろきょろしながら走っていくと、左手に、がっちりした、巨大な土手だ。ひと目でわかった。防潮堤だ。

辺り一帯が、公園化されているようで、少し先に、休憩所や駐車場らしきものが見えた。少し考えて、土手下の道に路駐した。すでに、灯台を背中に背負っているわけで、これ以上、遠ざかるわけにはいかない。幸い、交通量は全くない。むろん、駐禁の紙を張られたり、タイヤに線を引かれることもあるまい。何しろ、すべてが押し流されてしまった場所なのだ。外に出た。カメラ二台、それぞれ首と肩にかけ、整備されている土手の階段を登った。

土手の上は広い道になっていた。灯台とは反対方向へと、その道は、砂浜に沿って伸びている。ちょうど、昨日見た、<鵜ノ尾埼灯台>の下にあった巨大な防潮堤と、同じようなロケーションだ。ただ、ここの方が、はるかに規模が大きい。万里の長城を、一瞬、想起したほどだ。眼下には、穏やかな、暖かい褐色の、きれいな砂浜が広がっていた。天気も最高だ。ここに居るだけで幸せだ。だが、その砂浜の背後に、<万里の長城>が聳え立ち、連なっている。<大津波>が、人間にどれほどの恐怖と被害を与えたのか、よく理解できた。

土手の下は、広い道路になっていた。左方向は、塩屋岬の下で行き止まりのような感じ。ただ、右方向は、どこまでも続いている。はるか彼方に、小さく岬が見える。あそこがどこなのか、見当もつかない。広くて長い階段を下りた。正面からの太陽が眩しかった。新設の道路と砂浜の間にも、コンクリの真新しい防潮堤があった。これは、さほど高いものではない。見回すと、砂浜に下りる専用の階段が、間隔を置いて設置されていた。

やっと、砂浜に到達した。左手、岬の先端に、灯台の姿がちらっと見えた。位置的に、波打ち際まで行けば、もう少しよく見えるかも知れない。きれいな砂をゆっくり踏みしめながら、歩いた。と、おそらく、一つ手前の岬に隠されていたのだろう、断崖に立つ、白い灯台の全景が見えた。断崖の斜面は、一部、コンクリで固められていた。だが、ま、それにしても絶景だ。二台のカメラで、これでもかというほど撮った。ほとんど同じ構図なのだが、撮って撮っても、撮り足りないような気がした。

アドレナリンが少し収まって、岬の下あたりを、よくよく見ると、そうか、先ほど、<漁業関係者以外、立ち入り禁止>と言われた場所だ。カラフルな道路標識などが見える。さらに、そこから先の防潮堤は工事中だ。ブルーシートなどが、海風にあおられている。ということは、岬の西側?の漁港を守る工事をしているわけだ。なるほど、あのあたりが、下調べした、塩屋埼灯台を西側から撮るポジションだったんだ。

あとは、海の中にある防波堤灯台だ。灯台の上から見た奴だが、ロケーションが変わると、全くの別物。手前に、打ち寄せる波などを入れて、気持ちよく撮った。そう、波の音が聞こえていたと思う。夏場のような暑さではなく、心地よかった。海の色、というか波が緑がかっていて、それが、真っ白に砕けながら、キリもなく押し寄せてくる。

遠くの方から、波打ち際を、サーファーがボードをわきに抱えて、歩いてくる。カメラから目をはなして、どこへ行くのか見ていると、例の<漁場関係者以外、立ち入り禁止>の方へ向かっていく。そうか、ちらっと見えたが、爺のガードマンの背後、断崖の下に乗用車が何台も止まっていた。サーファーの車だったんだ。

引き上げよう。時間的には午後一時前だったようだ。いま撮影画像のラッシュを見て確かめた。なるほど、ちょうど、塩屋埼灯台の午後の撮影時間になったわけだ。砂浜から上がるために、防潮堤の階段を目で探した。階段はかなりの距離をあけて、等間隔に設置されている。だが、みな同じに見えて、自分が下りた階段が、どこなのか少し考えた。付近の空間全体を見直し、目星をつけて歩き出した。

防潮堤の階段を登り、広い道路を横断して、今度は、<万里の長城>の階段を登った。階段の上の辺りに、中年の黒っぽい男が座りこんでいて、そばに牛乳パックのようなものが置いてあったような気もする。昼食を取っているのだろう。その、防潮用の巨大な堤防の上に、変な像が立っていた。海に向かった、見上げるような男子のブロンズ像で、顔の辺りが焼け爛れている。いたずらされたのか?いや、おそらく、銅が錆びて、緑青が頭から垂れてきたのかもしれない。それにしても、異形な感じがしたので、説明書きなども読まず、ちらっと見ただけで、通り過ぎた。<大津波>による大惨事が脳裏をよぎったのかもしれない。

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2021

09/24

Fri.

10:00:04

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#6
塩屋岬灯台撮影2

ところで、塩屋埼灯台は参観灯台といって、登れる灯台である。だが、今回も、登らなかった。理由は三つだな。ひとつ、登るのが大変。螺旋階段が急なうえに狭い。カメラバックが邪魔になるんだ。二つ目、観光客が多くて、密になる。三つ目、灯台からの眺めは、おそらく最高だろうが、自然の景観は、すでに満喫している。これ以上はノーサンキュー。それに、高い所がやや苦手。

さらに付け加えれば、観光に来ているんじゃない、写真を撮りに来ているんだ、という気持ちがどこかにある。まだ仕事?が残っているわけで、今度は、階段道を下りながら、海沿いの柵側から、撮り歩き、というか、撮りながら後退していった。結果としては、もっと悪かった。まったく写真にならん。とはいえ、時間には余裕があった。このまま、あっさり、灯台を下りるのも何となく、もったいないような気がした。そうだ、子供たちの灯台の絵を写真に収めて、帰ったらゆっくり見よう。というわけで、ワンカットに、三枚くらいおさめて、順次、撮り始めた。

ところが、柵の両側に、それも、思いのほかたくさんあったので、撮るのに骨が折れた。絵の飾ってある位置が、目線より低いので、その度、片膝をついて撮らざるを得なかった。途中でやめてもいいのだけれども、やり始めたことを最後までやり遂げたかった。つまらん意地を張ってしまったわけだ。ま、たしかに、子供たちの絵は、素朴で楽しい。色使いも鮮やかだ。もっとも、先生が?そういう絵を選んだのだろう。ということは、幼い目に、というよりは、一般的に、人間の目に、灯台がどのように映っているのか、というふうに考えてもいいわけだ。なるほど、興味を持った所以である。

残念ながら、帰宅後も、子供たちの絵をちゃんとは見ていない。というのも、この旅日誌と、千枚を越える撮影画像の選択や補正に追われているからだ。誰に追われているのかって、自分にだ。この二つの仕事?を終わらせない限りは、次の旅には出ないと決めている。むろん、決めているのも自分だ。

話しを戻そう。とにかく、最後の方はうんざりしながらも、柵に並べられた子供たちの絵を、すべて撮り終えた。もっとも、海側の絵は、デイライト撮影したから、絵に光が映り込んで、見づらくなったものもある。だが、そのくらいの手抜きは、勘弁してもらおう。

受付の裏というか、横に展示室のような部屋があった。通路際のドアが開いたままなので、何となく、二、三歩中へと踏みこんだ。うす暗い感じで、人が何人かいた。<蜜>になるのも嫌だったし、それに、資料などを見る気分でもなかったので、すぐに出た。まあ、灯台には登らない、展示室も見ない、ただただ、灯台の写真撮影のことしか頭になかったわけだ。

それでも、一息入れる余裕はある。何と言っても、体が資本だからね。敷地内の端の方、海に面した柵際の屋根付き休憩場へ行った。一番手前のテーブルに、カメラバックをおろし、ベンチに腰かけたかも知れない。よくは覚えていない。ただ、三つあるテーブルの上に、何やら、張り紙ある。要するに、コロナ禍の中、ここで食事をするのはやめてください、それでもやるのなら、<自己責任でお願いします>とのこと。なにか、ちょっと引っかかった。最後の<自己責任云々>の文字は必要なのだろうか、と。

アルミの門をくぐって、敷地を出た。何と言うか、正確には、敷地外敷地とでもいうべきか、おそらく、灯台撮影のベストポジションであろう場所に、今一度立ち寄った。柵の向こうは断崖で、岬の上に立つ白い灯台のほぼ全景が、横から見える場所だ。だが、来た時と同じ、いや、もっと悪かったかもしれない。逆光、それに背景の空には、うろこ雲がびっしり。青空はほとんど見えない。二、三枚撮って、踵を返した。ある意味では、灯台の全ての敷地?を後にして、階段を下りた。下りは楽だった。あっという間だった。

駐車場に降り立った。海辺側の、コンクリ階段を五、六段下りると、見るからに汚い公衆便所があった。ま、そういうことは、考えないことにして、用を足した。ジーンズの前のチャックが、ちゃんとしまっているか、半ば無意識のうちに確かめたと思う。そう、なぜか、このジーンズ、閉めたつもりが開いていることがあるのだ。<社会の窓>が、もう死語かな、開いているのほど、おかしなことはない。それも、ちゃんとした服装をしていればいるほど、そのおかしさは増大する。おそらく、一度ならずとも、自分も笑われたことがあるに違いない。もっとも、親切心を出して、見ず知らずの人に、あいてますよ、と言うのも変だろう。自分も、これまでに、注意されたことはない。

え~と、薄暗い、臭い公衆便所を出た。ふと、見上げると、切り立った断崖の上に、灯台が少し見えた。もう少しよく見える位置があるはずだ。砂浜の方へぶらぶら行った。小さな船溜まりがあり、砂浜とは、低い防波堤で区切られていた。その先端の方には、釣り人が何人かいた。船溜まりの手前で止まった。まるっきりの逆光だった。灯台の、ちょうど頭の上あたりに太陽がある。写真は無理だ。振り返って、高い防潮堤に守られている、砂浜の方を見た。あとで、明かりの具合がよくなったら、あっちの方にも行ってみようと思った。

引き返した。どこからともなく、歌声が聞こえてきた。もちろん、ひばりちゃんの<みだれ髪>だ。駐車場に上がった。海側の柵の前に、立派な碑と大きな写真看板がある。迷うことなく、一枚だけ撮った。だが、碑や看板には、それ以上近づかず、掲載されている写真や文字もみなかった。何しろ、今の関心は<灯台>なのだ。ただ、心地よい海風の中、かすかに聞こえてくる歌声に、一瞬耳を傾けた。<淡谷のり子>のような歌声だなと思った。それに、たしかに、最果ての岬にはぴったりだ。やぼったい、貧乏だった昭和の時代を思い出したのかもしれない。

車に戻った。たしか、着替えたと思う。背中が汗びっしょりだった。そのあと、駐車場を出て、海沿いの広い道を走った。行先は、塩屋埼灯台から見えた、海の中の白い防波堤灯台だ。来るときに、<賽の河原>という看板があり、面白そうだと思った。方向としては、同じだ。右折して、うねうね走っていくと、何となく行き止まり。右手を見上げると、岬の上に、墓石のような、石仏のようなものがたくさん見える。<賽の河原>なのだろう。だが、どのように行くのか見当もつかない。それに、お目当ては、防波堤灯台なのだ。

回転して、今来た道を戻った。カンを働かせて、工事中のだだっ広いところを走っていくと、漁港らしきものが見えた。ちょこんと灯台の頭も見える。中に入っていくと、けっこう車が止まっている。係船岸壁が釣り場になっていて、釣り人がたくさんいる。たらたら、辺りを見ながら走って、突き当りの防波堤の前まで行った。辺りに車がたくさん止まっているので、かまわず駐車した。

カメラを持って、背丈以上ある防波堤の前に立った。都合の良いことに、短い梯子が立てかけてある。上には釣り人が何人かいた。臆することなく、まず、カメラを防波堤の上に置き、身軽になって、その梯子を上った。ま、カメラを落とさないように、用心したのだ。防波堤は、何というか、海に向かって、コの字型に伸びていて、その先端に灯台がある。もっとも、登ったすぐ横に金網があり、仕切られている。要するに、そこから先は立ち入り禁止で、灯台には近づけないのだ。いや、灯台の根本あたりに、何人か釣り人がいるぞ。

まあいい。金網の反対方向へ向き直り、お決まりの、歩き撮りだ。明かりの具合も良く、いい天気だった。と、女性が一人、座りこんで釣り糸を垂れている。タバコを吸っているらしく、臭いが、どこからともなくしてくる。ちらっとみたら、おばさんではあるが、どことなくあか抜けている。ま、言ってみれば、さばけた感じの、美人だった。一人で来ている筈はないと思った。一応、防波堤上での、ベストポジションを見つけて、何枚も写真を撮った。灯台の根本に釣り人がいて、映り込んでしまうのが、気になったのだ。

ところで、この時点では、この防波堤灯台の名前を知らなかった。ちなみに、今調べました。<豊間港沼之内沖防波堤灯台>。ただ、あの時も思ったのだが、ペアである<赤い防波堤灯台>が、見当たらない。今一度、ネットでよく見ている、二つの<灯台サイト>で確かめた。だが、それらしきものの記載はない。防波堤灯台が、白と赤のペアであるということを知ってからは、知らず知らずのうちに、白の相手の赤、赤の相手の白が気になるようになっていた。

ある程度のところまで行って、引き返してきた。防波堤を下りようとしたら、すぐそばにいた釣り人が、金網をうまくかわして、向こう側の堤防に飛び移った。なるほど、手で金網をつかんで体を支え、右足を脇にあるテトラポットの尖った部分におき、そこを支点に回転しながら、向こう側に飛び移るわけだ。やってやれないこともないなと思った。しかし、以下三つばかりの理由で、実行しなかった。カメラを首から下げているわけで、身軽に飛び移るわけにもいかない。爺だしね。それから、灯台の根本には、依然として釣り人がいるのだし、写真的にも、ベストポジションではないような感じがする。

それに何よりも、立ち入り禁止だ。先日、テレビで見た、立禁の堤防に出入りする釣り人の映像を思い出した。自分が釣り人で、よく釣れるのがわかっているなら、そして、みんなやっているのなら、金網や柵を乗り越えるだろう。だが、モノになるかならないか、おそらくロクな写真しか撮れないだろう。そんなことのために、わざわざ、多少の危険を冒し、多少の罪悪感を感じながら、立禁の網を乗り越えることもあるまい。と、大人の判断をしたのだ。

先ほどの、中年のさばけた美人は、同じ場所で釣り糸と垂れていた。そばに大柄な、黒っぽいオヤジがいて、何か話しかけていた。連れではないなと思った。

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2021

08/25

Wed.

10:43:09

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 福島・茨城編

<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#5
高速走行~塩屋岬灯台撮影1

二日目
<6時前に起きる 昨晩夜8時前後に物音 人の出入り うるさい 夜中になってからは静か ほぼ1時間おきにトイレ>。あまり、よく眠れた感じでもなかった。だが、何しろ、寝たのが早い。おそらく、九時過ぎには寝ていただろう。眠りは浅いが、時間的には十分だ。それに、お決まりのように、六時過ぎたころから、ガタガタうるさいのがビジネスホテルだ。ぐずぐずしないで、さっと起きた、ような気がする。まずテレビをつけ、さっと洗面をすませた。朝食は菓子パンと牛乳、それと、持ち込んだ、皮をむくと、ところどころ黒くなっているバナナ。たいして腹も空いていない。これで十分だ。

排便を試みたが、ほんの少ししか出なかった。着替えて、荷物整理。それと、ざっと部屋の整頓。最後に、これもお決まり、部屋の写真を撮った。窓は嵌め込み式で、細い針金の入った強化ガラスだった。見ると、街並みの向こうに低い山並みが見える。少し紅葉している。左から朝日が昇っているようで、町全体が仄かなオレンジ色に染まり、建物に長い影ができている。いわば、地方都市の、静かな朝だ。窓越しに、何枚か撮った。この時<大震災>のことは、まったく失念していた。

<7:00 出発 近くのローソンで地域クーポン¥1000 消化 (鯖缶3 牛乳 おにぎり)>。付け加えよう。地域クーポン券で、夕食などの食料を調達するのが、一番経済的だと思った。だが、朝っぱらから、夕食の弁当を買うわけにもいかないだろう。車の中に置いておく時間が長すぎる。それと、クーポン券は相馬市でしか使えないのだ。このまま高速移動してしまえば、無駄になる。で、常備食糧である<鯖缶>なら、買っておいても無駄にはなるまい、と考えたわけだ。小者の考えそうなことだ。何とでも言え!

<7:20 高速>。相馬インターから小一時間、高速走行。今日は、昨日来た時とは違い、放射線量に対する恐怖心もなく、興奮もしていなかったので、帰宅困難区域の惨状を、運転しながらではあるが、じっくり見定めた。まずもって、整然と区画されている田畑が、草ぼうぼう。住居は健在だが、人の気配が全くしない。これは昨日も見た光景だ。さらに今日は、変にのっぺりした、更地になった田畑だ。そのすぐ横は草ぼうぼう。なるほど、そばに除染した土嚢袋が並んでいる。

なんだか、頭がくらくらした。あんなことをやっても、無駄なのではないか。いや、無駄ではないかもしれないが、どのくらいの時間と労力がかかるのだろう。おそらく、誰も答えることはできまい。田畑の除染がいかほど有効なのか。さらに、広大な森や林は、除染の対象にはならないのか。畢竟、除染は田畑だけでいいのか。放射能で汚染された土地と空間はどうなるのか。もっと言えば、そこで生息している生き物や植物はどうなるのか。何もかもがデタラメで、小役人が小細工を弄しているようにしか思えなかった。世界の空白、喪失、人間への不信感で、頭が膨れていくような気がした。

<四倉>で高速を降りた。たしか、来る時にトイレ休憩した小さなパーキングの名前も<四倉>だった。料金は¥1500くらいだった。一般道に入った。そこは、田畑の中をうねうね行く、交通量の少ない地方道だった。すぐそばに低い山並みが見える。旅に出れば、よく出くわす、見慣れた光景で、刈り取りの終わった稲田は、どこか清々していて、長閑だ。生命力がありすぎて、刈り取られた後でも成長し続け、青葉が出てくる。以前、農夫から聞いた話で、秋冬に、稲田が緑になっている理由だ。唐突だが、<いのち>のかけがえのなさを思った。それゆえに、なおさら、憤怒した。

塩屋埼灯台の案内標識が出てきた。左手に海が見えてきたと思う。と、彼方向こうの岬の上に、逆光でぼうっとしている灯台が見えた。防潮堤沿いに広めの駐車場があり、トイレらしき建物も見える。車を入れる。外に出て、望遠で灯台を狙うが、遠目過ぎて勝負にならない。しかも、モロ逆光だ。用を足して、すぐに道に戻る。

さらに、海岸沿いの広い道を進んでいくと、何やら、ガードマンがいて、通行禁止らしい。窓開けると、女性のガードマンが来て、この先は、灯台までしか行けません、と言う。灯台を撮りに来たんで、と言って通してもらう。左側は依然として巨大な防潮堤。駐車スペースはあるものの、柵で仕切りがしてある。止めることはできない。そのまま突き当りまで行く。

土産物店らしき建物があり、駐車場になっている。ネットで見た、美空ひばりの碑と、写真付きの大きな掲示板もある。ちなみに、なんで<美空ひばり>なのかと言えば、<みだれ髪>という曲が塩屋岬を題材にしているからだ。写真付きの黒御影の碑の前に立つと、あとで知ったことだが、センサーがついていて、ひばりちゃんの歌声が流れる仕掛けになっている。若い頃、美空ひばりの歌はひと通り聞きこんでいたので、むろん、<みだれ髪>も知っている。サビの♪塩屋の岬♪の部分は、頭にこびりついている。昭和の大歌姫、日本の女性歌手の中では一番好きかもしれない。なにしろ、歌がうまい!

戻そう。ちょうど、灯台への上がり口の前が空いていた。駐車して、装備を整え、いざ出発、灯台に登り始めた。これが意外に急で長い。途中に眺めのいい所があったので、一息入れた。北東側の海だ。きれいに弧を描いた砂浜があり、海の中に、白い防波堤灯台らしきものが見える。ここにも<大津波>が押し寄せてきたのだろう。海沿いの、今さっき通ってきた広い道は、真新しい高さ五メートル以上もある防潮堤で、がっちり守られていた。いちおう、首にかけているカメラで、この光景を何枚か撮った。ただ、新設された道路や防潮堤は、いまだに、この景観の中に溶け込めていないようで、少し違和感を感じた。

さらに登っていくと、視界が開け、目の前に、背の高いステンレスの柵が見えた。どうやら、灯台敷地の入り口だ。その手前は、やや広い、コンクリのたたきで、まず目に入ったのは、白い大きなラッパだ。これは、灯台巡りを始めてからは、よく目にするもので、<霧笛>だね。あとは、断崖側に柵があり、その向こうに、岬に立つ白い灯台が見える。長い紐にくっついている万国旗が風になびいている。十一月の一日が、<灯台の日>だそうで、なにか催しをやったのだろう。その名残だな。

さっそく、柵に肘を立てて、何枚か撮った。だが、逆光気味で、よろしくない。ポーチに結び付けている<磁石>を見たのかもしれない。太陽の位置を確かめた。おそらく、午後になり、陽が傾けば、順光になり、灯台に日が差すはずだ。余裕だった。何しろ、今日は、陽が沈むまで、灯台で粘るつもりだったのだ。

灯台の敷地をがっちりガードしているステンレスの門をくぐった。左手が受付、正面右には、東屋があり、その下にテーブルとベンチも置かれている。なるほど、目の前は海だから、最高の休憩場所だ。受付で、念のために聞いてみた。あとでまた灯台を撮りに来るので、再入場できますか、と。大丈夫です、と受付のおばさんの声が聞こえた。しぶしぶ、というよりは、快く承諾してくれた感じが声音でわかった。ちなみに、自分のおばさんへの言葉は、実際には、ここで記述したようなものではなかったはずだ。もっと、何というか、要領を得ない、まどろっこしい日本語だったと思う。もっとも、こちらの真意は伝えられたのだから、問題はない。だが、もう少し、ゆっくり、言葉を選んでちゃんと話すことだってできたはずだ。それができない自分が、バカに思えることもある。しかし、また一方では、真意が伝われば、バカに思われてもいいや、と開き直っている自分もいるのだ。

¥300、払って、建物の横から灯台へ向かう広めの階段道に入った。両側が、やはりステンレスの柵で、そこに、地元の小学生たちだろう、子供たちが描いた灯台の絵がずらりと並べられていた。その絵たちに興味を持ったが、まずは灯台撮影だ。いつもの作戦で、撮り歩きを始めた。しかしね~、これはむずかしい!まずもって、階段道は、灯台と直線で結ばれているわけではなく、正確には、灯台入り口前の、ちょっとした広場へ向かっているのだ。

どういうことかと言えば、画面に、必ず、階段道の柵が入ってしまうのだ。断崖側の柵から身を乗り出してもだめで、いっそのこと乗り越えようかとさえ思った。だが、さすがにこれは自制した。人目をはばかる行為で、観光客がひっきりなしだ。それに、柵と断崖との間は、きれいに整地された、二メートル幅くらいの赤土で、足場の確保もおぼつかない。柵があるのには理由があるのだ。

なるほどね、ネットで見た写真が、みなイマイチなのが、よ~く理解できた。つまり、この階段道からの写真は、誰がどう撮っても写真にならないんだ。ま、それに、明かりの具合も、やや逆光気味。なんだか、緊張の糸が切れてしまった。いちおう、海側の柵に寄りかかりながら、眼下の、防波堤灯台を望遠で狙ったりもした。もっとも、こっちは、まるっきりの逆光で、全然写真にならない。

おそらく、ここまで、これといった写真は、一枚も撮れないまま、灯台本体の入り口まで来てしまった。もう、灯台の全景は撮れない。巨大すぎて、カメラの画面にはおさまらないのだ。ま、それでも、灯台の周りを、360度歩いた。白い胴体を見上げては、風になびく万国旗などをしつこく撮った。灯台写真というよりは、素人の観光写真だね。

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