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<灯台紀行・旅日誌>&<花撮り物語>&<第二次入間川写真紀行>

<灯台><花><入間川>などのフォトエッセー

2020

06/18

Thu.

20:38:53

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/11/30(土)晴れ。真冬の寒さ。
<入間川写真紀行2-8>昭代橋から狭山大橋・往復

十時半出発。いつもの小畔川沿いの道を走って、サイボクの交差点を直進、狭い旧道をうねうね走り、昭代橋の先、公園の駐車場に車を止める。

土曜日のせいか、車がたくさん止まっている。芝生広場では、親子連れなどが遊んでいる。チャリを下し、昭代橋の歩道を渡りながら上流の景色を撮る。

といっても、ほぼ逆光で、ほとんどモノにはなるまい。いちおう、カメラの性能を期待して、少しずつ位置をずらしながら、きらきら光っている川面や、端のほうにある富士山なども画面に入れた。

例の、右岸土手の専有物は、ほとんどなくなっている。行政指導されたのだろう、きれいな緑の土手道がいい。とはいえ、土手際に洗濯物干しが見える。通行の邪魔にはならないが、なんか嫌な感じだ。

昭代橋を渡り終え、国道を右折して、少し行って、また右折、民家の間を通り抜け、右岸の遊歩道に出る。先日来たところだ。そこから、チャリで上奥富用水堰まで行く。

途中の景色は、どうということもない。いや、チャリだから、ロクに目に入らない。すぐに堰の脇、遊歩道が崩壊していて、堰には近づけない。とはいえ、水量が多く、魚道も作られている。
気持ちのいい眺めだ。

少し迷ったが、この先、遊歩道でどこまで行けるのか気になり、さらにチャリを走らせた。左側は、鬱蒼とした茂みで、おっと、ホームレスのブルーシートの掘立小屋が、ちらっと見えた。

右側は、運動公園に沿った道路。街路樹なのか、大きな山茶花が四本ほど、間隔をあけて立っている。みな赤いお花をいっぱいつけている。

写真を撮ることもなく、じきに狭山大橋の下に出る。止まって、橋の橋脚などを眺める。その先には川の流れがあるはずだ。以前は、歩きだったから、橋のたもとの水辺には、必ず行ったものだ。正直なところ、今は、ケチな風景には、ほとんど興味がない。

今日だってそうだ。気持ちのいい昭代橋からの眺め、すがすがしい用水堰を見に来たのだ。…何かが変質しているわけだが、とちらっと思ったが、そんなことよりも、この遊歩道がどこまで続くのかが気になった。

さらに行くと、運動公園のはずれ、その先はごみ焼却場だ。遊歩道は、そっちには行かないで、隣接する公園の中、というか、縁を回っていく。その先は、川べりの崖だが、そこで、遊歩道は、見事に下をえぐられ、崩落していた。

止まって、川のほうを見た。以前、このあたりの流れの中に<軍艦のようなコンクリート>があった。が、見つけることもできず、いや、見つけようとする努力もせず、ちらっと見ただけで引き返した。

復路のことを考えた。このまま、今来た道を戻るか。運動公園の中を見ながら、そう、帰りに山茶花を撮ろうと思ったんだ。それとも、狭山大橋を渡って、左岸を遡上しながら、車に戻るか?

あいにく、今日も、腕時計を忘れてしまったが、太陽は少し傾いた程度だ。まだ元気だし、それに左岸側からも、用水堰を見てみたいしな、ということで、辺りを見回した。

というのも、狭山大橋に出るには、以前もそうだったが、いったん河川敷から出て、民家の横から、ぐるっと回りこむ感じになるのだ。確かその時、橋の下に隠れるようにして、ペットボトルかアルミ缶かが、山のように積んであって、脇に軽トラも止まっていた。純然たる?ホームレスではないのかもしれないな、と思ったものだ。

そんなことは、どうでもいい。橋の上に上がった。セコいことに、有料の橋だ。一応、上流側に専用歩道がついている。が、上流も下流も、大した眺めじゃない。西のほうに鉄塔と<おっぱい山>が見えるだけだ。

橋を渡り終えると、料金所。普通車\200というのは高すぎるだろう。それに、ふと見ると、自転車通行は\20ときた。防犯カメラもついているとの警告文もあり、すぐそばに、料金所の係員の姿も見える。仕方なく、財布を取り出し、しかし、五円玉と一円玉二個だけ入れて、さっと脇を通り過ぎた。

横断歩道を渡って、Uターンして、住宅街を通り抜け、左岸の自転車道に出た。すぐに狭山大橋の下。水辺に下りていけるが、チャリで通過。自転車道からそれて、土手下の細い舗装道を行く。ちなみに、自転車道は、土手の上を走っている。

見ると、老夫婦が、二人並んで、歩いている。チャリのスピードを落とし、<すいませ~ん>と声をかけて通過。この道は、以前はジムニーで走ったものだが、今の車じゃ、全然無理だな。そう思いながら、さらに行くと、道が少し広くなり、上流の見通しがよくなる。といっても、この時間モロ逆光で、ほとんど何も見えない。りっぱな柵のある所で止まり、対岸を見回す。

鬱蒼たる崖が続いている中、あったよ、かなり大きめのブルーシートの屋根が。あんな崖際にいて、先日の大雨の時はどうしたんだろう?あるいは、再建したのかな?ふと思った。が、それだけだ。

さらに行く。道が少し上り坂、そのうえ、数メートルおきに、なんというか、段々がある。要するに、スピードを抑制するために路面に凹凸をつけて、走りにくくしているわけだ。その都度、チャリから腰を浮かして、ペダル立ちしてクリアしていった。そう、子供のころにはよくやった、チャリの乗り方だ。

ギアは、一番軽い奴だったが、めげることなく、ゆっくりと、緩い勾配を上り切った。汗だくだった。だが、不快ではなかった。と、道が通行止めになっている。作業着を着たおとなしそうなオヤジが、看板をしつらえている。

なかば崩壊して平らになった護岸にチャリを止め、堰を眺めた。水量は多い。ゴーゴーと音を立て流れている。堰に立ち入り、コンクリの段々に座って、下流の景色を眺めたものだ。今日は立ち入り禁止、引き上げだ。

遊歩道は通行禁止、なので、工事用の網のフェンス沿いに少し行って、急な土手を、といってもほんの五、六メートルだが、力任せにチャリを引いて、登りあがった。あと一歩というところで、ずるっと滑りそうになったが、登山靴が持ちこたえくれた。

あとは、自転車道を遡上し、河川敷公園のところで、駐車場沿いの桜並木の道に迂回、昭代橋の交差点に出た。車に戻って、寒風の中、上半身裸になって、Tシャツの着替え、汗びっしょりだった。

チャリを積み込み、運転席に座って、持参した水と、バナナを一本食した。甘かった。あ~、パンチコヘの誘惑を<私は入間川歩行を選択する>と、何回か口の中で唱えてよかった。・・・これは、失明の危機に瀕したとき、<禁煙>するために使った方法で、それまで三十年間吸っていたタバコを、一か月でやめることができた。

もっとも、その時は、失明を避けるためなら、何でもやれる気になっていたから、この<おまじない>は、その補助的な役割を果たしたに過ぎない。ともあれ、これは<自律訓練法>からの応用だろう、と思った。…<自律訓練法>かなり真剣に取り組んで、ある程度までは習得した。そのことが、今になって役立ったのだろうか?あの時期に費やした膨大な時間、無駄ではなかったのかもしれない。

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2020

06/13

Sat.

12:47:51

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/11/20(水)晴れ、強風。木枯らし一番だそうな。
<入間川写真紀行2-7>

十時半出発、裏道からサイボクの横に出る。今日はそのまままっすぐ。川沿いの旧道を走る。昭代橋の交差点を過ぎて、すぐ左手、新しくできた駐車場に車を止める。この場所は、桜などを植えて、ずいぶん前から整備していた。駐車場もやっと完成して、憩いの広場の体裁が整ったようだ。一台分の駐車スペースがかなり広い。こんなのは初めてだ。

チャリをおろし、広場を横切り、左岸土手の自転車道にでた。それを、上流の新富士見橋へと遡上する。風が冷たい。手がかじかむほどではないが、ネックウォーマーが必要だ。

すぐに新富士見橋、下流側の歩道、チャリを引きながら歩く。時々チャリを止めて、歩道を行ったり来たりしながら写真を撮る。順光になっているので、空も川の水も青くて美しい。流れの中には、白いコサギなども見える。

橋を渡り終えると、16号の交差点。横断歩道を渡って、今度は、上流側の歩道に出る。この歩道は、車道とは別個のもので、要するに、新富士見橋に並行して作られた歩道専用橋だ。橋の方の歩道が狭くて危ないから、あとから作られたのだろう。広くて、安心、ゆっくり写真は撮れるが、斜め逆光でカミの風景はイマイチ。

交差点の歩道橋にちょっと上って、川向うにある、にょきっと出ている10階建てマンションを、山並みを背景にして撮った。以前、丘の上にあがって、このマンションをかすめながら着陸してくるジェット機などを撮ったこともある。背後には自衛隊の入間基地があるわけで、明らかに、ジェット機たちはこのマンションを着陸時の目印にしている。周囲はすべて、二階建ての民家ばかりなのに、このマンションだけがにょきっとしている理由だ。と一人納得した。

…いまでも四か月に一度、お茶の水の眼科クリニックを受診している。その21階から時々見下ろすのが、ビザンチン様式のニコライ聖堂だ。アメリカ軍の空襲を免れた理由は、B29の飛行目印になっていたからだ、と何かで読んだ覚えがある。ありそうな話だが、それはさておき、この入間川べりの、にょきっとしたマンションの住人たちは、気が気ではないだろう。いつ何時、万が一にも、ジェット機が突っ込んでくる可能性が、ゼロではないのだ。小心な俺などは、到底住んでいられない。

新富士見橋からの、上流の景色が好きだ。流れの向こうに、本富士見橋が見え、左手丘の上には建物、はるか遠くに山並みも見える。ただ残念なことに、この景色は、順光で見ることがほとんどできないということだ。西に開けているわけで、順光は早朝しかない。早朝に撮りに行くということは、自分にとっては時間外で、あり得ないことだから、ということは、そこを変えない限り、俺の腕ではきれいに撮れないということだ。

それでも、以前はなんとか写真にしたいと、午前中の早い時間に出張ったこともある。あの当時は、カメラの性能もよくなかったが、そんなことよりも、情熱のほうが勝っていた。だが、いやっていうほど撮ったそれらの写真は、おおむね露出不足で失望を山のように積み重ねた。

今回、カメラもよくなって、補正の腕なども上がったが、やはり、斜め逆光いう条件下では、頭の中で見ている風景を写真に定着できなかった。ま、それはしょうがない。ここは、逆転の発想で、これからは、斜め逆光を生かした絵作りを考えよう、今そう思った。

…新冨士見橋、この名前は、もちろん、この橋から富士山が見えるということだ。たしかに、青くかすんでしまった空の端のほうに、ちょこっとだけ、冠雪している富士山が見えた。ま、どう考えても写真にはならないが、一応、画面に取り込んでおいた。

橋の復路で考えた。チャリを引いて橋の下に出るにはどうするのか?以前は16号沿いの建材屋の脇から橋の下へ出られた。伸びあがって、そのあたりを見ると、今でも行けそうな感じだ。建材屋は廃業したようだが、立派な住宅はそのまま。その横を、チャリを引いてそろそろと河原へ下りた。新冨士見橋の下は、きれいになっていた。遊歩道が整備されたからだろう、以前のような不穏な雰囲気はない。

ちょっと迷ったが、遊歩道を上流へ向かって少し行き、先日見た水門のあたりで引き返し、今度は下流へ向かった。そして新冨士見橋の下を通り抜け、昭代橋まで行って戻ってきた。チャリだと、多少の距離も何ということはない。

以前、なぜか真夏の暑い日が思い出されるが、写真を撮ったところで立ち止まり、物思いにふけった。たくさんの赤い実が目に入った。斜めにかしいだピラカンサスに木の根っこなどが絡まっている。かろうじて生き残ったわけか。たしか、黄色の実もつけていたよな。

あとは、土手の上の、なんというか、土手際に民家が並んでいて、中には、土手に物干しや椅子などを置いて、占有している奴がいた。カメラをぶら下げているとはいえ、なんとなく通りにくい感じで、憤慨したものだ。…一級河川の土手とか河川敷は、国有?だろう?ちょっと上を見上げた。今回は確かめる気にもならなかった。ちなみに、昭代橋付近にあった、河川敷耕作地は、お花畑になっていた。

…まあ、こんなことを書いていたら、際限もないが、脳細胞の活性化にはなる。要するにボケ防止だ。頭に浮かんだことを言葉にすることは、めんどくさいし、イライラすることもある。とはいえ、調子のいいときには、どこからともなく、すらすらと言葉が出てきて、書いているということも忘れて、気持ちがいいもんだ。

…周りを見回しながら、少し考えた。本富士見橋を渡って、左岸の河川敷公園の中を通って、駐車場に戻ろう。チャリを引きて、16号の歩道に出る。少し行くと、左手に神社、清水義高が祭ってある。すぐには誰だか思い出せない、思い出すこともないかと不問に付す。…今調べてみて、記憶がよみがえった。木曽義仲の子で、頼朝の疑いを受け、入間川八丁の渡し付近で殺害されたが、その後無実となり、このあたりに清水八幡宮が造営された。だが、洪水で流され跡形もなくなり、現在の場所に残った石祠を安置したという。

…<古典太平記>を素材にして芝居をやっていたころには、そう、旧鎌倉街道などのことが気になり、調べたことがあった。というのも、新田義貞の鎌倉攻めの際には、入間川周辺でも合戦があったようで、覚えている限りでは、日高の女川、所沢小手指の古戦場などがある。そうした知識があり、この神社の由来を読んだときに、おやっと思った覚えがあるのだ。といっても、<太平記>の前の話だから、さほど気にも留めなかった。年月とともに、薄い記憶は完全に消失してしまったわけだ。・・・歴史とは思い出だ、といったのは小林秀雄だったか?

本富士見橋を渡った。富士山が、斜め逆光の中、うすぼんやりと見えた。渡り終えて左岸側、河川敷に下りた。橋の下には、ベンチがあった。チャリを止めて一休みした。そばに大きな木が二本立っている。おそらく、先日の濁流に耐えたのだろう、が、そんな素振りはみじんも見せず、普通に立っている。…愚痴や弱音を吐くのは人間だけだ。俺の飼っている年老いた猫だって、痛くても辛くても、平然といつも耐えている。決して、他人のせいにすることはない。見習うべきだ、といつも思う。

左岸の、本富士見橋から昭代橋の間の河川敷は、細長い憩いの広場になっている。その中に散歩道ができていて、東屋やベンチなども置かれている。ゲートボール場もあったかな。間隔を置いて、低木の酔芙蓉が植わっており、真夏の暑い時期には、よく撮ったものだ。が、さすがに跡形もない。いや、根っこだけが残っている。時間によって、花弁の色が変わるので酔芙蓉と名づけられた、ピンクの大きな、ふくよかなお花たちを思い出した。

富士見橋の下をさらに行くと、土手際に花壇があった。ミニトマトのような真っ赤な実をつけたものや、小菊類、チェリーセージなども植わっている。これは明らかに、あの増水の後に造られものだ。そういえば、水際にも難を逃れた、比較的大きな木がたくさんあって、青々と葉を広げている。水辺にもソバの白い花、アカツメグ草が咲いている。花を育てる人間の謙虚さ、そして自然の再生力を感じた。

護岸沿いの狭い場所に、砂を撒いているホームレスがいる。畑にして野菜でも作って、自活しようというのか。休み休みしながらやっているから、ジジイだなと思った。が、よくよく見ていると、上下そろいの防寒着を着ている。しかも、そばの東屋の周りには、砂の小山がいくつもあり、チャリにも、何か園芸用の道具類などがたくさん積まれている。ホームレスじゃないな、趣味でやっていた家庭菜園を濁流に持っていかれてしまい、造成しなおしているのかもしれない。

そう納得して、反対側の土手を見上げた。その向こうに車が駐車してあるのだ。急な階段が目に入った。その下辺りで、若い男女が楽しそうにバトミントンをしている。平日なのにと思いながら、ちらっと横目で見て、階段脇の五センチくらいの縁に、チャリのタイヤを置いて、力任せに階段を登り上がった。最後の数メートルは、かなりきつかったが、ジムでの体力強化が役立った。腕っぷしが少し強くなっている。

車に戻った。汗をかいたので、Tシャツの交換。一瞬、上半身裸になる。風が少し冷たかったが、綿マフラーで、背中を洗うように拭いた。爽快だった。

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2020

06/04

Thu.

10:53:43

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/11/13(水)晴れ。<入間川写真紀行2-6>。

十時半ころ出発。裏道を抜けて、サイボクの脇を右折。直進して、一つ目の信号を左折、智光山公園の駐車場が左側に見える。このまままっすぐ行くと、そうだ、新冨士見橋だ。適当なところで右折して、工業団地の中を抜け、広瀬橋に出る。橋を渡ったところを左折、砂利の土手道に入る。すぐに行き止まり、本冨士見橋で土手が切れている。

車をUターンさせ、駐車。土手脇が少し広くなっているので、うまく回転できる。車が二、三台止まっている。釣り人だな。風が強いので、帽子は被らず、付近を探索。

土手からは、少し上流の田島屋堰の眺めがいい。下流側には本冨士見橋があり、この橋も、来るたびに撮っている。ふと気づいたのだが、この橋の下にも、魚道らしきものがある。以前はなかったような気がする。

護岸沿いに、少し下流へ向かってみた。入間川・狭山三つ子橋の兄貴の二人、新富士見橋、昭代橋が、小さく見える。遊歩道は大雨で冠水して、かなり荒れているが、注意すれば歩けないこともない。

…書く気力がなくなっている。無理している。というのも、この第二次写真紀行を朗読して、ユーチューブにアップしようという計画を思いついて、ちょっと、試験的に音源などを作ってはみたものの、イマイチ、文章が平板で、聞いていて面白くない。やや、うんざりしてしまったのだ。

それに、この企画は、自分の文章とはいえ、実現化するには、かなりのエネルギーが必要になる。ま、片手間に、というわけにはいかないのだ。

それに、そもそも、朗読することに、何か意味があるのか。あるとすれば、アリバイ作りだな。存在確認、あるいは、存在証明、そんなところだろう。

・・・ま、いい。先を続けよう。上流側にも、少し行ってみた。護岸沿いの下草は、大雨で一掃されてしまい、なんとなく清々した感じがした。以前、この辺には雑草が生い茂っていて、鬱蒼としていた。堰に近づくには、護岸の上を歩いていくしかなかった。

その護岸上で、人相の悪いホームレスに、いきなり出っくわしたことがある。どうやら、真夏の太陽を避けて、涼んでいたようだ。ちらっと眼があったが、すぐにそらした。と、茶トラの猫がとびかかってきた。奴が、おもいきり手前に引っ張ったで、ひっかかれずにすんだ。つまり、ニャンコは、ひもでつながれていたわけだ。

河原に掘っ立て小屋などを立てて生息しているホームレスもいる。が、こやつは、ニャンコを連れて、あっちこっち渡り歩いているのだろうか?それにしても、目つきが鋭い、いやな奴だ。

その時は、とりあえず通り過ぎた。堰の前まで行き、写真を撮っている間も、帰りもまた、奴のいる護岸を通らなくちゃならないのか、と考えていた。ほかに道があれば、できれば顔を合わせたくない。

しょうがない、行くしかない。奴は、背の高い雑草を背にして、携帯ラジオを耳に当てている。にゃんこが、その横におとなしく座っている。むろん紐がついている。目を合わさず、奴とニャンコの前を、体を避けるようにして、通り過ぎた。ニャンコがまん丸い眼をして、またとびかかってくる気配だが、奴が、しっかり紐を握っていて、制止している。真夏の、じっとしていても汗が首を伝わってくる、日陰のない河原での出来事だ。

不穏な雰囲気が、至る所にあった入間川だが、これまでのところ、護岸沿いに遊歩道などができて、健康的な雰囲気になっている。いや、自分自身が、そういうところへは、半ば無意識のうちに、足を踏み入れないのだろう。あの時期とは違って、自分もホームレスのようなもんだ、とは思えなくなっていた。

車に戻った。土手道を遡上して、広瀬橋手前の河川敷へ降りた。流れ沿いに、三々五々、釣り人の車が止まっている。先日の、横一列にきれいに並んでいた数十台の車は跡形もない。あれは、何だったんだろうと思いながら、そこに車を止めた。

チャリを車からおろして、広瀬橋に上がり、下流側の歩道を歩いた。せき止められた川の流れが、水鏡になっていて、広々と、豊かな青緑色をしている。先日も撮ったのだが、思わず、シャッターを押した。

橋を渡り終え、左岸の自転車道を行く。対岸の崖の上には、先日書くのを忘れたが、コンクリの円筒形の構造物が二つ、これは浄水場だが、それに、何か細い塔のようなものが見える。こちらは、ド忘れしたので今調べたら、児童館のプラネタリュウムだ。…以前、気になって探索に行ったことがある。どちらも、そばで見ると、なんともない感じで、ちょっとがっかりした覚えがある。遠くから眺めていたほうが良いものもあるんだよ。

じきに本富士見橋に到着。歩道は、上流側にあるが、午後のこの時間、ほぼ逆光。写真はちょっと無理っぽいが、一応、カメラの性能と、自分の補正の腕に希望を託して?何枚も撮ってみた。ついでに、下流側の景色も撮った。こちらは、ほぼ順光状態なので、青空も、川の色も、きれいに撮れそうだ。

初めて、この橋を歩いた時の感動とは、程遠いものがあるが、ま、いいだろう。この橋からの眺めを写真に撮ろうとするならば、もっと早い時間に来なくてはならない。以前思ったことを思い出した。

引き上げ。今来た道を戻った。対岸は、モロ逆光状態、まぶしくてカメラを向ける気にもなれない。途中、田島屋堰を見下ろせる、自転車道がちょっと広くなったところのベンチで小休止。持参したペットボトルの水とバナナを一本食する。正面からの光がまぶしいので、横向きに座り、ふと思った。四国の札所を歩いた時のことだ。

・・・遍路道では、疲れたら、どこでもかまわず座り込んで給水、小休止したものだ。あの時の、なんというか、自由というか、楽しい、解放された気分が一瞬よみがえった。大きく一呼吸した。四国巡礼、残りの四分の三を、こんどは車にチャリを積んで回ってみてもいいかもしれない。求道的な感じじゃなくて、写真を撮りに行くのか?いやいや、ふと思っただけだ。

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2019

12/01

Sun.

13:50:21

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/11/6(水)晴れ。<入間川写真紀行2-5>。

今日は十日、要するに、この<心の覚書>をなかなか書けないでいた。でも今日こそは、仕上げなければならない。別に誰かに強いられているわけではない。単に、自分自身で決めたことだ。だが、今週の水曜日には、また入間川に出る。そうなれば、記憶が上書きされ、さらに薄くなり、なにも書けなくなってしまうだろう。

さてと、いつものように、ほぼ十一時過ぎに出発。入間方面へは、日高県道経由で行くのが距離的には近いが、交通量が多く、信号などもあり、意外に時間がかかる。なので、裏道を通って、サイボクの少し手前あたりに出て、少し走って、407号の田木の交差点を左折した。長い坂を下っていくと根岸橋。渡たり終えたら、前回同様、左逆Vを切って、橋の下の河川敷に到着。およそ35分13キロくらいの行程だった。

車からチャリを下し、豊水橋を渡る。橋からの景色とか、魚道などが気になったが、いちおう、前回撮ったので素通りする。左岸の入間狭山自転車道を、下流の広瀬橋へ向かっている。案内板をちらっと見ると、自転車道の終点は、上尾との境にある入間川大橋で、およそ25キロくらいだ。

ま、そんなことはどうでもいいが、この自転車道の右下は、河川敷運動公園になっていて、野球場とかサッカー場が、流れに沿った狭い河原に、縦長に連なっている。昔、一、二回、歩いたことがあり、その時の記憶がよみがえる。少年サッカーの試合、大興奮している母親たち、少年野球の、子供たちを大声で罵倒しているコーチ、女子のソフトボールチームの練習、土手下には河川敷耕作地?ならぬ、家庭菜園のようなものがあり、ヘチマの黄色の花が咲いていた。…ふと目をやると、どうやら、先日の大雨、濁流に洗われ、運動施設はすべて使用中止になっている。静かなもんだ!

チャリだとあっという間、広瀬橋が目前だ。と、そうだ、河原に入る道がある。いつもは、広瀬の交差点を突っ切り、少し行って歩行者信号を左折、細い道をうねうね行くと、土手にぶつかり、その低い土手を乗り越えて河原に入ったものだ。砂利道だが、チャリで降りたみた。

右手は、河川敷公園になっていて、遊具などがある。…遊具、…公園の遊具などを撮っていた。写真を撮り始めたころで、誰かの影響だな。人間のために造られた、ごくありふれた物なのに、いや、それゆえに、そこに人間がいないとなると、何か空っぽな感じがしておもしろかった。それにしても、思い込みばかりでろくな写真ではなかった。

…朱色がさめてしまって、さえない感じの広瀬橋。上流側の景色が好きだ。流れの真ん中に、大きな砂州がある。橋の歩道を歩きながら、位置を変え何枚も撮った。

橋を渡り終えたところには、野球場のフェンス、その向こうの建物が中学校だ。いつぞや、プールの脇を通り過ぎただけなのに、変質者に間違われ、教師に詰問されたことがある。平日にカメラをぶら下げていたのが、誤解の原因だったようで、その教師たちと興奮して言い合った。嫌な思い出だ。それ以来、あの辺には近づかないことに決めた。

道路を渡った。右岸土手は通行禁止だったはずだが、鉄柵が取り外され、何やら工事中だ。というわけで、橋の下の河川敷には車がたくさん止まっている。岸辺に散見するのは、釣り人の車だろう。が、土手を降りたところに、きれいに横一列に車が並んでいるのは、これは、右手の小学校の先生たちの車なのか、それにしても、ざっと三十台くらい、数が多すぎないか?

右岸広瀬橋の下に入り込むには、以前は、この小学校の敷地を抜ける必要があった。そんなことは許されないのだが、実際には、車が入り込んでいるであり、自分もきょろきょろしながら、何回も通り抜け、右岸土手に出たものだ。

ま、いい。今日はチャリだ。土手を降りて、遊歩道を、少し下流の堰の方へ向かった。・・・この堰は、たしか、田島屋堰だったろうか?今調べて確認した。茶色の遊歩道は、堰の脇辺りで陥没していて、本冨士見橋方向へは行けない。濁流に洗われた下草を踏みしめ、恐る恐る、というのも、マムシが潜んでいるかもしれないからな、と思ったのだからよほどの小心者だ!堰の付近まで行って、下流の景色を入れて、何枚か撮った。…だいたい、この辺は鬱蒼としていて、以前は近づけなかった場所だ。だから、このアングルはかなり新鮮だった。

水際の護岸、釣り人の後ろを通って戻った。広瀬橋の下を抜ける遊歩道があり、チャリなので迷うことなく、右岸を遡上した。これといった景色もなく、霞川の合流点近くで行き止まり。そのまま引き返す。撮影的には、ほとんど意味はないが、チャリで初めて通る道、ということに満足した。

それと、護岸沿いの水辺に、変な木が何本も刺さっている。ここは以前からカワセミの撮影ポイントで、アマチュアカメラマンたちが、人工的な止まり木を作って、カワセミをおびき寄せ、撮ろうというわけだ。性懲りもなく、あの濁流の後に、わざわざ設置したものだろうが、今日は、カワセミどころか、でかいカメラを持ったジジイたちの姿も見えない。…釣り人は静かで単独、それに比べ、カワセミ撮りのジジイたちは、なんか、ざわざわした感じで好きになれない。だいたい百万以上もする大砲のようなレンズをずらっと並べて、カワセミの、どんな写真が撮りたいのか?ロクな奴らじゃない。

また橋の上を歩いた。再度左岸側にわたって、一段と高くなった自転車道を田島屋堰へ向かった。左側は民家、いろいろなお花が咲いている。驚いたことには、堰の付近、自転車道の脇に、ベンチが設置され、そこで、何やら昼寝をしている男もいる。確かに、景色のいいところだから、さっき調べた行政の<川のまるごと再生プロジェクト>の一環なのだろうか?悪い気はしないが、なんだか以前に比べて、人の姿が多い。この辺もちょっと雰囲気が変わったな。

急な砂利道を降りて河川敷に入った。そこにあったお花畑も、濁流で壊滅状態。ここでよくお花の写真を撮ったものだ。ちょっと無残な気持ちになった。チャリを止めて、堰に近づいた。こぶし大の石で敷きつけた護岸?に、ところどころ丸い筒のよう物が刺さっている。雨水を流すだろう、と、なかを覗く。ギョギョ!蛇がとぐろを巻いていた。うわ~~、写真どころではない!という気持ちになったこともある。蛇は気味が悪い、嫌いだな。

田島屋堰、逆光に、流れる水がきらきら光っている。モロ逆光だから、俺の腕では、写真にはならないだろう。とはいえ、何枚か撮った。遠い夏の日、おそらく精神薄弱なのだろう、身体の立派な少年が、堰の中で遊んでいた。俺が、堰に打ち上げられた大きな鯉の死骸を撮り終えると、彼は、その腐った鯉を、大事そうに白いレジ袋に入れた。写真に撮っていたから、何か大事で価値のあるものだと思ったのか、その得意そうな顔を見て、汚いから捨てなさい、と言ったつもりの言葉が、ほとんど自分にも聞こえないほど小さくなっていった。

さあ、帰ろう。右岸の護岸沿いの遊歩道を遡上した。途中、何回かふり向いて、流れの奥にある広瀬橋を見た。写真も撮ったが、ほとんど絵にならない。それよりも、と、対岸の鬱蒼とした崖を見た。あの木立の中には、ホームレスの住処があったはずだ。中に、少し踏み込んだだけで、あまりの不穏さにすぐ引き返したのだ。…ついでだな、チャリだし、行ってみようか。

遊歩道を、あっという間に、豊水橋まで戻り、右岸側の土手、というか崖の上に出た。ここも完全に河岸段丘だな。右側には健全な感じのテニス場や野球場。左側が、問題の不穏な木立。中に何本か小道があり、水辺まで下りていくこともできる。釣り場になっている。そうだ、思いだした。が、さらに行くと、鬱蒼とした木立の間から、物置のようなものが、たくさん見える。のみならず、緑色のフェンスもある。いったい何なのか?誰の持ち物なのか?そんな思いで、木立の中に踏み込むと、ホームレスの住処に行き当たった。生活用品が雑然と取り散らかっている。見てはならないものを見てしまった、そんな感じがして、すぐに引き返した。これは、昔のことだ。

今回は、踏み込む気になれず、チャリに乗ったまま、横眼で見ながら、道の突き当りまで行った。そこは、少し広くなった駐車スペースのようなところで、霞川の低い土手が見えた。霞川は入間川の支流で、先日の大雨では、たしか氾濫危険水位を超えてしまい、レベル4になったところだ。少し上流には、おそらく、高校時代の友だちの家があったはずだ。

狭い土手にチャリを引きあげ、数十メートル行くと、入間川との合流点だ。堰になっていて、流れの真ん中に、複雑な形をした、おそらく水流止めだろう、大掛かりなコンクリの構造物がある。その上に、アオサギ?が身動きもしない。と、正面の青空にジェット機が飛来。慌ててシャッターを切った。

そのジェット機の向かむところは、すぐ近くの、いわゆる狭山丘陵の上にある、自衛隊の入間基地。昔は米軍のジョンソン基地といっていた。離陸するのも、着陸するのも、必ず、入間川を横断する。河原で軍事的な飛行機を見るたびに、幸せな散歩が中断される。騒音とともに、いつも現実に引き戻される。これは、いわば、負の異化効果?なのだろうか、ほとんど反射的にカメラを向けてしまう。

・・・いや、ちがうな。それらの飛行物体に、いまでも、ある種の魅力を感じている。…それは、小学生のころに、戦艦や戦闘機のプラモデルを作って喜んでいたのと同質の感性だ。人を殺すための機械であり、人間と人間の社会を蹂躙し破壊する戦争の道具だという認識が、いまだ血肉化していないのだ。自分も、結局は、そこら辺の人間と同じだ。恥知らずにも、むなしさすら感じなくなっていたが、それでも、青空を切り裂くジェット機の行き先を、心の中で思ったような気もする。

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2019

11/24

Sun.

12:44:55

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/10/30(水)晴れ。<入間川写真紀行2-4>

十時半出発。安比奈新道経由、柏原住宅団地を通り抜け、入間川左岸を遡上。根岸の交差点を直進して、一つ目か二つ目の歩行者用信号を左折。すぐに突き当りになり、笹井の堰が目の前に見える。脇に小さな公園などもあり、車を止めるスペースもある。

この堰は、笹井ダムともいうが、高さ二メートルほどの、少し反り返ったコンクリたちが、川の流れをせき止めている。もっとも、そのコンクリの間とか、監視塔の下とかに、魚道が整備されていて、多少は環境への配慮がなされているようだ。

せき止めた水は、農業用水に利用されていたようだが、今はどうなっているのか?そもそも、この堰は、いつごろできたものなのか?ネットで調べても、正確な情報が出てこない。入間市に資料があるようだが、わざわざ調べなくてもいいだろう。コンクリの風化具合からして、ざっくりした話、五、六十年前の建造物ではないだろうか?

ちなみに、ついでのネット知見だが、この堰の少し上流で<アケボノゾウ>や<メタセコイヤ>の化石が出たそうな。これまた、おおざっぱな話だが、100万年も前のものだという。気の遠くなる話だ。

そんなこんな、きれっぱしの情報を見ながら、ふと思い出したのが、この堰の上流にある崖のことだ。この崖は河岸段丘だろうと思うのだが、十数メートル以上もあり、辺りはうっそうとしている。ホームレスっぽい、いや、地元のオヤジかもしれないが、釣り場のような感じになっている。というのも、汚いベンチや椅子が散見され、台の上にはタオルやペットボトル、むろん、釣り竿も何本も見えたからだ。

部外者が入り込めないような、ちょっと不穏な雰囲気が漂っている。とはいえ、一応、狭いながらも河原なので、かまうものか、カメラをぶら下げて探索したことがある。ま、いろいろあって、俺もかなり捨て鉢の気分になっていたころだ。そのころは、入間川の河原を逐一歩いていて、しょっちゅうホームレスに出っくわしていた。

崖の下に、風体の悪い奴を発見して、ちょっとギクッとしたが、何食わぬ顔で通り過ぎ、狭い河原の切れるところまで行って、下流の堰などをぼんやり眺めた。ついでに写真も撮って、引き返しと、真夏だというのに、焚火をしている。目の端に、エロ雑誌のグラビア、年増の豊満な乳房、悩ましい表情が燃え上がり、みるみる黒い灰になっていく。

そいつは、ちらっと俺のほうを向いて、卑しい照れ笑いをした。下劣な野郎だ!なんだか、とっても嫌な気分になった。言ってみれば、どす黒い衝動が、うっそうとした崖の下に渦巻いていたのだ。

今はもう、その場所に行く気にはなれない。ただ思い出しただけだ。笹井の堰と豊水橋を、今日は撮りに来たのだ。…あの時に比べ、カメラの性能もよくなり、写真の腕も上がった。それに、何よりも心配事がなくなった。いやちがうな、両親二人を看取って、気持ちが軽くなっている。さばさばした感じで、妙に心が静かだ。川の流れ、堰にとどろく水しぶき、河原に生い茂る雑草、見捨てられたような、それでいて、存在感のある古い構造物、そういったものを眺め、写真に収めたいと思っているのだ。

軽登山靴に履き替え、堰の周辺を歩きながら写真を撮った。お昼前後、左岸側はちょうど逆光。先日の台風、大雨などにより水は濁っている。水量も多い。材木や河原の木々が監視塔に引っかかっていて、濁流の凄まじさが想起される。

護岸沿いには遊歩道がある。これは以前にはなかったが、表面に敷かれていたアスファルトが、濁流に流されてしまったのだろう、あちらこちらに、その残骸が散らばっている。遊歩道は、そうだな、およそ100メートルほど壊滅状態。ところどころに、大きな穴が開いている。

台風、大雨の影響は、かなり甚大で、この場所も、以前のような静かなたたずまいを取り戻すには、かなりの時間がかかるだろう。そんなことを思いながら、車に戻った。途中、河原への入り口に、キバナコスモスなどが、少し咲いていた。センダングサなども、斜面のわずかな場所で繁茂している。荒れた感じの、茶色の河原に、植物たちの緑が目に優しかった。

来た道を戻って、根岸の交差点を右折、豊水橋を渡ったところで逆Vを切って、河川敷に入る。ここは、橋の下の広場のような感じで、かなり広い駐車スペースになっている。上流側が、大きな運動公園になっていて、野球場やテニスコートなどがある。豊水橋は、左岸側には駐車スペースがないので、いつもここに車を止めて、橋の上に上がる。

上流側の眺めはいい。目を凝らすと、先ほどの笹井ダムが見える。その向こうには、山並み。一方、下流側の景色は、あまりぱっとしない。が、堰を見下ろせるし、そこには魚道がある。魚道というのは、魚が上流にのぼれるようにしている構造物のことで、笹井の堰にもあったが、豊水橋の魚道は立派なもので、来るたびに、そばまで行って眺めている。

というわけで、橋を渡り、右岸側に出て、急な護岸を斜めに下った。こういう時に軽登山靴が役に立つわけだ。このとき、必ず目に入るのが、豊水橋(とよみず)の下にあるホームレスの住居だ。橋の横幅が広いうえに、高さが地面すれすれ、といっても二、三メートルはあるが、とにかく、野営するには都合がいいのだろう。

橋の真下には、車が何台も止まっていて、その周りに生活用品などが取り散らかっている。かなり広い感じで、生息していたのは、一人や二人ではなさそうだ。ここも、以前は昼間から、酒盛りしているような不穏な雰囲気があった。脇を通り過ぎるときは、なすべく眼を合わすまいとしたものだ。

でもまあ、先日来の台風、大雨、濁流を何とかしのいだのだろうか?冠水した衣類などがその辺に干してある。住居と命は大丈夫だったのか?来るたびに、忌々しく感じていたホームレス軍団だが、今日は、ふと仏心が出た。

堰の狭いコンクリの上を歩いていくと、魚道がある。そこに、爺さんが釣り糸をたらしている。ちょっと会釈して、よけるような形で脇を抜けた。魚道は、濁った水でゴーゴー音を立てていた。この激しい水流に逆らって、魚たちは、上流へ行けるのだろうか?今、そう思った。

いつもは、急こう配の、三十センチ幅の魚道の縁を、そろそろ歩いて下まで行く。が、今日は無理だろう、何しろ水流が多いし、万が一にも、足を踏み外さないとも限らない。そうなったら、カメラがおじゃんだ。いや、カメラどころの話ではない。…歳を取るということは、こういうことか、危ないマネには、自然と抑制が働く。

車に戻った。折り畳みチャリを下した。右岸側の運動公園を遡上して、笹井のダムへ向かった。途中、川の向こう側、左岸の岸辺に釣り人が結構いる。あの辺にも、ジジイたちのたまり場があったような気がする。が、今日は平日だというのに、比較的若めの奴が多い。あんな濁った水の中に、魚などいるのだろうか?

チャリは快適だった。風を切って走っていると、気持ちが軽くなっているのが感じられた。運動公園が終わり、堰へ行くには、
そこから護岸の縁を伝わっていくしかない。いつぞや、テントを張ってカワセミを撮っている男と遭遇したところだ。まさに、その護岸の縁に、変な小男がいる。ジジイだ。いったい何をやっているのか?不審な感じ、チャリも古びているし、普通に散歩に来た感じではない。

ま、いい。縁を、チャリを引いて、護岸が尽きるところまで行った。チャリに鍵をかけて、荒れた河原に下りた。誰も来ないだろうけど、万が一、眼を離したすきに盗まれるとも限らない、振り返って、緑色の真新しいチャリを見た。小心者には、うんざりだよ。

笹井ダムの左岸側は、鬱蒼とした感じで、撮影ポイントもあまりない。ましてや、今日は水量も多く、反り返ったダムのコンクリには近づけない。もっとも、この先、さらに行こうと思えば、いけないこともない。崖に斜めに建っている、崩れかかった監視小屋の横を抜けていくと、一般道に出られる。

要するに、川に沿った道で、ダムを見下ろせる。そして、さらに道を行くと、なぜか?浄水場のような自衛隊の施設がある。そして、その脇から河原へ降りると、そこにも、なんだかわけのわからない、水深計のような構造物があった。

直径二メートルほどの、コンクリの台座に載っている、この銀色の計器のようなものに魅かれて、何度となく、写真を撮りに行ったものだ。だが、行くたびに、その構造物は荒らされ、汚らしい廃棄物と化していった。そのうち、近くに人がいる気配がして、おそらく河原のホームレスの憩いの場であったのだろう、それ以来、行くこともなくなった。…そうだ、近いうちに、また、探検に行ってみようか。

さあ、今日の目いっぱいの予定は、すべて終了した。今来た道を戻った。例の、ジジイの小男がまだいる。すれ違いざまに、ちらっと観察した。護岸際の茂みが、何やら平らになっている。ああ、そうか、ここは、こいつの憩いの場だったんだな。増水で流されてしまい、また再建しようというわけか?手にしたレジ袋、古びたチャリに視線を走らせた。間違いない、こいつはホームレスだ。今回の濁流、増水にもめげず、何とか生き延びたわけだ。

…なんでまあ、こうホームレスのことばかり書かなくちゃならないだ。これほどの年月が過ぎても、気になるものが、変わっていないのは、どういうことなのだろう?もっとも、あの時も<モロイ>を思っていたし、今は<モロイ>の朗読をしている。≪モロイ≫は、いわば浮浪者、ホームレスだったよな。

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2019

11/17

Sun.

21:34:28

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/10/23(水)晴れ。<入間川写真紀行2-3>

今週もまた、今日以外には晴れそうにもない。しかも午後からは曇りマークがついている。十時、早めに出発。

今日は、飯能中央公園の駐車場に車を止め、チャリで、飯能河原、崖の上にある、赤いアーチの割岩橋、そしてできれば、実質的に入間川が始まる、矢颪(やおろし)堰にまでたどり着きたい。

ちなみに、この堰の上流、飯能河原より少しカミにある、岩根橋より下流が入間川、上流が名栗川、というらしいが、最近の地図ではすべて、入間川に統一されたらしい。

ところが、うまくいかない。先日の台風だろう、河原にあった、対岸へ渡る小さな木橋が流されている。これでは、割岩橋にたどり着けず、河原の全貌を写真に収めることはできない。

そのうえ、川沿いにある遊歩道も冠水したらしく、通行止めになっている。これでは、矢颪堰にも行くことができない。観光案内板の前で立ち止まり、ちょっと考えた。このままチャリを引いて、長い坂をのぼって市街地に出て、狭い道路を抜けていかねばならない。即座に、これは無理だなと思った。

あとは、少し上流にある岩根橋を渡り、山道を下るという手もある。が、これも、少しだけ行きかけて、すぐにあきらめた。何しろ、山道を、チャリを引いて歩くなどということは、体力的にも時間的にも、不可能だと悟ったからだ。

結局、駐車場に戻り、車で岩根橋を渡り、矢颪堰へ行くことにした。と、そのまえに、公園の端のほうにある、アトムの像を見に行った。

<鉄腕アトム>の銅像が、まさか、こんなところにあるとは驚いた。もう二十年近く前のことである。当時は、今の場所ではなく、道路を隔てた、小さな公園のようなところにあった。背景は木々の緑、すごくよかった。

ところが、そのうち、どういう理由か、今の場所に移された。背景に電線とか、いろいろなものが映り込んできて、ロケーションは最悪。とはいえ、この場所に来るたびに、写真は撮っている。アトムは、やはり自分にとっては、楽しい、懐かしい、大切な思い出の一つなのだ。

この<アトムの銅像>は、手塚治虫がその竣工に立ち会っているようだ。台座に、その時の写真が刻まれている。アトムの銅像が許可されているのは、ここだけで、要するに、世界で一つだけのアトム像になるらしい。著作権の関係だろう。

汗をかいたので、パーカーを脱ぎ、チャリを折りたたんで車に積み、トイレで用を足し、公園を後にした。週二回のジム通い、上半身を意識的に鍛えているせいか、といっても大したことはないが、チャリの積み下ろしが、以前に比べて、さほど苦にはならない。いや、慣れたのかもしれない。

岩根橋を渡った時、ふと、上流に目をやると、狭い河原に、何かの構造物が見えた。あ~、そうだ、古い浄水場があったんだ。以前から、なぜだろう、そういうものが気になる。ま、今度来た時だな。

日陰の山道を下り、右岸の矢久橋、たもとの狭い休憩所についた。以前乗っていた軽のジムーなら、駐車禁止の張り紙などは、堂々と無視して、そこに止めたものだが、今回はそうもいかない。車が少し大きくなり、いかにも邪魔だ。できるだけ脇に寄せ、ハザードをつけて、さっと橋の上に出た。

水量は多いが、水が濁っていて、堰は一面、茶色になっている。上流、流れの上に、青空が見えるものの、左岸側にあった古い旅館が、長方形のマンションになり、景観が台無しだ。一応、橋を歩きながら写真は撮ったが、モノにはならないだろう。

すぐに車に戻り、今度は、矢久橋に並行している、コンクリのでかい飯能橋に上った。高いところにあるから、下流の矢川橋をポイントにした眺めがいい。ちなみに、車は、橋の真下の生活道路に止めた。…小心者なのだろう、ハザードをつけ、橋の上に出る階段を駆け登った。

あとは、入間川・飯能三つ子橋の最後、矢川橋。ここからの景色は、どうということもないのだが、いつもは、一応、土手の斜面を降り、水辺まで行って、上流の景色などを撮ることにしている。もっとも、ドジの極みで、今日はサンダル履きだ。てっきり、車に愛用の軽登山靴を積んであると思い込んだまま、飯能まで来てしまった。

というわけで、土手の斜面を下る、などということは無理だろう。・・・思えば、忘れ物に限らず、人間関係、はっきり言えば、自分自身に対しての思い込みで、かなり失敗してきたことがあるような気がする。いや、確かにあるだろう。例を挙げることもできるが、今はそれも煩わしい。

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2019

11/10

Sun.

10:30:49

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/10/16(水)曇り。<入間川写真紀行2-2>

予報では、十二時から、晴れマークと曇りマークが半分ずつ。今週は、週末また崩れるので、撮影日は今日しかない。

十二時出発。サイボクの脇を抜けて、仏子の中橋へ向かう。現着して、左岸の河川敷、テニスコート沿いの駐車場に車を止める。

先日の最大級の台風の影響で、駐車場も冠水したようだ。土砂を取り除いた後がある。川の水も、まだ濁っていて水量が多い。休日などにデイキャンプでにぎわう河原も、跡形もない。

チャリを引いて、中橋の上流側の歩道を歩く。ここからの景色は、<景観指定>されているのだが、曇りということもあり、しかも、川の水も濁っているので、寒々とした感じだ。

ポイントは、流れの奥にかすかに見える、西武線レンガ鉄橋の遺構だ。が、もう少し長いレンズが必要だな、と思った。

1915年に造られ、1969年に廃止された、西武池袋線・旧入間川橋梁は、新橋ができたにもかかわらず、線路の撤去のほかは、建設時のまま残されている。その辺の経緯はともかく、風格があり、歴史を感じるこのレンガ橋脚は、自分ならずとも、多くの人の興味と関心を集めている。

こと改めて、ネット検索すると、ドローン撮影の、ユーチューブ動画があり、これは映像もよく、ちょっと面白かった。ほかにもう一本あったが、これを見ると、自分の写真とほぼ同じようなアングルが出てくる。ま、そういうことだな。

右岸にわたり、桜並木になっている、散歩道の土手を遡上した。道路側には、ずっと花壇があり、いろいろなお花が咲いている。先日の台風に、耐えたのだろうか?名前を知っているものだけでも、シュウメイギク、フジバカマ、チェリーセージ、ムラサキカタバミ、キバナコスモス、メドーセージ、ホトトギス、コムラサキ、まあ~色とりどり、元気に咲いている。…帰りに、もっとよく見てみよう。

散歩中のベビーカーなどを、きわどく避けて、さらにチャリで行くと、お目当てのレンガ橋脚だ。大丈夫だったかな、あの台風、濁流と格闘したのだろう、大きな建材などが引っ掛かっている。が、破壊されることもなく、頑として流れの中に立っている。百年以上、なんと頑丈なことか!もっとも、少し補修され、色が変になっている箇所もあったが、レンガの風合い、風情がなんともいい。

あとは、じっくり、いつものように河原に下りて、近寄れるところまで近寄り、さらには、上橋を渡り、再度左岸側からも、見てみよう。天気がいまいちだけど、また来るさ。

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2019

11/03

Sun.

11:58:21

第二次入間川写真紀行2019 

Category【第二次入間川写真紀行

2019/10/10(木)晴れのち曇り。<入間川写真紀行2-1>。

十一時半、車で出発。八高線入間川橋梁を見に行く。久しぶりなので行き方が、ぱっと頭に浮かんでこない。そろそろ走らせながら昔の記憶をたどる。

仏子駅手前の中橋を渡るのは確かだ。そのあとはわかる。阿須の運動公園のわきを抜けていけばいいのだ。問題はその中橋まで、どのルートで行けばいいのか?日高県道からサイボクの脇を抜けて圏央道をくぐる。右側、道路沿いに茶色のフェンスが見えてきたら、T字路を左折。そうだ、思い出した。

・・・ベケットの<モロイ>の朗読を、昨年から始めた。それを動画処理して、ユーチューブにアップする際、背景に入間川の風景写真を並べることにした。

入間川は、2003年頃からデジカメで撮り始めたのだが、この機会に、データベースを年代順に見直し、使えるものを選択して補正しよう。当時から十五年以上もたっているので、多少なりとも補正の腕が上がっているはずだ。没写真になったものまで、生き返らすことができた。

作業としては、2003年はほぼ終わり、今は2004年分の選択、補正をしている。これまでのところ、これでもか!というほどに撮っているのが、入間川にかかる八高線鉄橋だ。おそらく、入間川で最高の写真スポットだろう。いや、自分が好きな風景なのだ。

今回も、以前と比べ変わっていないのは、高さ十数メートルにも及ぶコンリクの橋脚だ。昭和三年、1931年に造られたものだという。自分より年上とは、改めて驚きである。

いつも思うのだが、垂直に、力強く、天に向かものは、これは男性性器の象徴なのではないか。性に対する、ある種の抑圧された願望、ということか。

ま、それだけではない。この橋梁の奥には、秩父の山並みを垣間見ることができる。空間的な広がりがある。視線が、無限大に開放されることは、実に気持ちがいいことだ。垂直と水平を見定める、自分という存在が感じられる場所でもある。

流れる川の水は、驚くほど透明であり、植生が確実に豊かになっている。第二次入間川写真紀行を始めよう。決意を新たにした。

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