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<灯台紀行・旅日誌>&<花撮り物語>

<灯台>と<花>のフォトエッセー

2020

08/30

Sun.

10:15:09

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#1 プロローグ1

2020/07/29(水)小雨。降ったりやんだり。涼しい。先日の、犬吠埼灯台旅から、ほぼ二か月たった。その間、何をしていたのか、少し書き記しておく。

…犬吠埼から帰ってきたのが、ちょうど六月の頭。まず、旅の後片付け。車から、持ち物や装備品をおろし、整理してアトリエに収納。そのあとは、ほぼ千枚撮った灯台写真の整理。これが、思いのほか大変だった。それから、第一回目の<旅日誌>を書いた。これも大変だった。調子に乗って、あることないこと、とにかく、書きまくった。気づくと、原稿用紙で100枚くらいになっていた。

写真の補正に飽きると<旅日誌>を書き、書くことに飽きたら、また写真の補正。これの繰り返しで、あっという間に一か月過ぎてしまった。というか、とにかく、一か月で終わらせようとした。作業自体は楽しかった。だが、インターバル撮影したものを、ほぼすべて補正しなければならず、その膨大な量に、後半は、かなり疲れた。

一番参ったのは、犬吠埼灯台編でも書いたが、灯台の垂直と海の水平線が、なかなか出せずに、何回も作業を繰り返したことだ。しかも、いちおう、これでOKと思ったものが、見直してみると、ほとんどがダメ。最初からやり直し!とはいえ、これはさすがに無理で、妥協した。

つまり、インターバル写真を使って動画を作るのは、今すぐというわけでもない。ならば、すべてを補正しなおすこともない。とりあえずは、ブログなどにアップする写真だけ、補正すればいい。午前午後が丸三日で、六セクション。ほかに、飯岡灯台とか銚子タワーとかで、三セクションほど。そこから、最良の写真を五枚ずつピックアップして、補正し直すことにした。

だが、また、灯台の垂直を出すのに苦労した。しまいには、垂直なのか、傾いているのか、自分の判断に自信が持てなくなった。というのも、これで良し、と思ったものが、翌日見ると傾いているのだ。自分の目と頭を疑った。

たしかに、目はおかしいのだ。左目は全然ダメだが、右目は、今でも裸眼で0.8くらいはある。とはいえ、以前、もう17年以上診てもらっている先生に言われたことがある。右目にも後遺症があり、ちゃんと見えていない、らしいのだ。

自分の感覚では、右目は正常に見えているから、先生の診断は聞き流していた。先生、ちゃんと見えていますよ、って。だが、やはり、ちゃんとは見えていないのかもしれない、と今回、自分の感覚を疑い始めた。そう、頭が、実際には傾いているものを、真っすぐに修正してしまうのではないか?いや、これなら、翌日見直したものも、真っすぐに見えるはずだ。

真っすぐに補正したもの、それも確信をもって、それが翌日になると傾いている!どうもよくわからない。10年使った画像編集ソフトを買え替えた。もう少し、精度の高い補正をする必要があると思ったのだ。新しいソフトは、確かに、こと、レンズ補正に関する限り、格段に性能がアップしていた。コンマ0.1の間隔で、傾きが補正できる。これならと思ったが、やはり、翌日になると傾いている!

お手上げだ。ついにはこう考えて、これ以上深く考えることをやめた。つまり、垂直、水平というのは、関係概念であり、補正する際、その写真内における水平を基準にして垂直を感覚しているのだから、水平の基準が変われば、例えば、PC画面の水平を基準にすれば、写真内水平を基準にした垂直も傾くわけだ。

要約すると、補正しているときは、写真内水平を基準にしているが、翌日は、画面内水平を基準にして見ているのだから、微妙に、垂直が、灯台が傾いてしまった、のではないか?そういうことにしておこう。ま、ついでに言うと、垂直も水平も、絶対概念ではないということだ。…この世に<絶対>などということは、ありえないのかもしれない。

先に進もう。とにかく、犬吠埼灯台の写真補正と<旅日誌>を六月中に終わらせた。七月になった。だが、何となく疲れてしまい、即、次の旅に出る気にもなれなかった。おりしも、梅雨だ。

それでも、十日間天気予報などを毎日チェックして、下田のビジネスホテルを予約した。爪木崎灯台へ行こうというわけだ。グーグルマップでの、現地シュミレーションも終わり、楽しみにしていた。が、五日くらい前になって、自分の旅期間に、雨マークがついてしまった。あとで知ったが、一週間以上先の天気予報は、確率が低いらしい。

当然ながら、ホテルはキャンセル。ま、梅雨だからね、と思って、次の機会を狙った。だが、その後、ずうっと雨マーク、ないしは曇りマーク。しかも、夏休みが近いせいか、ホテルの値段が、日を追って上がっていく。

それならば、ということで、今度は、新潟の角田岬灯台に照準を合わせて、旅の機会をうかがっていた。例年なら、七月二十日前後には梅雨が明けて、かっと暑くなる。だが、いつまでたっても、雨マークと曇りマーク。グーグルのマップシュミレーションも終わり、予約するホテルも決まり、あとは、車に携帯品を積み込むだけというのに、予約を再三キャンセルして待ち続けている。

だが、今日になって、ウソかホントか、八月の三日、四日に晴れマークがついている。早速ネットで予約した。このビジネスホテルは、二日前までなら、キャンセル料をとらない。ぎりぎり、あさっての金曜日まで様子を見て、晴れマークなら、ゴーだ!でも、なんか、いやな予感がするんだよね。

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2020

08/26

Wed.

10:31:26

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#20 犬吠埼灯台編
エピローグ
2020/06/22(月)雨。本格的な梅雨だ。

五月の末日に帰ってきて、いまはもう、六月の二十日過ぎ。この間、いったい何をやっていたのか、ちょっと書き残しておこう。

帰宅後、二、三日は、使い物にならなかった。というのも、旅の最中に発作を起こした<アレルギー性鼻炎>が悪化して、ザイザルを飲むようになったからだ。要するに、薬の副作用で、もちろん体も疲れていたからだろう、ひどい倦怠感に眠気だ。

何となく、ぼうっとしたまま、その後何日もかけて、旅の片付けや、それに何を思ったか、室内の整理だ。つまり、こたつ布団を片付けたり、夏用の衣類を出したりと、こまめに動いた。

帰宅後一週間ほどは、かような散文的な生活だった。だが、体の疲れも取れ、薬の副作用にも慣れてきて、次第に頭がはっきりしてきた。これからの予定、作業などを算段し始めた。

まずしなければならないことは、写真の整理だ。およそ1000枚撮っている。いつもの旅なら、モノになりそうな写真を選択、補正するだけで、ま、それでも手間はかかるが、それほど嫌だなと思ったことはない。

が、今回は話が違う。撮った枚数も多いが、それに加えて、選択、補正する画像が、おそらく数百枚になるはずだ。というのも、前にも書いたが、五分毎のインターバル撮影を、二台のカメラで、ほぼ三日もしているわけで、なぜそんなことをしたのか?つまり、それらの写真をスライドショーにして、ユーチューブにアップするという野心?があったからだが。

…しけた野心だが、およそ100枚の写真の、30秒間隔のスライドショーなら、約三十分の動画になる。これは<荒川写真紀行>と題して、エリックサティーを流したスライドショーで経験積みだった。

ということはつまり、どういうことになるのだろう?今回撮影した写真は、そのほとんどがインターバル写真だ。少なく見積もっても700枚はあるぞ。要するに、三十分スライドショー七本分だ。

どう考えたって、ここ数週間で、700枚の写真の補正・加工は無理だろう。ま、むろん、一か月とか、二か月とか、時間をかければやれないこともない。だが、こっちにも予定があるんだ!つまり<モロイの朗読>もあるし、月一回ペースと心づもりしている、次なる灯台旅もある。

写真の補正・加工に明け暮れるのは、二週間が限度だろう。ということで、今月の二十日をめどに、六月二週あたりから、本格的に取り組んだ。・・・そんなにあせらなくたって、ゆっくりやればいいじゃん、と言われそうだが、そうはいかない。

写真の補正・加工も大変だが、それに並行して、旅日誌もつけなければならないのだ。こっちの方は写真と違って、新しい経験が上書きされると消えてしまいかねない。だから、次の旅に出る前に、ぜひとも書き上げておきたいのだ。

写真を補正していると、その撮った日のことが、なぜか頭に浮かんでくる。日誌を書くときに、写真は、非常に助かる。だが、これもできるだけ早い方がよい。五、六年続けた<入間川写真紀行>での経験だ。

…あの時は、ほぼ毎日撮影、その日のことはその日に書き記す、というかなりきついルールを自分に課していた。だが、そのおかげで、今があるわけで、文字を打つことが、さほど苦にならないばかりか、多少はこの<ディスクール>の時間を楽しんでいる。

ま、それはさておき、心づもりしたのは、六月の三週までに、今回の旅の写真、日誌を仕上げること。そして、四週目に<モロイ#15の朗読>。そして、六月の後半、ないしは七月の初めには、二回目の灯台旅に出る、というプランだ。

と、ここまで書いてきて、ふと思った。<エピローグ>なのに、長すぎないか?そうだな、要点だけを書き記して、次に進もう。

・・・日程に沿って、作業を始めた。大まかにいえば、飯岡灯台27日夕方、犬吠埼灯台28日午後・夕方、29日午前・夕方、30日午前・夕方、の計七回の写真群の補正と加工だ。もっとも、犬吠埼の方は二台のカメラだったから、厳密にいえば、十三群のインターバル写真ということになる。

撮影は五分毎で、だいたいワンセット三時間、長いものは五時間だったから、それぞれ36~60枚ほどの枚数になる。これを一枚一枚、補正・加工していくのだ。

イメージとしては、灯台あるいは海の中の岩は不動で、その周りの、波とか雲とか空とか人とか、そういったものだけが変化していく、という感じのものだ。

ところが、そう甘くない。まず、補正だが、灯台はほとんど傾いているし、水平線はゆがんでいる。これを垂直に、あるいは水平に補正する。まずここで、引っかかった。写真ごとに、その都度、傾きやゆがみの補正が、いくらか微妙に異なる。

今回の一番の発見は、垂直も水平も絶対概念ではなく、相対的な概念だ、ということだ。つまり、周りの状況によって、垂直に見えてしまうこともあれば、ほんとはゆがんでいるのに水平に見えてしまうこともあるのだ。

さらに言えば、その時の気分や体調も、影響してくるのかもしれない。真っすぐになった、あるいは、水平だ、と思って補正を完了する。ところが、同一写真群を見比べてみると、微妙に、なかには、明らかに、灯台が傾いていたり、水平線がたわんでいたりする。

そういった写真を、もう一度補正しなおす。が、今度はトリミングが微妙に違っているので、連続してみると、灯台そのものが、少しずつ動いてしまう。

色彩やシャープも問題にはなるが、この垂直、水平の問題はさらに深刻で、当初のイメージを現出させることができない。のみならず、何回補正を繰り返しても、確実には、灯台や岩の不動が担保されない。

…参った、要するに、補正・加工の枚数が多いのに、そのほとんどが<垂直・水平>問題で失敗している。ので、もう一度、さらにもう一度と補正を繰り返さなければならなくなったわけだ。お手上げだった。

そのうち、六月三週に入った。時間切れ、体力切れ、気力切れ。スライドショー用の写真の補正・加工をあきらめた。自分に、こう言いわけした。スライドショーを作るのは、まだ先の話だし、その時やればいいや、と。

ま、もっとも、旅日誌の方は、いまも書いているわけだが、さほど妥協もせず、字数も時間も関係なく、正直に言えば、最後の方は少し端折ったが、自分的には、ある程度は記録できたという充足感がある。

それと、<ツイッター>に関しては進展があった。というのも、旅日誌は、ほとんど読まれることもない<ブログ>にだけ掲載されるはずだったが、たとえ三行の抜粋とはいえ<ツイッター>でつぶやくことができるようになったからだ。

やはりね~、書いたものを机の中にしまっておくより、誰も見ないとしても、誰かが見てくれる可能性を信じたり、あるいは、世界を意識したり、自己開示したり、といった自分の、いや人間の姿勢が、うれしいではないか。

家にこもって、もう何も発しないまま、朽ち果ててもいいわけだけど、まだ力が残っているような気がする。まだ、世界に飛び出す元気があるような気がする。

ニャンコがオヤジに残してくれた、つかの間の<自由>を、精いっぱい生きることができれば、死ぬ苦しみを味わわせてしまったニャンコも、オヤジのことを許してくれるかもしれない。

…二回目の灯台旅は、いちおう、新潟県の角田岬灯台に決めている。が、天候次第で、もう少し近場の灯台を撮りに行くかもしれない。犬吠埼灯台は、そのうちまた、季節がよくなったら行くつもりだ。泊まるところは、例の一泊¥7700のビジネスホテルにしよう。

<灯台紀行・旅日誌>2020 犬吠埼灯台編、終了。

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2020

08/23

Sun.

10:07:02

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#19 犬吠埼灯台編

お決まりのようにナビをセットして、銚子市内のビジネスホテルへ向かった。暗い夜道を、どこをどう走ったのか、じきに広々とした市街地に出た。銚子市のメインストリートみたいだ。

ご丁寧なことに、ホテル近くのコンビニもナビで調べていた。道沿いにあるのですぐに分かった。おにぎり三個、唐揚げ、牛乳、ブドウパンなどを買った。ホテルの駐車場は、有料パーキングのようになっていた。出入り口にはバーがあったが、通行フリーになっている。バーは上がったまま。建物が大きい割には、車はさほど止まっていない。

明るい、きれいな入口。受付には若い女性が二人いて、ビジネスライクな応対、前金で\7700払って、カードもらい、エレベーターに乗った。部屋は二階、廊下も広い。

連泊した宿とは、何もかもが違う。キーじゃなくてカードだ。ま、今日日、当たり前だろう。そのカートをドアノブの下に当て、部屋に入る。明かりをつけようとして、壁際のスイッチを押したが反応がない。…なるほど、壁にカードを差し込むポケットがある。

電気がついた。きれいだ、それに広い。喫煙ルームだったのだろうか、空機清浄機があり、つけると、こもっていたタバコの臭いが消えた。テレビもでかい。ベッドに横になりながら、見られる配置になっている。コロナ対策もされているようで、コップは紙で包まれていた。ま、これも当たり前だけどね。

値段だけのことはあるな、と思った。すぐに着替えて、広めの、きれいなユニットバスでシャワーを浴びた。むろん、温水便座だ。最初に入ったときに確認している。こうでなくちゃな、少し常識的な気分になった。

唐揚げをつまみに、ノンアルビールを飲んだ。おにぎりも三個食べた。おにぎりの味がした。名前を出してもいいだろう、街中のセブンだから、品物の回転が速く、その分、おいしいのだ、と納得した。

そのあと、ノートにメモを取った。要するに、何時に起きて、何をしたか、という程度のことだが、それだけでも、帰宅後の日誌にはずいぶん役立つ。細かい、数字的なことがまったく思い出せないことがしばしばあるのだ。

三十分くらいメモっていたら、なんだか眠くなってきた。八時過ぎにチェックインしたことは、間違いない。が、何時に寝たのかは定かではない。メモにも書いていない。ま、十時前には、確実に寝てしまったのだろうと思う。

そうそう、車に積んであったノートPCは一度も持ち出すことがなかった。何しろ、パソコンに向かう気に全然なれなかったのだ。それどころか、いつもの撮影旅行なら、宿での画像モニターは決まり事なのに、バックからカメラを取り出すことすらしなかった。かなり疲れていたんだろうな。

ベッドに体を斜めにして横になり、テレビ画面を眺めていたような気がする。むろん、テレビなんか見ていない。うす暗くなった広い室内を見回し、ここを定宿にして、また撮りに来よう。春夏秋冬、季節ごとに同じ場所から撮る。犬吠埼灯台のロケーションは、予想をはるかに超えて、素晴しかった。

夜中に、何回がトイレに起きた。ジジイの習性だ。もう慣れっこになっている。はっきりと目が覚めたのは、朝の五時だった。茶色の分厚いカーテンを開けると、なんと曇り空!昨日の予報では、午前中は晴れマークがついていた。ため息をつきながら、空の様子をうかがった。雲は厚く、どう考えても晴れるような気がしなかった。

となれば、今日の撮影は無理だろ。もう少し寝ていようかな。いったんはベッドに戻った。だが、完全に覚醒していて眠くない。ままよ、さっと起きて朝の支度。洗面、食事、排便。六時には、フロントにカードキーを返していた。もっとも、朝早いせいか、受付は、黒っぽい背広の中年男性だった。やはり、ここは、若い女性の<ありがとうございました>の声が聞きたかった。

車に乗り込んだ。心づもりはできていた。つまり、君ヶ浜の散策だ。撮影場所が、今回の二か所以外にはないのか、例えば、弓なりになっている浜辺の中間点はどうなのか?ナビをセットして、浜へ向かった。道はガラガラで、ほとんど貸し切り状態だった。

浜のほぼ中間地点に、道路を挟んで、広めの駐車場がある。車が何台か止まっている。空の様子は、いまにも降り出しそうな鉛色。写真は全く無理。だが、いちおう下見だ。カメラを首にかけて、浜へ向かった。

朝早いのに、それも天気が良くないのに、浜の遊歩道には、ちらほら人影が見える。ふ~ん、朝の散歩かな。護岸のコンクリ段々で立ち止まり、一息ついて、じっくり辺りを見回した。ふむ、眼の先、少し右側、そこだけ岩場になっていて、海に突き出ている。

近づいていくと、自然の岩場ではなくて、人工的なものだとわかった。なぜこんなところに?防波堤としては小さすぎるだろう。意味をなさない。そのうち、これは灯台を眺めたり、記念写真を撮ったりするための場所だ、ということがわかった。

その証拠に、三脚に都合のいい平な場所を探したり、大きな石が乱雑に積み重ねられているような場所なのだ、しゃがみ込みこんで灯台の写真をスナップしたり、要するに撮影の下見を終えた後に、おそらく退くのを待っていたのだろう、若い女性が二人、今さっきまで自分のいた場所で、灯台を背に記念写真などを楽しそうに撮っていたのだ。

灯台との正対、ということに関しては、この人工岩場は、かなりグッドだ。というのも、弓なりになっている浜の中間地点ではあるが、海に数メートル突き出ている分、少なくとも、西側の第一撮影場所、二日目・三日目と粘った場所よりも、灯台の傾度が修正されるはずだ。

ただし、構図としては第二撮影場所、つまり浜の反対側と同じで、画面の下半分、ないしは三分の一は海になってしまう。ま、構図的には、波打ち際が入る、第一撮影場がベターなわけだ。だが、何事にも一長一短はある。この場所を第三の撮影場と決めよう。

砂浜を少し歩いた。予想外に疲れる。歩くたびに、足の力が砂地に吸い取られるようだ。時計を見た。七時前だった。ほぼ一時間、撮影の下見をしている。急にぐったりした感じで、足が重い、体が重い。しかも眠い。駐車場へ向かいながら、この状態では運転できんな、と思った。

考えるまでもなく、すぐに車の窓にシールドを張り、仮眠スペースに滑り込んだ。車の出入りもなく、静かな駐車場だ。が、念のため耳栓もした。横になった途端、ふうっと、意識が遠のいた。旅の五日目、朝っぱら頑張りすぎたのだ。

うとうと、少し眠ったようだ。時計を見ると、九時ちょっとすぎていたと思う。う~ん、一時間以上眠ったわけだ。窓のシールドなどを外しのだろう、車の外に出たのかもしれない。ともかく、思った以上に元気が回復していた。これなら、一気に帰れそうだ。

お決まりのように、ナビをセットした。到着地を自宅にしないで、東関道の大栄インターにした。つまり、圏央道が途切れている古いナビなので、来た道とは別の道を案内されてしまうからだ。ま、用心のためだったが、これが、ちょっとした失敗を招いた。

一般道をナビどおりに一時間ほど、うねうね走った。単調で、いささか飽きた。料金所のない元有料道路を過ぎ、そろそろ高速だ。広い道に出て少し行くと、左側に大栄インターの緑がかった看板、あれと思った。ナビは無言。

ナビが大栄インターまで導いてくれるものだと思い込んでいた。だから、まだ高速に乗り損ねたとは思っていない。が、少し行って、広い道から山の方へと続く狭い道に左折させられた。はは~ん、Uターンするのか、いやちがった。だんだんだんだん、道は細くなっていく。疑いながらも、ナビの音声に従った。

そしてついに、行き止まり!<目的地に到着、案内を終わります>だって!なるほどそうか、やっと事の次第を理解した。到着地に指定したつもりの場所は、実は大栄インターではなく、その付近の山里だったのだ。…タッチパネルで操作したのがまずかった。ちゃんと文字で入力して確認すべきだった。

あとの祭り、とはこのことだ。少し坂になったところで身動きできない。このままバックで、Uターンできるところまで戻るしかない。車幅ぎりぎりの、少しカーブしている坂道、こういうのが、いちばん苦手なんだよ!緊張した、こんなところで脱輪するわけにはいかない。傷もつけたくない。慎重に、何回か切り返しながら、坂道をおりた。

単調な道の運転で、少しぼうっとしていたようだ。だが、これで目が覚めた。少し広くなった場所を利用してUターン、今来た道を戻った。やはりあの看板が正解なのだ。

山里から、のこのこ出てきた。目の前には、さっきの広い道路。むろん右折すれば、高速に入れるはずだ。幸い信号があり、青になるのを待った。長い信号だ。走り出すと、予想どおり、すぐに高速入口の緑の看板。ほっとした。・・・今回の旅で、道を間違えたのはこの一回だけ。帰路、少し気が緩んだのかな。

高速に入ってしまえば、こっちのもんだ。もう、ナビなんかいらない。おとなしくしてもらった。来た時の教訓を生かして、律儀にパーキングごとに休憩をとった。東関道の大栄パーキング、圏央道に入って江戸崎パーイング、だが、ここからが長い。この先小一時間、パーキングはない。

とはいえ、100キロ未満の、のんびり高速走行。おかげさまで?眠くなることもなく、それほど疲れもせず、すんなり菖蒲サービスエリアに到着。県を二つまたいで、地元の埼玉だ。

菖蒲サービスエリアには、コロナ自粛中とはいえ、たくさんの車が止まっていた。トイレ、それに少し体の屈伸。見回すと、ほとんどが埼玉県ナンバー。無事に戻ってきたわけだ。当たり前だ。たかだか、千葉の銚子までだ。これしきの旅で、参る筈がない。いや、まだ参るわけには行かないだろう。

すこし気持ちを引き締めた。最後の数十キロの高速走行。今日は、一つ手前のインターで降りよう。出口での料金が、少しだけ安くなっていた。そう、初日こそ出費について書いたが、そのあと、ほとんどカネの出入りについて触れていない。気にも留めなくなっていたのだ。

高速を降りた。見知った一般道だ。自宅はもうすぐそこだ。時計を見た、一時を少し回っていた。仮眠した犬吠埼の駐車場を九時半ころ出発したのだから、四時間半かかっている。ま、何時間かかろうが、問題はない。疲労困憊していたわけでもないし、運転が苦行になっていたわけでもない。ちゃんと帰って来たのだ。

一時半には、自宅に戻った。玄関ドアを開けたとき、<帰ってきたよ、ただいま>と、もうお迎えすることも、足元でゴロゴロすることもなくなったニャンコに呼びかけた。

室内は変化なし。当たり前だろう。ベッドの背もたれに置いてある、ニャンコの白い骨壺に向かって、もう一度<ただいま>と言った。骨壺についている白いふさふさを、眉間をなでてやるように、軽く、やさしく撫でた。

やっぱり疲れた!後片付けは、明日だ。カメラバックと手に持てるだけの荷物は部屋に入れた。ベッドに倒れこんだ。だが、後ろをふり返って、もう一度、骨になったニャンコが入っている、白い骨壺をなでた。寂しい気持ちと自由な気持ちとがないまぜになった。

そのあと、口の中で<おやすみ>とつぶやいて、すぐに寝入ってしまったようだ。目が覚めた時には、もうあたりが暗くなっていた。

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2020

08/12

Wed.

10:19:36

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#18 犬吠埼灯台編
あっさり、犬吠埼灯台はあきらめて、展望室をぐるっとひと回りした。銚子漁港とか、古い船とか、いい眺めだ。それと、西側の方に、防波堤灯台などがいくつか見える。なかでも、その時は名前を失念していたが<銚子港一の島灯台>というのが、小ぶりながら存在感がある。

…再度、今調べてみると、灯台マニアのサイトには、地上からの写真もある。丁寧なサイトで撮影場所まで明記してあった。それに、出所は忘れたが、この灯台が大波を受けている写真があったはずだ。いい写真で印象に残っている。

というわけで、時間もあるし、この灯台と、そばにある防波堤灯台なども撮ろうと、ガラス越しに三脚を立てた。ところがだ、その位置取りの後ろにはベンチのような腰掛があり、ま、それはそれでバックなどを置くには便利なのだが、通路が狭くなってしまい来場者の邪魔になる。

不運?は重なるもので、さほど混んでもいなかったのに、にわかに、次から次へと人が通り過ぎる。そのたびに道をあけたり、場所移動したりした。おちおち写真など撮っていられない。いま思えば、夕日に海が染まるのを期待して、インターバル撮影を試みたが、しょせん、場所的にも時間的にも無理があった。

ま、その時は、そのことには気づかないで、子供連れの家族が大声で話しながら、二回も巡ってきたことに、やや不機嫌になった。しかも、あろうことか、三脚の横にある、有料で遠くを見る双眼鏡を子供が覗きたがり、駄々をこねているのだ!

ま、いい。話を灯台のことに戻そう。まさに高みからの見物撮影だが、写真的には、これもあとで思ったことだが、あまりよろしくない。端的に言って、平板になる。今回の場合、望遠という要素も加わるので、ちなみに望遠レンズでは画像が圧縮され距離感がなくなる、より一層奥行き感のない、のっぺりした写真になる。

これは、遠近感が重要な、風景写真では致命的だろう。理想は35ミリくらいで、被写体に近づけるだけ近づいて撮ることだ。誰の言葉か、どこで読んだのか忘れたが、奥行き感ということに関して言えば、35ミリ前後が、自分の貧しい経験からしても、一番有効だと思う。

ま、それはさておき、こう人が多くちゃ、三脚なんか立てていられない。いうわけで、そばにある赤い防波堤灯台や、その隣の白い突堤灯台なども、手持ちで撮り出した。撮れているのか撮れていないのか、なんだか、かなりでたらめな、乱暴な撮影になってしまった。

・・・その<一の島灯台>の後方、というか斜め右上から、一台のモーターボートが現れた。海の上を疾走している。灯台を横切る瞬間、少し左側に行ったところなどでシャッターを切った。ありきたりの構図だ。

・・・<荒川>を撮っていた時も、よくモーターボートを見かけた。モーターボートに乗ったことは一度もないし、乗りたいと思ったこともない。が、ふと、ああいう乗り物に乗っている人間のことを思ったことがある。金持ちなのだろうか?それとも遊び人なのか?いずれにしても、自分とは違う種族だ。とはいえ、心の底では羨望と嫉妬が微かにうごめいていた、というのが正直なところだ。だが今日は、疾走するモーターボートを見て、アホやな、とは思わなかった。低俗な人間にはなりたくないが、現に低俗な自分がここにいるのだ。

さあ、時間だ。引き上げよう。エレベーターに乗って下まで降りた。車に乗り込んだ。五時前だった。これから、夕方の撮影が始まる。念のため、ナビを犬吠埼灯台にセットして出発した。

途中、道沿いの、海の見える、ちょっとした駐車スペースに車を止めた。なにをしたんだっけ?夜の寒さに備えて、ヒートテックでも着込んだのか、それとも、腹ごしらえに、何か持参していたお菓子でも食べたのか、しかとは思い出せない。ただ、フロントガラスの向こうに広がる、少し暗くなった海を見て、一瞬、こんな光景、前にも見たことがあるな、と思った。

君ヶ浜の東側駐車場に戻ってきた。辺りは少し暗くなっていた。車が数台止まっている。朝方の撮影の際に現れた、耐えがたい騒音の、族っぽい二台のバイクが、またやってきた。朝方は、狭い砂地の駐車場を我が物顔で走り回っていたが、今回は、あっさり、すぐに行ってしまった。うるせいなあ~と思ったが、ひょっとしたら、奴らの縄張りだったのかもしれない。

撮影機材を車からおろして、護岸の切れたところから、浜辺に入った。午前の撮影同様、岩場と砂浜の境あたりに三脚を立てようと思ったが、気が変わった。

護岸の下は、コンクリの段々になっている。そこに腰をおろして、三脚を短めにセットした。要するに、段々に腰かけたまま、撮影しようというわけだ。立ったり座ったりする必要もないから、これは楽だ。もっとも、ずっと腰かけてもいられないので、インターバル撮影の合間に、立ち上がったりもした。

それはともかく、カメラを構える位置が、灯台から少し右にずれた。灯台の垂直だとか正対だとか、厳密にいえば、位置取りが甘くなったが、暗くなってきた辺りの景色同様、頭の中も暗くなっていたのだろう。

ただ、よく覚えていることは、灯台からの光線を写真に撮ること。メモしてきたことはほぼ無効で、完全な真横一文字は望むべくもないが、何とか工夫して、光線をモノにしようという、ある種の意気込みだ。朝五時に起きて、一日中動き回り、それでもなお元気だった。完全にハイになっていた。

それはともかく、五時半過ぎから撮影したのだから、あっという間に暗くなってきて、灯台に明かりが灯った。ちらちらと、光線が見え始めた。じきに辺りは真っ暗。持参したヘッドランプを頭に装着した。こうしていれば、暗がりでごそごそしていても、他人に怪しまれることはないだろう。小心者!よけいなことを考えすぎだな。

バタバタと、カメラ操作などしているうちに、ついには漆黒の闇。下からの照明を受けた灯台が、ぼうっと浮かび上がっている。その明かりの影が、暗い夜の海を微かに照らしている。時々、灯台正面の駐車場に出入りする、車の赤いテールランプが点滅する。

どう考えても、一秒では、光線はとらえきれない。ためしにと、十五分の一秒、続いて三十分の一秒、さらには五十分の一秒とした。お、かすかに写っている。調子に乗って、八十分の一秒にする。やや物足りない。なるほど、五十分の一秒か。ホントなのか?

しかし、これでは光線が短すぎる。イメージとしては、灯台の目から暗闇へと、長い光線が欲しいのだ。でもね~、そんな光線は目視できない。だからこそ、何か特別な方法が必要なのだろう。それが技術というものだ。

だが、ありていに言えば、その技術を習得するには、あまりに年を取りすぎてはいないか?いや、年など関係ない。是が非でも、という強い気持ちがあるなら、やれるはずだ。きれいごとじゃないのかな?

とここまできて、灯台からの、真横一文字光線が是が非でも必要だとは思えなくなってきた。つまり、光線は一種の絵面でもあるわけだ。問題は絵面ではなく、心意気が欲しいのだ!カッコよすぎる、言葉に酔っている。いまの段階では、光線は撮れない。それだけでいい。

変な納得の仕方だったが、気持ち的にはすっきりした。今やれることはやったのだ。何と言われようと、ま、後悔はない。こうして四日目の夜の撮影が終わった。灯台からの、少しばかりの光線が撮れたことに、十分満足していた。

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2020

08/05

Wed.

11:06:25

<灯台紀行・旅日誌>2020 犬吠埼灯台編 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#17 犬吠埼灯台編
時計を見た。十時半だった。十一時半まで粘るつもりだったから、あと一時間かと思った覚えがある。撮影を続けながら、今日の午後、そして明日の予定を、頭の中で考えた。

ここを、十一時半に撤収して、<地球が丸く見える丘展望台>へ行く。すぐ近くだから、移動にはさほど時間はかからない。問題はそのあと、展望台からの撮影だ。撮影場所はワンポイントだろう。要するに、そこから犬吠埼灯台が見下ろせるかどうかにかかっている。ま、それでも、行って帰ってきて、二時間あれば十分だろう。

戻ってきたら<テラステラス>でカレーを食べる。それから<銚子タワー>へ行き、望遠で灯台を狙う。五時前に引き上げ、ここに戻ってきて、夜の撮影。撮れなかった灯台の光線に、もう一度挑戦してもいい。それから、明日の午前中には晴れマークがついているから、帰る前に君ヶ浜を少し散策してみよう。ざっとこんな感じだ。

…午前中の撮影は、どこか集中力に欠けていたな。だが、もういいだろう。少し観光気分になっていた。三脚をたたみ、機材を車の中に収め出発した。

灯台を見下ろす高台にある<地球が丸く見える丘展望台>には、すぐに着いた。コロナ禍でずっと休館していて、今日から再開。駐車場がずっと下の方だから、重いカメラバックを背負い<ふれあい公園>の中をうねうね歩きながら、展望台を目指した。

施設の中に入ると、思った通り、閑散としていて、売店に人影はなく、受付の女性が一人いるだけだ。生年月日を言って、シニア割¥360。高いのか安いのかよくわからない。エレベーターだったか、展望ラウンジへ行った。休憩所のようなものがあり、長机がたくさんあり、その両脇に椅子が並んでいた。ベランダに出ると、たしかに、太平洋が一望だ。

とはいえ、お目当ての灯台は、なんとも間抜けな話で、黄色っぽい二階建ての民家にさえぎられ、ほとんど見えない。なんで!と言いたいほど、ベストポジション?にその大きな家はあって、故意に、灯台を見せまいとしているかのようだ。

だが、せっかくだ。望遠を取り出し、ベランダの仕切り壁に寄りかかりながら、撮り出した。まったくもって、写真にならん!灯台の白い頭だけが、ちょこんと民家の横から飛び出ている。その向こうは太平洋、そして水平線だ。

撮っているあいだ、二、三組、若いカップルや家族連れがそばまで来たような気もするが、やや機嫌が悪かったので、よく覚えていない。こりゃだめだな、とあきらめて、観光気分でベランダを半周しながら、太平洋を眺めた。HPのうたい文句通り、水平線が少したわんでいる。だからと言って、どうということもない。

徒労だったな、と思いながら、エレベーターに乗ったのだろうか、施設の外に出て、公園の階段を下りた。…今この施設のHPを見た。海を背にした、白い犬吠埼灯台の写真が掲載されている。これは空撮か?それとも民家ができる前の写真なのか?定かではないが、そう、たしかにこの写真を来る前に見てはいる。だから行ったのに、いっぱい食わされた感じだ!

広い駐車場には、数台の車が止まっているだけだった。日差しが強くて、車の中はひどく暑かった。もしかしたら、と思いながら、高台を下りながら、辺りをきょろきょろした。どこか、民家の下に、見晴らしのいい場所はないのか。…なかった。

朝から、ブドウパンと牛乳しか腹に入れていない。昼食の時間はとっくに過ぎている。そうだ<テラステラス>でカレーを食べるんだ。あそこで、ひと息入れて、次の行動に移ろう。...今日は夜の八時頃まで写真を撮るつもりだった。

犬吠埼灯台前の商業施設<テラステラス>は、できたばかりなのか、きれいで、混んでなくて気持ちがいい。たが、昨日に比べ、灯台周辺の広場には人影が多い。県外ナンバーもちらほらで、観光地の雰囲気が戻ってきた感じだ。

この旅の習慣。昼食にカレーを食べ、きれいな温水便座で用を足す。さてと、今度は<銚子タワー>だ。ナビをセットした。…そう、銚子タワーに関しては、行く前から、さほど期待していなかった。HPに掲載されている、民家の屋根越しの写真は、どう見ても超望遠で、自分の400mmでは無理だろうと思っていたからだ。

浜での午前の撮影でも、その合間に、真後ろを振り返り<タワー>を目視、そのまま回れ右をして、今度は灯台を目視。なるほど、<タワー>展望台の右端からなら、左端かな?灯台が見えるはずだ。ただ、距離がかなりある。今でさえ、かなり遠目の灯台だ。期待はできないが、一度は行ってみるべきだよな、と思った。

<銚子タワー>にも、ナビ通り、すぐに着いた。さして広くはない駐車場に、数台の車が止まっている。施設に入ると、薄暗い売店、そして受付の女性が一人だけ。ここでも、さっきの<地球・・・展望台>とおなじく、生年月日を言って、シニア割り¥360。両方とも市の施設なのだろうか、何もかもよく似ている。

エレベーターで、かなり高いところまで登った。展望室は、ぐるっとガラス張りで、360度見渡せる。あ、あった。犬吠埼灯台だ。でもねえ~、あまりに遠すぎる。いちおう、来場者に気をつけながら三脚を立てた。何枚か撮ったが、ポイントは、ただの一点。HPの写真も、この位置から撮られたものだろう。

ちなみに、ガラス越しの撮影は<スカイツリー>で経験積み。よほどいい明かりでないと、きれいには撮れない。しかも、灯台は民家の屋根越し。ありていに言えば、海と空と灯台だけあれば、OKなんだ。ま、あとは、トリミングと補正と修正で、どのくらいできるかだが、帰宅後に、何をやっても、全然モノにならないことが判明した。惨敗!

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