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此岸からの風景

<日本灯台紀行 旅日誌>オヤジの灯台巡り一人旅 長~い呟きです

2020

10/11

Sun.

10:08:24

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#11 観音埼灯台撮影

ふと、目をあげると、坂の上からおじさんがおりてくる。手に小さなカメラを持っていたような気もする。その先に、観音埼灯台が、木々の深い緑の向こうに見えた。灯台敷地より、十メートルほど手前、坂の途中だ。ネットで見た限り、写真はここからがベスト。ベストといっても、灯台の右側には建物があり、左側は、すっからかんの空間、海は見えない。だあ~っとした景観は望むべくもなかった。むろんそれを承知で来ている。

立ち止まって、しつこく撮った。木々の枝が白い灯台の胴体にかかってしまう。緑の葉っぱだから、まだいいが、それにしても、邪魔は邪魔だ。しかし、その木々を避けて、灯台に近づけば、横の建物がよけい目について、まったく絵にならない。この場所で、最良のショットを撮るしかない。

粘っていると、お迎えが近い?小柄な老人が目の前を通り過ぎていく。手に小さなカメラを持っている。灯台を撮りに来たのか、と思いながら、よろよろ歩いていく老人の後姿を一枚撮った。さらに見ていると、入り口で、ちょっと立ち止まり、灯台を見上げている。その黒いシルエットが、ちょうど、白い灯台の胴体の中に入り込んで、目立つ。さらに、敷地に入り、建物の方を向いて、入場料を払っているようだ。それが終わると、ゆっくりと灯台の根本に向かって歩いていく。何しろ、ずっと灯台と自分との線上にいるのだ。

そして、やっとのこと、画面から消えたと思ったら、今度は、その老人が消えたあたりから人影が出てきた。画面越しに見ていると、どんどん近づいてくる。黒い服のおばさんだ。灯台の受付だろうな。とうとう、敷地から出て来た。手にしているのは携帯用の掃除機なのか、入口手前の、コンクリのタタキの隅まで行って、そこにたまった葉っぱなどを吹き飛ばしている。掃除をしているわけだ。その間も、シカとして、灯台を撮っていた。

おばさんの姿も消えて、静寂が戻ってきた。今一度、人影のない、新緑の枝がかかった白い灯台を撮った。撮れたような気がして、満足だった。ふと我に返ると、小指辺りを蚊に食われたらしい、痒い。そうだ、忘れていた。何しろ蒸し暑くてかなわない!

受付で¥310払った。その際、おばさんに、隣の資料室は撮影禁止ですから、とややつっけんどんに言われた。悪意を持っているわけではない。顔つきをみて、そういう口の利き方とする人間なんだと了解した。イラっともしなかった。資料室か、帰りに寄ってみよう。その入口の前にベンチが置いてあったような気がする。そこは日陰になっていた。カメラバックをおろし、着替えた。お決まりのように、汗びっしょりだった。上半身裸のまま、給水して、一息入れた。そのあと、海の方を、しばらく眺めていた。

さてと、灯台に登ってみるか。立ち上がった。灯台の裏側は日陰になっている。そこに腰かけがあるのだろうか、こちらからはよく見えないが、例の老人が座っている。手にしたカメラを沖の方へ向けている。依然として、他人の存在をまるで意識してないかのようだった。邪魔しないように、反対側へ行った。灯台の横。炎天下だ。そこに、何か展示してある。

一つは、白い大きなラッパが三本、扇方に広がっている。これはすぐにわかった。このラッパから霧笛を出していたんだ。二つ目は、これまた白い、ドーム型の灯台の頭で、中にレンズが入っている。これらはきっと、先代の観音埼灯台の遺品だろう。勝手にそう思って、説明書きなどは読まなかった。そのかわり、ぐるりと一回りして、ベストショットを狙った。この二つの真っ白な遺品は、オブジェとしても、カッコいい。

と、その隣に、正体不明の物体がある。ちょっとくびれたコンクリの円柱だ。気にかけなかったが、ふと寄って見ると、海図のようなものが表面にある。いや、海図かどうか定かでない。とにかく、灯台の遺品であることに間違いはない。だが、それがなんであるのか、確かめもしなかったし、写真すら撮らなかった。造形的に、魅力を感じなかったのだ。

ところで、岬の先端部、炎天下の、日陰のない灯台の前は、頭がくらくらするほど暑い。海風が少し吹いているものの、全然涼しくない。とはいえ、ここまで来た以上は、灯台の正面を、写真に収めていくべきだろう。たとえ、それが、写真的にはモノにならないとしても、一応は、ベストを尽くすべきだ。そういうわけで、狭い敷地の端を、少しずつ移動しながら、丹念に灯台を撮った。

だが、灯台との距離が取れないばかりか、両脇はスカスカで、なんとも間の抜けた構図ばかりだ。24㎜というかなりの広角でも、引きが甘く、おもわず魚眼レンズを買ってみようかとさえ思った。が、これはさすがに自制した。両端がゆがみすぎて、風景写真には不向きなのだ。さらには、禁じ手を破って、縦位置で何枚か撮った。結果は余計悪い。自ら決めた禁じ手をあっさり破ったことを、少し後悔した。

暑い!を通り越していた。もう限界だ。これ以上は、熱中症の危険がある、と自らを戒めて、撮影を終えた。灯台の裏側に回った。老人が腰かけていたところだ。日陰で、海風が心地よい。給水し、上半身裸になり、汗びっしょりのロンTを二枚、灯台の敷地を囲っている低いコンクリの塀に干した。靴を脱ぎ、靴下も脱いだ。足の甲が赤くなっている。痛痒い。

はあ~、一息入れよう。建物の縁に添った木の腰掛だ。正面は海。なんだか船が多い。大小さまざま、行きかっている。それにしてもと思って、ふと気づいた。浦賀水道だ!となれば、向こうに見えるのは房総半島。要するに東京湾への入り口だった。はは~ん、あの老人が、カメラを向けていたのは、この光景か。てっきり灯台を撮りに来たのかと思っていたが、ここに座って、浦賀水道を航行する船を撮っていたんだ。

カメラバックから、望遠を撮りだした。なるほど、いろいろな形の船があって、面白い。しばらくの間、ゆっくり視界を横切る、おもちゃのような船舶を、断続的に撮った。じきにそれにも飽きた。ロンTが乾くまで少し休憩だ。そう思って、座り姿勢のまま、首をうなだれて目をつぶった。何組か、観光客が目の前を通り過ぎて行った。上半身裸、素足。でも長い綿マフラーを首にかけている。乳首は見えない。それに、両脇に、これ見よがしにデカいカメラを置いてある。写真を撮りに来て休んでいるのか、と誰が見ても納得するだろう。

そのうち、目をつぶったまま、ふと思った。ロンTを干しているのが、景観を汚している、と不快に思う人がいるかもしれない。さっき通った、親子連れの若い父親が、堂々と干してあるロンTを見て、苦笑していたではないか。かまうものかと、一方で思ったが、比較的目立たない、端の方へ移動した。なんでそんなことにまで、気を使わなくちゃならないんだ。よけいな配慮が多すぎる。

狭い縁に腰かけただけの、窮屈な姿勢でも、ふっと体の力が抜けたように感じた。三十分くらいたったような気もする。十一時だった。裸足で、塀に干したロンTを取りに行き、身支度をした。ロンTは生乾きだった。気分が少し良くなっていた。観光気分で、まず灯台に登った。それが狭い螺旋階段で、やや窮屈な思いをした。内側の壁に、全国の有名灯台の写真が、ずうっと飾ってある。登りながら見る余裕はない。何しろ狭いんだ。

登りきったところに、これまた狭いドアがあり、腰をかがめて外に出た。グルっと回れるようになっている。ただその通路も狭い。幅五十センチくらいだろうか、人ひとりがやっと通れるほど。正面は、日が当たっていて暑い。裏側に回った。日陰で、海風がいい。柵に肘をかけたのだろうか、眼下に、来るとき通った遊歩道が見えた。そこに若者たちが五、六人ぶらぶらしている。豆粒のようだ。向い側の、深い緑の丘には、鉄骨の無粋な塔が見える。レーダー塔だろうな。

しばらく、下界を眺めていた。南西方向の海の中に、人工的な構造物がある。何かの遺構だろう。見に行ってみるか。下りようとしたら、さっきから来ている熟年の夫婦連れと、狭い入口のあたりで鉢合わせになった。おばさんの方は、扉の前にいるので、自分が扉から出られない。要するにすれちがいできないのだ。すいませんと言って、彼女をバックさせた。

いや~ここまで書いてきて、前後の時間を間違えていることがはっきりした。というのも、その後、この熟年夫婦は、腰掛で休憩している自分の横に来て、少し休憩していったのだ。つまり、灯台に登ったのは、腰掛けで休憩する前だったわけだ。熱中症の危険を察知して、撮影を中止した後に、灯台に登ったわけで、灯台の内部は日陰だから大丈夫だろう、と思ったような気もする。どうでもいいことだが、気持ちが悪いので、訂正しておく。

とにかく、灯台見物は終わり。最後は、受付のある建物、資料室に寄ってみた。<撮影禁止>とおばさんに言われた場所だ。ごたごたといろいろあって、エアコンも効いていない、蒸し暑くて薄暗い部屋だ。ざっと流して出るつもりだった。と、灯台の模型がある。下の方に、手でぐるぐる回す把手がついている。なにかと思って近寄ると、昔の灯台の、発電の実験模型だった。

何々、昔の灯台守は、日中に200キロ近い重りを手でぐるぐると、何時間もかけて上へ巻き揚げ、夜になると、その重りの落下するエネルギーを使って発電機を回し、灯台を光らせていた。したがって、かなりの重労働だった。わかったような、わからないような感じだ。ま、とにかく、その把手をつかんで、ぐるぐるすると、紐にくっついている黒い重りが、上の方へ巻き上げられた。そのあと、今度は、把手をさっきとは逆向きにぐるぐるすると、巻き上げられた重りがすこし落下する。その瞬間、模型の灯台の目が光った。昔の灯台守って、そんなことをやっていたのか、となんだか不思議な気がした。...昔の灯台守については、そのうちちゃんと調べてみたい。

帰り際、受付の奥から、おばさんの声がした。<ありがとうございました>。声の感じが、普通に聞こえた。自分も、顔をちょっと向けて<ありがとうございました>と返した。敷地を出ると、道が二股に分かれる。左に下りて行けば、先ほど灯台の上から見た海中の遺構へたどり着けるだろう、と思った。日陰の山道を下った。少し行って振り返ると、白い灯台が見えた。ほぼ樹木に隠れている。しかも、裏側からだから、塀ばかり目につく。とはいえ、記念写真だ。何枚か撮った。

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