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此岸からの風景

<日本灯台紀行 旅日誌>オヤジの灯台巡り一人旅 長~い呟きです

2021

02/28

Sun.

12:07:28

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#8 下田観光2

朝から、無駄足の二連荘だ。海の中の赤い灯台は、ま、ほぼ諦めかけた。となれば、白い防波堤灯台だ。このまま素通りするわけには行かないだろう。掘っ立て小屋の前で、がやがやしている爺たちの前に歩み寄った。一瞬、爺たちが静かになった。サングラスを外しながらこう言った。<灯台を撮りに来たんですが、通ってもいいですか>。とたんに爺たちががやがやし始めて、その中のリーダー格?が、<そりゃあ~、いいですが、一応立ち入り禁止なので、自己責任ということで>というようなことを言った。

<はい、わかりました、どうも>と軽く会釈して、爺たちの前を通り、バリケート?の隙間から、防波堤に入った。ふと見ると、たしかに、行政の立ち入り禁止の看板がある。あとでわかったことなのだが、掘立小屋で、入場料というか、入漁料を払う、ということではない。釣り餌とか、ちょっとした食べ物を、まあ、釣り人相手に商っているのだ。小屋は閉まっていたのだから、爺たちの中にその主人はいなかったのだろう。おそらく、爺たちは、近所の知り合いで、暇にまかせて毎日集まり騒いでいるのだ。だとすれば、爺たちに、挨拶を入れる必要もなかったわけだ、と後になって少し悔いた。

そうそう、自分が、爺たちと話をしているときに、後ろにワイシャツ姿の初老の男性がいたらしい。というのも、話がついて、いざバリケートをくぐる際に、小声で<私も、ちょっと、灯台を>とかなんとかいう声が後ろで聞こえたのだ。あれっと思って、振り向くと、手にスマホを持った定年退職したばかりのような男性がいた。尻馬に乗りやがったな。なんなんだ!あえて無視して、防波堤へ向かった。

海の中に伸びる、およそ100mくらいだろうか(今調べたら330mほどあるようだ)、防波堤には、釣り人が二人いた。ちょうど胸の高さくらいで、意外に低い。幅が狭いので、強風の中、その上を歩くのは、いかにも危険だ。だが、堤防の陸地側が、幅三十センチほどの通路?になっていて、小島まで安全に歩くことができる。釣り人たちも、そこに陣取って、堤防越しに糸を垂らしている。

進んでいけば、当然、釣り人にぶつかるわけで、一言掛けて少し脇に寄ってもらわねばならない。もっとも、通路?の左側には平場のコンクリ護岸がある。強風であおられた波が、ちゃぱちゃぱしている。一人目の釣り人に関しては、たまたま、その平場のコンクリ護岸に波が届いていない部分があったので、そのままうしろを通過した。

二人目の釣り人は、防波堤のほぼ真ん中辺りにいた。見ると、こっちは、コンクリ護岸の全面に波が押し寄せている。ま、軽登山靴だから、無理して、波の中を突き進むこともできたのだが、いかにも滑りそうなのでやめた。ちょっと頭を下げて小声で<すいません>と言った。赤いジャンパーの愛想のない爺が黙って立ちあがった。横をすり抜けた。

小島は目前だ。ちなみに、この小島は<犬走=いぬばし島>という。今調べると、ネットにはこの島の情報がたくさん載っている。有名な所なのだろう。上陸!した。ちょっと冒険気分になっていた。ふと、うしろを見ると、例の定年退職したばかりの?初老の男性が、危なっかしい足取りで、堤防の下を歩いているではないか。あきらかに、島に上陸するつもりだ。

ま、いい。小島のどてっぱらには大きな風穴があいていた。いや、トンネルなのだが、小さな島なのに、トンネルの穴が、不釣り合いなほど大きいのだ。なぜだかわからない。洞窟のようなものもあり、覗くと、向こう側に海が見える。撮り歩きしながら、トンネルをくぐった。脇に大きな照明塔などもあり、垂れ下がっている木々の枝なども入れて、遠目に灯台をスナップした。

さらに、防波堤の先端にある白い、例のとっくり型をした灯台に近づいていった。と、ふり返った。トンネルを出たあたりに、初老の男性がいて、こちらにスマホを向けている。灯台を撮っているのかと思って、脇によけた。すると、男性から<そのままで>というような声が聞こえた。灯台と一緒に俺も撮られているのかな?向き直って<灯台を撮りに来たのですか?>と尋ねた。その声が聞こえなかったのか、男性は、依然として、スマホをこちらに向けて撮っている。

ま、いいや。背中を向けて、さらに、灯台の根本に近づいた。だが、あまりに近づきすぎて、写真にならない。少し引いて、何枚か撮った。いや、かなりしつこく撮ったのだろう、撮影写真の枚数でわかる。もっとも、いくら撮っても、ロケーションは良くないし、曇り空だ。ここまで来て、残念ではあるが、モノにはなるまい。

例の初老の男性は、灯台の根本までは近づいてこなかった。再再度振り返ったときには、灰色のズボンや白いワイシャツ、白髪交じりの頭の毛が、強風にあおられ、元の形態をとどめていなかった。体感的に、これ以上この場に留まるのは無理、という感じだった。

来た道を戻った。釣り人の赤いジャンパーの爺は、こちらが会釈をする前に立ち上がって、道をあけてくれた。掘っ立て小屋の前は無人になっていた。やはり、あの爺たちの中に、小屋の主人はいなかったんだと思った。白いペンキで塗りたくられた板壁には、拙い文字の張り紙がべたべた貼ってあった。なかには、<観光案内します>というようなものもあった。

小屋の前の狭い道路際に、ちょっとした駐車スペースがある。むろん来た時にも見たのだが、黄色の線で区切られていて、何台分かは、手前に赤い<カラーコーン>なども置かれていた。そこへ、いきなり灰色の車が来て、<カラーコーン>をどけて、バックで駐車しようとしていた。この五、六台止められる駐車スペースが有料駐車場なのか、それとも、賃貸駐車場なのか、にわかには判断できなかった。灰色の車の中から、釣り竿などを持った男が出てきた。この堤防で釣りをする気なのか?いまにも降り出しそうな空模様。それに、強風。海沿いの道をぶらぶら歩き始めた。

フェリー乗り場の見える駐車場に戻ってきた。クレーン車は、クレーンをたたんで、駐車場に止まっていた。背の高い椰子の木を見上げた。てっぺん辺りの大きな葉が、ぐらぐら揺れている。たしか作業していたようだが、何の作業だったのか?見た目全く変化がなかった。あるいは、強風で、その後作業を中止したのかもしれない。

と、その前に、横にあったトイレで用を足し、そばにあった、崩れかけたベンチに腰をおろしたのだ。その一角が、休憩所のようになっていて、たしか藤棚?があったような気がする。とにかく、その塗装が全く剥げて、白っぽくなった、地面に沈みかけたプラスチック製のベンチに、カメラバックを置き、用心しながら座りこんだのだ。休憩だな。ちょうど、幼稚園の小さな椅子に腰かけたような視界だった。

左手にフェリー乗り場。正面は下田湾。右手には、そうだ、<海保>の巡視艇が係留されていた。といっても、全体的に見れば、雑然たる風景で、写真など撮る気になれない。その上、空は鉛色で、灰色の雲が動き回っている。ただ、妙に静かだった。あたりに人の気配がしない。強風だったはずだが、風の音も聞こえなかった。というか、気にならなかったのだろうか。

曇り空で写真にはならない、とわかりきっていた防波堤灯台の撮影は、予想通り、まったくの無駄足だった。しかも、赤い灯台には、近づくこともできなかった。この後の予定を考えたのかもしれない。下田観光!といっても、記念館とかには行く気もしなかった。やはり、気になっていたのは灯台なのだろう。

午後からは雨だ。灯台の正面に回り込んでみよう、と思ったのだろう。立ち上がった。一応、目の前に広がっている、何ということもない光景を写真に撮った。写真にでも撮っておかなければ、もう二度と思いだすこともない風景なのだ。

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2021

02/25

Thu.

12:22:21

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#7 下田観光1

夕食の後は、少し眠気がさしてきた。朝早かったからね。横になると、すぐに寝てしまったようだ。目が覚めたのは、夜の八時過ぎだろう。真っ暗な部屋の中、窓際へ行き、海を見た。灯台たちの灯りが気になったのだ。緑、赤、オレンジ、そして、少し間があって、沖の方でぴかっと光った。サッシ窓を開けて、手前の道路や浜沿いの公園も眺めた。シーンとしている。そんなことにはお構いなしに、暗い海の中、灯台たちは、規則正しい光の点滅を続けている。少しうれしいような、安心したような、微かな感情が流れた。

その後、部屋の電気をつけ、テレビもつけ、何かお菓子類を食べたのかもしれない。もう一度、明日の予定を頭の中で考え、観光案内のパンフで道順などを確認したような気もする。小一時間して、眠くはなかったが、やることもないので、また横になった。物音はなく、驚くほど静かだ。何か考えたのかもしれない。この瞬間、自分のいる場所は自分しか知らない、小気味よかった。

いつものように、一、二時間おきに、夜間トイレに起きた。そのたびごとに、いや朝方は行かなかったかもしれないが、窓際へ行って、灯台たちの灯りを確認した。緑、赤、オレンジ、ピカリ、問題なし。ちょうど、死の床についていた父や母、ニャンコの表情を、夜中にそっと覗き見た時のようだった。ちょっと大げさかな。

二日目。
<8時起床>。窓際へ行って、厚手のカーテンを開けた。曇り空。どんよりしている。これじゃ~、写真は無理かな。ただ、灰色の雲が層をなしていたので、一縷の望みを持った。同じ曇り空でも、写真的には、空の部分が空白か、灰色の雲かの違いは、かなり大きい。要するに、空白は<不可>、灰色の雲は<可>なのだ。

朝の支度などの、細かいことは省こう。というのも、少し書き方を変えたのだ。つまり、印象に残っていることを中心に書いた方が、時間の節約になるし、文章的にも、よいのではないかと思ったのだ。あまりにも<旅日誌>に時間がとられるので、次の旅へなかなか出られない。それに、ベケットの<朗読>を再開したいという気持ちも出てきたので、そちらの方にも時間を割きたいわけだ。

時間軸にそって、のべったりの記述をしていきながら、印象した事柄にぶつかる、という記述方法も、嫌いではない。だが、まあ、冗長にならざるを得ない。書くことしか、残されていないのなら、そういった<ディスクール>を楽しむこともできる。だが、まだ、<旅>と<朗読>という楽しみが残っている。あれかこれかは、本意ではないが、背に腹は代えられぬ、という心境だ。

それはともかく、下田観光に話を移そう。身支度を整えて、エレベーターで下に下りた。受付の爺さんに、ふと思って、入り口付近で展示販売されている土産物を見ながら、<あれはクーポン券使えるの>と聞いた。<もちろん使えます>と爺さんは答えた。<どこで使えるのかわかんないからね>と言い足すと、聞かれもしないのに<書類の申請が複雑でね>と愚痴っぽく言った。なるほど、年寄りには大変な仕事だったのね。コロナ関係の申請書類が、この地域クーポンに限らず、複雑怪奇なことは、テレビ報道などで知っていた。悪事を警戒してのことなのだろうが、それでも、実際に<不正受給>が横行している。いつの世も真面目な?国民が損をしているわけだ。

車に乗った。ナビはセットしなかった。海岸沿いの道を伊豆急下田駅の方へ向かい、市街地の大きな信号を左折すればいいのだ。と、思って走り出した。行くべきところは、昨晩宿から見た、緑と赤の点滅を繰り返していた、二つの防波堤灯台だ。下田駅が右手に見えた。トンネルの前だったかな、信号を左折。ところが、なんだか、細い寂しい道だ。そろそろ行くと、なにかオブジェのようなものが左手に見えた。右手は狭い有料駐車場。その奥にも駐車場があり、そっちは広くてきれいだ。

右折して入っていくと、料金所から係の女性が出てきた。窓をあけると、¥600です、と言われた。ちょっと疑問に思ったので、訊ねた。<灯台を撮りに来たんだけど、ここでいいのかな?>女性は、すぐに合点したようで、<もう少し先に車をとめられるところがあります>と丁寧に教えてくれた。Uターンして、元の道に戻った。

やや行くと、左手にフェリー乗り場があり、どこかで見たような感じの船が止まっていた。ちなみに、ここから伊豆七島へ行くことができる。その斜め前が駐車場になっている。見ると、クレーン車が、背の高い椰子の木の上の方で、作業をしている。大きな葉が、強風にあおられている。いまにも降り出しそうな空模様。ちょっと危ないなと思った。作業車が何台か止まっていたが、運よく駐車できた。下田市管轄の無料の駐車場だ。ケチな話、¥600、得したわけだ。

季節は夏から完全に秋になっていた。ヒートテックのタイツをジーンズの下にはいてきた。シャツのほうは汗をかくのでTシャツにした。むろん替えを持ってきている。そして、長袖シャツの上に厚手のパーカを着た。フードもかぶって、きっちりひもで結んだ。これでサングラス、マススをしていたのだから、コンビニ強盗に間違われても、文句は言えないだろう。ただし、大きなカメラバックを背負い、デカいカメラを首から下げている。写真を撮りに来たことは一目瞭然で、怪しまれることはあるまい、と本人は思っている。

少し行くと、駐車場の女性が教えてくれた通り、海の中に防波堤が伸びている。その先には小島があり、どてっぱらがトンネルになっていて、向こうに抜けられる。位置関係からして、あの向こうに昨夜一晩中、というか、毎晩緑の点滅を繰り返している、白い防波堤灯台がある筈だ。

道沿い、防波堤の入り口に、なぜか、白いペンキで塗りたくった掘立小屋があって、そこに、三、四人、風体のよろしくない爺が座りこんでいる。ま、人のことは言えないが、防波堤は釣り場らしく、カネを取っているのかもしれない。たしかに、柵のような、バリケードのようなものがあって、爺たちの前を抜けて行かないと、防波堤には入れない。ちらっと見て、ま、いい、先に赤い灯台を見に行こう。そう思って海沿いの狭い道を歩き出した。ところが、地形が湾曲しているので、当然道もそれに沿って曲がっているわけで、すぐ近くだと思ったのが大間違い、結構歩いてしまった。天気も良くないのに、とんだ朝の散歩だ。

結局、赤い防波堤灯台の近くまではいけなかった。というか、陸地から一番近いところへすら行けなかった。いや、それが、どこなのかもわからないまま、引き返した。まったくの無駄足だ。来るときにも思ったのだが、なぜか、ポツンと一軒、海沿いの道に料理屋があり、その脇に、つり橋があった。その先には小さな島がある。あそこから、赤い灯台が撮れるかな、無駄足を挽回しようとして、つり橋を渡った。

小島は、というよりは、極小の小島だ。周囲ほぼ20m。平らなところはほとんどない。朽ち果てたコンクリの手すりなどはあるが、逆に危なくて、つかむこともできない。日陰に、真新しい、小さなお地蔵様が三体、深紅の前掛けをつけている。それぞれの前に御影石の台があり、色鮮やかな手向け花だ。といっても造花だが。

右に下れば、赤い灯台に対面できそうだ。だが、先客がいる。釣り人だ。狭い場所だろうから、釣り人と顔を突き合わせることになる。気おくれした。わざわざ行くこともないだろう。となれば、左に下りるしかない。狭い崖っぷちの悪路で、その辺の岩につかまりながら、慎重に下りた。ところが、下り立ったところが、猫の額ほどの平場で、目の前、というか足の先がすぐ海だった。強風にあおられていた。落ちたら大変だ。へっぴり腰で、うしろの岩に手を付いて、体を支えた。長居は無用。写真はおろか、辺りの景色を眺めることもなく、来た道を戻った。

来た時は、変な感じがした三体のお地蔵さまたちだったが、少し陽が差してきたからだろうか、こっちの気持ちが軟化した。記念にと、一枚だけ、撮らせてもらった。

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2021

02/21

Sun.

13:43:54

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#6 海沿いのホテル

岬を下りて、国道の信号に出た。左折して、坂を下ると下田湾東端に出る。少し行くと、道が広くなる。片側二車線、立派な中央分離帯がある。海岸沿いが整備されていて、公園になっている。宿は、右側の道路沿いにたっている。したがって、どこかでUターンしなければならない。だが、交通量が少ないので、中央分離帯の切れたところで、ある意味強引に回転した。

ホテルの前、道路沿いに何台か駐車できる。幸い空いている。切り返して、建物に対して垂直に車を止めた。そばにおじさんがいて、駐車場の案内をしているようだ。ホテルの従業員というよりは、小料理屋の大将、といった感じだ。車の中の荷物を整理して、いつものようにカメラバックを背負い、手にトートバックを持った。ちょっと会釈して、ホテルの中に入った。

透明なビニールで仕切られた、受付カウンターにいたのは、これまたホテルの受付というよりは、さびれた民宿の爺さん、といった感じの老人だった。手の甲で検温を受け、その後は、館内使用について、息を切らしながらの一生懸命な説明を聞いた。はいはいと受け流して、手渡されたコロナ関連の書面に署名した。最後にコロナ対策の<地域クーポン券¥2000>を受け取った。これは予期していたことが、ラッキーだった。ただし、どこの店で使えるかと尋ねると、爺さんの答えはあやふやだった。これが張ってあるところ、と指さす方を見ると、青っぽいステッカーに<地域共通クーポン 取扱店>とあった。

そういえば、署名するときに、身分証の提示は求められなかった。もっとも、楽天トラベルで<Gotoクーポン>をゲットして予約したのだから、身元はそこから割れるわけだ。あるいは、爺さんが忘れていたのかもしれない。

例の、プラ棒についている鍵を受け取り、エレベーターで四階まで行った。廊下は広く、余裕のある作りだ。だが、ひと昔、いや、ふた昔以上の前の、まさに、昭和のホテルで、古色蒼然としている。何よりも気になったのは、廊下に敷きつめられた絨毯だ。趣味の悪い赤い柄で、なんだか汚らしい。

廊下の先に五、六段の階段があり、それを下りた。これは明らかに、建物を継ぎ足したことによるものだ。事実、自分の泊まった部屋は<新館>らしい。部屋に入ってまず気がついたのは、がらんとした感じの十畳間に白い布団が一組敷いてあったことだ。床は畳でも板張りでも、フローリングでもなくて、何と言うか、表面がつるつるの、少し柔らかい、厚手のビニールとでも言っておこうか。今日日、お目にかからない代物だ。素足でぺたぺた歩くのが、やや憚れる。トートバックの中から靴下を取り出して、穿いた。もっとも、そのうちには、この床材にも慣れて、素足で歩き回っていたのだが。

むろん、値段相応で、不満はない。自分的には、古いよりも、汚いことが気になるのだ。まあ~、古くて汚いのは最悪だが、新しくて汚いよりは、古くてきれいな方がいい、とさえ思っている。幸い、この部屋は、古いが、汚くはない。それに、いわゆる<オーシャンビュー>で、道路越しに、下田湾が一望できる。前回の<南房総旅>で泊まったホテルも、海は見えたが、視界の三分の一だった。それに比べ、ここは、視界のほぼ100%が海景だ。

重いサッシ窓を開けてみた。たしかに、道路沿いだから、車の騒音がする。だが、視点を無限大にすると、湾の向こうに、水平線が見える。静かな、柔らかい海風が心地よい。ごきげんになった。ささっと荷物の整理をして、浴衣に着替えた。さて、温泉に行くか、と思ったが、その前に、食料を仕入れてくるのが先でしょ。そうだろう、温泉の後は、すぐに冷たいビールと夕食だ。

いま袖を通したばかりの浴衣を、敷いてある布団の上に、脱ぎ捨てた。ハンガー掛けしたジーンズやパーカを、鴨居からはずして、ささっと着替えた。貴重品の入っているポーチを肩にかけ、鍵を持って、部屋の外に出た。シーンとしている。人の気配がない。まあ、コロナ禍の平日、客がいなんだろうと思った。

受付には、爺さんがいた。なにか下を向いて、あたふたしている。出てきますと言って鍵を渡した。小料理屋の大将も、駐車場の前でうろうろしていた。ちらっと見て、左の方へ行った。コンビニとファミレスが至近距離にあるのが、このホテルの<うり>で、オヤジのひとり旅には好都合だ。食料を調達する手間が省ける。まず、<すき家>へ行って牛丼の特盛を頼んだ。むろんテイクアウトだ。注文の仕方や支払いが、すべて機械なので、ちょっと戸惑ったが、店員が親切に教えてくれた。一応、<地域クーポン券>を見せて、使えるか聞いてみた。使えないとのこと、ま、そうだろうな。

店を出て、ホテルの方へ戻った。駐車場のあたりでは、依然として、小料理屋の大将がうろうろしている。ついでに、ホテル一階のジムを見た。そう、道路側に面していて、ランニングマシーンなどが見えるのだ。ほとんど人がいなかった。ホテルを通り越していくと、ファミレスがあり、その先にコンビニがあった。朝食用の牛乳とか菓子パンなどを買った。レジのおばさんに、性懲りもなく<地域クーポン券>のことを聞いた。まだ準備中なんです、手続きが複雑で、と申し訳なさそうに答えてくれた。

レジ袋を二つぶら下げて、部屋に戻った。温泉に行こう。浴衣に着替えた。備え付けのバスタオルとアメニティのペラペラな手ぬぐいを肩にかけた、つもりだった。というのも、脱衣場に着いた時には手ぬぐいしかもっていなかったのだ。あと、貴重品を金庫の中に入れて、鍵をかけた。そのちゃっちい鍵を、部屋の鍵がついているプラ棒に絡めた。用心深いというか、小心というのか、これも身に染み付いた習性の一つなのだろう。

エレベーターで二階へ行った。男湯、と染め抜かれた紺の暖簾をくぐって、脱衣場に入った。タタキに館内用のツッカケが、一つ二つある。先客がいるようだ。ツッカケを、足で横に寄せ、上に上がった。横長だが、けっこう広い。それに裏返された脱衣籠がロッカーの上に整然と並んでいる。設備、内装はむろん<昭和>だが、きれいに掃除されている。

貴重品を入れるロッカーを見つけて、プラ棒をなかに入れた。鍵を抜いた。念のため、いま一度開けてみて、壊れていないか確かめた。前回の旅で、鍵の調子がおかしくなって焦ったことがある。まったく、念には念を、というわけか。

前も隠さず堂々と、浴室に入った。意外と広いし、きれいだ。それに何よりも正面に海が見える。ま、ガラスが少し曇ってはいたが。自分より年配のおじさんが二人いた。一人は、洗い場、鏡の前に腰かけて頭を洗っていた。もう一人は、六畳ほどの湯船の端でくつろいでいる。自分も、たしか頭を洗ったような気がする。火木土は、ジムへ行ってそのあと風呂で頭を洗うようにしている。二日あけると、頭がくさい!この日は、洗髪日の火曜日だったわけだ。

日常を非日常=旅に持ち込んでいるのだが、そんなゴタクはたくさんだ。ちゃんちゃらおかしい。旅に思い入れなんてない。日常も非日常もない。待っている時間が、死ぬほど退屈だから、気分転換に来てるだけさ。

手拭いを頭の上に、ちょこんと乗せて、湯船に入った。まじ、癖のない<いい湯>だった。温度も、自分にはぴったりで、湯の中の段差?に腰かけて、くつろいだ。三メートルほど離れたところに、おじさんもいたが、ほとんど気にならなかった。立ち上がり、湯船の中を少し歩いて、窓際へ行った。手でガラスをふいてみた。海は、といっても下田湾だが、水滴で優しくぼやけていた。素っ裸で突っ立ったまま、そのあやふやな光景をしばらく眺めていた。

部屋に戻った。外はもう暗くなっていた。と、海の中に緑と赤の点滅が見える。なになになに、と思って、サッシ窓を開けた。なるほど、防波堤灯台があるんだ。いかにも、間抜けな感想だ。下田湾に防波堤灯台があることを、思いもしなかったのだから。と、その緑の点滅の向こう、漆黒の海の中から、ぴかっと何か光った。それも二回。一回目はかなり明るく、すぐ続く二回目はやや弱い光だった。

はじめは石廊埼灯台かと思った。とっさに、三脚を部屋に持ってこなかったことを悔いた。明日は持って来よう、とその気持ちをなだめた。その後は、冷たいビールを楽しんで、<牛丼特盛>を食した。テレビはつけていたが、見る気にもなれず、食休み方々、撮影画像のモニターなどをした。いや、その前に受け付けの爺さんからもらった<地域クーポン券>を詳細に眺めた。なるほど、どこで使えるかは表示されていないし、使用期間は旅の最終日まで、静岡県限定だ。

ふと思って、スマホで天気予報を見た。なんと!明日は朝から曇り、しかも午後には雨が降りそうだ。おいおいおい、勘弁してくれよ。来る前の予報では、午前中には晴れマークがついていたんだぜ。お手上げだ。撮影は無理だろう、明日は下田観光だな。ちょうど、目の前には防波堤灯台もあるし。爺さんにもらった、下田湾周辺の観光案内のパンフを見た。これといった所もないが、<黒船遊覧船>が、ちょっと気になった。

明日は下田観光か!と立ち上がって、窓際へ行ったのかもしれない。前後のいきさつは思い出せない。おそらく、いきなりだと思う。正面でほぼ十四秒ごとに、ぴかっと光っている光が<神子元島灯台>のものだと気がついた。これは、かなりの驚きで、自分の迂闊さを忘れて、少し興奮した。

神子元島(みこもとじま)灯台は、離れ小島の岩礁の上に立つ、白黒の灯台だ。今日の昼間、望遠カメラでようやくその姿が確認できた。自分には、ほとんど近づくこともできない、手の届かない灯台だと思った。それゆえだろうか、何か特別な気持ちがしないでもなかった。その灯台の光が、これほど明るく、身近に感じられることに感動したのだろう。

しばらくの間、うっとりと夜の海を眺めていた。灯台たちの光だけが点滅している。赤、緑、オレンジっぽいのもあるぞ。それに何と言っても主役は、真正面の白色のピカリだ。たしか、陸地からは、10キロほど離れているはずだ。細長い座卓に押し込まれていた、木製の座椅子を、窓際へ向けた。そこに座って、この奇跡的とでもいうべき光景を、じっくり楽しんだ。何とまあ、このホテルは、下田湾をはさんで、神子元島灯台と一直線に結ばれていたのだ。

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2021

02/17

Wed.

10:40:17

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#5 爪木埼灯台撮影2

話しを戻そう。灯台前の通路と東屋の間を行ったり来たりしながら、灯台にあたる陽の具合を観察していた。陽が西に傾くにつれ、見た目、灯台は、全体的に白くなっていった。それでも、純白の灯台は、岬全体を俯瞰する風景の中で際立っていた。いわゆる、灯台写真というよりは、灯台の見える風景、といった感じだ。風景の中に溶け込んでいる灯台も、自分的にはそれなりに好きなのだ。

雲が出てきて、照ったり陰ったり、少し暗くなってきた。午後の灯台は、ほぼ見終わったな。と思ったら、とたんに気持ちが緩んだ。この場所にいるのが、すこし飽きてきた。ところが、時計を見のだろうか、四時過ぎだった。落日は五時半頃だろうな。宿が近いということもあって、そうだ、夕日に赤く染まる灯台を撮ろう、という野心?が出てしまった。

西の空を眺めた。まだら雲が一面にあって、太陽を遮っている。う~ん、きれいな夕日にはならないだろう。と思いつつ、粘っていた。と、何やら、あちこち、スマホでこまめに写真を撮っている若い女性がいる。目で追っていると、東屋だとか看板だとか、そういった設備的な所が主だ。紺のポロシャツだったか、その腕にオレンジの腕章があった。<下田市>。あ、市の職員ね。設備の確認だろうな。でも、かなりしつこく撮っている。時々スマホで誰かと話している。上司にでも報告しているのだろうか。生真面目な感じ、頭の良さが表情から読み取れる。だが、若いのに色香がない。能面のような面相は、内なる<女性>を抑圧しているからだろうか。いまの仕事がストレスになっているのかもしれない。

ところで、午後一番で来てから、もうかなり長い時間たつ。だが、灯台を訪れた人は、数えるほどしかいなかった。石廊埼灯台の、あの混雑と比べると、なにかウソのようだ。むろん、こっちの方が好きだ。印象に残っているのは、黒ずくめの若いカップルで、灯台の根本あたりでキスをしていた。あとは、中高年のくたびれたアマチュアカメラマンだな。一人は白髪交じりの猫背で、格子の長そでシャツを着ていた。安っぽいカメラで、かなり粘って撮っていた。SNSにでもあげるのだろう。もう一人は、剥げた爺さん。犬を連れた若い夫婦や、同じく太ったおばさんもいた。いま思うに、うんち袋を持っていなかったぞ。それにしても、今日日、観光地に犬を連れた人が多い。それも、ま、みな血統証付きのいいワンコだ。あの方たちの気持ちはなかなか理解できない。世の中には犬の嫌いな人だっているだろうに。

時計を見た。四時四十五分。依然として、西の空には雲がかかっている。粘りに粘ったが、辺りはうす暗くなり始めた。なんだか帰りたくなった。夕日に染まる灯台はあきらめよう。またの機会、と自分の気持ちをなだめながら、三脚をたたんだ。すたすたと、脇目もせずに、駐車場に戻った。

今日の撮影終わり。軽登山靴と靴下を脱いで、素足でサンダル履きになった。車を出入り口へと向けて、少し走りだした。左手の汚いトイレが目に入り、気が変わり、車を止めた。用を足しに、トイレに行った。古いが、わりときれいで、臭いも気にならなかった。そばに、大きな案内板があり、その剥げかけた絵地図をちらっと見た。横に赤い自販機があったので、なかば衝動的に缶コーラを買った。ボトル入りがなかったのだ。

車に戻った。と、一台のバイクが、料金所を覗き、係員がいないのを確かめてから、駐車場の先端の方へ行って、バイクを止めた。なんでこんな時間に来たんだ、と思って何気なく見ていた。黒い格好の、髪の少し長い若い男だったような気もする。スマホだったか、小さなカメラだったか、とにかく、岬の灯台に向けて撮っている。灯台をじっと見た。え!何と、ほんのり、オレンジ色に染まっている。西側を見た。夕日は岬の下に落ちて見えない。だが、そのあたりが茜色に染まっている。その柔らかい、優しい光が灯台に反射している。

一瞬、焦った。望遠カメラと三脚を持ち出して、駐車場の先端に急いだ。三脚を広げ、カメラをセットし、構図を決めた。だが、残念なことに、遠目過ぎる。後悔先に立たず、か!最後の三十分が我慢できなかったばかりに、この体たらくだ。一時から四時半過ぎまで粘ったのに、千載一遇の機会を逸したのだ。

装備を整え、灯台へ向かう気力は、もうなかった。ただ、あきらめきれず、その場で、無駄なシャッターを切りながら、かすかにオレンジに染まったり、うす暗くなったりする灯台を眺めるだけだった。その間にも、何人かの男たちが、バイクや車でやってきて、灯台へ向かって行った。あきらかに、この<ゴールデンタイム>に合わせて、つまり、夕日に染まる灯台を撮りに来たのだ。

その装備から見て、みなアマチュアで、インスタにでもあげるのだろう。だが、その彼らの方が、<ハイアマチュア>を自認している自分より、一枚上手だったわけだ。なにか、自尊心を傷つけられたようで、気分がよくなかった。と、脇を見ると、なぜかおまわりがいた。なんで、こんな時間に、こんなところにおまわりがいるんだ。一瞬、先ほどの<下田市>の女職員が、灯台に不審者がいる、と通報したのではない、と思ったりもした。だが、これは過剰反応だろう。デカいカメラで、写真を撮っているのが一目瞭然で、不審者に見えるはずはない。二、三メートル離れている、横のおまわりをちらっと見た。尋問してくる気配はない。当たり前だろう。この際、おまわりチャンなんか、シカとだよ。

西の空を、何回も振り向いた。岬の下に落ちた夕日が、今度は水平線に沈んでいったのだろう。かなり暗くなって来て、もの悲しい雰囲気が漂っている。灯台も心もとない感じだ。男たちが、岬から下りてきた。浜の公園の通路を歩いて、三々五々、こちらに向かってくる。まったく、そうまでして、夕日に染まる灯台が撮りたいのか。ほとんどカネにもならない、意味もないことに時間と金を費やしている連中だ。自分のことは棚に上げて、なかばあきれ、なかば感心しながら、三脚をたたんだ。

駐車場を出た。灯台の、どてっぱらがオレンジ色に染まるのを、ちょっとだけ夢想したのかもしれない。正直言って、撮り損ねたわけで、くやしかった。自分もまた、意味のないことに人生を費やしている。駄目だ、暗くなってくると、どうも頭の中も暗くなってきてしまう。

と、前方右側、道路端におまわりだ。肩の肉付き具合からして、駐車場にいたおまわりに間違いない。歩いている。なんでこんな所を?その瞬間、すべてを了解した。おまわりチャンは、すぐ近くの無料の駐車場にバイクを止めて、夕方の見回りに来たんだ。バイクで来なかったのは、あそこは一応有料駐車場だから、遠慮したんだろう。それ以上はもう考えたくなかった。やや猫背気味、坂を上っていく、中年のおまわりチャンをすれ違いざまにちらっと見た。こっちが車だからだろうか、意味不明の優越感を感じた。心の中で<ご苦労様>と言ったかもしれない。

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2021

02/14

Sun.

10:54:01

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#4
移動~爪木埼灯台撮影1

神社の物品販売所のすぐ横が通路になっている。五、六歩行くと賽銭箱がある。奥は神殿だ。色の褪めた太い紐が二本垂れさがっていて、視線を上に向けると、変色した大きな鈴が見える。財布を出し、中にあった一円玉と五円玉を投げ入れた。紐をひっぱって鈴を鳴らそうとしたが、うまくいかず、間抜けな音しかしなかった。

ところで、この神社のロケーションについて一言だけ記述しておこう。何と言うか、絶壁の途中の、大きな窪みの中に建っている。いわば、巨大な岩の中に象嵌されている。見た目、なんでわざわざ、と思ったが、深くは考えなかった。というのも、絶壁とか岩の窪みとかにある神社は、これまで何回か写真で見ているし、実際に見たこともある。もっとも場所や名前は正確に思い出せないが。とにかく、信心の薄い者にとっては、野次馬的興味があるだけで、由来や謂れを頭に刻み付けておこうとまでは思わないのだ。今回もそうだ。むろん記念写真は撮った。撮るには撮ったが、やはり感動の薄い事物に対しては、案の定、写真もおざなりだった。

神社を後にして、まさに<観音崎>の先端の岩場に来た。断崖絶壁で強風。まあ、ゆっくり太平洋を眺めるというわけには行かなかった。それに、観光客が次から次に来るので落ち着かない。岩場を一周する通路も狭くて、立ち止まっていると邪魔。まじめに写真を撮る気にはなれない。気のないシャッターを数回切って、急き立てられるように岩場を後にした。

また、灯台の敷地に戻ってきた。ベストポジションは、コンクリの残骸に背中をべったり付けて立つ、中途半端な所だ。幸い、人波みは去って、敷地内の人影はまばらになった。そうか、さっきの混雑は、あの大型バスの観光客だったんだ、と思った。無駄なシャッターを切りながら、人影が完全に消える瞬間を待った。その時が訪れた。気合が入って集中して、連続的に何枚も撮った。写真的にはイマイチな構図ではあるが、この瞬間にベストを尽くしたことに満足した。

大きな石の鳥居をくぐった。正面にフードコートの建物が見えた。テラス越しに行けば、中を通らなくてもいいことに気づいた。でも、半自動ドアのタッチスイッチ?を手の甲でチョンと押して中に入った。ソフトクリームでも食べたい気分だったのだ。カウンターの横を通りながら、メニューなどをちらっと見た。だが、シンプルなソフトクリームはなく、何かごてごてと飾り付けたスイーツまがいのものばかりだった。食べるのをやめて、出入口付近の案内コーナーに立ち寄った。ざっと見まわした。見るべきものもないので、置いてあるパンフフレットなどをチラッと見て、車に戻った。

駐車場を出た。突き当りを大きく右折した。その後、どこをどう走ったのか、ほとんど記憶にない。記憶が戻るのは、ナビの指示で、国道の信号を左折して<爪木崎>に入ったあたりからだ。坂を登った。途中に介護施設があったような気がする。視界が開けて、目の前に駐車場の料金所が見えた。助手席に置いてあった、先ほどもらった<駐車場整理券>なる紙切れを手に取った。

料金所に横づけすると、例の土産物屋の主人が、いや、顔の濃い係の男性の上半身が見えた。手にした紙きれを、彼に見える位置でひらひらさせながら、こう言った。<朝来たんだけど、また払わなくちゃまずいかな?>。<いいですよ>と土産物屋の主人は言った。が、その声音には、しょうがない、といったニュアンスも含まれていた。朝の時と比べて、声がちょっとうわずっていたからな。

駐車場には、ほとんど車がなかった。ただ、端の方に、青みがかった軽のバンが止まっていた。朝来た時にもあったから、<土産物屋の主人>のものだろう。車から出て、カメラバックを背負った。暗緑色の岬の上に、白い爪木埼灯台が、ちょこんと飛び出ている。お、陽が当たっている!灯台の胴体、縦半分くらいが真っ白だ。時間は、<13:07>、と午後一発目の爪木埼灯台の写真に記録されていた。ちなみに、午前中最後の石廊埼灯台の写真は<12:12>だった。ま、どうでもいいか。

灯台へ向かった。通路沿い群生している、大柄な<アロエ>さんたちに、ちょっと目配せしながら、今回は、浜へは行かないで、岬へと、いきなり登る道を選んだ。多少急だ。だが、週三回ジムへ行っている。この程度では息も切れない。これは年寄り発言で、自分が爺だと認めたようなものだ。

撮るべき撮影ポイントは、ほぼ把握していた。灯台正面のススキの横、それに、東屋付近の柵の辺だろう。この二か所を、そうだな、距離にして100メートルくらいかな、三、四十分おきに、行ったり来たりしながら、午後の撮影を楽しんだ。何しろ、狙い通り、右横から、灯台に陽が当たっている。見た目で言えば、胴体の右半分が真っ白で、左半分が少し暗くなっている。

と、今思えば、この午後の時間に、灯台の胴体に陽が当たっていることには、何の疑問も持たなかった。というのも、午後はトップライトになるわけで、おそらく見た目では、灯台のてっぺん辺りにだけしか陽が当たらず、胴体は暗いのだ。<犬吠埼灯台>しかり、<観音埼灯台>しかり、<鼠ヶ関灯台>しかりだ。だから、午後は休憩して、三時ころまで待って、太陽が傾き始めてから、また撮りだしていたのだ。

その貴重な経験が、いい意味で反故になっている。要するに、自然的条件により、灯台にあたる陽の具合は、日々刻々と変化しているのである。つまり、太陽の位置だ。夏場は高く、冬場は低い。また、日の出、日の入りの時間も影響している。さらには、人為的条件、すなわち、灯台の立地場所、撮影場所も、大きな要因になるだろう。だから一概に、午後はダメ、とは言えないのだ。

極端な話、同じ時刻であっても、365日、灯台にあたる陽の具合は違うのだ。灯台一つ一つに、撮影のベストポジションがあるように、明かりのベスト時間?もあるわけで、こう考えると、一つの灯台に、一年間張り付いていないと、文字通りのベストな写真は撮れないわけだ。いや、太陽の光には、地球温暖化とか、その他の気象条件も影響しているのだから、一年単位じゃない。十年、いや~百年単位で考えねばなるまい。なるほど、一つの灯台に、100年間張り付いて、写真を撮り続ければ、ベストな写真が撮れるかもしれない。

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2021

02/10

Wed.

10:45:42

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#3 石廊埼灯台撮影

次の撮影場所、石廊埼灯台には<10:45>前には到着していたことになる。というのも、駐車場の端から撮った、一枚目の石廊埼灯台の写真に<10:45>と記録されているからだ。ちなみに、爪木埼灯台の、午前中最後の写真には<9:56>とあった。

爪木崎から、どこをどう走って、石廊崎まで来たのかは、よく覚えていない。ナビに従って走っていたわけだけれども、何か考え事でもしていたのだろうか。それすら思い出せない。記憶にあるのは、道路左側に見えた<石廊崎灯台入り口>と書かれた案内板だ。ナビは無言だった。道を間違えたのか?そう思ったが、ナビに従った。そのうち何やら、工事中っぽい道へと大きく左折されられた。そこにも大きな看板があった。

今調べると<石廊崎オーシャンパーク>と書かれていたようだ。石廊埼灯台、という名称がないことに、一瞬首をかしげた。だが、すぐにマップシュミレーションした光景が目の前に広がってきた。左手の、背の高い植え込みの向こうには、おそらく無料の駐車場がある筈だ。案内板もあった。と、視界が開けて、大きな駐車場が見えた。ガラガラといった感じではない。そこそこ車が止まっている。

スピードを落として入っていくと、料金所が見えた。前に一台車がいて、係のおばさんが窓越しに何か話している。運転手が、なかなか金を出さない。バックウィンドー越しに、後部座席の人間が、何やら、財布などを取り出している様子が見える。灰色のくたびれた乗用車で、たしか剥げかけた紅葉マークがついていた。<私が払う、いやいや自分が払う>とかなんとか、小銭を払うのに大騒ぎしているんだ。そのうち、その車は駐車場には入らないで、脇に寄った。すかさず、係のおばさんが自分のところに来た。駐車料金\500を払って、先に進んだ。

適当なところに車を止め、外へ出た。陽が出てきて暑かった。何と言うか、残暑だな。カメラバックを背負い、歩き出そうとしたとき、大型バスが駐車場に入ってきた。要するに、ここは観光地になっているわけだ。そうそう、さっき、係のおばさんが言っていた。灯台へ行くには、そばにある、きれいなレストランのような建物を通り抜けていくようなのだ。目端の利く開発業者のやりそうなことだ。石廊崎周辺を灯台もひっくるめて観光地化したのだ。

ま、あとで気づいたことではあるが、来るとき道路で見た案内板<石廊崎灯台入り口>というのが元々のルートで、これは、急な坂道を15分ほど登らなければならないようだ。そんなんじゃ、今日日、観光客なんか来ないだろう。というわけで、灯台までの平場な道を造成し、ついでに、広い駐車場やフードコートも併設して、儲けちゃおう、いうわけだ。少し荒れ果てた所に、寂しく佇む灯台が好き!という者にとっては、ややありがたくないことだ。だが、急な坂道を登らなくて済む、という恩恵は受けたいわけで、なんとも複雑な心境である。

しゃれた、今流行りの広いフードコートのようなところを通り抜けて、灯台へ向かった。なんだか大きな石の鳥居があり、そばに神社があった。興味を示さず、直進。すぐに、灯台が見えてきた。といっても、全景じゃない。そうそう、石廊埼灯台は、灯台50選に選ばれている。だが、ロケーションがよくない。ネットでも、同じような書き込みがあった。まあ、撮影ポイントは、おそらく二か所しかない。そのうちの一か所は、立ち入り禁止の場所だ。むろん、周りに誰もいなければ、<立禁>なんか関係ない。自己責任で行けるところまで行くつもりだ。

もう一か所は、今自分が立っている通路上で、灯台と海が同時に見える場所だ。ただ、左側の土留めコンクリが邪魔。それに通路が坂になっていて、人間がたくさん行き来しているのが見える。つまり、実際に来てみると撮影ポイントというほどの場所ではなかった。となれば、左の土留めコンクリの上、すなわち<立ち入り禁止>の場所しかない。そこには、小さめな鉄塔と、白い灯台のようなものが立っている。

今調べました。<石廊崎指向灯>という名前で、灯台の機能を備えていました。つまり、東京方面から下田湾に入ってくる船舶に、三種類の光源を向けて、航行の安全に寄与しているのだ。すなわち、真ん中の白い光は航路、赤い光は右舷危険側、緑の光は左舷危険側を表示している。なるほど、赤と緑は、防波堤灯台と同じだ。あの時は、ちょっと<モアイ>に似ているなと思った。失礼しました。

それはともかく、その<指向灯>のある高台が、石廊埼灯台を正面?から見下ろせるベストポジションなのだ。誰もいなければ、柵を乗り越えて登って行くこともできるだろう。だが、この混雑だ。そうもいくまい。と、中国人っぽい若い男が、通路左側、土留め塀の上、なにかのコンクリの残骸のようなところに登っている。立ち入り禁止のロープをくぐって、行けるところまで行って、灯台にスマホ向けている。それも結構長い間。ちょっと迷ったが、若い男の後に続いた。だが、さほど良いポジションではなかった。何しろ、画面の真ん中にブロック塀が映り込んできて、邪魔なんだ。

残骸から下りて、灯台の敷地に入った。ここも、実によろしくない。引きがないうえに、左側の縁が、灯台と自分との線上にある。しかも低木が密集した岩で盛り上がっているので、左側の視界が遮られている。地面は灰色のコンクリで覆われていて、そこに人間が出たり入ったりしている。まあ~写真にはならない。

だが頑張って、何とかその中での最高のポジションを見つけた。すなわち、左側の縁が尽きる所に、肩の高さほどのコンクリの残骸がある。その上に登れないまでも、三十センチほどの高さに少し窪みがあるので、そこに踵(かかと)をかけ、壁に背中を押し付けるようにして、へばりついたのである。これで、多少目線は高くなる。中途半端な、不安定な姿勢ではあるが、ま、そこで粘った。

その間、これでもかこれでもかと、観光客が押しかけて来る。灯台周りには必ず人影が動いているし、左手の縁にも、すぐに人がたまってしまう。伸びあがってみると、眼下にすばらしい景色が広がっているのだ。スマホで写したり、しばらく眺めていたりで、カメラを構えたおじさんのことなど、まったく関係ない。ま、しようがない。かなりその場で粘っていたが、いっこうに人間がいなくならないので、思い切って移動することにした。灯台の写真を撮りに行くんじゃない。この先に<石廊崎>という断崖絶壁があり、神社などもある。太平洋を一望できる絶景で、灯台より、むしろ、そっちの方が、観光客のお目当てだ。

観光気分になって、灯台脇の細い道を、観光客の後について歩いて行った。といっても、例のソウシャルデスタンスは取っている。だが、岬の先端に近づくにつれ、ものすごい強風。しかも、通路は狭い階段となり、急角度で曲がっている。そこに、身動きできず立ち往生している年配の男女がいる。こっちは完全装備で軽登山靴を履いている。なんなく、彼らの横をすりぬけ、階段を下りた。

と、そこは、神社の一角で、お守りなどがずらっと並べられている。おみくじなどもある。よくある神社の物品販売所だ。ふと思って、並べられたお守りを一つ一つ吟味した。いちばん高い、といっても¥1000だが、<塩守>をお土産に買った。

<塩守>?初めて見る文字だったので、販売所の奥に仏頂面して、突っ立ってる神主に、ちょっと訊ねた。<塩守>ってどういうものなんですか?神主は、めんどくさそうに、お守りの一般的効用をぶつぶつ言っている。だから、<塩守>の特徴的な効用を聞いているんだ、と大きな声で問いただしたい衝動に駆られた。あの神主は、バイトだろう。<天ぷら学生>ならぬ<天ぷら神主>に違いない。

ちなみに、この<塩守>は勾玉(まがたま)の形をしていて、その中に本物の塩が入っている。塩は身を清めるという意味があるらしい。ま、そんなことはどうでもいい。まずもって、神仏の御利益など信じていないこの自分が、お守りを買った理由はほかにある。そのうち、誰かにあげるため、とだけ言っておこう。ただし、その希望も、帰宅後幾日もたたないうちに潰えた。したがって、この<塩守>は、お蔵入りになった。自分が死んだ後には、ほかの遺品ともども、黒いゴミ袋の中へ放り込まれてしまうだろう。いやその前に、なぜ<塩守>を買ったのか、思い出せなくなってしまうだろう。それでいいのだ。

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2021

02/07

Sun.

10:35:53

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#2
爪木埼灯台・神子元島灯台、午前の撮影。

視界のない山間(やまあい)から、少し開けたところに出てきた。といってもまだ山中で下り坂だ。いい加減疲れた。一息入れよう。車を止められそうなところを目で探しながら坂道を下った。と、道路沿いに、ちょっとした駐車場がある。ハンドルを切った。車の外に出て、深呼吸。ついでにスマホを見た。いい知らせが入っていた。もっとも、これは数日後に<ぬかよろこび>だったことがわかり、かなりがっかりした。ま、いい。長い<天城越え>で気分が低調になっていたが、このメールで俄然元気になった。

山道を下りきった。目指す爪木埼灯台は、もうすぐだ。左手に海が見える。ナビの画面をズームして覗きこんだ。海沿いの道から左折。マップシュミレーションした、見たことのある光景が目の前に広がった。駐車場はガラガラ。入り口に料金所があり、横づけすると、黒ぶちメガネの短髪、髭の濃い・浅黒い男性が上半身を出してきた。¥500払った。<今日は風が強いですね、お気をつけて>と、愛想のよい土産物屋の主人のような声だった。ちょっと意外だった。

かなり広い駐車場で、岬というか・山というか、その先端を整地している。崩れかけた売店が二、三あり、すたれた観光地の駐車場といった感じだ。外に出た。だあっと前が開けている。眼下には浜辺があり、整備された公園があり、右手からは岬がせり出している。お目当ての爪木埼灯台が小さく見える。ただし、残念かな、モロ逆光だ。なるほど、海から日が昇るのね。

だがまあ、ここまで来たんだ、行くしかない。駐車場を後にして、灯台へ向かった。坂を下りると、大きな案内板がある。なぜかその横に赤いポストもある。木製のアーチには<爪木崎>と大きく書かれていた。アーチをくぐると、海浜公園よろしく、そこかしこが花壇になっている。といっても、今の時期、花は咲いていない。ちなみに、冬には水仙が咲くらしい。

目についたのは、おそらく<アロエ>だろう、肉厚の細長い葉っぱの縁に・ぶつぶつがついている。<アロエ>の花?すぐには思い出せなかった。赤い細長い花が・閉じた傘のように密集している。そう、好きな花の一つだった。できれば、咲いているのを見たかったなと思った。ついでに言うと、水仙はノーサンキュー。何度挑戦しても、気に入った写真が撮れない。今ではすっかり諦めている。

花壇の中を行くと、道が二つに分かれる。岬へ登る道と・浜辺へ出る道だ。ちょっと迷ったが、浜辺方向へ歩いた。砂浜沿いに花壇がまだ続いているのだ。むろん、花は咲いていない。が、目の前が海、広々していて気持ちがいい。

ところで、爪木埼灯台の、撮影ポイントは、ネット検索したところでは、ほぼ二か所しかない。ひとつは、灯台正面?というか、扉のある方だから、正確には、背面と言うべきか?ともかく、灯台に続くコンクリの道があり、その周辺だ。もう一つは、東屋のある付近で、岬の上に立つ灯台を俯瞰する場所だ。東屋は、たしか二つあり、周りはちょっとした広場になっているはずだ。

浜辺の花壇が尽きたところに階段があり、岬の上に登れる。さして長い階段ではなく、息切れすることもない。登り切ったところに幅一メートルくらいのコンクリの道がある。表面がほとんど剥がれていて、その赤っぽい痕跡が、なんだか汚らしい。両脇に背の高い植え込みがあり、その間に灯台が見えた。逆光になっているので、真っ白というわけでもない。

この辺りから、いつものやり方で、本格的に、撮り歩きを始める。二、三歩行っては、必ずファイダーを覗き、シャッターを押す。すぐにモニターして、次に進む。植え込みの切れたところが、一つ目のベストポイントだろう。大型のススキが海風になびいていて、左右が開けている。ただし、通路上にいる限り、このコンクリ通路が映り込んでしまう。どうも気にいらない。脇によけるしかない。ちょうどススキの手前に、おあつらえ向きの場所があった。

なかば腐りかけた・枯草の堆積の中に踏みこんだ。大型のススキを左側に入れて、かなりしつこく撮った。要するに、この辺りがベストポジションなのだ。とはいえ、逆光。空の色が飛んでいる。写真にはならない。でもまあ、今この瞬間、自分が灯台と対面しているという雰囲気は出ている。写真の良しあしは、さほど気にならなかった。

コンクリ通路に戻り、撮り歩きしながら、さらに灯台に近づいた。根元まで行き、灯台に沿って、まさに<灯台の正面>に出た。目の前には、海が広がっていた。ただし、しつこいようだが、逆光なので、海の青さは感じられず、眩しすぎて、長くは見ていられない。すぐに引き返した。今度は、戻りながら、二、三歩行っては立ち止り、ふり返ってシャッターを押した。いわば、撮り歩きの復路だ。

ちょうど、灯台の頭に、太陽が来ている。これは都合がいい。つまり、太陽を灯台の頭で隠すことができる。多少減光することができるので、同じ逆光でも、またちょっとニュアンスが違う。ま、それでも、空の色は飛んでしまっている。写真的には無理だろう。だが、逆光の中で見る灯台、このタッチは好きなのだ。

背の高い植え込みまで、戻ってきた。写真はこれまで。すたすたとそのままコンクリ通路を歩いて、東屋に着いた。横に、ステンパイプの大きなハートがある。正面にまわって、ハート形に区切られた空間の中を、ちょっと腰をかがめて覗く。なるほど、背景に灯台がきちんとおさまっている。記念撮影のスポット、であるわけだ。一応、ハート形とその向こうに見える灯台をスナップした。灯台を若い人たちにアピールするための、あれやこれやの方策の一つで、おじさんには関係のないことだが、別に悪い感じはしなかった。

奥にある、もう一つの東屋へ行った。岬の上の灯台を撮るなら、どちらかといえば、ここからのほうが、写真的にはいい。おそらく、ここが二つ目の撮影ポイントだろう。ただし、手前の柵が邪魔で、何となく気に入らない。それよりも南西方向の海の中にある、神子元島=みこもとじま灯台が気になった。まさか見えるとは思っていなかったので、少し気持ちがざわついた。

下田湾からは、約10キロ先の海上にある、この白黒の灯台にはチャーター船を仕立てて上陸するほかない。いまの自分にとっては、近づくことのできない灯台の一つだ。ささっと三脚を組み立て、望遠カメラをセットした。最大400㎜の望遠でも、全然とどかない。豆粒のようだ。最低でも1000㎜は必要だろう。そんなレンズは100万円以上する。慎重に構図を決め、レンズ側のVRをオンにして、手で三脚を押さえつけ、指でゆっくりシャッターボタンを押した。要するに、海風が強くて、三脚が揺れる。ミラーアップのリモート撮影だと、逆にぶれるのだ。

海は少し荒れていた。ところどころに白波が見える。白黒の灯台は、茶色い岩礁の上で凛として動かない。一瞬、自分がプロのカメラマンなら、100万以上するレンズを買うかもしれない。撮った写真がカネにつながるわけだからな。でも今は、この豆粒大の灯台で十分だ。けっして、近づくことができないということに、満足していた。灯台だけじゃない、手の届かぬものは山とある。だが、手にした瞬間、指の間からこぼれ落ちてしまうことだってあり得るのだ。ならば、じたばたしないで、静かに見ているほうが、悲しいことではあるが、幸せなのではないか。強風で青い海の表面が逆立っていた。写真がぶれないように、三脚とカメラをぐっと押さえつけ、またシャッターを切った。

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2021

02/03

Wed.

11:12:03

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 南伊豆編

<灯台紀行・旅日誌>2020南伊豆編#1 出発

2020/10/10(土)
おとといの木曜日、お昼過ぎに南伊豆から帰って来た。今回の旅も天候に悩まされ、前々日まで予定が立たなかった。九月の後半から十月の前半にかけては、晴れマークが、二日、ないしは三日以上続くことがほとんどなかった。毎日カレンダーを見てはため息をついていた。そのうち、いささか焦れてきて、となれば、ここは<ヒットアンドウェイ>で行くしかない、と思い始めた。

二日以上の晴れマーク、という撮影日程の原則を曲げて、今一度カレンダーを眺めた。と、六日の火曜日だけは広範囲に晴れマークがついている。火曜日はおそらく大丈夫だ。それに、午前中ではあるが、翌七日にも晴れマーク。要するに、一日半の晴れマークだ。ちょっと考えた。

今回行くのは、静岡県、下田半島南端の爪木埼灯台と、ややロケーションは悪いが、有名な石廊埼灯台の二つだけ。この二つの灯台は、比較的距離が近い、三十分ほどで行ける。しかも、石廊埼灯台の撮影ポイントは、ほぼ二か所だけで、歩き回る必要もない。となれば、当日フル稼働すれば、両方撮れるだろう。宿も、爪木埼灯台に近いわけだしね。

幸い、爪木埼灯台へ行くならここだろう、と以前から決めていたホテルの・前日予約が取れた。しかも、<Goto>割りが適用、そのうえ、何やら<地域クーポン券¥2000>も当日宿でもらえるそうな!気持ちが固まった。出発前日の昼過ぎから旅の準備を始めた。二、三時間で終了。もう慣れたもんだ。その後は、時間つぶし方々、道順や灯台周辺のマップシュミレーション、画像検索などをして、夜の九時過ぎには消燈。翌朝は、三時起きするつもりだった。ま、いつものように、眠りは浅かった。正味二、三時間しか寝てないかもしれない。

一日目。
午前三時に起きた。目覚まし時計が鳴る前で、スイッチを解除した。覚えている限りでは、午前一時過ぎに壁の時計を見ている。となれば、まともに寝たのは二時間か。ま、それにしては眠くなかったし、気分も悪くなかった。ざっと整頓、洗面、朝食はお茶漬けに牛乳。排便はほとんど無し。二階置きの枕、目覚まし時計、携帯の充電器、それに、保冷剤入りのペットボトルとか、その他いろいろ、トートバックの中に放り込んだ。忘れ物はない。完璧だ。

出る前に、ニャンコに向かって、<行ってくるよ>と声をかけた。玄関ドアを開けると、まだ真っ暗だった。夜明け前の静けさが漂っている。車に乗って、ナビをセットした。行先は、下田半島爪木埼灯台。最寄りの圏央道のインターまでは、10分くらいしかかからなかった。なにせ、車がほとんど通っていない。

真っ暗な中、圏央道を厚木方向へ向かって走った。青梅からの断続的なトンネル走行は、地上走行より楽だった。これは、初めての経験だった。地上走行は、対向車のライトがかなり眩しいのだ。そういえば、眼病が増悪していた時には、夜間走行ができなかった。ライトが眩しすぎて、前方がほとんど見えない。あれ以来、ずっと夜走ることを半ば無意識のうちに避けてきた。知らず知らずのうちに、行動時間や範囲が狭まっていたわけだ。とはいえ、発症してから、今年で二十年になる。これ以上、悪くなることもあるまい、という楽観論が優勢だし、事実、さほど眩しくない。恐怖を克服したのだと思った。

八王子を抜け、相模原に差しかかると、辺りが仄かに明るくなりだした。灰色がかった青い雲が左右にたなびいている。静かで美しい夜明け。午前五時前後、いつもならベッドで寝ている時間だ。おそらく、年に数回しか見られない光景だろう。旅が始まることを実感した。

東名に入る前に、圏央道厚木パーキングで、トイレ休憩した。出発してから、小一時間たっていた。朝のコーヒーも飲みたかった。何にしようかな、とめずらしく自販機の前で迷っていた。そのうちめんどくさくなって、あろうことか、ボトル缶の<冷たい>方のボタンを押してしまった。肌寒い。<あたたかい>方が飲みたかったのに!ま、しょうがない。その場で蓋をひねって、一口飲んだ。さほど冷たくなかった。うまくもなかったが、少しほっとした。

片側三車線の東名では、真ん中の車線を、90キロくらいで走った。遅すぎず、速すぎず、自分のペースで走れるので楽だ。と、<東名>と<新東名>の看板が出てきた。ナビは無言。どっちだって同じだろうと思って、<東名>の方へハンドルを切った。まあ~、これは間違いだった。帰路で初めてわかることなのだが、そのことは、あとで書こう。

沼津で東名を下りた。というかナビの指示に従った。車のインパネを見たのだと思う。ここまで約150キロ、二時間。予定通りだ。料金所のETCラインを通り抜け、一般道に出た。その時、目の端に、ちらっと<伊豆縦貫道>の文字が見えた。一瞬あれと思った。というのも、下調べでは、東名沼津から伊豆縦貫道に入ることになっていた。でももう遅い、このまま国道を行くしかない。朝っぱらで一般道が空いているから、ナビが料金のかからない道を指示したのかもしれない。いや、この考えも間違いだったことが、あとになってわかった。

ともかく、沼津の市街地を走った。けっこう広い道で走りやすい。それに、早朝だ。車も少ない。街並みも立派で、かなり大きな町だった。いい加減走ったところで、道が狭くなってきた。右手に、高架が見える。高速道路のようだ。あれが<伊豆縦貫道>かな、とちらっと思った。

そのうち道がさらに狭くなり、上り坂になった。山の中へ向かっている。道路標識に<天城>の文字が何回も出てくる。なるほど、これから<天城越え>なんだ。<石川さゆり>の<天城越え>の一節を、思わず口ずさんでしまった。ま、歌謡曲の中では好きな曲だ。<石川さゆり>も女性演歌歌手の中では一番好きだ。そのあとは、少し気分が上向いて、いろいろなことが頭に浮かんできた。なかでも、田中裕子主演の<天城越え>という映画のワンシーンが、まざまざと想起された。後ろ手に縛られ、裸馬に乗せられて、連行されていく。あれは、少年の罪をかぶったからなのだろうか?思えば、よくわからないストーリーだった。

・・・いま調べました。まったくの勘違い。主人公<ハナ>は、情夫である<土工>を殺した罪で捕まったようだ。少年は、川端康成の<伊豆の踊り子>を意識したうえでの人物設定らしい。これで、<石川さゆり>の<天城越え>の歌詞が理解できるというわけだ。女の業というか情念というか、そういったよくわからないことが主題になっている。ま、まじめに考えると、これは女性蔑視だろう。いまの時代では、到底受け入れられない歌詞だ。とはいえ、<石川さゆり>の熱唱には、女性の美しさを感じる。魅力的であることに間違いはない。

峠の中ほどに<浄蓮の滝>があった。土産物屋などが並んでいて、駐車スペースも大きい。ちょっと寄ってみようかな。気持ちが揺れた。いやいや、観光に来ているじゃない。灯台の写真を撮りに来ているんだ。一刻でも早く、目的の爪木埼灯台に着きたかった。何しろ、明かりの具合が、どうなっているのか皆目見当もつかない。寄り道をしている暇はない。

やっと下りになった。登り始めて、ここまで小一時間かかっている。しかも、下りの方が、運転に神経を使う。カーブの度に、減速・加速の繰り返しだ。登りよりもさらに長い時間かかっているような気がする。と、何やら、変なものが見えてきた。<ループ>橋だ。ぐるぐるぐるぐる、目が回る。しかも下りだから、余計神経を使う。高低差が45メートルもあるそうな。これで山場は越えたと思ったが、その後も下りが続いた。沼津から爪木崎までは75キロもある。一般道、しかも山越えの道だから、どう考えたって、二時間半はかかるだろう。出発から、すでに四時間たっていた。

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