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此岸からの風景

<日本灯台紀行 旅日誌>オヤジの灯台巡り一人旅 長~い呟きです

2024

02/26

Mon.

10:20:06

<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版 

Category【灯台紀行 網走編

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第11次灯台旅 網走編

2021年10月5.6.7.8日

四日目 #13 網走観光1

四日目の朝は五時過ぎに目が覚めた。スマホで天気予報を見ると、曇りだったはずなのに、午前中に晴れマークがついている。天気がころころ変わりすぎる。帰宅日だけど、ちょこっと灯台を撮りに行こうかな、迷ってしまった。だが、今日の予定をざっと思い浮かべると、なんだかあわただしい。一時過ぎのフライトだ。十二時過ぎには、空港に着いてなくてはならない。撮影する気がなくなった。

もっとも、撮影する気になれなかったのは、時間的な問題だけでもない。まずもって、足首が、特に左の足首辺りから脛にかけて、真っ赤に腫れあがってしまったのだ。パンパンになった足の違和感が尋常でない。体の不調は気分にも影響していて、写真撮影どころではない。ま、幸い、痛痒さは我慢できる程度だった。

ベッドに寝転がりながら、帰宅日の予定を最終的に決めた。ホテルを八時頃出て、観光しながら、十二時前には空港近くのレンタカー屋に着くようにすればいい。観光は、近くの<サンゴ草自生地>、それに、来るときもちょっと寄った<希望の丘>。目と鼻の先にある<網走監獄>は、ま、以前に一度行ったこともあるからパスだな。

六時前に起きて洗面、身支度。六時半ちょっと前に、朝食弁当を取りに部屋を出た。廊下も隣の部屋もし~んとしている。そうだ、昨晩は、九時頃から、隣の部屋がすごくうるさかった。学生だろう。大きな声でしゃべっていて、寝られやしない。しかも、よりによって、隣の部屋に仲間が集まっている。

誰かが面白い話をしているのだろうか、数分おきに、どっと笑い声がする。そのうちの一人の甲高い声が、ほんとに癇に障る。三十分ほど我慢していたが、怒鳴り込むわけにもいかず、耳栓をした。耳栓をした後は、騒ぎ声もさほど気にならなくなり、そのうち眠ってしまった。夜中の十二時過ぎに目が覚めた時には、さすがに静かになっていた。朝になって、隣部屋のドアの前には、へし曲がったビール缶がいくつか転がっていた。酒を飲んでいたわけで、ま、しょうがねえ!

エレベーターに乗った。昨晩の爺と鉢合わせしなければいいなと思った。そう、例の<カレー事件>の爺だ。<カレー>の配給?時には二番目に並んでいたのだから、朝食弁当だって、朝一番で取りに来る可能性が高い。

時間を戻そう。昨晩のことだ。サービスの限定四十食<カレー>を取りに、七時少し前に食堂に下りた。すでにカウンターの前には、仏頂面した中高年のオヤジが並んでいる。その後ろには、椅子に座った黒っぽい爺がいる。並んでいるのか?判断しかねたが、一応爺の後ろに並んだ。

五、六分そのままの状態で過ぎた。食堂には、かなり人が増えてきた。爺はなかなか立ち上がらない。並んでいるんですか、と声をかけた。ソーシャルディスタンスを取らなきゃね、と言いながら爺がやっと立ち上がった。すでに狭い食堂には人がいっぱいだ。<ソーシャル>もヘチマもあったもんじゃない。ワクチン打ってるんでしょ、と俺。すかさず爺が、ワクチン打っても罹るんだ、と語気を強めた。イラっとして、話さなくていい、と言い捨てた。そっちがしゃべりかけてきたんだろ、と爺は食い下がってきたが、今度は無視した。

ちぇ、サービス<カレー>をもらうために行列してたら、このざまだ。横柄な爺にも腹が立ったが、自分が情けなかった。たいしてうまくもない<カレー>をもらうために、行列が嫌いな自分が、さもしい貧乏人に同化して列を作っている。その場でプイと横を向いて、爺にも、回りの人間にも、そして自分にも、もう相手にしません、という態度を誇示した。

じきに<カレー>の配給が始まった。爺が振り返りながら、お先にどうぞ、と言ってきた。どういうことなんだ?いえ、と言って首をふり、相手にしなかった。人間とは関わりたくないんだ!不機嫌なまま、部屋に戻った。<カレー>なんか、食べる気になれなかった。が、まあ、すんだことだ。まずいなと思いつつ、コンビニ弁当ともども、しっかり完食した。

四日目の朝に戻ろう。さいわい、エレベーターでも食堂でも、爺には会わなかった。部屋に戻って、朝食弁当を食べ、七時半にはホテルをチェックアウトした。立体駐車場に行き、車を出してもらった。出してもらったといっても、外ではない。シャッターのあいた建物のなかだ。目の前には、デカい金属のゆりかごに乗った車が現れた。ちらっと、タイヤの下あたりを見た。<ゆりかご>の縁とタイヤの間が五センチほどしかない。まっすぐ移動しないと脱輪する。少し神経を使って、外に移動した。

その際、係の若者に、駐車場に少し止めさせてくれ、と断りを入れた。そんな必要もないだろうが、昨晩以来の、数々の<齟齬>はすでに忘れていた。多少気分がよかったのかもしれない。若者は愛想よく応答してくれた。車を適当なところに止めて、荷物の<パッキング>をした。キャリーバックとリックサックに、すべての持ち物をぴっしり詰めこんだ。これでいつでも飛行機に乗れる。さあ、観光して、帰ろう。

<8:00 出発>。八時半には<サンゴ草自生地>に着いた。正式には<能取湖サンゴ草群落地>という。サンゴのように赤くなった植物(アッケシソウ)が、湖畔一面に広がっている。残念なことに、時期が少し遅い。色がややさめている。ただ、向うの方に、大きな鶴のような鳥が二羽いる。タンチョウだとすぐに気づいた。ギャア~という鳴声が、思いのほかデカい。

改めて、辺りを見回すと、ウッドデッキが湖の方へと伸びていて、自生地の真ん中あたりまで行ける。観光客が多いのに、意外にも近い所にタンチョウが居る。すぐそばで写真を撮っている人間もいる。あんなに近づいちゃ逃げちゃうぞ、と思っていたら、案の定、鳥たちは大きな鳴声を残して、どこかに飛んで行ってしまった。ほらね!

一応ここまで来たのだからと思って、ウッドデッキを歩きながら記念写真を撮った。日差しが強くて、少し汗ばんだ。引き上げようかなと思ったときに、また大きな鳴声が聞こえた。二羽のタンチョウが元居た場所に戻ってきたのだ。赤いサンゴ草の中に二羽のタンチョウ。これは絵になるでしょう。少し距離はあったが、ぐるっと回り込んで、撮りに行った。

近づきすぎて、鳥が逃げてもまずいので、というのは、手前の岸からデカいカメラを向けている爺さんもいたからだが、遠慮して遠目から撮った。したがって、記念写真とは言え、肝心のタンチョウがよく撮れなかった。そのうちには、また、観光客が、タンチョウのすぐ近くまで来て、スマホを向けている。さらには、自生地の入り口付近の旅館から、ぞろぞろ人が出てきて、タンチョウの方へ向かっている。あの旅館は、サンゴ草とタンチョウが<うり>なのだろう。引き上げよう。

四日目 #14 網走観光2~帰路

<9:30 出発 メルヘンの丘へ向かう>。ナビの指示に従い、運転していた。じきに、丘、というか、なだらかな斜面の上に出た。どこを走っているのか、とにかく、女満別空港へ向かっていることに間違いはない。両側にはキャベツ畑、道はうねうねと続き、ゆるやかに波打っている。時々、かまぼこ型の家がみえる。屋根がオレンジ色だ。

人の姿はない。車も一台もない。じつに広々している。それにいい天気だ。心が緩んだ。楽しい。解放された気分だ。この旅の中では一番幸せな時間だった。北海道の大地を、車でぷらぷらドライブするのもいいな、と思った。いや、ありていにいえば、これからは、灯台の撮影は二の次で、北海道ドライブを最優先にしてもいいなと思った。

足首のアレルギー性湿疹の影響もあるかもしれない。今回は、二日目あたりから、疲労感を覚えた。それに、写真撮影が楽しくないのだ。月並みだが、気力、体力が、あきらかに衰えている。それに比べて、交通量の少ない、道のいい北海道のドライブはじつに心地よかった。

市街地に近づいてきたのだろう、車と行き違うようになった。トイレタイムだ。広い道端に車を止めた。周りには誰もいない。無防備な態勢をとった。目の前には、北海道が広がっていた。新たな楽しみが見つかったような気がした。今度は、自分の車で来よう。その時には、車中泊などもして、天候や時間、灯台にも縛れない旅をしよう。

とはいえ、二年足らずで灯台巡りにも飽きてしまったわけで、多少忸怩たるものがあった。大袈裟に言えば、これまでも変節や転向を、幾度となく繰り返してきたのだ。しかし、これは、今やりたいことをやらないで、忍苦しながら頑張ることの方が、より偽善的だと思っているからだ。

一般的には、努力し困難を克服して、ひとつ事を成し遂げることが求められるだろう。だが、<転向>しないで頑張るより、内なる声に従った方が幸せだ。偉くはないが、その方が、尊いような気がする。むろん、自分を含めて、生き物を傷つけない範囲でだが。もっとも、これも、ひとつ事を全うできない人間の屁理屈、言い訳なのだろう。

見覚えのある街中に入ってきた。十時には<メルヘンの丘>に着いた。広い路肩に駐車して、ゆっくり撮った。時間はまだ十分ある。ところがだ、次々と観光客が、写真を撮りに来た。目の前を横切り、話し声が大きい。ま、これは致し方ない。シカとして、広い路肩を右から左まで、撮り歩きした。緑の丘の上に木が並んでいる、お決まりの風景だが、背景の白い山並みまではっきり見える。それに、雲がいい。晴天。いい記念写真を撮って帰りたいと思った。

Nレンタカーの営業所に着いたのは、<11:00>頃だった。隣がガソリンスタンドになっている。車を返す前に、満タンにした。174キロ走って、ガソリン代は¥1900。妥当なところだ。営業所の女性従業員の応対も、ビジネスライクで問題はない。ワゴン車で、空港まで送ってもらい、あっという間に、女満別空港の出発ロビーだ。まだ十一時半前だった。フライトまでには二時間もある。早すぎるでしょ!

搭乗口の前あたりに陣取って、日誌をつけた。そのあとは、ひまつぶしに、ぷらぷらトイレに行ったり売店を覗いたりした。かなり広いロビーのベンチは、ほぼ八割がたうまっていた。コロナの緊急事態宣言が全国的に解除されて、人の往来が増え、北海道にも観光客が戻ってきたのだろう。自分もその一人だ。そのうち、十二時を過ぎると、ひとつ前の便の搭乗案内のアナウンスが始まり、ロビーの人間たちは、みな搭乗口に吸い込まれていった。広いロビーに、自分だけが残された。

靴を脱いで、足を投げ出して、ベンチで待機していた。フライトまでには、まだ一時間あった。旅が終わったという感傷も、日常に舞い戻る嫌悪感もなかった。言ってみれば、極めて平静だった。ただ、帰宅後の旅日誌の執筆と、千枚以上の写真の選択、補正の作業が、やや億劫に感じられた。以前の旅では、それらが楽しみだったのに、何かが確実に変わってしまった。

失恋や愛猫の死を忘れるために始めた<灯台巡り>の旅は、心の傷が癒えたのだろうか、その根拠が空に帰したことで、輝きを失った。いわば、やる気がなくなってしまったわけだ。それに、体力、気力の衰えを実感したこともある。自分が爺であること、年寄りであることを思い知らされた。旅の仕方も、写真の撮り方も、変更を迫られている。ぼおっと、そんなことを考えていたに違いない。あっという間に時間が過ぎて、羽田行きの搭乗案内が始まった。

お決まりのように、優先搭乗だ。車いすや妊婦、それに子供連れが一番最初に案内される。それが終わって、後方の窓際席から、順番に案内される。自分はグループ<1>だから、いの一番だ。優先搭乗の、子供連れが、ゲートをくぐった。立ち上がって、待ち構えていた。ところが、なかなか案内されない。子供連れは、なぜか、機内に案内されることなく、ゲートの内側の通路で待たされている。それとなく見ていると、係りの男性が、そばに寄ってきて、なにか耳打ちしている。アナウンスがあり、機内清掃の遅延とかで出発時刻が遅れるようだ。

飛行機の多少の遅れなど、こちらにとっては全然問題ではない。たとえ<欠航>になったとしてもだ。なにしろ、帰宅したところで、待っている人もいないし、待ち構えている仕事もない。とはいえ、むろんそういう事態にはならなくて、十分ほどの遅れで、機内に案内された。着席すると、飛行機はすぐに動き出し、あっという間に、女満別空港を飛び立った。

帰りも窓際の席だったが、外の景色にも興味を失っていたので、なんとなく退屈だった。いきおい、天井からぶら下がっているモニターに目がいった。飛行機のアイコンが、徐々に南下し、北海道を離れ、東京へと向かう様子が、刻一刻アニメーションで映し出されている。しかし、それにもすぐ飽きてしまい、ぼうっとしていた。

飛行機がある程度まで上昇して、水平飛行になると、通路を女性のアテンダントが、頻繁に行き来するようになった。お飲み物はと聞かれたので、アップルジュースを頼んだ。紙コップで飲むアップルジュースは、心なし味気なかった。あとは、ふと気まぐれを起こして、機内販売で、オニオンスープとじゃがバタースープの詰め合わせを買った。これは、来るときに機内サービスで飲んで、わりとイケると思ったからだ。顆粒状のもので、本数もかなりある。¥1000なら、安いでしょ。

そのあとは、これといったことはなかったと思う。というか、外界の事物や人間にはほとんど興味を示さずに、飛行機から降り、モノレールに乗り、電車で自宅まで戻った。ただ、足首のアレルギー性湿疹が最悪で、ふくらはぎのあたりまで、真っ赤に腫れあがっている。特に左がひどい。そのことばかりが気になっていた。気分が低調だったのは、そのせいかもしれない。

四日目の、夕方、六時半には自室に戻った。すぐに、皮膚科でもらった湿疹の塗り薬を、赤く腫れあがっている、足首、脛、ふくらはぎに入念に塗った。とんだドジを踏んだものだ。この薬さえ持っていけば、こんなにひどくはならなかったんだ。もっとも、よく効く塗り薬ではあるが、すぐさま効果がでるわけでもない。その晩は、ぱんぱんに腫れあがったままだった。だが、疲れていたのだろう、比較的よく眠れた。

翌朝になって、下肢の腫れは少しひいた。とはいえ、いまだ不快な違和感がある。腫れと赤みが完全に引いたのは、そのあと、数日してからだった。ま、かなりの重傷だったわけだ。

千枚にも及ぶ写真の選択と補正、旅日誌の執筆が、今後の作業だ。とはいえ、両方とも、気が進まない。気力が萎えている。だが、やりっぱなしにするわけにもいかない。自分はたしかに、北海道の網走まで行って、灯台を撮ったのだ、という事実を、どのような形にせよ記録、記述して、脳裏に刻み付けておきたいのだ。生きた証が欲しいのだろうか。しかし、そんな証が、何の役に立つ。爺になっても、いまだに幻想から逃れられない。<虚空に花挿す行為>が尊いと思っているのだ。

2021-10-5.6.7.8日、三泊四日 網走旅の収支。

ANA飛行機往復+宿泊三泊 ¥60800
レンタカー¥12900 ガソリン¥1900
行き帰りの電車賃¥2500
お土産¥1800 飲食等¥3000
合計¥83000 

高かったのか安かったのか、それとも妥当な金額なのか、判断がつきかねる。ま、北海道へ行ったんだ。これくらいかかるのは当たり前なのだろう。

#15 網走旅・エピローグ

<いやいやながら医者にされ>という<モリエール>の喜劇があったな。No Matter、そんなことはどうでもいい。<網走旅>から帰ってきてから、いちおう、いやいやながら、撮影写真の選択をしてフォルダを作った。あとは補正するだけだ。次に<旅日誌>を書き始めた。ほぼ一か月、<忍>の一字で頑張って、十一月の中旬も過ぎ、もう少しで終了というところまで、こぎつけた。まあまあのペースだった。

しかし、先が見えたということで、気が緩んだ。それに、次の灯台旅までには間がある。気分的には、来年の五月の連休明けに、車で北海道に行くつもりになっている。これは、灯台旅というよりは、北海道ぶらぶら旅だ。したがって、旅日誌も急いで仕上げる必要はない。なんという<甘さ>!事あるごとに<楽>をしようという習癖が出ている。とたんに、一行も書けなくなった。言葉が出てこない。気持ちの持ちようということだが、これほどまでに、精神的なことに左右される自分が、不思議ですらあった。

灯台旅―写真の選択・補正、旅日誌の執筆-灯台旅、という循環を、二年間で十一回繰り返した。今後もこの循環は続けるつもりだが、循環と循環の間が長くなるだろうし、灯台写真の撮影流儀も変化するだろう。理由は、前章で記述したので繰り返さない。要するに、これからは、もう少しゆったりした旅をしようということだ。体力と気力の低下を、年寄りの知恵で補うつもりだ。

で、気が緩んだとたんに、向かった先が<PCオーディオ>だった。唐突な話で、なんのことか、おわかりにならないだろうから、少し説明しておこう。

<PCオーディオ>。これは、パソコンにオーディオ機器、つまりアンプやスピーカーを接続して、高音質、高音量で音楽を楽しむことだ。もちろん、パソコンでも音楽は聞ける。だが、音質と音量に、どうしても限りがある。一番簡単なのは、アクティブスピーカーと言って、端子をパソコンのヘッドホンジャックに差し込めば、音質もよくなり、音量も増す。これらの製品は、数千円からあって、とても手軽だ。ただし、デスクトップ周りに置く、小さなスピーカーだから、音楽を本格的に、高音質、高音量で楽しむというわけにはいかない。

となると、どうするか?次に出てきたのが、<DAC>という器具だ。これは、PCのデジタル信号をアナログ信号に変える装置で、パソコンとアンプの間に、この器具をかませて、アンプにつながっているスピーカーから音を出すわけだ。

ただ、これらの製品は、数千円から数十万までの幅があって、その違いがしかと理解できない。むろん、高額な物が音もいいのだろうが、どの程度の違いなのか、比べて実際に聞いたことがないので、なんとも言えない。それに、そんなものに、数十万はおろか、数万円出すつもりもない。金はかけないで、音楽を楽しもうとしている、ケチな爺なのだ。

それに、だいいち、自分はアンプもスピーカーも持っていないわけで、この方法は、すでに<アナログ>の再生装置を持っている人間向けだ。そこで、さらに調べると、<DAC>機能が付いたアンプというものがある。しかも、<USB>端子が付いているものもあり、PCと直接つなぐことができる。素人が、ちょっと考えても、PCとアンプとが、<USB>で<直>につながっている方が、音質がいいような気がする。

ここから、この<USB-DAC付きアンプ>のネット検索が始まった。まったくの門外漢なので、専門用語がわからず、調べるのにかなり苦労した。それでも、しだいに事情が、うっすらとではあるが、理解できるようになった。わかったことは、自分が求めている<USB端子付きの-DAC内蔵アンプ>というのは、従来のオーディオ製品にはないもので、各社が、ここ十年くらいの間、開発にしのぎを削っている製品らしい。

その背景にあるのが、音楽の<ストリーミング>だ。これは、つまり、一種の<サブスト>で、月額千円ほどで、ネット配信されている数千万曲の音楽をPCで聞けるというサービスだ。こうなると、<CD>を買う必要性が薄れる。しかも、<CD>を出し入れする手間も省け、保管する場所もいらない。それに、<ストリーミング>される音楽の音質が、<CD>の音質と同等、あるいはそれ以上の音質なのだから、<LPレコード>が<CD>にとって代わられたように、今度は<CD>が<ストリーミング>に、とって代わられる時代になったようだ。

はなしを戻すと、この<USB端子付きの-DAC内蔵アンプ>の製品調査と購入に、ほぼ一か月の間、何かに取り憑かれたかのごとく、夢中になっていたのだ。とくに、購入に関しては、<メルカリ>と<ヤフオク>に多大な時間を割いた。結局は、相場より、少し高い物を買ってしまったようだが、損をしたという感覚はない。これまで、ネットで<中古>の物を買ったことがなかったので、これはこれで、ひとつの勉強?になった。あと、どうでもいいことだが、<ヤフオク>の落札方式は、ストレスはたまるが、よく考えられた方式だと感心した。ま、<旅日誌>の完結間近に、とんだ逃げを打ってしまったわけだ。

ところで、スピーカーも入れれば数十万にもなる音響機器を買い入れるほど、君は音楽が好きだったっけ?もっともな話で、その疑問に答えよう。

音楽は、基本的に好きである。小学生の頃から、ビートルズなどを、お年玉をためて買ったソニーのトランジスタラジオで聞いていた。高校生になり、ステレオを買ってもらい、R&BやJAZZを、勉強もしないで、深夜まで、ヘッドフォンで聞いていた。だが、大学に入り<演劇>を志してからは、ぴたっと音楽を聴くのをやめてしまった。というか、聴く時間が無くなった。そのまま、あっという間に四十年以上たってしまい、爺になってしまった。

最近は、ほぼ終日、PCの前に座って作業をすることが多くなり、その気晴らしにと、<ユーチューブ>などで欧米のポップスを流すようになった。これが意外に良くて、かなり癒された。才能のある若い歌手がたくさんいて、みな、いい歌を歌っている。

そんな矢先に、ジャズ好きの旧友と再会した。彼の影響でまたジャズを聴き始めた。彼とのジャズ談義の中で、やはり、PCで聞いているだけでは面白くない、という話になって<PCオーディオ>にたどり着いたわけだ。

たしかに、PCの作業に疲れて、一息入れる時などに、外からも聞こえるほどの大音量で曲を流すと、かなりの気分転換になる。むろん、世間から苦情が来ない範囲でだが。それと、<ストリーミング>という方式での音楽鑑賞は、好きなアーチストの音楽を、BGM代わりに、延々と流し続けることができる、という点でも、とても便利だ。なにしろ、この<ストリーミング>には、世界中の、ほぼすべてのアーチストの、ほぼすべての音源が網羅されているのだ。

いまのところ<ユーチューブ・ミュージック>月額¥1180が高いとは思えない。なにしろ、すでに、数千曲以上を<ライブラリー>に保存していて、瞬時に聞くことができる。朝から晩まで、好きなアーチストのジャズやブルースを、かなりの音質で楽しんでいる。もっとも、その弊害?として、PCでの作業がはかどらない、ということもある。音楽に聞き入ってしまう時間が多くなったからだ。

いや~、それはそれで、いいだろう。なにしろ、灯台撮影の流儀をかえたわけだし、時間に追われることもなくなった。それに、寄り道が、本道になっても構いはしないのだ。結局のところ、ぶらぶら、気ままに、興味の向くままに歩いていく方が、楽しいし、性にあっているのかもしれない。

とりあえずは、<網走旅>の撮影画像の補正と旅日誌を終了させて、<マロウンは死ぬ>の朗読を再開しよう。来年の春には、車中泊しながら、北海道の灯台巡りだ。さてと、好きな音楽を聴きながら、ゆるゆる行ってみるか。あと十年くらいは、この幸せな時間が続いてもらいたいものだ。ちょっと、欲張りすぎかな。

2021-12-10 <灯台紀行・旅日誌>網走編#1~#15 脱稿

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09:59:48

<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版 

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第11次灯台旅 網走編

2021年10月5.6.7.8日

三日目 #10能取岬灯台撮影4

昨晩は、ホテルに<18:30>頃着いた。時間的には夕方だが、夜になっていた。<すき家>で調達した豚丼特盛を食べ、風呂に入った。と、足首の周りが、異常に痛痒い。掻いては、いかん!と思いながらも、思いっきり掻いてしまった。風呂から上がってからは、日誌のメモ書き、撮影画像のモニターなどをしていた。おいおい、足首の周りが真っ赤だぜ。しかも、痒さが尋常じゃない。いつものアレルギー性湿疹だ。医者でもらった塗り薬を探した。間抜けなことに、持参していない。なんてことだ。

そういえば、今日の午後辺りから、足首の辺りに違和感があった。ゴムの裾止めがきつすぎた。その部分が蒸れて、擦れて、汗をかき、湿疹ができた。毎回、程度の違いこそあれ、発症するのだから、今回も、気をつけるべきだった。そのうえ、患部をお湯で刺激して、事態をさらに悪化させてしまったのだ。ま、過ぎたことを後悔してもしょうがない。明日からは、裾止めはやめよう。

三日目の朝も六時前に起きた。夜間トイレや足首の痒みで、一、二時間おきに目が覚めたが、寝不足感はさほどなかった。洗面などを済ませ、六時半ちょっと前に朝食弁当を取りに、一階に下りた。エレベーターがなかなか来ないことには、すでに馴らされていた。

一階には、弁当待ちの宿泊客が何人もいた。それとは別に、五、六人の女の子が窓際に座っている。二十歳前後だろうな、雰囲気からして東南アジア系だ。この子たちは、昨日もチェックインカウンターの辺りで見た。素人ではない。いわゆる水商売系だろう。ただ、コロナ禍で、外国人は入国できないはずだが?と思いながらも、ちらっと視線を走らせた。朝っぱらから、機嫌が悪いというか、みなして暗~い感じだ。これからキャバクラで働かされるのだろうか?不幸な境遇なのだろう。それ以上の詮索はしないことにした。

<7:30 出発>。出る前に、部屋の写真を五、六枚撮っておいた。記念写真だ。いつもは、宿泊の最終日に撮っているが、今回は、というか、前回あたりからは、前倒しして撮影している。なんと言うことはない、最終日だと、なにかと気忙しないのだ。

通り道のコンビニでコーヒーを買って、<8:00>には、能取岬灯台を見下ろす丘の上に着いた。晴れてはいるが、薄い雲が空全体をおおっている。牧草地の緑が、ややさえない。それでも、三脚を担いで丘の上に立った。昨日のポイントよりは、さらに右に移動して、新たなアングルを探した。牧草地の柵の小道が、くの字に曲がっているところまで来た。やはり、よくない。戻りながら、昨日の興奮やら感動やらが、すっかり冷めているのを自覚した。日差しが薄いということも影響しているのだろう。

<9:30>には下の駐車場に下りた。一息入れて、クマ笹の前、灯台の左側面など、昨日見つけたポイントを撮り歩きした。空の様子がいい。斜めになった、青白の太いだんだら縞だ。<青>は青空、<白>は雲。このような雲は、お初ではないが、なかなかお目にかかることはできない。

写真的に言えば、水平と垂直で構成されている画面に、この太い斜めラインは、とても印象的で、動的な効果さえ与えている。昨日の<虹>の出現と言い、今日の<雲=巻層雲>といい、珍しい自然現象に出くわした時には、意味もなく興奮するものだ。しかも、それが撮影中ともなれば、なおさらだ。希少価値、ということなのだろうか。

だが、灯台の正面辺りに来ると、空の様子が変化してしまった。というか、位置取りの関係で、青白だんだら縞が、斜めではなく水平になった。しかも、<白>の占める割合が大きいので、感動するほどの光景ではない。

しかし、さらに動いて、右側面辺りに来ると、背景の青白だんだら縞が、また斜めになった。ただし、その向きが、先ほどは左から右だったが、今度は、右から左に落ちている。この180度の変化は、位置取りの関係によるものなのだろうか?それに、正確に言えば、すでに<だんだら縞>ではなく、雲間に青空が、斜めにくさびを差したような模様になっている。

要するに、位置取りの変化と雲の変化とが、複雑に絡み合って、背景の空の様子は、刻一刻と変わっていった、ということなのだろう。別の言い方をすれば、位置取りや雲が変化するにつれ、自分の目に映る風景も灯台も変化していった、と。そして、そのパノラマの中心には、不動の自分がいる。ただし、もう少し長い目で見れば、その不動の自分すらが、刻一刻変わっている。撮りながら、益体もない妄想に耽っていたような気もする。

最後にもう一つ、<妄想>を書き残して、三日目の午前の撮影を終えることにしよう。灯台の右側面まで到達した。だが、背面へは回り込まなかった。背面からのアングルはよくないのだ。それよりも、今一度、灯台に岬を絡めた写真を撮ろうと思って、北東側の小道を柵沿いに移動した。このままいけば、例の<オホーツクの像>にぶつかる。少し行って、振り返った。やはり、柵が邪魔だな。いや、写真を撮る、ということに関してだけだ。柵は<邪魔>どころか、断崖への転落、という危険から人間を守っている。

写真的には、灯台が岬の先端にあればいい。だが、能取<岬>灯台は、その名の通り、岬の上に立っている灯台であって、岬の先端に立っている灯台ではない。先端に位置していたならば、能取<埼>灯台となっていたはずだ。

どうでもいいことだが、話を続けると、陸地から出っ張った岬の面積が大きいのと、先の方が急坂になっているのとで、灯台は、陸地寄りの平坦なところに設置された、のだと思う。したがって、岬の先端部と灯台との距離が離れている。合理性が優先されるのは当たり前の話だ。

布置的な関係で、そもそもが、灯台と岬とを一つ画面に入れるには、無理がある。それに、画面を縦に分割する<柵>がある。<断崖絶壁に立つ灯台>という魅力的な目論見は、端から破綻しているのだ。それでも、位置移動を繰り返し、柵から身を乗り出してまで、しつこく撮った。

撮ったところで、ざまはない。帰宅後の画像選択で、はかない希望は泡と消えた。灯台に岬を絡めた写真は、すべてがモノにならなかった。合理的判断よりも妄想を優先した結果の、いわば<徒労>だった。これまでにも、かような間違いを、何十回も繰り返してきた。それは、写真撮影の問題であると同時に、人生の問題でもあるような気がする。<徒労>を<あがき>として、自己正当化しているようなのだ。これも妄想だな。

三日目 #11能取岬灯台撮影5

午前の撮影を終えた。さほど腹は減っていなかったが、昼飯にしよう。メモ書きには<11:30 疲れを感じる>とある。車を、駐車場から道路を隔てた駐車スペースの方へ移動した。正面に海が見える、景色のいい所だ。ゆっくりするつもりだったのだ。ところがだ、リアドアを開けた途端、昨晩ホテルでもらったカレーが、買い物袋の中でこぼれている。ちゃんと蓋をしなかったのが原因だ。いや、プラの蓋はちゃんと閉まらなかったぞ。それよりも、早急に後片付けだ。車の中がカレー臭くてたまらん。

べったりと、カレーのついた買い物袋や、そのへんを拭いて、カレー臭くなったタオルを、トイレに行って水洗いした。そうだ、このトイレについて、少し書いておこう。トイレは、駐車場の後方にあり、コンクリ打ちっぱなしの、ちょっとおしゃれなデザインだった。周囲の素晴らしい景観の中でも、さほどの違和感はない。いわゆる作家の<デザイントイレ>?なのかもしれない。

ドアは一か所で、半自動ドアだった。そのドアに張り紙があった。トイレは16:00になると閉鎖されるとのこと。ふ~ん、と思いながら中に入ると、三畳間くらいの空間があり、右手に手洗い場がある。左手にはドアが二つあり、たしか、男性用と女性用だったか、車いす用と一般用だったか、よくは記憶していない。が、とにかく、手で開けて入ると、やはり、日本全国、おなじみの公衆便所の臭いがした。

このトイレは、滞在中、何度も利用したが、その度、なぜ、<16:00>に閉鎖されてしまうのか、引っかかった。一般的には、観光地、しかも、灯台の駐車場のトイレは24時間営業?だ。だが、そのうち、この三畳間くらいの空間には窓がある、ということに気がついた。

窓というか明り取りかもしれないが、トイレの手洗い場にしては、明るくて居心地がいい。なるほど、これで一件落着、<車中泊>ならぬ<トイレ泊>をする輩がいるのだろう。対抗策として、夜は閉鎖というわけだ。

いや、単に管理上の問題だけなのかもしれないぞ。事実、午後の四時頃、トイレ付近に軽が止まっていた。あれは、トイレ掃除に来た業者で、四時に掃除して、閉めてしまえば、そのあと翌日まで汚される心配はない、というわけだ。ま、それにしても、<16:00>に閉鎖されてしまう公衆便所って、なんか変でしょ。あとは野となれ山となれ、か。

話を戻そう。昼飯のカレーはまずかった。半分くらいこぼれてなくなっていたし、御飯が、変に硬くなっていた。それに、昨日コンビニで買ったカレーパンもまずかった。なんでまた、<カレーパン>なんだ!ま、いい。気分を変えて、午後の撮影を始めよう。

午後の一時頃、丘に上がった。薄い雲が、太陽にかかっている。日差しは薄く、明かりの状態としては、午前中よりさらに悪い。それでも、気のないシャッターを押しながら、小一時間ほど、丘の縁をぶらついた。すばらしい風景も、日差しの具合で、素晴らしくは見えないものだ。

二時半頃には、駐車場に戻った。先ほどから、下っ腹が張っていた。こんな状態では撮影はできない。否応なく、公衆便所で排便だ。温水便座だったかな?スッキリした。とはいえ、<疲労感がひどい>。さほど動き回っていないのにな、と思った。

そのあと車の中で一息入れたような気もするが、三時頃から、灯台周りの撮影を開始した。広場に踏みこみ、左側面からしつこく撮った。背景に青空が見えていたし、能取岬灯台の一番いいアングルだ。ただし、日差しがますます薄くなり、緑の芝草が、黒っぽい。写真としては、あまり期待できない。

<秋の日は釣瓶落とし>、と思ったかは定かでない。とにかく、三時半過ぎたころから、日が傾き始めた。しかも残念なことに、西の空は、ほぼ一面、雲に覆われている。今日も、夕陽は期待できない。ただ、水平線近くに、ほんの少しだけ、雲の間に隙間があって、そのあたりがオレンジ色っぽい。

左側面からの撮影を終わりにして、灯台の右側面へと移動した。西の空が背景となるので、灯台は逆光となり、眩しくて、しかとは見えなくなる。だが、一面の雲が、強烈な西日を受け、やや黄金色に輝いている。その形をなさぬ、いわば<不定形>の空が面白い。

さらに太陽の位置が低くなり、水平線際、少しの部分だけが、茜色に染まっている。海に反射して、きらきらしている。かなり遠いし、範囲も狭いが、カメラを向けて撮っていた。と、駐車場の方から、ばらばらとたくさんの人が、こちらに向かってくる。

これは、午後四時前後に到着する、定期観光バスの観光客たちだ。そう断言できるのは、昨日も、同じ時間に、同じバス、同じ光景を目撃しているからだ。驚いたことに、今日も昨日同様、ほぼ定員いっぱいで、四、五十人は居る。仲のいい者同士が連れ立って、がやがやと広場の歩道を歩いてくる。灯台前で記念写真を撮った後に、一部の者たちは、さらに柵沿いの道を<オホーツクの像>へと歩いていく。

いま自分がいる位置、すなわち、灯台の右側面、断崖の柵沿いからは、北東方向に、知床半島が見える。西の空はほぼ雲に覆われていたが、知床半島の上には、青空が広がっていた。すでに<ゴールデンタイム>に入っていて、これは何という色合いなのだろう、淡い青と白と朱との見事な諧調だ。観光客たちも歩みを止め、柵に寄りかかりながら、写真を撮ったりしている。話し声も聞こえた。大雑把だが、関西弁だ。おそらく、関空から北海道ツアーに来たのだろう。関西弁か、なぜか場違いな感じがした。

そのうち、観光客たちは、潮が引くように消えていった。あたりは、ほぼ暗くなっていて、灯台の目が光り始めた。夜間撮影のために、少し移動した。灯台正面やや右側の歩道の後ろだ。そこには、大きな案内板があり、背後は一面、クマ笹の海だ。風が少し吹いていた。だが、さほど寒くはなかった。もっとも、完全装備で、ウォーマーの上にダウンパーカまで着込んでいたのだ。

三日目 #12能取岬灯台撮影6

昨晩よりは、今晩の位置取りの方が、ベストだと思った。ただし、背景の空の様子が、昨晩とほとんど変わらない。ほぼ九割がた、雲に覆われていて、水平線際が少しオレンジ色に染まっている。ま、その範囲が、昨日よりは多少横広がりになってはいたが、大した違いはない。

ピカリと光る灯台の目は、昨晩同様、うまく撮れた。ただし、光線は、ほとんど目視できなかったし、したがって、撮れなかった。だが、さほど悔しい気持ちにはならなかった。灯台の光線を撮るのは至難の業だ、とほぼ諦めていからだ。それに、心のどこかで、撮れたとしても、<それがどうした>というような、妙に開き直った気持ちにもなっていた。ありていに言えば、暗闇を照らす灯台の横一文字の光線に面白みを感じなくなっていた。<ロマン>や<幻想>に、多少嫌気がさしているからかもしれない。

とにかく、眼だけが光る、灯台の前で写真を撮っていた。暗闇。あたりに人の気配はない。が、その瞬間、背後で何か鳴声がした。人間ではない。動物だ。熊かな?狐かな?おっかなびっくり振り返った。何も見えない。だが、クマ笹の下を、鳴声が移動している。甘えているような声だ。子狐が母狐を探しているのかな。ヘッドランプを、クマ笹の海に向けた。動くものは見えない。だが、鳴声は、ほんのすぐそばを通り過ぎていく。目と耳と神経とを一点に集中していると、鳴声は、少しずつ遠ざかって行った。

そうだ、昨晩もこの辺りで、びっくりしたことがある。書き忘れたのだ。暗闇の中で、三脚を立てて、灯台を撮っていたら、不意に、左から黒い影が、目の前を横切って行った。人間だ。手に小さな懐中電灯を持っている。若い男だ。あれ~と思って目で追っていると、例の<オホーツクの像>の方へ歩いていく。

カメラでも持っていれば、夜景を撮りに来たのだろうと了解できた。だが奴は、手ぶらだ。というか、スマホと懐中電灯だけだ。真っ暗闇の中、なにしに来たのだろう。伸びあがって見た。<オホーツクの像>が、小さな黒いシルエットになっている。そのあたりで、明かりが、チラチラしている。奴の手にしていた懐中電灯だろう。

そのうち、黒い影が立ち止まって、夜の海にスマホを向けている、ようにも思えた。沖の漁船が煌々としていたし、遠くの漁火もきれいだ。スマホに撮る価値はあるなと思った。なるほど、奴は、夜の海を見に来た旅行者だ。それにしても、真っ暗闇の中、ひとりで夜の海を見に来るなんて、変な奴だ。なにか悩みがあるのかもしれない。余計なお世話だろう。

安心して、また写真撮影に戻った。いいかげん撮って、集中力が切れた頃、右から黒い影が横切った。今度は、驚かなった。奴が戻って来たのだ。さてと、俺も引き上げようかな。三脚を肩に担いで、駐車場へと向かった。歩道を照らす、ヘッドランプの明かりが、やや薄くなったようだ。電池交換の時期なのかもしれない。

真っ暗な駐車場には、車が一台止まっていた。ヘッドライトがつけっぱなしなので、眩しい。若い奴らが乗っているようだ。無視して、自分の車に戻った。エンジンをすぐにかけ、こちらも、思いっきりヘッドライトをつけてやった。

能取岬灯台の撮影も、ほぼ終わった。二日半のうち、まあ、いい天気は一日だった。とにもかくにも、天候が不安定で、気温差に悩まされた。それに、足首周辺のアレルギー性湿疹が悪化してしまい、憂鬱でイライラした気分だ。とくに左足首がひどい。昨晩などは、足首だけ、布団から出して寝ていた。布団に入って、体が温まると、猛烈に痒くなるのだ。まったくもって、特効薬の塗り薬を忘れたのが悔やまれる。

丘を登り終え、やや平坦な岬の上の森の中を走っていた。むろん辺りは真っ暗だ。と、前方に、赤い点が見えた。一瞬で、獣の目だとわかった。スピードを落として近づいていくと、熊ではなく鹿だった。少しホッとした。車を止めると、角の立派な、大きな鹿がヘッドライトに照らし出された。ちらっとこちらを見て、ゆっくり道路を横切り、そしてまたこちらをチラッと見て、闇の中に消えていった。いやいや、これは、時間が逆戻りしてしまった。昨日の晩のことだ。

もとい!真っ暗な森の中を、昨晩同様、ホテルへ向かって走っていた。スピードをやや抑え、慎重な運転だ。<動物との衝突が多い>というレンタカー屋の言葉を、今更ながら思い出していた。満更、ウソでもなかった。何しろ、昨晩、実際に大きな鹿に遭遇したのだ。ちょうど、そのあたりに差し掛かった時、おっと、左側の路側帯に、またしても大きな鹿だ。スピードを緩め、止まろうとした。だが、鹿は、ゆっくりと踵を返し、闇の中に消えかけた。

ああ~ん、ほぼ同じ時間、同じ場所、しかも、角の立派な、大きな鹿!それに、ちらっとこっちを見ていたぞ。そこで、閃いた。餌をもらいに来たのかもしれない。観光客がエサやりしたので、学習したのだろう。車を止めて、何かお菓子でもあげようかな、と一瞬思った。だが瞬時にそれを打ち消した。夜間に大きな鹿が自動車に轢かれる!そんな惨事に自分は加担したくない。

といっても、すでに餌付けされ、夜の道路で待っている鹿がいるのも事実なのだ。割り切れない気持ちが残ったが、どうしようもないではないか。再び、車のアクセルを踏んだ。だが、岬から下りた頃には、鹿のことはすっかりシカとしてしまった。

それよりも夕食の調達だ。三日連続で、ホテルの近くの<すき家>の駐車場に入った。おどろいたことに、<テイクアウト>のラインに、五、六台並んでいる。駐車場にも、かなりの数の車が止まっている。すぐに事態を理解した。人手がなくて、大勢の客に対応しきれない。その場で、しばらく待っていた。

なぜ、昨日一昨日は、ほとんど車が止まってなかったのに、今日だけこんなに混んでいるのか?金曜日の六時過ぎだった。なるほど。ちょうど夕飯時だ。一人か二人の従業員が、店内でてんてこ舞いしている姿が容易に想像できた。とはいえ、かなり待ってるぞ。それなのに、一台も車が動かない。

十分以上待ったと思う。いい加減嫌気がさして。駐車場を出た。近くのコンビニまで車を走らせ、まずそうな弁当を買って、ホテルに戻った。ところが、やはり、時間が遅いせいだろう、平面駐車ができなくて、係員に、否応なしに、立体駐車場の前に誘導されてしまった。おわかりだろうか、シャッターがあくと、車一台が、ぎりぎりおさまるようなスペースに、ゆっくり移動するのだ。なにしろ、入れるところが狭い!慣れないレンタカーだ。神経を使ってしまった。

そのあと、もう一つ、この旅中での、最大の齟齬が待ちかまえていた。いわゆる<カレー事件>だ。ホテルでの、<カレー>待ちでの行列で、俺としたことが、爺とちょっとやり合ってしまった。長くなるので、次回にしよう。すでに、一回分の紙数は尽きている。それにしても、真善美よりは、偽悪醜についての方が、よく覚えていて、すらすら書ける、というのはどういうことだろう。悪い思い出は忘れてしまう、と何かの本で読んだような気もするが、事実は逆なのかもしれない。

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2024

02/12

Mon.

08:46:53

<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版 

Category【灯台紀行 網走編

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<日本灯台紀行・旅日誌>2021年度版

第11次灯台旅 網走編

2021年10月5.6.7.8日

二日目 #9 能取岬灯台撮影3

車に戻った。午後の三時頃だった。さほど疲れていなかったので、次の行動はすぐに決まった。ナビに、<網走港>辺りを指示して、灯台を後にした。網走市付近の観光地を事前検索した際、<網走港>には寄ってみようと思っていたのだ。防波堤灯台がいくつかあったし、総じて港の景色は好きだ。それに、灯台からは、ほんの二十分ほどでいける距離だ。

少し走ると、森の中の道が濡れていることに気づいた。雨が降ったわけだ。さらに、岬を下りる際、網走港方面に、なんだか、黒い雲が垂れ込めているのが見えた。雨雲が次々と襲来しているようだ。網走の市街地に下りて、大きく左折していくと、すぐに港が見えた。ナビの案内に従っていると、狭い道に誘導され、ついには岸壁で、行き止まりだ。

パラパラと雨粒が落ちている。車から降りて、周囲を見回した。人影もなく、うら寂しい岸壁だった。なるほど、少し沖合に<帽子岩>が見えた。たが、風が冷たい。寒い上に、うす暗い。写真を撮る気にもなれない。が、一応は記念写真だな。ほかにも、海岸際の消波ブロックに、荒々しい波が押し寄せ、砕け散っている。右手の少し高い岸壁には、真新しいテトラポットがずらりと並んでいる。出番を待っているかな。左手の、広い岸壁の向こうには網走の市街地があり、雨雲が垂れ込めていた。

ま、こんなところに用はない。車を回転して、広い道に戻った。そのあとは、カンを働かせて、だだっぴろい漁港に入り込んだ。ひとっ子一人いない。ぐるっと回り込んで、防波堤灯台が一番よく見える所へ行った。

漁港には、立ち入り禁止の看板があったが、シカとした。たが、高い防潮堤に阻まれて、灯台はよく見えない。しかも、登り階段には鉄条網があり、防潮堤の上に立つこともできない。このまま、一枚も撮らずに、引き返すのも癪だ。鉄条網の間から、さして特徴的でもない、よく見るタイプの防波堤灯台を何枚か撮った。

無駄足だった。今来た道を戻った。岬を登り、森の中を走りぬけ、丘の上で車を止めた。ベストポイントから、眼下の灯台にカメラを向けた。だが、日差しが全くないわけで、完全に露出不足。牧草地は真っ黒だし、灯台だってよく見えん!午後の四時には、灯台の駐車場に戻っていた。行って帰ってきて、一時間。それでも、多少の気分転換はできたなと思った。

さてと、灯台の夕方の撮影に入ろう。ただし、天気が良くない。いや~、よくないどころか、辺りはうす暗くなっていて、いまにも降り出しそうだ。まあいい、まあいい、自分をなだめて、外に出た。寒い。ウォーマーを上下、きっちり着た。一度行きかけたが、あまりの寒さに、すぐに車に戻って、ネックウォーマーと手袋も着用した。これでほぼ完全装備だ。もう言い訳はできない。

撮り歩きしながら、灯台の正面に向かった。見た目のうす暗さより、モニターした撮影画像は、もっと暗い。これじゃ、写真にならんな。0.7くらいプラス補正して、画像全体を少し明るくした。当たり前の話だが、灰色の雲が白くなっている。見た目とのギャップがさらに深刻になり、写真としては完全に破綻している。露出を元に戻した。そもそも、写真が撮れるような天候ではないのだ。

写真を撮ることから、少し解放されたからだろうか、背後のクマ笹の中に小道があるのに気づいた。昨日は、灯台の方ばかり見ていたからな。小道の先に目をやると、あ~、モニュメントが見える。しかし、異様な感じがする。二枚合わせの、細長い物体の真ん中辺に人がいる。物体の間には隙間があって、人間が、その隙間から、オホーツク海を覗いているようなのだ。

こんな天気に、変な奴もいるものだ。あるいは、オホーツク海を覗き見するように仕向けるのが、モニュメントのコンセプトなのかもしれない。そろそろと近づいていく。あれ~、人間の姿勢が、一向に変わらない。不動のままだ。しかし、そのうちには、気づいた。人間じゃない、人間の像だ。疑心、暗鬼を呼ぶ、か。

小道の尽きたところが、モニュメントの正面だった。少し広くなっている。二枚の細長い物体は、打ちっぱなしのコンクリで、その前に、黒っぽい立像が、白い台座に載っている。よく見ると、立像は、左の方を指さしている。オホーツク海を覗いている、などというのは、まったく幻想だった。

おいおい、ぽつぽつ降ってきたぞ。カメラを濡らさないように、ウォーマーの前を大きく開けて、中に包み込みこんだ。作者には失礼だが、立像をろくに見ないで、そくそくとその場を去った。戻り道は、柵で仕切られた、断崖沿いの小道だ。たが、すでに写真の撮れるような状況ではない。一刻も早く、車に戻りたかった。

真っ黒な雨雲が頭上を通過しているのだろう。さらに暗くなり、風が強くなってきた。そのうえ、雨だ。さいわい、ざあ~ざあ~降りにはならなかった。とはいえ、雨粒が、ウォーマーにあたって、ぽつぽつと音を立てている。急ぎ足で、灯台の正面を通り過ぎた。と、西側の雲間から、オレンジ色の光が差し込んできた。振り返って、灯台を見た。背景の空には、灰色の雲が層をなしている。しかし、あろうことか、大きな虹がかかっている。これには我ながら、言葉が出なかった。まさに、千載一遇とはこのことだ。

依然として、雨はパラパラ降っているが、ま、写真が撮れないほどでもない。いや、ざあ~ざあ~降っていたって、関係ない。これほど大きな、天を突くような虹は、見たことがない。そのあとは、夢中になって、シャッターを押しまくった。時々、モニターして、虹の色が写っているのか確認した。

そうこうしているうちに、虹が消え始めた。だが、ベストポジションで、きっちり、虹と灯台は撮れたと思ったので、平静な気持ちでいられた。いや、虹が薄れていく空を幸せな気分で眺めていた。すこし名残惜しかった。

虹が消えた後も、オレンジ色の光は、灯台を照らし続けた。これは、期待していた光景で、写真の位置取りとしては、夕陽と灯台とを結ぶ線上に立てばいい。都合のいいことに、この線上には、屋根付きの休憩所があった。いまだ、多少雨がぱらついていたので、雨よけになる。

灯台を撮りながら後退して、休憩所に着いた。この休憩所には、テーブルや椅子はなく、下は地面だ。六畳間くらいの広さで、四本だったか、五本だったか、太い柱で支えられている。その影が、緑色の広場に写っている。たこ足の火星人のような影で愉快だ。灯台にも、西日が当たっている。あたり一面が、オレンジ色に染まっている。落日の瞬間が近づいていた。

しばらくすると、うす暗くなった。休憩所から出て、西の空を眺めた。夕陽は、厚い雲のかかる彼方の山並みに、落ちたようだ。見届けることはできなかった。灯台も暗くなり、辺りも静かになった。場所移動だ。

灯台の右側に回った。雨雲は流れ去り、雨はほぼやんでいた。だが、依然として、西側の空には、厚い雲が垂れ込めていた。思い通りにはいかないものだ。それでも、雲間から差し込んでくる、わずかな夕陽を入れて撮った。そうだ、この時には、三脚を手にしていた。たしか、さっき休憩所に行ったときに、急いで車に戻って、持ってきたような気がする。

とりあえず、三脚は柵に立て掛けて、手持ち撮影でベストポジションを探した。灯台前の建物、その右側面がしっかり見えるあたりがいい。夕日と灯台を結ぶ線上だ。柵際に三脚を立てた。とはいえ、カメラは首にかけたままだった。いまだ、手持ちで撮れる明るさだったからだ。しかしそのうちには、暗くなり、シャッタースピードが、手持ち撮影の限界値を下回った。カメラを三脚に装着した。

ファインダーを覗いた。背景の西側の空、水平線がわずかに明るい。とはいえ、あとは、ほぼ厚い雲に覆われている。期待していた光景とは言えない。それでも粘っていると、辺りがさらに暗くなり、灯台の目が光り始めた。でも光り具合が弱いんじゃない?ぴかっと来ないのだ。おかしい、おかしいと思いながらも、しばらく撮っていた。だが、そのうちには気がついた。位置取りが悪いのだ。

三脚を抱えて、灯台の目がぴかっと光る地点を探した。それは、やや正面よりの、クマ笹沿いの小道あたりだ。結局、灯台に近すぎて、灯台から出る光線が頭の上を通過していたわけだ。と、その時は思ったが、今思うと、もっと違う理由があるような気もする。ともかく、灯台の目と自分の目とがでっくわす、ぴかっと光る位置を確保した。

辺りはすっかり暗闇につつまれていた。灯台はシルエットになっていて、白黒だんだら縞も見えない。ヘッドランプを頭に装着した。完全に夜間撮影になった。幸いなことに、風が止んだのか、さほど寒さは感じなかった。いや、念のために持ってきた長めのダウンパーカを重ね着したからかもしれない。

ライトアップされていない<能取岬灯台>は、こちら側に光線が回ってこないと、真っ暗でほとんど何も見えない。この日は、背景の空に、厚い雲が覆いかぶさっていたので、なおさら暗かったのだろう。ただ、水平線近くに、わずかな隙間があって、その部分がオレンジ色に染まっていた。

雲がなければ、おそらくは、空一面がオレンジ色に染まっていたに違いない。やや残念に思った。もう二度と訪れることはないのだ。ま、それよりは、ぴかっと光る瞬間を撮ることに集中しよう。チラチラとヘッドランプの光が揺れ動いた。自分の姿すら見えない暗闇の中で、頭だけは活発に活動していた。

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