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<灯台紀行・旅日誌>&<花撮り物語>&<第二次入間川写真紀行>

<灯台><花><入間川>などのフォトエッセー

2020

09/02

Wed.

10:59:33

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行・旅日誌

<灯台紀行・旅日誌>2020#2 三浦半島編
プロローグ2
唐突だが、今は、2020/08/06だ。八月四日の火曜日に、二泊三日の、三浦半島灯台巡りの旅から戻ってきた。旅の後片付けをして、写真の選択、補正も終わり、これから<旅日誌>を書くつもりだ。

…時間を戻そう。八月三日、四日に、新潟県の角田岬灯台へ行くつもりで、ホテルを予約した。キャンセル可能日、ぎりぎりまで待って、当日が晴れマークなら、ほぼ二か月ぶりの、第二回目の灯台旅に出るはずだった。

ところが、それまでずっと晴れマークがついていた三日の日に、急に曇りマークがつき、24時間晴れマークだった四日の日にも、曇りマークがついた。270キロ走って、二泊して、晴れの時間帯が、四日の午後しかない。行ってもしょうがないだろう。角田岬灯台旅の延期を決断した。

とはいえ、すでに二日前に、車への持ち物、装備の積み込みは終わっているわけで、気持ちが宙ぶらりん。急遽、リストアップしてあった、日立灯台、爪木崎灯台、安房埼灯台の、宿と天気の情報を集めた。

結果、八月二日、三日に晴れマークのついている、三浦半島安房埼灯台へ行くことにした。ホテルは、通常より少し高くなっていたが、と言っても¥7000前後だが、予約できた。それが、前日の八月一日の日だった。要するに、明日出発だ。一応、娘に、ホテルの住所と電話番号を伝えた。

三浦半島の安房埼灯台までは、およそ160キロ。三時間もあれば着くだろう。自宅からもっとも近い灯台といってもいい。近くに、城ケ島灯台、諸磯崎灯台、剣崎灯台、観音崎灯台などもある。だが、下調べした段階では、この四つの灯台の絵面は、あまりよくない。粘るなら、波打ち際の岩場に立つ、小ぶりだが、安房埼灯台だろう。…波しぶきを浴びている灯台の画像が、ネットにアップされている。あわよくば、自分も撮りたいものだ。

現地の、グーグルマップシュミレーションは、ほぼ二か月前に終わっていて、完璧。ただ、道順だけを、もう一度、検索、確認した。圏央道から東名・町田、新保土ヶ谷バイパスから横横線に入って、衣笠で降りる。そのあと、三浦縦貫道で現地まで走る。要するに、ほぼ高速道路だけだ。圏央道、青梅付近からの、断続的に続く長いトンネルが、ちょっと嫌だと思った。が、これならナビがなくても行けるだろう。

朝四時起きして、五時出発。現地に遅くとも九時までに入る。今回は、インターバル撮影はしない。というのも、前回の犬吠埼灯台の撮影でわかったことなのだが、同じ場所で五分間隔で撮った写真をスライドショーにすると、かなり飽きる。

当初意図していた、雲の流れとか、陽の傾き加減とか、そうした、たゆたうとした時間などは、ほとんど感じられなかった。したがって、実験失敗というか、インターバル撮影をする意味がなくなった。それに、一枚一枚の写真が、すべて良いというわけでもなく、むしろ、写真としては、さほど良くないものもある。

それから、インターバル撮影は、肉体的にも精神的にも、思いのほか大変で、かなりきつい。そのことも、この計画から、あっさり撤退した理由の一つだ。思いついたことは、すぐにやってみないと気が済まない。が、うまくいかないと、すぐにあきらめてしまう、そういう性質なんだ。セキネという奴は!

ま、いい、先に進もう。朝四時起きするには、前の日、夜の八時に寝ればいい。八時間、眠ることができる。などと、さしたる根拠もないことを考えていたからだろうか、ドジな話、夕方、サッシ窓の間に、左親指を挟んでしまった。かなり痛かった。

ちょうど、爪の月の部分が<爪半月=そうはんげつ>というらしい、内出血したのだろう、青くなっている。押すとかなり痛い。耐えられないほどではないが、ジンジンしている。明日、四時起きして、二か月ぶりの旅に出るというその前の日に、なんということだ!

幸い、旅の準備は、すべて完了していた。あとは夕食とその片付けだけだ。とはいえ、左親指をかばっているから、行動が何となくぎくしゃくしていて、普段と勝手が違う。嫌な予感がしたし、気分が少し重くなった。

案の定、消燈したら、じんじん痛んできた。耐えられないほどではない。だが、気になって眠れない。しかし、明日は、四時起きだ。何としても、眠らねば!こういう時には、奥の手を使う。<数息>だ。数を数えながら、息を吸ったり吐いたりする方法で<催眠法>ないしは<自律訓練法>の一種だ。若いころ書物を読んで習得した技術で、神経が高ぶって眠れないときや、痛みがあるときなどに、この<数息>を実践してきた。むろん、一定の効果があった。

ちなみに、いまにして思えば狭心症の発作だったのだが、それも二回も!息ができなくなったとき、この<数息>を、一回目は八時間、二回目は五時間実践して、命拾いしたことがある。心臓の<ステント>手術の後に、担当医が、一度詰まったことがあるな、とふともらした。その一度詰まった冠状動脈を、八時間の<数息>で微かに流れるようにしたのだと思う。

要するに、<数息>は自分にとっては、奥の手だ。おそらく、死ぬときにも実践するだろう。痛みを軽減するために。その<数息>を今回も実践した。おそらく20くらい数えたと思う。少し寝た。目が覚めたのは十時半だった。

目が覚めるのが早すぎる。とはいえ、何となく、頭がすっきりしてしまい、起き上がって、なかば無意識のうちに、お菓子を食らい、テレビをつけた。…ところで、親指の痛みは、というと、さほど気にならない。たぶん、テレビとか、そういったことで紛れているのだろう。

ぼうっと、見たくもないテレビを見ていた。ふと時計を見ると、夜中の十二時を過ぎていた。親指を押してみた。やはり痛い。といっても、四時に起きなければならない。あと四時間しかない。寝よう。電気を消して、ベッドに横たわった。なんだか、さっきより、親指がジンジンしている。早速<数息>をやった。20数えても、全然眠くならない。むしろ、目が、というか頭がさえてしまった。

そう、中途半端な時間、例えば、夕方の遅い時間に昼寝をすると、夜中の十二時過ぎても眠くならないことがよくある。今回も、それだ。しかも、久しぶりの旅、早起きするという気持ちも合わさっている。ますます眠れない。…まるで遠足の前の晩みたいだ。

頼みの<数息>も、なんだかうやむやになってしまい、とりとめのない考えやイメージが、眼前の暗がりの中に、あとからあとから湧いてくる。想念の中を漂っているわけだ。…しかとは思い出せないが、何か、気が重くなるような、暗くなるような、深刻なことを考えていたような気もする。

ふと、目覚まし時計を見た。午前二時だった。どう考えても四時に起きることはできないだろう。目覚ましを五時半にセットしなおした。親指の痛みは、少し軽減したような気もする。とにかく、あと三時間、寝よう。

DSC_9841copiia1500.jpg

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