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<灯台紀行・旅日誌>&<花撮り物語>

<灯台>と<花>のフォトエッセー

2020

10/21

Wed.

12:40:44

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#14 復路~エピローグ

早めに、たぶん九時には寝ていたのだろう。夜間トイレが二、三回あったものの、昨晩のような物音に煩わされることもなく、比較的よく眠れた。

三日目
六時過ぎに起きた、と思う。洗面、身支度、整頓。七時過ぎまで待って、ロビーに下りた。思いのほか、人がいる。牛乳、ヨーグルト、クロワッサンもどきの菓子パン二個、オレンジジュースと野菜ジュースをゲットして、すぐに部屋へ戻った。

食欲もなかったけれど、菓子パンはまずくて、一個しか食べなかった。で、もう一個は、トートバックに放り込んだ。便意はなかったものの、頑張って、少し排便した。それと、歯ブラシ、ブラシ、髭剃りなどの<アメニティ>は、いただいた。もっとも、家に持ち帰っても、使う予定はない。いや、小さなチューブの歯磨き粉だけは、旅用に使うつもりだ。無駄な行為ではあったが、使わずに置いていくのも、なんだかもったいないような気がした。

今一度、整頓して、忘れ物がないか確かめた。一応、冷蔵庫をあけた。おっと、ビールがひと缶奥の方に隠れていた。ま、ビールが冷えないこと以外は、さほど不快なこともなかったな。一日目の、夜中の物音は、ホテル側の責任じゃない。それに、二日目戻ったときには、バスタオル類は、新しいものに交換されていたし、ベッドメイキングもしてあった。不満はない。

ロビーに下りた。受付には誰もいなかった。カードキーを返すつもりだったのだ。ま、いい。アイスコーヒーを機械から抽出した。正確に言えば、製氷機に紙コップを置いて、その中に手動で四角い氷を何個か入れ、その紙カップをコーヒーメーカーに置いたわけだ。と、隣に、ホテルの女性が来て、菓子パンの補充などをしている。ついでなので、カードキーを財布から取りだして手渡した。その後、砂糖などを入れていると、後ろの受付カウンターの中から、先ほどの女性の声がした。<チェックアウトでよろしいですね>だったかな?トンチンカンな質問だと思ったものの、そうですと答えた。

アイスコーヒーに蓋をちゃんとして、というのも、昨日、蓋をちゃんと閉めてなかったので、車のドアを開ける時に少しこぼしてしまったからだ。受付の前を通り過ぎると、なかから<ありがとうございました>という声がした。<お世話さま>と首をちょっと傾けて応答した。どうも、このホテルの従業員は、おばさんばっかしだな、と思ったような気がする。別に、若い女性がいい、というわけでもないが。

アイスコーヒーは、むろん車の中で飲むつもりだった。ナビを、あれ、どこに設定したのか、おそらく、海老名の下りパーキングだろう。出発した。いい天気だ。とはいえ、昨日よりは少し雲が多い。一般道に出る時に、上を見上げた。丘の上に大きなビルが、二、三棟建ってはいる。だが、ほとんどが、空き地だ。と、坂の下から、数人、人が歩いてくる。出社というわけか。それにしても、人数が少ない。ちなみに、ホテルの隣のビルも空いていた。

ナビに従って、横横線に入った。来る時よりは、混んでいる。ま、平日の通勤時間帯だ。そう、宿を出たのは、七時四十分だった。メモに記してある。とはいえ、さしたる渋滞もなく、新保土ヶ谷バイパスに入った。じきに東名との分岐、町田インターだろう、と思っていたら、渋滞の表示が見えた。要するに、東名に入るところで、渋滞しているのだ。急にスピードがおち、左側をのろのろ、そのうち、ぐるぐるのインターチェンジをゆっくり、三十分くらいかかった。

町田インターの料金所渋滞を過ぎると、視界が開けた。スピードは一気に90キロ。あっというまに海老名の下りパーキングエリアに着いた。コロナなど関係ないという感じで、普通に混んでいる。トイレで用を足し、長居は無用、すぐに出発。圏央道に入った。快調に走っていると、またもや渋滞表示。それも、青梅辺りのトンネルで故障車らしい。通過に一時間!おいおい、ウソだろう?

きっちり一時間、渋滞にはまった。途中、何度もトンネル内で、止まったり走ったりした。いやな感じだった。避難口を横目で眺めながら、以前テレビで見たのであろう、トンネル火災の大惨事の映像が、脳裏をよぎったりした。むろん、大丈夫だろうとは思っていたが。

いい加減飽きて疲れた頃、左に車線変更してくる車が急に多くなった。あれ~と思いながら、横からの車に注意しながら運転していると、目の前に、トンネルの出口がみえた。明るくなっている。と、右手に、大きなというか、巨大なトラックが止まっている。まさに、トンネルの出口を、半分ふさいでいるかのようだ。横を通り過ぎる際、高い運転席がちらっと見えた。若そうな男が、ふてくされたような、開きなおたような感じで座っている。そのシルエットがちらっと見えた。

ふざけた野郎だ!何百台何千台の車に迷惑をかけているのに、高いところで、エアコンをかけてのうのうと座っている。ま、そういうふうに見えたわけだ。一体全体、この渋滞の責任を、どう取るというのだ。むろん、渋滞の責任など、トラックの運ちゃんに取れるはずもないし、そんな責任も追及されないだろう。たまたま、運悪く、車が故障したのだ。ま、自分の車だって、高速道路上で故障しないという保証はどこにもないのだ。

スピードがあっという間に100キロ。それとともに、渋滞のことは忘れてしまった。時間は、十一時半ころだったろうか?今青梅だから、小一時間で自宅に着く。着いたら、持ち物・荷物をアトリエに入れ、ついでに洗濯もしてしまおう。前回の犬吠埼旅とちがって、二泊ということもあり、また、撮影方法を変えたので楽だった。ほとんど疲れていない。元気だ。むろん、眠くもない。ま、それにしても、最後まで気を抜かず、無事に帰ろう。座りなおして、ハンドルを両手で、八の字に持った。目の前には、梅雨明けした、夏空が広がっていた。

エピローグ
自宅には十二時過ぎに着いた。三浦半島に比べれば、ずっと内陸だから、暑さの質が違っていた。蒸し暑さが不快だった。とはいえ、すぐに、荷物・装備を車から室内へ移動して、整理、後片付けをした。より分けた洗濯物などを抱えて、二階に上がり、ドアを開けた時、一応、<帰ってきたよ>と声に出した。むろん、ニャンコに呼び掛けたつもりだった。だが、前回のような切なさは感じなかった。姿は見えないが、部屋の中に魂が溶け込んでいる。そう思いたかった。

エアコンを全開にした。パンツ一丁になり、洗濯機を回した。冷蔵庫の冷えたノンアルビールを、グラス注いで飲んだ。深いため息をついた。ほぼ全て予定通り、無事に帰宅したのだ。

三日目の出費。高速\3660、飲食\130。

今回の三浦半島旅の収支。
高速¥7600
ガソリン・総距離324k÷燃費16.3k=20リットル×¥130=¥2600
宿泊¥13150
その他食事等¥5200

二泊三日で、総合計¥29000。妥当な金額だと思った。

翌日からだと思う、いや、帰ってきた当日、あと片付けを終えて、ひと寝入りした後だったろうか?とにかく、画像の整理を始めた。今回は、600枚ほど撮った。どれもみな、一発勝負の写真だから、良否を判定するのが、比較的楽だった。つまり、使えそうな写真で、なおかつ、各灯台、各ショットの中から、ベストショットを見つければよい。念のため、次点も選択した。

前回苦労した、画像の補正作業は、枚数が少ないうえに、灯台の垂直水平に関する補正も、前回の多少の経験が役に立ち、何回もやり直すことはなかった。帰宅後三日ほどで、画像に関する作業は終了してしまった。

心づもりとしては、二週間後には、また次の旅に出たいと思っていた。だが、お盆が間に入っている。混んでるし、まだ暑いし、無理でしょう。その間は控えようと思った。だから、次の旅は八月のお盆明けだ。したがって<日誌>を書く時間は、二週間ほどある。二泊三日の<旅日誌>だし、前回に比べれば、枚数も少なくなるはずだ。ま、ゆるゆる書き始めよう。

<梅雨明け十日>過ぎれは、暑さもひと段落するだろう、とさしたる根拠もなく考えていた。ところが、その十日が過ぎても、暑さはおさまらなかった。それどころか、八月の連休を過ぎたあたりから、さらに暑くなり、しかも、コロナの第二波がやってきた。お盆前後は、まさに暑さの天井で、終日、ほぼ24時間エアコンつけっぱなし!浜松では歴代一位タイの41.1度を記録した。

ゆっくり構えすぎたのか、暑さのせいか<旅日誌>の方は、なかなか先に進まなくなった。よけいなことを書きすぎる、ということもあるが、それだけでもあるまい。つまり、やや、欲が出てきた。どういうことなのか、<旅日誌>の内実を、紀行文ないしはエッセーとして、もう少し自分の感じたことや考えたことを、正確に書いてみよう、ということだ。ふと、カフカの<城>を敷衍して、灯台巡りを、小説っぽくすることもできるかもしれない、などとも思った。

ま、いずれにしても、文章の内実、質を上げようというわけだ。いや、文章を書くという行為が、今の自分には合っている。というのは、数時間、あっという間に過ぎてしまうし、退屈な思いをしなくて済む。たいして疲れもしないし、飽きもしないで、充足した時間が過ごせる。いまのところ、ライフワークの<ベケットの朗読>より、面白い。だから<朗読>は休止しているのだが。

もっとも、<灯台巡り>とか<旅>とか、そういったキーワード≒主題があるから、モノを書く気にもなるのだろう。ただ漫然とパソコンの前に向かって、何か書こうという気にはなれないのだ。それに、<モロイ朗読>で文章の書き方を<ベケット≒安藤元雄>から学んだことが大きい。いや、低次元でマネしているだけだが、それでも、イメージを言葉で掬い上げていくことや、事物や事柄を正確に記述することなど、それ自体が面白い。

話がそれた、戻そう。<三浦半島旅日誌>は、時間的に余裕があったので<旅日誌>という主題から、しばしば脱線した。気の向くまま、ある事ないことを書き込んだ。同じ暇つぶしでも、写真を撮りに行ったり、チャリで入間川の土手を走ったり、といった野外活動は、この炎天下、全然やる気にはなれない。さりとて<モロイ朗読>に戻る気もしなかった。あと三話で終了だというのに、最大限の集中を求められる<朗読>は気が重かった。

目の前のカレンダーを眺めながら、<旅日誌>は盆明け翌週の前半までに書き上げればいい、と思った。それからは、週二日のジム通い以外は、エアコンのきいた自室で、毎日、三、四時間ほどパソコンに向かった。書くのに飽きたら昼寝。夕方からは<プライムビデオ>で、比較的新しい外国映画の話題作を見て楽しんだ。ほとんど、人とは話さなかった。話す必要もなかったし、話したいとも思わなかった。

もっとも、一日おきに<花写真>や<旅日誌>などをSNSにアップしていた。<イイネ>に対しての<お返しイイネ>が、人恋しさを和らげ、人類と関わっているような気にさせてくれる。それはそれでいいだろう。さほど、煩わしくはないのだから。いやそれどころか、未知なる人の言葉や画像を見ることが、こちらにとっては、よい意味での気分転換になっている、のだから。

追加 左親指の顛末。

爪の怪我は、旅の初日こそ、少し気になったものの、二日目には、押しても、それほど痛くなかったような気がする。よかった、と思った覚えがある。ちなみに、今現在、親指の爪は、<月>の部分が真っ黒になっている。その黒が、爪の先の方へと、少しずつ拡大している。強く押しても全く痛くないが、見た目には、どことなく痛々しい感じである。

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編、終了。

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