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<灯台紀行・旅日誌>&<花撮り物語>

<灯台>と<花>のフォトエッセー

2020

11/25

Wed.

11:29:41

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 新潟・鶴岡編

<灯台紀行・旅日誌>2020新潟・鶴岡編#9
鼠ヶ関灯台撮影2

灯台に、これ以上近づくと、写真にはならない。被写体がでかすぎて画面におさまらないのだ。いや、縦位置なら入る。でも<縦位置>は禁じ手にしている。何が何でも<横位置>で撮ることにしている。理由は、灯台を風景の中に開放したいのだ。正確ではない。わかりやすく言えば、灯台のある風景が好きなのだ。横位置の画面は、横への広がりがあり、当たり前だ<横位置>なんだから、風景写真に適している、と思っている。

とにかく、近すぎて灯台はもう撮れない。だが、行けるところまで行く。近づけるところまで近づく、というのが信条だ。<信条>という言葉は大袈裟すぎないか?ま、いい。鮮やかな赤い鳥居をくぐって、灯台の根本まで行った。笑っちゃいけないんだけれども、座面に<恋のいす>と書かれた、背なしの木製ベンチあった。<恋>は赤色、<のいす>は青色になっている。設置したばかりなのだろう、真新しい感じだ。カンカン照りの炎天下でなければ、面白半分に腰かけたかも知れない。

さらに、灯台に近づいた。と、その前に、左手にある<金毘羅様>を見た。もっとも、この時は<金毘羅様>だとは思っていない。赤い鳥居をくぐった先にあるのだから、<神様>を祭っていることくらい気づいてもよさそうなものだ。だが、くすんだステンの柵に囲まれた、石の小さな社を、何かの冗談かなと思ったような気もする。何しろ、背後の高いところに、ジングルベルの鐘がぶら下がっているし、脇には金属製の細いポールが立っていて、てっぺんにピンクの布切れがひらひらしているのだ。おそらく、ちゃんとは見ていない。何しろ、暑くて、早く日陰で休みたかったのだ。

<燈台もと暗し>とはよく言ったものだ。誰が言い出したことなのか、まったく知らないけれど、面白い比喩だ。その<灯台のもと>、根本に近づいたのは、<信条>だけではなく、生理的な欲求も絡んでいた。つまり、灯台の根本には、必ず日陰になっている場所があり、そこで一息入れたいのだ。

鼠ヶ関灯台の正面?灯台本体への入り口のドアは、なんだかにぎやかだった。一番上に赤系統の浮き輪がレイアウトしてある。撮った写真で確認すると、その下は灯台の案内や説明のパンフなどが貼りつけてあるような感じだ。ま、とにかく、レイアウトの色合いがきれいだなと思った。

灯台の根本は、ぐるっと腰かけられるようになっていた。ご丁寧なことに、コンクリ細工の小さな座布団までしつらえてある。思った通り、日陰があり、うれしいことに、涼しい海風が吹いている。とまた、海に向かって、この狭い場所に木製の背なしベンチがある。座面に<愛のいす>とある。仕様は<恋のいす>と全く同じ。<恋>という文字が<愛>に変わっているだけ。まいったな、と苦笑いした。汗びっしょりのロンTを脱ぎ捨て、給水。上半身裸、靴下も脱いで裸足になり、一息入れた。<十時半灯台で休憩>とメモにあった。

八時から撮り始めたのだから、二時間も、炎天下の中で写真を撮っていたことになる。その間、さほど暑いとも、疲れたとも感じなかった。だが、今は、さすがにぐったりだ。涼しい海風も吹いている。ここで、小一時間休んでいこう。背筋を伸ばして、座りなおした。というのも、灯台根本の縁のような腰掛の幅が狭くて、背筋を緩めた楽な姿勢では座れないのだ。つまり、灯台本体に背筋をぴたっとつけて真っすぐに座る方が、まだ楽だ。背中が灯台の冷たさを感じた。首や手足の筋肉を緩めた。頭を垂れた感じで姿勢よく座っている。さいわい、灯台見物の観光客は来なかった。目を軽く閉じて、この後の予定を考えた。微かに波音が聞こえたような気もする。何しろ、さほど高くはないが、断崖の先端に居たのだから。

明かりは、この後、日が昇るにつれて、ますますトップライトだ。灯台はもとより、海も空も断崖も、きれいには撮れないだろう。もっとも、無理して撮ることもない。午前中の、最高の明かりで、写真は五万と撮っている。あれ以上の写真が撮れるとは思えない。とはいえ、午後の明かりはどうだろう。灯台が、また違った姿を見せてくれるかもしれない。

姿勢を変えた。狭い縁の腰掛に、肘を枕にして横になろうとした。だが、これは無理だった。縁の腰掛は、灯台の胴体に沿っているわけで、緩やかにカーブしている。うまく横になれない。その上、心づかいのコンクリ細工の座布団が、腰に当たって痛いのだ。そばにあった、着替え用のロンTを当てがったものの、寝心地の悪さは改善しなかった。

少し我慢していたが、そのうち起き上がった。先ほどよりは、多少緩やかな姿勢で座りなおした。足は曲げずに、投げ出すように前に伸ばした。足先が少し、日陰から外に出た。多少引っ込め、そのまま頭を垂れた。夕陽までは、さすがに待てないよな。日没がおそらく、六時半、それから夜道を二時間半走って、宿に戻る。いや、三条のホテルには戻らず、鶴岡に宿をとる、という手もある。その辺の民宿という手もあるが、これはやはり却下だな。それにしても、ここから、鶴岡市街までどのくらいあるのだろう。

座りなおした。少し頭がはっきりしていた。携帯で、鶴岡までの距離やホテルの予約状況などを調べた。距離は約40キロ、一時間強。ビジネスホテルはたくさんあり、当日予約もできなくはない。だが、翌日の帰路が大変になる。自宅まで、おそらく400キロ以上走らねばならない。あ~、来る前にさんざん考えたことだ。日程的に、夕景の撮影は無理なのだ。また、いつかそのうち、撮りに来ることもあるだろう。自分の気持ちをなだめた。

さてと、なんだか、目が覚めてしまった。といっても、まだ十一時過ぎだ。この暑さ、どう考えたって、二時過ぎまで、撮影は無理でしょう。もう少し、ここでゆっくりしよう。改めて、辺りを見回した。なるほど、いい景色だ。望遠カメラを取りだした。裸足のまま、数歩歩いて、例の<愛のいす>に近づいた。ほとんど何のためらいもなく、座った。目の前には、そう、真っ青な日本海が広がっていた。

眼下の岩場には、カモメのような鳥が一羽、波しぶきを受けながらも、一か所にとどまっている。魚を狙っているんだなと思った。望遠でのぞくと、何やら、目が鋭くて、怖い表情だ。なるほど<ウミネコ>だ。向こうを向いたりして、なかなか表情がちゃんと撮れない。周りに仲間はいない。まさに一匹狼?の、はぐれ鳥だろう。少しの間、岩場にとまっている<ウミネコ>を眺めていた。自分より強いな、と思ったような気もする。

<愛のいす>から立ち上がった。いったんカメラをおさめて、今度は、海岸寄りの、海の中にある赤い防波堤灯台を、柵越しに眺めた。よく見ると、灯台の立っている防波堤は、波消しブロックで全面ガードされている。だから、その赤い物体は、波消しブロックの上に立っているようにも見える。遠目とはいえ、空も海も真っ青、小さいが、紅一点が目立つ。形は、昨日新潟で撮ったものとほぼ同型。だが、ロケーションが違うせいか、別物に見える。どこか、雄々しい感じがする。これはこれでいいなあ~と思った。

十一時半を過ぎていたのだろうか。引き上げだ。灯台の日向側に干したロンTを取りに行った。日射をもろに浴びた。暑いな~!ロンTはすっかり渇いていた。ふと、眼下の岩場を見た。<ウミネコ>はいなかった。いや、海の方へ飛び立っていく姿を見たような気もする。それに、休憩の最後の方に、若いカップルがすぐ近くまで来たような気もする。自分の前を通って、<愛のいす>に二人して腰かけたのだろうか。それとも<恋のいす>に肩寄せ合って座っている姿を見たのだろうか。定かではない。夢、幻か。

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