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此岸からの風景

<日本灯台紀行 旅日誌>オヤジの灯台巡り一人旅 長~い呟きです

2024

01/08

Mon.

10:26:52

<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版 

Category【灯台紀行 網走編

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<日本灯台紀行・旅日誌>2021年度版

11次灯台旅 網走編

2021年10月5.6.7.8日

一日目 #1プロローグ

七月の、男鹿半島旅から帰ってきて、三か月ほどたった。入道埼灯台の写真補正や長文の旅日誌は、さほど苦労もせず、八月中に終えた。九月に入ってからは、懸案だったベケットの<マロウンは死ぬ>朗読#1に取りかかり、こちらも、ほぼ一か月で終了した。

その間、首都圏を中心に、<コロナ感染>が爆発的に広がり、緊急事態宣言などが、全国的に発出されていた。とはいえ、ワクチン接種もかなり浸透して来て、自分も八月下旬には二回目の接種を完了した。これで、安心して、どこへでも行けるようになったわけで、気分的にかなり楽になった。

ところで、男鹿半島の入道埼灯台は、自分的にはかなり気に入っている。その主なる理由は、これまでに見たことのない白黒の灯台だったからだろう。雪が降ると、白一色になり、白い灯台は見えなくなってしまうらしい。そこで、白と黒に塗り分けた。たしかに、その方が、海上からは見えやすいのだろう。ちなみに、雪国などには、白と赤に塗り分けられた灯台もかなりある。だが、こちらは、いまいち、<渋さ>に欠ける。好みではないのだ。

ふと、きまぐれに、白黒灯台の画像をネットで検索した。と、その中で、特に目を引いたのが、<能取(のとろ)岬灯台>だった。この灯台は、北海道網走付近の能取岬にあり、大きさ的には中型灯台だが、周囲のロケーションがとてもいい。広々した、緑の芝草広場の中に、八角形の白黒灯台がポツンと立っている。この風景は、かなり好きだ。だが、場所が北海道だ。よくは知らないが、気候的に、遅くとも、十月の中旬までが写真撮影の限界だろう。

<マロウン>朗読#1にケリをつけ、能取岬灯台の下調べを始めたのは、九月の下旬だった。まず、最初に調べたのは、天気だ。最低、中二日晴れなければ、撮影の予定はたたない。なにしろ、場所は北海道だ。はい行きました、はい曇りでした、ではすまないのだ。金も時間も気分も、すべてを台無しにしないためにも、十日間天気予報をしょっちゅう見ていた。

ところがだ、ころころころころ、天気予報が変わる。ひどい時には、半日おきに変わる。これでは、予定が立てられないではないか!とはいえ、そのほかのこと、飛行機とかレンタカーとか宿とかの下調べはした。飛行機は、羽田から女満別まで、エアドゥー。レンタカーは女満別空港でNレンタカー、宿は網走駅付近の大手ビジネスホテル、とまあ、ほぼ決まった。あとは天気なのだ。

十月になった。なぜか、コロナの感染者数が激減したので、緊急事態宣言が全国的に解除されることになった。これはいい、堂々と旅行ができる!それに、天気予報も、なぜか、奇跡的に、晴れマークが並び始めた。当然だろう、だいたい、十月になれば、運動会の季節だ。天気が安定し始める、秋晴れの季節なのだ。

待ってましたとばかりに、飛行機、レンタカー、宿の予約をした。出発は、四日後の週半ば、三泊四日の日程だ。直前に予約があっさり取れたのは、やはり、北海道観光としては、季節が遅すぎるのだろう。でも、まだ、凍えるほどの寒さではないはずだ。

観光としては、いわゆる、オフシーズンに入っている。目星をつけていた、飛行機と宿とがセットになった旅行プランに空きがあり、別々に予約するよりは、一万円ほど安い。それに、これまたなぜか、レンタカーも割安、ま、一気に事が進展したわけだ。

木曜日の深夜に、すべての予約を取った。普通に行くより一万五千円ほど<お得>になった感じで、気分はいい。来週火曜日、午前十一時の羽田発の飛行機だからと、逆算して、明日からの旅行準備の日程を、頭の中で算段した。

あとは、北海道網走方面の、今の時期の気温が気になった。天気予報によれば、旅中の昼間の最高気温は20度前後、最低気温は10度前後だ。さほど心配することはない、と思ったものの、一応、防寒着など、寒さ対策をしていくことにした。

金、土、日で、やりの残したこと、といっても、たいしたことではない、階段や庭の掃除だ。これは、かがむ姿勢がきついので、何回か分けてやっていたのだ。ま、どうでもいいことだが、一応のけじめをつけた。そして、月曜日の午前中には、カメラや衣類のパッキングも終わり、キャリーバッグとリックサックを、玄関先に持って行った。準備完了というわけだ。

あと、今回は、灯台周りの撮影ポジションについては、さほど念入りには調べなかった。なにしろ、灯台の周りは広い広場で、どこが<ベストポジション>なのか、などという問題は、設問自体、意味をなさないような気がした。要するに、現場に行ってみなければ、確定できる問題ではないのだ。

それに、灯台の立っている岬の左右に、でっぱりというか、別の岬はないわけで、いわゆる横から撮ることもできない。さらに、灯台は、目のくらむような断崖絶壁のうえに立っているので、下の波打ち際に下りていくことなども到底できない。

以上のことから、現地に入って、灯台の周りを撮り歩きしながら、<ベストポジション>を探るしかない、と結論した。いや、実を言えば、すでに、この<ベストポジション>という考え方は、なかば放棄している。というのは、太陽の位置次第で、<ベストポジション>も変化する、ということを経験したからだ。つまり、<ベストポジション>などというのは、灯台の写真撮影では、まさに机上の空論で、役に立つ概念ではないのである。

それよりは、灯台が目視できる場所を、いわば、ローラ―作戦的に、すべて撮り進めていく方がいいような気がしている。撮影後に、その中から、気にいったものを選べばいい。要するに、<下手な鉄砲数撃ちゃ当たる>といったことか。

全ての準備が終わり、月曜日の午後は、網走付近の観光地を少し調べた。時間があったら、寄ってみようというわけだ。有名なところは<網走監獄>だ。ただ、これは数十年前に一度行ったことがある。今回、あえて行く気にもなれない。あと目ぼしいものは、<メルヘンの丘>。これは、通る道沿いにあるのだから、当然、寄れるでしょう。

<大曲湖畔地、ひまわり畑><フラワーガーデン・はなてんと>というのもあるぞ。ひまわり畑にお花畑か、イマイチ気持ちがうごかない。あと<卯原内サンゴ草群落地><網走海岸>、このふたつは、時間があったら、寄ってもいいなと思った。

さてと、明日は朝の七時前に家を出て、七時十六分の電車に乗る。ということは、六時前に起きる必要がある。いつも通り、夜の六時半頃に夕食を食べ、八時にはベッドに入った。一応、目覚ましをセットした。眠れないと思ったが、消燈すると、すぐに眠ってしまったようだ。

一日目 #2出発

数時間おきに、夜間トイレで目が覚めた。これはいつものことだから、ほとんどストレスは感じない。朝の五時、目覚ましの鳴る前に目が覚めた。あと一時間寝ていてもいいのだが、すでに覚醒している。ベッドでぐずぐずしている理由は何もない。スパッと起きた。

ゆるゆると、時間を気にせずに、洗面、朝食(お茶漬け)をすませ、着替えた。排便は少量。六時過ぎにはすべてが完了していた。予定では、七時十六分の電車に乗ることになっている。だが、七時台からは通勤ラッシュが始まる。それに比べて、六時台の電車は、かなり空いているようだ。昨晩、ふと気になって、ちょっとネット検索したのだ。

重いキャリーバッグと大きなリックサックを背負っている。できれば満員電車に乗りたくなかった。早めに出て、早めに着いて、空港ロビーで、居眠りすればいい。案の定、電車は、まだ空いていた。次の次の駅で、前に座っている人が降りたので、座れたほどだ。その後も、終点まで、混みあうことはなかった。

時間に余裕があったので、気持ち的にも余裕が生まれ、乗り継ぎ駅での、エレベーターやエスカレーターの位置を覚えておこうと思った。なにしろ、カメラ二台の入っているキャリーバッグが重い。それを片手で持って、駅の長い階段を登るのが、やや負担なのだ。今回覚えてしまえば、この先、さらに体力がなくなっても、羽田空港への電車移動は、それほど苦にはなるまい。

山手線外回りの電車も、さほど混んでいなかった。そして、最後の乗り換え駅、浜松町のモノレール乗り場の改札を通ったのは、午前八時過ぎだった。エスカレーターに乗ってホームまで行くと、電車(モノレール)待ちの長い行列だ。この時間帯、こんなに混んでいるのかと思った。ま、満員になるほどではないが、座席はそこそこうまってしまった。

電車(モノレール)の中央には、腰高の荷物置き場がある。そこに重いキャリーバッグとリックをおろした。周りを見回した。座れないこともない。が、荷物置き場の横に立っていた。ここまで、ずっと電車で座ってきたのだ。座るのにも多少飽きている。それに、モノレールの座席は窮屈そうだ。

モノレールは多少揺れていた。手すりにつかまりながら、立っていたので、窓外の写真は撮らなかった。いや、出雲旅の際に一度撮っているので、撮る気になれなかった。何度も撮るような景色ではないのだ。

羽田空港に着いた。まだ八時半だった。出発まで三時間ほどある。早すぎるな、と一瞬思ったが、空いている電車で、のんびり来られたのだから、やはりこの方が正解だろう。だだっ広い出発ロビーを見回した。おそらく、エアドゥーの搭乗口は、一番左端で、ここからはよく見えない程遠い。念のためというか、すぐ横に案内所があったので、そこの若い女性に、搭乗に必要なQRコードのコピーを見せた。彼女は、丁寧に案内してくれた。搭乗口は、思った通り、一番左端だった。

向き直って、正面左端の搭乗口カウンターへ行き、改めて、QRコードを見せた。名前と座席の確認をされ、保安検査へと進んだ。キャリーバッグとリックサックを、それぞれ、平べったいプラのかごに入れた。ポシェットはリックの上に重ねた。これは、そのあとすぐに、係員によって直された。すなわち、ポシェットは別のかごに入れられた。

金属感知器の前に進んだときに、腕時計はいいんですかと、脇に立っていた職員に、間抜けな質問をしてしまった。にべもなく、大丈夫ですと言われて、そうだ、前回も大丈夫だったのだと思った。

そのまま進んで、コンベアーの先端まで行き、流れて来るであろう荷物を待った。黒いゴムのような仕切り板の中から、まずキャリーバッグが出てきた。それを下におろし、続いて出てきた、リックとポシェットをその場で身につけた。その際、出口のところで、黒っぽい若い奴が、係の女性から、何か言われていて、持ち物検査をされていた。バールのようなものが、金属探知機に察知されたようだ。脇には、警官がいた。ちらっと見た感じでは、アウトドア用の小さな万能ナイフのようなものだった。

さあてと、エアドゥーの二番搭乗口はと言えば、これまた、一番左端にあるらしい。途中、ところどころ<動く歩道>があるものの、かなり歩かされた。<エアドゥー>が<ANA>より格下なのは知っていたが、これほど冷遇されているとは思わなかった。

これまで、と言っても二度ほどだが、格安航空は使わないで、<ANA>と<JAL>を使ってきた。<格安航空>という言葉に、何となく不安を覚えたのだ。しかし、今回、女満別までの直行便は、<エアドゥー>しかないのだ。いやこれは思い違いだ。<JAL>にも女満別行きの直行便はある。今ネットで確かめた。ではなぜ、<JAL>を使わなかったのか?出発時間や料金の問題なのだろうか?ま、いい、忘れてしまった。

九時前には、エアドゥーの搭乗口前のロビーに着いた。ほとんど人はいなかった。出発時間までには、まだ二時間半くらいある。ゆっくりしよう。自販機で、ボトルの缶コーヒーを買って、窓際の席に陣取った。着くのが早すぎたことについては、反省も後悔もない。なにしろ、時間ギリギリで、いらいらすることが、一番嫌いなのだ。それに、時間は、とりあえず、山ほどある。

それにしても、早すぎるな。あと一時間くらい遅くても問題はない。と思ったそばから、電車が遅延したらどうするのだ、という不安がよぎった。そんな時に対処するためにも、このくらいの余裕があった方がいい。利用している私鉄は、しょっちゅう人身事故で不通になっているではないか!

小心で、臆病で、用心深い。不安神経症的な性格が、年を経て、さらに鮮明になってきた。いや、受け入れられるようになった、と言っておこう。

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