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<灯台紀行・旅日誌>&<花撮り物語>

<灯台>と<花>のフォトエッセー

2020

09/27

Sun.

11:13:42

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編 2020#8 ビジネスホテル宿泊

四時過ぎていた。大げさに言えば、三浦半島の右岸側?を北上している。宿は、京急線の<YRP野比駅>近くのビジネスホテルだ。ここから、およそ15キロ、三十分くらいで着くだろう。時間的には、ちょうどいい。

ところで、ビジネスホテル、というのは、だいたいは大きな駅の周辺にあるものだ。あるいは観光地だな。ひるがえって、辺鄙な灯台の付近には、民宿とかペンションなどはあるが、あるいは旅館などはあるが、ビジネスホテルはお呼びじゃない。とはいえ、一人旅には、このビジネスホテルが、一番気楽でいい。それに、民宿・ペンションなどより、予約も取りやすい。

今回の灯台旅で、ビジネスホテルがあるのは、横須賀だ。ただ、撮影地から、あまりに遠すぎる。というので、最初候補にしていたのは、城ケ島のリゾートホテルだった。ここは、地の利がある分、やや高め、しかも、予約が取れなかった。ということで、見っけたのが京急YRP野比駅近くにあるビジネスだった。ちょうど、横須賀と城ケ島の中間あたりだ。

はじめ、なんでこんなところにビジネスホテルがあるのかと思った。しかも<YRP野比駅>って、何?駅の名前に、アルファベットが付くって、あまりないでしょ。検索すると、<YRP>とは、横須賀リサーチパークの略。電波・情報通信などの研究開発拠点らしい。なるほど、仕事がらみでビジネスホテルを利用する人がいるわけだ。ところが、マップシュミレーションすると、丘の上にかなり大きな、ガラス張りのビルが何棟か建っているものの、まだスカスカな状態。開発途上、というよりは、誘致失敗、途中で見捨てられた感じだ。

ま、いい。話を戻そう。ナビに従って走っていくと、海岸沿いのにぎやかな道に出た。渋滞している。八月の日曜日だからな、とのんびり構えた。たらたら走っていると、そのうち、弓なりの浜辺が見えた。けっこう人が出ている。はは~ん、これが三浦海岸か。道路左側は、びっしり民宿や旅館、食堂やサーフショップなど、かなりの盛況。右側は、護岸沿いにずうっと駐車場。昔からの、夏の観光地だ。整備されているし、どことなくあか抜けている。

…湘南、三浦は、東京とはいえ、場末の板橋あたりの中学生が行くところではなかった。その後も、なぜか、敷居が高くて、今に至るまで、行ったことはない。もっとも、泳ぎが苦手ということもあり、海はあまり好きではない。それに、女性の姿態が眩しい海辺の誘惑を、意識的に拒否していた。海へ行くよりは山。禁欲的な山登りの方が好きだった。

夏、浜辺、女性の水着姿、これらは、十代の記憶、いまだ何者でもなかった頃の記憶を喚起する。なんとなく、甘酸っぱい気分になり、海辺の渋滞を楽しんでいた。が、もう小一時間たっている。そろそろ飽きてきた。と、車が動き出した。渋滞を抜けたようだ。

宿に着く前に、付近のコンビニで夕食を調達しなければならない。下調べしたコンビニが、思いのほかわかりづらくて、通り過ぎてしまった。さらにもう一軒の方は潰れていた。うかうかと、大きな道から左折してしまい、トンネルをくぐった。ホテルはもう目の前だ。そうだ、一応場所を確かめてから、さっき見えた道路沿いの<すき家>で飯を食おう。

ホテルの前を通り、Uターンして、今来た道を戻った。コロナ禍以前は、吉野家で牛丼などをよく食べていた。<すき家>にも時々は行った。とにかく、久しぶりの外食だ。カウンターごしに、元気のいい中学生のような感じの男の子に、お持ち帰りですか、と聞かれた。いや店内で、と何も考えずに答えた。これが一つ目の失敗だった。

席に着いた。カウンターには、左右にアクリル板の仕切りがあり、なんだかせまっ苦しい。中年のおばさんのような、おそらくアルバイトだろう、まるっきり商売慣れしていない女性店員に、<うな牛>を頼んだ。見ると、入り口付近には、二、三人客がいた。頼んだものがなかなか出てこないので、暇つぶしに観察した。なるほど、みなお持ち帰りの客だ。店内に座っているのは、自分一人。外食を、少し悔いた。

やっとのことで<うな牛>が出てきた。普通の牛丼でもよかったのだが、少し元気をつけようと思って、<うなぎ>入りを頼んだ。テレビの宣伝が頭に残っていたのかもしれない。その<うな牛>の、肝心の<うなぎ>がまずい。タレが辛すぎる。これが、二つ目の失敗だった。<すき家>のウナギがうまいわけないじゃん!さっと食べて、千円札を機械に飲ませ、さっと出た。

Uターンして、またトンネルをくぐり、坂を上り、ホテル裏手の駐車場に車を止めた。重いカメラバッグを背負い、着替えや飲食物を詰め込んだトートバックを肩にかけた。意外に重くて、ちょっとうんざり。受付で、チェックインを済ませた。二泊、前払いで\14000ほど。黒い制服の中年女性の応対が、ぎこちなく、処理が遅い。その間、シールドの向こうにいた、白っぽいワイシャツ、ノーネクタイの中年男性から検温を受けた。例の、額に拳銃を向けられるようなやつ。むろん、平熱だ。ようやく、おつりとカードを渡され、エレベーターに乗った。そのさい、エレベーターの行先ボタンにカードをかざした。これは、初めての体験だった。

カードキーに、戸惑うこともなく、部屋に入った。ま、普通の広さだ。セミダブルの大きなベッドだけが取り柄だな。というのも、中途半端なリフォームで、風呂場、机などの調度品に統一感がない。色が違っている。ケチって、使えるものは使おうというわけだ。それに後で気づいたが、小型の冷蔵庫が、まったくといっていいほど冷えない。これには、クレームをつけようか、少し迷ったほどだ。もっとも、文句を言ったところで、すぐに交換するとも思えない。二泊だから、我慢することにした。

エアコンをパワフルにして、すぐシャワーを浴びた。湯船の底に尻をつけ、膝を少し曲げた状態で座ると、目線やや上の壁にシャワーの取っ手がある。したがって、この一番楽な姿勢のまま、シャワーを浴びることができる。こういう経験は始めだ。あと、携帯用のアルコール消毒ボトルが机の上にあった。ま、この二つに関しては、イイネをあげたい。

シャワーから上がり、冷たいビール、といきたいところだ。といってもノンアルビールだが、ビールは持参している。ところが、冷えていない。冷えない冷蔵庫に、三十分くらい入れたところで、生ぬるいことに変わりない。それでも、コップに注いて、アワっぽいビールを飲んだ。全然うまくなかったけれども、気分的には満足だった。朝の四時から、炎天下をフル稼働。夕方には、予定通り、所定の宿に入ったのだから。

前回の、犬吠埼灯台の旅のような、身も蓋もないような疲労感はなかった。撮った写真をモニターしたり、帰宅後に<日誌>をつけるためのメモを書いたり、やや小さめなテレビをぼうっと見たりした。夜の九時前には寝ていたと思う。

今日の出費。高速¥4010、駐車場二か所¥950、飲食¥1300。なぜか、宿代の領収書が、チェックアウト時ということなので、その分は明日だ。幸せなことに、カネ勘定で気持ちがそがれることはなかった。要するに、数万単位の金額は、痛くも痒くもない。これは人生初めての感覚だ。ちなみに、ガキの頃は数十円、数百円、大人になっても長らく、数千円単位のカネ勘定で、日常を生きてきたのだ。

…目が覚めた。まだ、夜中の十一時過ぎだった。二時間寝たのか。なんとなく、腹が減ったような気がした。夕食が五時だったからな、と思った。起き上がって、備え付けのポットで湯を沸かし、カレー味のカップ麺を食べた。ついでに、お菓子類も食べたのだろうか。そのあと、少しテレビを見て、また寝た。

だが、寝つきが悪い、ほぼ一時間おきに目が覚め、トイレだ。しかも、十二時過ぎくらいからは、どこからか、断続的に物音がする。気になる。そうだ、親指の怪我はどうした?そっと押してみた。少し痛む。だが、昨晩のようにジンジンした感じではない。その点は良かった。しかし、その後も、物音は午前二時過ぎまで続き、何回も、眠りを妨げられた。どこのどいつなんだ!少し腹が立ったような気もする。

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2020

09/23

Wed.

11:01:17

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編 2020#7 間口港灯台撮影

急な坂を下った。突き当りを右に曲がった。片側は木々が生い茂り、反対側は、ちょっと開けた畑だったような気がする。その日陰の細い坂道を下った。すぐに、浜が見てきた。手前には民家、道を挟んで、仮設の駐車場。砂地の中に二、三台、車が止まっている。出入り口の木々の枝に、デイキャンプと書かれた大きめなカードがぶら下がっていた。なるほど、それ用の駐車スペースというわけか。

浜には、三々五々、テントがあり、家族が海に入って遊んでいる。岩場の多い浜で、背後には木々があり、少し日陰がある。視界の左方向、波打ち際の岩場に、間口港灯台が見える。ところで、この灯台は、防波堤灯台によく見られる形をしている。この特徴的な形を、なんと形容するべきだろう。比較的小ぶりな、白いタイル張りの灯台なのだ。

ちなみに、いまネットで調べた。<標準型防波堤灯台>という範疇で、その大きさによって、何種類かある。大雑把に記述してみよう。直方体を縦にして、その上に細長い円筒形がくっついている。そのてっぺんには、円筒形の直径よりやや大きい、平べったい円柱がのっている。つまりそれは台座で、その上に光を出す機械が鎮座しているのだ。

そして、縦・直方体の一辺には扉があり、細・円筒形には金属の梯子が掛けられている。しかも、すべて五センチ四方くらいの白いタイル張り。納得できる記述ではない。が、とにかく、この特徴的な形は、おそらく、誰もが目にしたことがあり、見れば、あ~と納得していただけるだろう。だが、誰もが見知っているこの灯台が、どこの誰によって設計されたかは、今回、ネット検索してもわからなかった。

ま、機能的ではある。だが、すくっと立っているわけでもない。真っ白というわけでもない。多種多型で美しい、大きな沿岸灯台に比べて、やや見劣りする。それに、似たようなものがたくさんあるので、見飽きている。だが、夜の海に光を投げかけて、船舶の安全な航行に寄与している。…今ふと思った。日本全国津々浦々、幾百幾千の防波堤灯台クンたちに、昭和の匂いを感じるのは自分だけだろうか、と。

この岩場に立つ<標準型防波堤灯台>に、RLE型かな?写真を撮りながら近づいて行った。下は、岩場と砂地で歩きづらい。海水浴客の間を通り抜ける際には、いかにも自分は灯台を撮ってます、といった雰囲気を出したつもりである。というのも、目に眩しい水着姿の女性たちもいるので、盗撮でもしてるんじゃないか、と疑われそうな気がしないでもなかったからだ。だから、ことさら、灯台クンにのみ、カメラを向け続け、周りを見回すようなことはしなかった。小心者なのだ!

灯台クンに近づくにつれ、その根元付近で釣りをしている若い男の存在が気になってきた。どうしても画面に入ってしまう。どかないかな、と思ったが、なかなか立ち去らない。ま、これは致し方ない。さらに、写真を撮りながら、歩を進めて、灯台クンの正面、さらには、岩場の行き止まりまで行った。

そこは、背後の木々により日陰になっていた。一休みしよう。お決まりのように、ロンTの着替え、給水、靴下も脱いだ。ふと思って、上半身裸のまま、汗ぐっしょりのロンTを目の前の日の当たっている岩場に、かぶせるような感じで広げた。腹の贅肉が気になったが、ここは海だ。

ところで、旅の前日に痛めた親指のことだ。今朝になっても、さほどの不都合は感じない。爪半月が真っ青に変色しているものの、押しても痛くない。撮影旅でアドレナリンが出ているんだろう。今日の就寝後が少し気になった。それよりも、足の甲だ。両方とも、かゆい!それも、前回の旅で感じたような痒さ、しかも同じ場所。また、日焼けによる湿疹かな。とはいえ、薄手の靴下をはいているのだし、さほど日射を受けた覚えもない。やっぱ、靴が悪いのかな~?ミズノのウォーキングシューズ、本革仕様。革がいけないのだろうか?対処の仕方がわからない。

と、目の前を、黒っぽいオヤジが通り過ぎていく。手にはカメラを持っていたような気もする。目で追っていくと、岩場の奥にあった階段を登って、漁港の方へ消えた。この灯台クンは、剱埼灯台の向かい側の漁港に車を止めて、近づくものだと思っていた。剱埼灯台からのルートなど、頭になかった。ま、そういった意味では、この酷暑の中、手間が省けたわけで、ラッキーだった。

さ、引き上げだ。身支度をした。辺りがやや赤みがかっている。時計を見ると、三時過ぎていた。今一度、灯台クンに近づき、そして遠ざかりながら、写真を撮った。幸運なことに、一瞬、若い釣り男の姿が消えた。真っ青な空と海、岩場に灯台クンだけの写真が、何枚か撮れた。

浜からの細い急な坂道を上った。途中、立木の葉を指さしながら、何か話している中年の男女が目に入った。二人とも黒っぽい服装。女性の方は大柄で、目鼻立ちがはっきりしていたような気もする。そばに、緑色の大きなバイクがあった。ちらっと見ながら、さらに、駐車場へと向かう坂を上った。と、後ろから、二人乗りのバイクが追い越していった。黒光りするフルフェイスのメットをかぶった女性が、後ろから男にしがみついている。少し気持ちが動いた。羨ましい、と思ったのかもしれない。

ごたごたした、それでなくても暑苦しい、私設駐車場に着いた。茶色い爺が入り口で待ち構えていて、早速何か話しかけてきた。ふんふんと聞き流しながら、自分の車のところへ行った。爺もついてくる。とはいえ、今回は、隣に黒いワゴン車が止まっていて、運転手が外にいる。さっそく爺はそっちと話し始める。ま、要するに、誰でもいいわけだ。

着替えをして、出ようとした。出入り口には、爺のほかに、二人ほど老人がいる。一人は爺と同じような、ホームレス仕様。友達なのかもしれない。もう一人は、痩せた、ワイシャツ姿の控えめな男。いつもうつむいていて、人と目を合わせないタイプだ。そういえば、さっき、下のデイキャンプ用の駐車場で、この老人が何かメモしていた。なるほど、あそこも、爺の稼ぎ場所だったか、と合点した。控えめ老人は、おそらく、この夏の時期だけ、爺にやとわれた、バイトだな。

窓を開けて、冷やかし半分に、爺にたずねた。朝何時からあけているんですか?というのも、この剱埼灯台には、また来たいと思ったからだが、爺は、夜明けから開いている、としごく当たり前のように呟いた。続けて、またしても脈絡なく、台風が近づいている、と何か得意げに言っている。ふんふんと頷いて、窓を閉めた。出口で大きく左折する際、また、崩れかけた家と、ぼろぼろのブルーシートが目に入った。その前に赤い自販機があった。甘いものが飲みたいような気もしたが、買う気にはなれなかった。

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2020

09/20

Sun.

13:59:37

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#6 剱埼灯台撮影

駐車場に戻った。車のリアドアを開けて、重いカメラバックをおろし、着替えをした。要するに、バックと背中の間が蒸れて暑いのだろう。そこだけが、汗びっしょりなのだ。濡れたロンTをダッシュボードに広げ、むろん乾かすためだが、一応車にキーをかけて、すぐそばのトイレに寄った。ついでに自販機で、スポーツ飲料を買って飲んだ。ナビを、今度は、劒埼灯台近くの駐車場にセットした。城ケ島、どことなく昭和の響きだ。暑かったが、まだ全然疲れていなかった。

ナビに従って、うねうねと、二十分ほど走ったのだろうか。一般道から右折させられ、畑の中の狭い道に入った。どう考えても、すれ違い出来ない。待機する場所すらない。向こうから車が来たら、どうするんだ。ひやひやしながら、ゆっくり走っていくと、あ~、見えました。私設の駐車場だ。

マップシュミレーションで、下調べはできている。さほど驚きもしなかった。とはいえ、現場はもっと、面白かった!まずもって、入口の家が、崩れかかっている。青いビニールシートもボロボロ。解体?が進んでいる。しかも、道の両側にびっしりと大きめのペットボトルが並んでいる。焼酎のでかいボトルもある。

入口で出迎えてくれたのは?白髪まじりひげ面、少しエラの張った、日焼けした、というか、酒焼けかな?茶色い爺だった。窓を開けて、こんちわ、と言うと、いきなり、何時ころまでいるんだ、とじろじろ見ている。灯台を撮りに来たんで、一時間くらいかな、と答えると、それなら\500でいいや、ぶっきらぼうに呟いている。五百円玉を渡すと、どこから取り出したのか?小さな黒っぽいきんちゃく袋の中に、無造作に放り込んだ。風体は、ま、完全にホームレス仕様だ。

駐車場は意外に広かった。むろん下は舗装されていないが、仕切り線などもちゃんとしている。もっとも、周辺には廃車もあり、中にごみ袋などがぎっしり詰まっている。ほかにも、ガラクタが、そこかしこに渦高く積まれている。それにしても、縁にペットボトルがきれいに並べられている。自分にとっては、入間川で見慣れた光景なので、気持ちはほとんど動かない。だが、初見の人は、多少動揺するかもしれない。病んだ野良猫などもいた。

車から降りて、出かける用意をしていると、何かメモしながら、爺が近寄ってきた。車のナンバーひかえている。ちゃんとカネを払ったかどうか記録している。ところが、それで終わらない。立ち去らず、一方的に、脈絡のないことを話しかけてくる。答えを期待している様子はない。ま、それでも一応、灯台に話題を持っていくと、この前の台風でレンズが壊れたとか、今は暗くなると自然に灯るが、時々故障して点かないときもある。などと、脈絡がない。

これ以上相手をしていても、ラチがあかない。バックを背負い、車にキーをかけ、出かけるそぶりを見せる。だが、そんなことには頓着せずに、話しかけてくる。何しろ会話にならないんだから、ふんふんと相槌を打って、逃げ出すチャンスをうかがっていた。と、入口に車が来た。爺は、料金徴収のため、そっちへ行く。自分も一緒に歩いていき、やっと解放された。

劒埼灯台へ向かう、細い畑道の突き当りに、私設駐車場があるのかと思っていた。だが、歩き出して気づいた。道はまだ続いている。右手に灯台の登り口があった。ここは柵止めされていて、車は通れない。だが道は、急な下り坂になり、さらに続いている。はは~ん、浜に出られるんだ。その浜にも灯台がある。間口港灯台といって、小ぶりながら、ロケーションはいい。あとで寄ってみよう。そんなことを考えながら、日陰の、かなり急な、蒸し暑い坂道を登った。少し息が切れた。

登りきったところに、案内板があり、白い塀に囲まれた劒埼灯台が見えた。左手前に、灯台より大きなレーダー塔のようなものが立っている。銀色の円盤が回っている。う~ん、正面から撮るには、この巨大なレーダー塔と網フェンスが邪魔だ。灯台そのものは、思いのほかレトロな感じで、存在感がある。一目で気に入った。

こうなると、なんとしても、モノにしたい!暑い中、灯台の敷地を隅から隅まで歩いて、時には塀の外の草むらにまで出て、写真撮影を楽しんだ。幸いなことに、観光客は来なかった。ここは観光灯台ではないし、観光地でもない。どことなく荒れ果て、見捨てられた、真っ白な灯台。それに、真っ青な空、静寂、突き刺さる日射。最高の時間だった。

ところがだ、やはり、ここにも観光客が来た。もっとも一組だけだったが。老年?のカップルで、女性の方はオレンジ色の派手なワンピースに、青っぽい日傘をさしていた。夫婦かなとも思った。だが、その寄り添う雰囲気が、どうも何か、訳ありだ。灯台の裏に入って、つまり、自分からは見えない場所、この敷地の中の唯一の日陰から、なかなか出てこない。ま、その間は、写真撮影に専念できた。

たが、やっと出てきたと思ったら、灯台左横の仕切り塀に沿った所で立ち止まり、こちらに背を向け、海を見ている。日傘の相合傘、しかも、かなり長い時間。二人の世界だな!これには参った。灯台の写真を撮っているのだから、どうしても、老年カップが画面に入ってしまう。ま、あとで、修正することもできる。とはいえ、できればいない方がいい。レーダー塔を囲っている網フェンスの、スカスカな日陰にしゃがみこみ、様子をうかがっていた。何としても、粘って、いい写真を撮るつもりだった。

撮った写真のモニターをしたり、給水したり、少し時間をやり過ごして、また撮りだした。位置取りを、正面から少しずらしたので、カップルの姿は、さほど気にならなくなった。ほどなくして、相合傘の二人は姿を消し、真昼の静寂が戻ってきた。とはいえ、ベストポジションに確信が持てず、今一度、灯台の周りをまわりながら、撮った。暑くて、もう限界だった。引き上げ際、灯台に向き直り、心の中で、また撮りに来よう、と思った。真っ白な灯台が、名残惜しかった。

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2020

09/16

Wed.

09:54:48

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#5 城ケ島灯台撮影

観光客が何組か、階段を登ってきた。話し声がうるさい、と思いながらも目をつぶっていた。そのうち、一瞬、静寂。体の緊張が解けて、うとうとしたのかもしれない。腕時計を見ると、十一時を過ぎていた。三十分ほどたったようだ。あと三十分寝ていようかな、だが、頭がはっきりしてきた。もう寝ていられない。

身支度をして、展望台を下りた。目の前のトイレに入り、自販機でスポーツ飲料を買って飲んだ。とんがり君のそばに寄り、案内板を見た。なるほど、<三浦大根>をイメージしたデザインだったんだ。下部の緑色のハチマキは、そういう意味だったのね。

駐車場の方へ戻りながら、ふり返って、とんがり君を、二、三枚撮った。ま、これはこれで、かわいい。あとは、北側の柵沿いを歩いた。三崎港にある防波堤灯台を狙ったが、遠目過ぎる。それに手前の枯れ木が邪魔で、写真にならない。ついでだ、大きい方の展望台に再度登って、望遠で狙ってみた。なんだか、あまりぱっとしない。散文的な港の風景だ。どうということもない。ほとんど粘りもせず、望遠をカメラバックにもどした。

炎天下の、危険な暑さの中、駐車場に戻ってきた。車が満杯だ。だろうな、いい天気だ。それにしても、コロナ問題はどうなんだ。ほとんどの人間が、一応マスクはしているが、関係ないような感じだ。もっとも、自分も、コロナのことなど、ほとんど考慮していない。人と接触しないし、移動はすべて車。大丈夫だろうと思っている。楽観しすぎかもしれないな。

蒸し風呂、いや、焼けるような車内に入った。すぐにエアコン全開。ナビを、城ケ島灯台付近のパーキングにセットした。見ると、鉄パイプのやぐらの上に、係のおじさんが立っている。車の出入りとか、誘導をしているのだろう。たいして広くもない駐車場なのに、大仰な感じがしないでもない。だが、ある意味では、ちゃんと考えて管理運営しているわけだ。

おじさんに、せかされているような気がして、むろん、そんなことはないのだが、すぐに車を出した。驚いたことに、出入り口には、駐車待ちの車が何台か並んでいた。それを横目で見ながら、坂を下って、一般道に突き当たる。右折して、ぐるっと回りこむような形で三崎港に下りる。とすぐに、道沿い右側にパーキング。例の<ワンデーパス>駐車券を機械に飲ませ、駐車。灯台に一番遠い駐車場だから、空いているのだろう。

真夏の十二時頃だったのだろうか、車外に出ると、いやはや、暑いのなんのって、話にならん!重いカメラバックを背負うのが億劫。せめて、望遠カメラだけでも、車内に置いていくわけにはいかないのか。無理だな。炎天下の車内に、精密機械を置き去りにはできないし、盗難も気になる。何しろ小心なのだ。

土産物屋が左右に並ぶ、少し広い道を歩いて、灯台へ向かった。途中、何か飲食店の前で、行列している。ほとんどが若い人たちだ。この暑さの中、並んでまで食べる価値のある店なのだろうか?ま、余計なお世話だな。

灯台への入り口は、この辺もマップシュミレーションしているので初めて見る光景ではないが、急に道幅が狭くなる。ちょうど、人がすれちがえる程度。そして、両側には土産物屋が並んでいる。どこかで見た感じ。いわゆる、昭和の観光地にありがちな設定だ。ま、たしかに、城ケ島と言えば、昭和の夏場の観光地だ。東京に住んでいる人間なら、行ったことはなくても、知らない人はいない。もっとも、自分が子供の頃には、そこに、灯台があったとは記憶していない。ガキの頃から、灯台なんかに興味があったら、逆に変でしょう。

ちなみに、時代が二つ変わっているにもかかわらず、夏場の城ケ島に遊びに来る若者たちは、<昭和>そのものだった。いわゆる、遊び人風で、知性のかけらもない。赤黒く日焼けして、男も女も派手なアロハ、短パンにサンダル。そこかしこにたむろしている。<昭和>に乗りそこね、<昭和>をやり過ごしたおじさんとしては、なんとも複雑な気分だった。

灯台へ登る階段は、その、軒を連ねた土産物店が切れたところにあった。注意していないと、見落としてしまう。なんとまあ、あからさまな商魂なのだろう。とはいえ、階段は、補修してあり、少し広めで、急なものの歩きづらくはなかった。すぐに、灯台下の公園に着いた。

三浦半島の先端部には、城ケ島灯台、安房埼灯台、諸磯埼灯台、剱埼灯台と、至近距離に四つの灯台がある。片道160キロくらいなので、自宅から最も近い灯台たちである。はじめは、城ケ島のホテルに三泊して、これらの灯台を撮ろうと思った。だが、そのうち考えが変わった。

というのも、ネットの掲載写真を見る限り、安房埼灯台以外は、さしたる景観が期待できない。要するに、たんなる観光記念写真になってしまう可能性が大である。写真としてモノにはなるまい、と思ったのだ。したがって、安房埼灯台以外は、時間があったら撮りに行こうかな、という考えに落ち着いた。

ところがだ、粘って、いい写真を撮ろうと思った、その安房埼灯台は、跡形もなく解体されていた。しかも、二代目のとんがり君は、ロケーションにしても、フォルムにしても、粘って撮ろうという気にはなれなかった。要するに、今回の撮影旅の主題が霧散してしまい、気分的に宙ぶらりんな感じになってしまった。

ま、幸いなことに、付近にはいくつも灯台がある。気分を変えて、観光気分で灯台をめぐってみるのも一興だ。とまあ、節操もなく、自分に都合よく考えて、城ケ島灯台、剱埼灯台を巡ることにした。その城ケ島灯台だが、マップシュミレーションした限り、撮影ポイントは三つしかない。しかも、残念なことに、三つとも、大したことない。

その一つ目が、灯台下の公園からのショットだ。左右に動いたり、近寄ったり引いたり、何枚も撮った。とはいえ、何しろ、灯台の形ははっきり見えないし、手前は階段、両脇には植木、背景は空だけ。ま、勝負にならならなかった。

階段を登って、灯台のすぐ下へ行った。むろん、写真などは撮れない。近すぎる!灯台に沿って歩くと、何か落書きのようなものが。いや違った、よく見ると、ハート形をあしらった<ラッピング>らしい。…今、ネットで調べた。なるほど、灯台本体にも、海の向こうに富士山が見える落書き、いや違った<ラッピング>があった。これらは、<インスタ映え>するようにと、観光協会が企画、制作したものらしい。

あの時は、てっきり、趣味の悪いいたずらだと思って、よく見なかった。が、最初のハートマーク二つは、ペア灯台の、安房埼灯台と城ケ島灯台の所在地らしい。富士山の方は、よく見ると、灯台のドアを開けると、海が見えるという趣向になっている。そばに、大きなマグロをくわえた黒猫もいる。まったく気づかなかった。

二つ目のポイントは、灯台の敷地から、回転柵のようなものを通り抜け、少し海側へ行く。振り返ると、灯台のほぼ全景が見える。右側には木製の遊歩道があり、やや距離感が出せる。ただし、背景は空のみ。海は画面におさまらない。しかも、時期が時期だけに、観光客がひっきりなし。人影が消えるのを待って、何枚か撮った。

もっとも、遊歩道はすぐに行き止まりで、観光客は、すぐに帰ってしまう。中には、灯台の写真を撮りに来た人たちもいるので、そういう方たちは、かなりの時間滞在する。その間、海の方を見て、やり過ごす。あるいは、暇つぶしに、何度か行き止まりの柵まで行って、下を見下ろした。閉館したホテルと駐車場が見える。つまり、ホテルの敷地から、灯台に上がる階段があり、本来ならば、この立禁の柵がなければ、下に下りられるわけだ。ホテルの閉館は、コロナの影響なのだろうか、などと思った。

三つ目のポイント。このアングルはほとんどネットに上げられていないが、木製デッキの遊歩道を、来た方向へ戻り、左手の灯台をやり過ごして、さらに少し行ってふり返り、遊歩道上から灯台を撮る位置取りだ。ただし今回は、遊歩道がすれ違い出来ないので、その場で粘ることはできず、振り返りながら撮るという感じになった。ま、スナップショットだな。モノになるかならないか、帰ってからのお楽しみ。

帰り際、今一度公園に戻り、灯台にカメラを向けた。やはりだめだ。ふっと我に返って、辺りを見回すと、炎天に焼かれているベンチがいくつかある。少し腰かけたのだろうか?どことなく荒れている、その猫の額ほどの公園には、ほかにも、なにかモニュメントのようなものもある。そばまで行ったはずだが、ろくに目もくれず、港の方を見た。反射的にカメラを向けたものの、全然絵にならない。シャッターすら切らなかった。

階段を下りた。土産物店の水玉の浮き輪が目に入った。誰も入っていない食堂の前では、イカが焼かれている。雑駁な光景だ。でも、いやではなかった。<昭和の時代>を少し楽しんだ。

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2020

09/09

Wed.

10:50:23

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#4 安房埼灯台撮影

城ケ島公園、よく手入れされた気持ちのいい場所だ。遊歩道の両側にはアジサイ花壇があり、むろんアジサイは時季外れで枯れているが、松だったかな?木立もあり、そこそこ日陰になっている。といっても、暑い!

すぐに視界が開ける。正面は芝生の広場。右手に、コンクリの四角い展望台。迷わず、階段を登ると、一階なのだろうか?日陰になっている。ひんやり涼しい。さらに上がると二階だろうな、海風が吹き抜けていく。気持ちがいい。四辺に木のベンチが置いてあり、360度の景観。

南側が海、ま、太平洋だな。沖合に、船やヨットが点在している。空も海も真っ青。いいね!東側は、ほぼ逆光でよく見えない。西側は、城ケ島灯台方面で、風景的にはイマイチ。北側は三崎港。渡ってきた城ケ島大橋が左隅、中央には、防波堤灯台が見える。撮るには望遠が必要。帰りに撮ろう。展望台をぐるりと一周して、また海側に戻り、ゆっくり写真を撮った。

展望台をおりた。芝生広場を突っ切ると、遊歩道は二股に分かれる。両側にアジサイ花壇、さっきと違い、木立がまばらなのか、日ざしがきつい。右側の道を行く。と、正面に、とんがりのデザイン灯台。はは~ん、これが新しい灯台なのか。ちなみに、この時点では、波際の安房埼灯台がまだ健在だと思っていた。

とんがり灯台に近づきながら、カメラを構えた。が、どうもよろしくない。逆光、しかも、両脇がスカスカだ。灯台手前の、さっきより、ひとまわり小ぶりな展望台にのぼった。とんがり灯台は目の前、全景は撮れない。が、北東側に回り、海を背景にして、真ん中辺から、逆光の中、なんとか撮った。…灯台写真には、どうしても海が必要なのだ。ま、個人的な思い込みにすぎないが。

展望台を下りて、いやその前に南側の海を気分良く撮ったとおもう。ともかく、とんがり君の周りを360度ぐるっと回って、絵になりそうなポジションを選んだ。それは、お決まりではあるけれども、灯台の正面だった。したがって、自分は海を背にしている。背景に海は入らない。だが、空は真っ青だ。

ところで、このあたりから、いやな予感がしてきた。とんがり君の広場からは、安房埼灯台の立っている岩場が、遠目に見える。だが、そこに、あの白い特徴的な形の、小ぶりな灯台が見えないのだ。しかも、グーグルマップには<旧安房埼灯台跡>と記されていたような気もする。

とはいえ、ここまで来た以上、前に進むしかない。広場先端の、浜へ下りる階段を下った。階段自体は、幅も広く、しっかりしている。だが、周りは鬱蒼としていて、しかも、ひどく暑い!…ここに着いた時から、暑い暑いの連発だが、本当に暑かったのだ!

視界が開けた。そこは、歩きづらい、ごつごつした岩場で、三々五々、浜遊びの家族連れなどでにぎわっていた。正面を見た。灯台らしきものはない。あれ、岩場の下にあるのかな?とまだ、安房埼灯台が健在なものと思い込んでいる。転んだり、滑ったりしないように気をつけながら、岩場を渡り、その先端に近づいた。

何やら、立ち入り禁止のロープが張ってある。その向こうに、肌色の土嚢袋が山と積まれている。ここで初めて、事の次第を了解した。わかるのが遅すぎるだろう。安房埼灯台は解体されてしまった!その破片が袋に入れられ、撤去されずに残っている、というわけだ。

…今、ネットで<安房埼灯台 解体 理由>を検索。要するに老朽化だって!とはいえ、何で、このコロナの時期に解体作業をしたのか、いや、半世紀もたつ、特徴的なフォルムの、美しい灯台と美しい景観と美しい思い出を<老朽化>という理由で解体してしまうとは、なんとまあ~愚かなことを!

公募された二代目の安房埼灯台、とんがり君にケチをつけるつもりは毛頭ないけれども、やはりね~、初代の安房埼灯台の方が、クールでしょ!古いものが好きなのは、おじさんの習性だ。

未練がましく、立禁ロープの直前まで行って、岩場の先端に山と積まれた肌色の袋を、海と空を背景にして、しつこく撮った。どう見たって、写真としてアップできるような代物ではない。が、なんだか、撮らずにはいられないような気がした。

撮り終わって、ひと息入れた。暑い!カメラバックをおろした。ロンTの背中が汗びっしょり。その場で脱いで、予備のものに着替えた。岩場に座りこみ、海を眺めた。たしかに、左の方に陸地が見える。房総半島だろう。三浦半島の先端にあるのに<安房埼灯台>というのは、彼方に、房総半島=安房国が臨めるからだそうだ。目を細めて、その陸地の先端を見た。あそこが、犬吠埼だろう。二か月前に、行ったところだ。

さ、引き上げだ。岩場の先端から、幅三十センチほどのコンクリの小道が、岬のてっぺんまで、そう、とんがり君をめがけて、うねうねと岩場を這っている。解体工事用に造った道なのか、それとも、観光客用の道だったのか、よくわからない。ただ、自然の岩場に引かれた、灰色のくねくねした小道に、違和感を覚えた。ぼんやりと、あの上を、肌色の袋たちが、台車に載せられ運ばれていくのか、と思ったような気もする。

そのコンクリの小道をたどりながら、岬に戻ろうとした。が、途中で、巨大な岩を、斜めに登らざるを得なかった。小道が、そうなっているのだ。手を突きながら、危なっかしい足取りで、なんとか登りあがった。そこは、少し高くなったところで、岩場全体が見下ろせた。息が切れたので、立ち止まり、解体されてしまった、灯台の方を眺めた。なんということもない光景だ。だが、少し名残惜しいような気もした。

巨大な岩から、これまた、危なっかしい足取りでおりた。振り向くと、解体現場は死角になり、もう見えなかった。向き直ると、前の方に、岬に登る階段が見えた。あ~なるほど、さっきの展望台の横にあった階段だな。そう思いながら、岩場をそろりそろり歩いて近づいた。岬のてっぺんを見上げて、大した距離でもないと思った。だが、その階段が急で、しかもけっこう長い。息切れがした。いや、疲れていたのだろう。とにかく、登りきったところで、立ち止まり、一休みした。

暑い!信じられないほど暑い!とはいえ、今一度、とんがり君をベストポジションの正面から何枚か撮った。先ほどとは、明かりの具合が変わっている。念のためだ。これで一応、撮影は終わり。あっさりしたもんだ。展望台で一息入れよう。

展望台の階段を登ると、すぐに木のベンチが目に入った。四角形の建物だから、東西南北、それぞれ一辺ずつに同じベンチが一つ置いてある。階段口は東側、できれば海側の南側の方がいい。何しろ、涼しい海風が来るからね。と思って、首を伸ばして見てみると、オヤジが座っている。それも、ちょっと休憩というよりは、じっくり腰を据えてスマホをいじっている。こりゃだめだな。

階段口のベンチに腰掛け、着替え、給水、靴下も脱いだ。ま、ここも日陰で、涼しい風が来る。と、なんだか、急に疲れた。眠くなってきた。かまわず、木のベンチにあおむけに寝転がった。少し眠ろうか。ところが、背中が痛い。今度は横向きになり、肘を枕にして、目をつぶった。

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2020

09/06

Sun.

11:31:48

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#3 往路
一日目
八月二日の朝は、四時半に目が覚めた。いくらも寝てないのに、眠い感じではない。予定変更で、目覚ましを五時半にセットし直したのだから、もう一寝入りしようか、などとも考えた。が、完全に目覚めている。起きるしかないだろう。

親指は、少し良くなったようにも感じた。とはいえ、旅が始まるのに、と自分のドジさ加減を悔いた。身支度をした。今回は、ホワイトジーンを穿いていくことにした。太めの黒のベルトも通した。上は濃いベージュのTシャツ。現地に着いたら、ロンTに着替えるつもりだ。何しろ、真夏の海岸縁へ行くのだ。白系統が一番涼しいのは<入間川歩行>で経験済みだった。

そのあと、洗面して軽く食事。ベーコンと豆腐を入れた、お茶漬け。それに牛乳。むろん、食欲などはない。とはいえ、何か腹に入れれば、便意を催すことがある。だが今回は、目論見が外れて、ほとんど出なかった。ま、それでも、ほんの少しは出たので、良しとした。

枕と目覚まし時計、シェーバー、保冷剤入りバックに500mmペットボトルの水二本、そのバックを二個、茶色のトートバックに詰めこんだ。玄関に向かった。ふと思って、行ってきます、とニャンコに呼びかけた。そう、ニャンコが死んで、ほぼ四か月たっていた。最近は、死ぬ前に苦しんだニャンコの姿を、思い出すことも少なくなった。罪の意識、自分を責める気持ちも、ぼんやりしてきて、以前ほど、辛い、悲しい気持ちになることもなくなっていた。

車に乗った。城ケ島公園とナビに入力した。出てきた道順は、環八経由で第三京浜、横横線。つまり、距離は近いが、都内を縦断するコースだ。これはいただけない。若いころに生活費を稼いだ、軽トラの運転手の経験からして、これは最悪のコースで、というか、あの当時は、横須賀方面へ行くには、これしかなかったが、とにかく、環八が混むんだ。このコースは、意地でも通らない。

ナビが古いから、圏央道経由の道順は出てこない。いいさ、ナビなんかなくたって、高速だけなんだから、東名・海老名のパーキングまで行って、そこで<城ケ島公園>とナビに読み込ませよう。朝の五時四十分、最寄りのインターへ向けて出発した。

日曜日の早朝だというのに、圏央道は、思いのほかにぎやかだった。ま、乗用車は、遊び車だろう。だが、大型トラックは予想外だった。日曜日だから、休みなのではないか?いや、曜日は関係ないのかもしれない、などと思っているうちに、狭山パーキングに入った。

混んでいる、というほどでもない。車がそこそこ止まっている。ベージュの薄手のロンTに着替え、手の甲と指全体、あとは、念入りに、顔に日焼け止めを塗った。日焼け止めは、なんか、べたべたする感じで好きではない。とはいえ、前回の旅の教訓だ。塗らないとまた、露出した部分が赤く焼けてしまう。しょうがないだろう。

その後は、青梅辺りから、断続的に長いトンネル走行。これが、いやだった。というのも、2016年の御前崎灯台旅の際、かなり難儀したからだ。当時は、車を買え替えたばかりで<自動ライト点灯>という機能を知らず、トンネルのたびに、前照灯を点けたり切ったりしていた。しかも、その際、暗かったり眩しかったりで、サングラスを外したり掛けたりと、非常に疲れた。

それでなくても、トンネル走行は気を使うのにと、あの時の経験が、少しトラウマになっていた。が、今回は、ライトの点滅は自動だし、サングラスは、その都度、ちょっと下げたり上げたりするだけで、用が足りた。難所と思っていた箇所を克服できたわけで、多少気が楽になった。

とはいえ、やはり、トンネル走行は疲れる。幾つトンネルをくぐらねばならないのか、はじめは少し数えていた。そのうち、運転に集中してしまい、何本のトンネルを走り抜けたのか、よくわからない。青梅から八王子、さらに高尾山の看板を確かめながら、80キロ前後で、走行車線を慎重に走った。

視界が開けたのは、相模原の看板が見えた頃からだった。左手に、文字通り真っ青な稲田が広がっていた。ほっとした。世界に出てきたことを実感した。じきに、厚木パーキングの看板がみえた。やり過ごして、分岐を左、東名上りに入った。

すぐに、海老名のパーキング。給油のできるSAで、車がたくさん止まっていた。時間は、七時四十分、約二時間走ったわけだ。一息入れよう。トイレで用を足し、日陰へ行き、少し体を屈伸させた。自販機でカフェオレの小ボトルを買って飲んだ。まだ、全然疲れていない。見回すと、ほとんどの人間がマスクを着けていた。

走り出すと、すぐに町田インター。東名を降りて、新保土ヶ谷バイパスに入る。そのまま、ずうっと、ほぼ道なりで、横横線に入る。道幅も広いし、大型車がほとんどいないせいか、走りやすい。あっという間に、衣笠インター。横横線を降りて、三浦縦貫道に乗る。と、料金所。¥310取られた。すぐに一般道に突きあたったので、ちょっと高いなと思った。ま、家を出てからここまで、ほとんど渋滞なし、気分は良かった。

一般道に入り、城ケ島方面へ向かう。車は走っているものの、渋滞はしていない。比較的すいすいと進み、見たことのある光景が目の前に広がってきた。城ケ島へ渡る橋の付近だ。このあたりからは、マップシュミレーションしている。

橋を渡りながら、左右の海辺の景色をちらちら眺めた。ナビに従ってそのまま直進した。が、どうも行き過ぎたようだ。Uターンして、橋のたもとを左折、城ケ島公園に到着した。たしか九時前だった。約三時間かかったわけだ。

駐車場に入る前に¥450、係のおじさんに取られた。とはいえ、黄色の駐車券は、ほかの駐車場にも使えるとのこと。ちょっとピンとこなかったが、すぐに、近くの城ケ島灯台へ行くときに役立つかもしれないと思った。灯台付近に駐車場がいくつもあったのを思い出したのだ。

駐車場は、さして広くはない。時間がまだ早いせいか、車は少ない。外に出た。暑い!梅雨明け十日、という言葉があるようだ。まさにそれだ。車のリアドアを開けて、装備を確かめ、カメラバックを背負った。大げさでなく、これだけで汗だく!トイレに入り、案内板を眺めて、灯台の方へ向かった。

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2020

09/02

Wed.

10:59:33

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#2 プロローグ2

唐突だが、今は、2020/08/06だ。八月四日の火曜日に、二泊三日の、三浦半島灯台巡りの旅から戻ってきた。旅の後片付けをして、写真の選択、補正も終わり、これから<旅日誌>を書くつもりだ。

…時間を戻そう。八月三日、四日に、新潟県の角田岬灯台へ行くつもりで、ホテルを予約した。キャンセル可能日、ぎりぎりまで待って、当日が晴れマークなら、ほぼ二か月ぶりの、第二回目の灯台旅に出るはずだった。

ところが、それまでずっと晴れマークがついていた三日の日に、急に曇りマークがつき、24時間晴れマークだった四日の日にも、曇りマークがついた。270キロ走って、二泊して、晴れの時間帯が、四日の午後しかない。行ってもしょうがないだろう。角田岬灯台旅の延期を決断した。

とはいえ、すでに二日前に、車への持ち物、装備の積み込みは終わっているわけで、気持ちが宙ぶらりん。急遽、リストアップしてあった、日立灯台、爪木崎灯台、安房埼灯台の、宿と天気の情報を集めた。

結果、八月二日、三日に晴れマークのついている、三浦半島安房埼灯台へ行くことにした。ホテルは、通常より少し高くなっていたが、と言っても¥7000前後だが、予約できた。それが、前日の八月一日の日だった。要するに、明日出発だ。一応、娘に、ホテルの住所と電話番号を伝えた。

三浦半島の安房埼灯台までは、およそ160キロ。三時間もあれば着くだろう。自宅からもっとも近い灯台といってもいい。近くに、城ケ島灯台、諸磯崎灯台、剣崎灯台、観音崎灯台などもある。だが、下調べした段階では、この四つの灯台の絵面は、あまりよくない。粘るなら、波打ち際の岩場に立つ、小ぶりだが、安房埼灯台だろう。…波しぶきを浴びている灯台の画像が、ネットにアップされている。あわよくば、自分も撮りたいものだ。

現地の、グーグルマップシュミレーションは、ほぼ二か月前に終わっていて、完璧。ただ、道順だけを、もう一度、検索、確認した。圏央道から東名・町田、新保土ヶ谷バイパスから横横線に入って、衣笠で降りる。そのあと、三浦縦貫道で現地まで走る。要するに、ほぼ高速道路だけだ。圏央道、青梅付近からの、断続的に続く長いトンネルが、ちょっと嫌だと思った。が、これならナビがなくても行けるだろう。

朝四時起きして、五時出発。現地に遅くとも九時までに入る。今回は、インターバル撮影はしない。というのも、前回の犬吠埼灯台の撮影でわかったことなのだが、同じ場所で五分間隔で撮った写真をスライドショーにすると、かなり飽きる。

当初意図していた、雲の流れとか、陽の傾き加減とか、そうした、たゆたうとした時間などは、ほとんど感じられなかった。したがって、実験失敗というか、インターバル撮影をする意味がなくなった。それに、一枚一枚の写真が、すべて良いというわけでもなく、むしろ、写真としては、さほど良くないものもある。

それから、インターバル撮影は、肉体的にも精神的にも、思いのほか大変で、かなりきつい。そのことも、この計画から、あっさり撤退した理由の一つだ。思いついたことは、すぐにやってみないと気が済まない。が、うまくいかないと、すぐにあきらめてしまう、そういう性質なんだ。セキネという奴は!

ま、いい、先に進もう。朝四時起きするには、前の日、夜の八時に寝ればいい。八時間、眠ることができる。などと、さしたる根拠もないことを考えていたからだろうか、ドジな話、夕方、サッシ窓の間に、左親指を挟んでしまった。かなり痛かった。

ちょうど、爪の月の部分が<爪半月=そうはんげつ>というらしい、内出血したのだろう、青くなっている。押すとかなり痛い。耐えられないほどではないが、ジンジンしている。明日、四時起きして、二か月ぶりの旅に出るというその前の日に、なんということだ!

幸い、旅の準備は、すべて完了していた。あとは夕食とその片付けだけだ。とはいえ、左親指をかばっているから、行動が何となくぎくしゃくしていて、普段と勝手が違う。嫌な予感がしたし、気分が少し重くなった。

案の定、消燈したら、じんじん痛んできた。耐えられないほどではない。だが、気になって眠れない。しかし、明日は、四時起きだ。何としても、眠らねば!こういう時には、奥の手を使う。<数息>だ。数を数えながら、息を吸ったり吐いたりする方法で<催眠法>ないしは<自律訓練法>の一種だ。若いころ書物を読んで習得した技術で、神経が高ぶって眠れないときや、痛みがあるときなどに、この<数息>を実践してきた。むろん、一定の効果があった。

ちなみに、いまにして思えば狭心症の発作だったのだが、それも二回も!息ができなくなったとき、この<数息>を、一回目は八時間、二回目は五時間実践して、命拾いしたことがある。心臓の<ステント>手術の後に、担当医が、一度詰まったことがあるな、とふともらした。その一度詰まった冠状動脈を、八時間の<数息>で微かに流れるようにしたのだと思う。

要するに、<数息>は自分にとっては、奥の手だ。おそらく、死ぬときにも実践するだろう。痛みを軽減するために。その<数息>を今回も実践した。おそらく20くらい数えたと思う。少し寝た。目が覚めたのは十時半だった。

目が覚めるのが早すぎる。とはいえ、何となく、頭がすっきりしてしまい、起き上がって、なかば無意識のうちに、お菓子を食らい、テレビをつけた。…ところで、親指の痛みは、というと、さほど気にならない。たぶん、テレビとか、そういったことで紛れているのだろう。

ぼうっと、見たくもないテレビを見ていた。ふと時計を見ると、夜中の十二時を過ぎていた。親指を押してみた。やはり痛い。といっても、四時に起きなければならない。あと四時間しかない。寝よう。電気を消して、ベッドに横たわった。なんだか、さっきより、親指がジンジンしている。早速<数息>をやった。20数えても、全然眠くならない。むしろ、目が、というか頭がさえてしまった。

そう、中途半端な時間、例えば、夕方の遅い時間に昼寝をすると、夜中の十二時過ぎても眠くならないことがよくある。今回も、それだ。しかも、久しぶりの旅、早起きするという気持ちも合わさっている。ますます眠れない。…まるで遠足の前の晩みたいだ。

頼みの<数息>も、なんだかうやむやになってしまい、とりとめのない考えやイメージが、眼前の暗がりの中に、あとからあとから湧いてくる。想念の中を漂っているわけだ。…しかとは思い出せないが、何か、気が重くなるような、暗くなるような、深刻なことを考えていたような気もする。

ふと、目覚まし時計を見た。午前二時だった。どう考えても四時に起きることはできないだろう。目覚ましを五時半にセットしなおした。親指の痛みは、少し軽減したような気もする。とにかく、あと三時間、寝よう。

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2020

08/30

Sun.

10:15:09

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 三浦半島編

<灯台紀行・旅日誌>三浦半島編2020#1 プロローグ1

2020/07/29(水)小雨。降ったりやんだり。涼しい。先日の、犬吠埼灯台旅から、ほぼ二か月たった。その間、何をしていたのか、少し書き記しておく。

…犬吠埼から帰ってきたのが、ちょうど六月の頭。まず、旅の後片付け。車から、持ち物や装備品をおろし、整理してアトリエに収納。そのあとは、ほぼ千枚撮った灯台写真の整理。これが、思いのほか大変だった。それから、第一回目の<旅日誌>を書いた。これも大変だった。調子に乗って、あることないこと、とにかく、書きまくった。気づくと、原稿用紙で100枚くらいになっていた。

写真の補正に飽きると<旅日誌>を書き、書くことに飽きたら、また写真の補正。これの繰り返しで、あっという間に一か月過ぎてしまった。というか、とにかく、一か月で終わらせようとした。作業自体は楽しかった。だが、インターバル撮影したものを、ほぼすべて補正しなければならず、その膨大な量に、後半は、かなり疲れた。

一番参ったのは、犬吠埼灯台編でも書いたが、灯台の垂直と海の水平線が、なかなか出せずに、何回も作業を繰り返したことだ。しかも、いちおう、これでOKと思ったものが、見直してみると、ほとんどがダメ。最初からやり直し!とはいえ、これはさすがに無理で、妥協した。

つまり、インターバル写真を使って動画を作るのは、今すぐというわけでもない。ならば、すべてを補正しなおすこともない。とりあえずは、ブログなどにアップする写真だけ、補正すればいい。午前午後が丸三日で、六セクション。ほかに、飯岡灯台とか銚子タワーとかで、三セクションほど。そこから、最良の写真を五枚ずつピックアップして、補正し直すことにした。

だが、また、灯台の垂直を出すのに苦労した。しまいには、垂直なのか、傾いているのか、自分の判断に自信が持てなくなった。というのも、これで良し、と思ったものが、翌日見ると傾いているのだ。自分の目と頭を疑った。

たしかに、目はおかしいのだ。左目は全然ダメだが、右目は、今でも裸眼で0.8くらいはある。とはいえ、以前、もう17年以上診てもらっている先生に言われたことがある。右目にも後遺症があり、ちゃんと見えていない、らしいのだ。

自分の感覚では、右目は正常に見えているから、先生の診断は聞き流していた。先生、ちゃんと見えていますよ、って。だが、やはり、ちゃんとは見えていないのかもしれない、と今回、自分の感覚を疑い始めた。そう、頭が、実際には傾いているものを、真っすぐに修正してしまうのではないか?いや、これなら、翌日見直したものも、真っすぐに見えるはずだ。

真っすぐに補正したもの、それも確信をもって、それが翌日になると傾いている!どうもよくわからない。10年使った画像編集ソフトを買え替えた。もう少し、精度の高い補正をする必要があると思ったのだ。新しいソフトは、確かに、こと、レンズ補正に関する限り、格段に性能がアップしていた。コンマ0.1の間隔で、傾きが補正できる。これならと思ったが、やはり、翌日になると傾いている!

お手上げだ。ついにはこう考えて、これ以上深く考えることをやめた。つまり、垂直、水平というのは、関係概念であり、補正する際、その写真内における水平を基準にして垂直を感覚しているのだから、水平の基準が変われば、例えば、PC画面の水平を基準にすれば、写真内水平を基準にした垂直も傾くわけだ。

要約すると、補正しているときは、写真内水平を基準にしているが、翌日は、画面内水平を基準にして見ているのだから、微妙に、垂直が、灯台が傾いてしまった、のではないか?そういうことにしておこう。ま、ついでに言うと、垂直も水平も、絶対概念ではないということだ。…この世に<絶対>などということは、ありえないのかもしれない。

先に進もう。とにかく、犬吠埼灯台の写真補正と<旅日誌>を六月中に終わらせた。七月になった。だが、何となく疲れてしまい、即、次の旅に出る気にもなれなかった。おりしも、梅雨だ。

それでも、十日間天気予報などを毎日チェックして、下田のビジネスホテルを予約した。爪木崎灯台へ行こうというわけだ。グーグルマップでの、現地シュミレーションも終わり、楽しみにしていた。が、五日くらい前になって、自分の旅期間に、雨マークがついてしまった。あとで知ったが、一週間以上先の天気予報は、確率が低いらしい。

当然ながら、ホテルはキャンセル。ま、梅雨だからね、と思って、次の機会を狙った。だが、その後、ずうっと雨マーク、ないしは曇りマーク。しかも、夏休みが近いせいか、ホテルの値段が、日を追って上がっていく。

それならば、ということで、今度は、新潟の角田岬灯台に照準を合わせて、旅の機会をうかがっていた。例年なら、七月二十日前後には梅雨が明けて、かっと暑くなる。だが、いつまでたっても、雨マークと曇りマーク。グーグルのマップシュミレーションも終わり、予約するホテルも決まり、あとは、車に携帯品を積み込むだけというのに、予約を再三キャンセルして待ち続けている。

だが、今日になって、ウソかホントか、八月の三日、四日に晴れマークがついている。早速ネットで予約した。このビジネスホテルは、二日前までなら、キャンセル料をとらない。ぎりぎり、あさっての金曜日まで様子を見て、晴れマークなら、ゴーだ!でも、なんか、いやな予感がするんだよね。

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2020

08/26

Wed.

10:31:26

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#20 犬吠埼灯台編
エピローグ
2020/06/22(月)雨。本格的な梅雨だ。

五月の末日に帰ってきて、いまはもう、六月の二十日過ぎ。この間、いったい何をやっていたのか、ちょっと書き残しておこう。

帰宅後、二、三日は、使い物にならなかった。というのも、旅の最中に発作を起こした<アレルギー性鼻炎>が悪化して、ザイザルを飲むようになったからだ。要するに、薬の副作用で、もちろん体も疲れていたからだろう、ひどい倦怠感に眠気だ。

何となく、ぼうっとしたまま、その後何日もかけて、旅の片付けや、それに何を思ったか、室内の整理だ。つまり、こたつ布団を片付けたり、夏用の衣類を出したりと、こまめに動いた。

帰宅後一週間ほどは、かような散文的な生活だった。だが、体の疲れも取れ、薬の副作用にも慣れてきて、次第に頭がはっきりしてきた。これからの予定、作業などを算段し始めた。

まずしなければならないことは、写真の整理だ。およそ1000枚撮っている。いつもの旅なら、モノになりそうな写真を選択、補正するだけで、ま、それでも手間はかかるが、それほど嫌だなと思ったことはない。

が、今回は話が違う。撮った枚数も多いが、それに加えて、選択、補正する画像が、おそらく数百枚になるはずだ。というのも、前にも書いたが、五分毎のインターバル撮影を、二台のカメラで、ほぼ三日もしているわけで、なぜそんなことをしたのか?つまり、それらの写真をスライドショーにして、ユーチューブにアップするという野心?があったからだが。

…しけた野心だが、およそ100枚の写真の、30秒間隔のスライドショーなら、約三十分の動画になる。これは<荒川写真紀行>と題して、エリックサティーを流したスライドショーで経験積みだった。

ということはつまり、どういうことになるのだろう?今回撮影した写真は、そのほとんどがインターバル写真だ。少なく見積もっても700枚はあるぞ。要するに、三十分スライドショー七本分だ。

どう考えたって、ここ数週間で、700枚の写真の補正・加工は無理だろう。ま、むろん、一か月とか、二か月とか、時間をかければやれないこともない。だが、こっちにも予定があるんだ!つまり<モロイの朗読>もあるし、月一回ペースと心づもりしている、次なる灯台旅もある。

写真の補正・加工に明け暮れるのは、二週間が限度だろう。ということで、今月の二十日をめどに、六月二週あたりから、本格的に取り組んだ。・・・そんなにあせらなくたって、ゆっくりやればいいじゃん、と言われそうだが、そうはいかない。

写真の補正・加工も大変だが、それに並行して、旅日誌もつけなければならないのだ。こっちの方は写真と違って、新しい経験が上書きされると消えてしまいかねない。だから、次の旅に出る前に、ぜひとも書き上げておきたいのだ。

写真を補正していると、その撮った日のことが、なぜか頭に浮かんでくる。日誌を書くときに、写真は、非常に助かる。だが、これもできるだけ早い方がよい。五、六年続けた<入間川写真紀行>での経験だ。

…あの時は、ほぼ毎日撮影、その日のことはその日に書き記す、というかなりきついルールを自分に課していた。だが、そのおかげで、今があるわけで、文字を打つことが、さほど苦にならないばかりか、多少はこの<ディスクール>の時間を楽しんでいる。

ま、それはさておき、心づもりしたのは、六月の三週までに、今回の旅の写真、日誌を仕上げること。そして、四週目に<モロイ#15の朗読>。そして、六月の後半、ないしは七月の初めには、二回目の灯台旅に出る、というプランだ。

と、ここまで書いてきて、ふと思った。<エピローグ>なのに、長すぎないか?そうだな、要点だけを書き記して、次に進もう。

・・・日程に沿って、作業を始めた。大まかにいえば、飯岡灯台27日夕方、犬吠埼灯台28日午後・夕方、29日午前・夕方、30日午前・夕方、の計七回の写真群の補正と加工だ。もっとも、犬吠埼の方は二台のカメラだったから、厳密にいえば、十三群のインターバル写真ということになる。

撮影は五分毎で、だいたいワンセット三時間、長いものは五時間だったから、それぞれ36~60枚ほどの枚数になる。これを一枚一枚、補正・加工していくのだ。

イメージとしては、灯台あるいは海の中の岩は不動で、その周りの、波とか雲とか空とか人とか、そういったものだけが変化していく、という感じのものだ。

ところが、そう甘くない。まず、補正だが、灯台はほとんど傾いているし、水平線はゆがんでいる。これを垂直に、あるいは水平に補正する。まずここで、引っかかった。写真ごとに、その都度、傾きやゆがみの補正が、いくらか微妙に異なる。

今回の一番の発見は、垂直も水平も絶対概念ではなく、相対的な概念だ、ということだ。つまり、周りの状況によって、垂直に見えてしまうこともあれば、ほんとはゆがんでいるのに水平に見えてしまうこともあるのだ。

さらに言えば、その時の気分や体調も、影響してくるのかもしれない。真っすぐになった、あるいは、水平だ、と思って補正を完了する。ところが、同一写真群を見比べてみると、微妙に、なかには、明らかに、灯台が傾いていたり、水平線がたわんでいたりする。

そういった写真を、もう一度補正しなおす。が、今度はトリミングが微妙に違っているので、連続してみると、灯台そのものが、少しずつ動いてしまう。

色彩やシャープも問題にはなるが、この垂直、水平の問題はさらに深刻で、当初のイメージを現出させることができない。のみならず、何回補正を繰り返しても、確実には、灯台や岩の不動が担保されない。

…参った、要するに、補正・加工の枚数が多いのに、そのほとんどが<垂直・水平>問題で失敗している。ので、もう一度、さらにもう一度と補正を繰り返さなければならなくなったわけだ。お手上げだった。

そのうち、六月三週に入った。時間切れ、体力切れ、気力切れ。スライドショー用の写真の補正・加工をあきらめた。自分に、こう言いわけした。スライドショーを作るのは、まだ先の話だし、その時やればいいや、と。

ま、もっとも、旅日誌の方は、いまも書いているわけだが、さほど妥協もせず、字数も時間も関係なく、正直に言えば、最後の方は少し端折ったが、自分的には、ある程度は記録できたという充足感がある。

それと、<ツイッター>に関しては進展があった。というのも、旅日誌は、ほとんど読まれることもない<ブログ>にだけ掲載されるはずだったが、たとえ三行の抜粋とはいえ<ツイッター>でつぶやくことができるようになったからだ。

やはりね~、書いたものを机の中にしまっておくより、誰も見ないとしても、誰かが見てくれる可能性を信じたり、あるいは、世界を意識したり、自己開示したり、といった自分の、いや人間の姿勢が、うれしいではないか。

家にこもって、もう何も発しないまま、朽ち果ててもいいわけだけど、まだ力が残っているような気がする。まだ、世界に飛び出す元気があるような気がする。

ニャンコがオヤジに残してくれた、つかの間の<自由>を、精いっぱい生きることができれば、死ぬ苦しみを味わわせてしまったニャンコも、オヤジのことを許してくれるかもしれない。

…二回目の灯台旅は、いちおう、新潟県の角田岬灯台に決めている。が、天候次第で、もう少し近場の灯台を撮りに行くかもしれない。犬吠埼灯台は、そのうちまた、季節がよくなったら行くつもりだ。泊まるところは、例の一泊¥7700のビジネスホテルにしよう。

<灯台紀行・旅日誌>2020 犬吠埼灯台編、終了。

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2020

08/23

Sun.

10:07:02

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#19 犬吠埼灯台編

お決まりのようにナビをセットして、銚子市内のビジネスホテルへ向かった。暗い夜道を、どこをどう走ったのか、じきに広々とした市街地に出た。銚子市のメインストリートみたいだ。

ご丁寧なことに、ホテル近くのコンビニもナビで調べていた。道沿いにあるのですぐに分かった。おにぎり三個、唐揚げ、牛乳、ブドウパンなどを買った。ホテルの駐車場は、有料パーキングのようになっていた。出入り口にはバーがあったが、通行フリーになっている。バーは上がったまま。建物が大きい割には、車はさほど止まっていない。

明るい、きれいな入口。受付には若い女性が二人いて、ビジネスライクな応対、前金で\7700払って、カードもらい、エレベーターに乗った。部屋は二階、廊下も広い。

連泊した宿とは、何もかもが違う。キーじゃなくてカードだ。ま、今日日、当たり前だろう。そのカートをドアノブの下に当て、部屋に入る。明かりをつけようとして、壁際のスイッチを押したが反応がない。…なるほど、壁にカードを差し込むポケットがある。

電気がついた。きれいだ、それに広い。喫煙ルームだったのだろうか、空機清浄機があり、つけると、こもっていたタバコの臭いが消えた。テレビもでかい。ベッドに横になりながら、見られる配置になっている。コロナ対策もされているようで、コップは紙で包まれていた。ま、これも当たり前だけどね。

値段だけのことはあるな、と思った。すぐに着替えて、広めの、きれいなユニットバスでシャワーを浴びた。むろん、温水便座だ。最初に入ったときに確認している。こうでなくちゃな、少し常識的な気分になった。

唐揚げをつまみに、ノンアルビールを飲んだ。おにぎりも三個食べた。おにぎりの味がした。名前を出してもいいだろう、街中のセブンだから、品物の回転が速く、その分、おいしいのだ、と納得した。

そのあと、ノートにメモを取った。要するに、何時に起きて、何をしたか、という程度のことだが、それだけでも、帰宅後の日誌にはずいぶん役立つ。細かい、数字的なことがまったく思い出せないことがしばしばあるのだ。

三十分くらいメモっていたら、なんだか眠くなってきた。八時過ぎにチェックインしたことは、間違いない。が、何時に寝たのかは定かではない。メモにも書いていない。ま、十時前には、確実に寝てしまったのだろうと思う。

そうそう、車に積んであったノートPCは一度も持ち出すことがなかった。何しろ、パソコンに向かう気に全然なれなかったのだ。それどころか、いつもの撮影旅行なら、宿での画像モニターは決まり事なのに、バックからカメラを取り出すことすらしなかった。かなり疲れていたんだろうな。

ベッドに体を斜めにして横になり、テレビ画面を眺めていたような気がする。むろん、テレビなんか見ていない。うす暗くなった広い室内を見回し、ここを定宿にして、また撮りに来よう。春夏秋冬、季節ごとに同じ場所から撮る。犬吠埼灯台のロケーションは、予想をはるかに超えて、素晴しかった。

夜中に、何回がトイレに起きた。ジジイの習性だ。もう慣れっこになっている。はっきりと目が覚めたのは、朝の五時だった。茶色の分厚いカーテンを開けると、なんと曇り空!昨日の予報では、午前中は晴れマークがついていた。ため息をつきながら、空の様子をうかがった。雲は厚く、どう考えても晴れるような気がしなかった。

となれば、今日の撮影は無理だろ。もう少し寝ていようかな。いったんはベッドに戻った。だが、完全に覚醒していて眠くない。ままよ、さっと起きて朝の支度。洗面、食事、排便。六時には、フロントにカードキーを返していた。もっとも、朝早いせいか、受付は、黒っぽい背広の中年男性だった。やはり、ここは、若い女性の<ありがとうございました>の声が聞きたかった。

車に乗り込んだ。心づもりはできていた。つまり、君ヶ浜の散策だ。撮影場所が、今回の二か所以外にはないのか、例えば、弓なりになっている浜辺の中間点はどうなのか?ナビをセットして、浜へ向かった。道はガラガラで、ほとんど貸し切り状態だった。

浜のほぼ中間地点に、道路を挟んで、広めの駐車場がある。車が何台か止まっている。空の様子は、いまにも降り出しそうな鉛色。写真は全く無理。だが、いちおう下見だ。カメラを首にかけて、浜へ向かった。

朝早いのに、それも天気が良くないのに、浜の遊歩道には、ちらほら人影が見える。ふ~ん、朝の散歩かな。護岸のコンクリ段々で立ち止まり、一息ついて、じっくり辺りを見回した。ふむ、眼の先、少し右側、そこだけ岩場になっていて、海に突き出ている。

近づいていくと、自然の岩場ではなくて、人工的なものだとわかった。なぜこんなところに?防波堤としては小さすぎるだろう。意味をなさない。そのうち、これは灯台を眺めたり、記念写真を撮ったりするための場所だ、ということがわかった。

その証拠に、三脚に都合のいい平な場所を探したり、大きな石が乱雑に積み重ねられているような場所なのだ、しゃがみ込みこんで灯台の写真をスナップしたり、要するに撮影の下見を終えた後に、おそらく退くのを待っていたのだろう、若い女性が二人、今さっきまで自分のいた場所で、灯台を背に記念写真などを楽しそうに撮っていたのだ。

灯台との正対、ということに関しては、この人工岩場は、かなりグッドだ。というのも、弓なりになっている浜の中間地点ではあるが、海に数メートル突き出ている分、少なくとも、西側の第一撮影場所、二日目・三日目と粘った場所よりも、灯台の傾度が修正されるはずだ。

ただし、構図としては第二撮影場所、つまり浜の反対側と同じで、画面の下半分、ないしは三分の一は海になってしまう。ま、構図的には、波打ち際が入る、第一撮影場がベターなわけだ。だが、何事にも一長一短はある。この場所を第三の撮影場と決めよう。

砂浜を少し歩いた。予想外に疲れる。歩くたびに、足の力が砂地に吸い取られるようだ。時計を見た。七時前だった。ほぼ一時間、撮影の下見をしている。急にぐったりした感じで、足が重い、体が重い。しかも眠い。駐車場へ向かいながら、この状態では運転できんな、と思った。

考えるまでもなく、すぐに車の窓にシールドを張り、仮眠スペースに滑り込んだ。車の出入りもなく、静かな駐車場だ。が、念のため耳栓もした。横になった途端、ふうっと、意識が遠のいた。旅の五日目、朝っぱら頑張りすぎたのだ。

うとうと、少し眠ったようだ。時計を見ると、九時ちょっとすぎていたと思う。う~ん、一時間以上眠ったわけだ。窓のシールドなどを外しのだろう、車の外に出たのかもしれない。ともかく、思った以上に元気が回復していた。これなら、一気に帰れそうだ。

お決まりのように、ナビをセットした。到着地を自宅にしないで、東関道の大栄インターにした。つまり、圏央道が途切れている古いナビなので、来た道とは別の道を案内されてしまうからだ。ま、用心のためだったが、これが、ちょっとした失敗を招いた。

一般道をナビどおりに一時間ほど、うねうね走った。単調で、いささか飽きた。料金所のない元有料道路を過ぎ、そろそろ高速だ。広い道に出て少し行くと、左側に大栄インターの緑がかった看板、あれと思った。ナビは無言。

ナビが大栄インターまで導いてくれるものだと思い込んでいた。だから、まだ高速に乗り損ねたとは思っていない。が、少し行って、広い道から山の方へと続く狭い道に左折させられた。はは~ん、Uターンするのか、いやちがった。だんだんだんだん、道は細くなっていく。疑いながらも、ナビの音声に従った。

そしてついに、行き止まり!<目的地に到着、案内を終わります>だって!なるほどそうか、やっと事の次第を理解した。到着地に指定したつもりの場所は、実は大栄インターではなく、その付近の山里だったのだ。…タッチパネルで操作したのがまずかった。ちゃんと文字で入力して確認すべきだった。

あとの祭り、とはこのことだ。少し坂になったところで身動きできない。このままバックで、Uターンできるところまで戻るしかない。車幅ぎりぎりの、少しカーブしている坂道、こういうのが、いちばん苦手なんだよ!緊張した、こんなところで脱輪するわけにはいかない。傷もつけたくない。慎重に、何回か切り返しながら、坂道をおりた。

単調な道の運転で、少しぼうっとしていたようだ。だが、これで目が覚めた。少し広くなった場所を利用してUターン、今来た道を戻った。やはりあの看板が正解なのだ。

山里から、のこのこ出てきた。目の前には、さっきの広い道路。むろん右折すれば、高速に入れるはずだ。幸い信号があり、青になるのを待った。長い信号だ。走り出すと、予想どおり、すぐに高速入口の緑の看板。ほっとした。・・・今回の旅で、道を間違えたのはこの一回だけ。帰路、少し気が緩んだのかな。

高速に入ってしまえば、こっちのもんだ。もう、ナビなんかいらない。おとなしくしてもらった。来た時の教訓を生かして、律儀にパーキングごとに休憩をとった。東関道の大栄パーキング、圏央道に入って江戸崎パーイング、だが、ここからが長い。この先小一時間、パーキングはない。

とはいえ、100キロ未満の、のんびり高速走行。おかげさまで?眠くなることもなく、それほど疲れもせず、すんなり菖蒲サービスエリアに到着。県を二つまたいで、地元の埼玉だ。

菖蒲サービスエリアには、コロナ自粛中とはいえ、たくさんの車が止まっていた。トイレ、それに少し体の屈伸。見回すと、ほとんどが埼玉県ナンバー。無事に戻ってきたわけだ。当たり前だ。たかだか、千葉の銚子までだ。これしきの旅で、参る筈がない。いや、まだ参るわけには行かないだろう。

すこし気持ちを引き締めた。最後の数十キロの高速走行。今日は、一つ手前のインターで降りよう。出口での料金が、少しだけ安くなっていた。そう、初日こそ出費について書いたが、そのあと、ほとんどカネの出入りについて触れていない。気にも留めなくなっていたのだ。

高速を降りた。見知った一般道だ。自宅はもうすぐそこだ。時計を見た、一時を少し回っていた。仮眠した犬吠埼の駐車場を九時半ころ出発したのだから、四時間半かかっている。ま、何時間かかろうが、問題はない。疲労困憊していたわけでもないし、運転が苦行になっていたわけでもない。ちゃんと帰って来たのだ。

一時半には、自宅に戻った。玄関ドアを開けたとき、<帰ってきたよ、ただいま>と、もうお迎えすることも、足元でゴロゴロすることもなくなったニャンコに呼びかけた。

室内は変化なし。当たり前だろう。ベッドの背もたれに置いてある、ニャンコの白い骨壺に向かって、もう一度<ただいま>と言った。骨壺についている白いふさふさを、眉間をなでてやるように、軽く、やさしく撫でた。

やっぱり疲れた!後片付けは、明日だ。カメラバックと手に持てるだけの荷物は部屋に入れた。ベッドに倒れこんだ。だが、後ろをふり返って、もう一度、骨になったニャンコが入っている、白い骨壺をなでた。寂しい気持ちと自由な気持ちとがないまぜになった。

そのあと、口の中で<おやすみ>とつぶやいて、すぐに寝入ってしまったようだ。目が覚めた時には、もうあたりが暗くなっていた。

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2020

08/12

Wed.

10:19:36

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#18 犬吠埼灯台編
あっさり、犬吠埼灯台はあきらめて、展望室をぐるっとひと回りした。銚子漁港とか、古い船とか、いい眺めだ。それと、西側の方に、防波堤灯台などがいくつか見える。なかでも、その時は名前を失念していたが<銚子港一の島灯台>というのが、小ぶりながら存在感がある。

…再度、今調べてみると、灯台マニアのサイトには、地上からの写真もある。丁寧なサイトで撮影場所まで明記してあった。それに、出所は忘れたが、この灯台が大波を受けている写真があったはずだ。いい写真で印象に残っている。

というわけで、時間もあるし、この灯台と、そばにある防波堤灯台なども撮ろうと、ガラス越しに三脚を立てた。ところがだ、その位置取りの後ろにはベンチのような腰掛があり、ま、それはそれでバックなどを置くには便利なのだが、通路が狭くなってしまい来場者の邪魔になる。

不運?は重なるもので、さほど混んでもいなかったのに、にわかに、次から次へと人が通り過ぎる。そのたびに道をあけたり、場所移動したりした。おちおち写真など撮っていられない。いま思えば、夕日に海が染まるのを期待して、インターバル撮影を試みたが、しょせん、場所的にも時間的にも無理があった。

ま、その時は、そのことには気づかないで、子供連れの家族が大声で話しながら、二回も巡ってきたことに、やや不機嫌になった。しかも、あろうことか、三脚の横にある、有料で遠くを見る双眼鏡を子供が覗きたがり、駄々をこねているのだ!

ま、いい。話を灯台のことに戻そう。まさに高みからの見物撮影だが、写真的には、これもあとで思ったことだが、あまりよろしくない。端的に言って、平板になる。今回の場合、望遠という要素も加わるので、ちなみに望遠レンズでは画像が圧縮され距離感がなくなる、より一層奥行き感のない、のっぺりした写真になる。

これは、遠近感が重要な、風景写真では致命的だろう。理想は35ミリくらいで、被写体に近づけるだけ近づいて撮ることだ。誰の言葉か、どこで読んだのか忘れたが、奥行き感ということに関して言えば、35ミリ前後が、自分の貧しい経験からしても、一番有効だと思う。

ま、それはさておき、こう人が多くちゃ、三脚なんか立てていられない。いうわけで、そばにある赤い防波堤灯台や、その隣の白い突堤灯台なども、手持ちで撮り出した。撮れているのか撮れていないのか、なんだか、かなりでたらめな、乱暴な撮影になってしまった。

・・・その<一の島灯台>の後方、というか斜め右上から、一台のモーターボートが現れた。海の上を疾走している。灯台を横切る瞬間、少し左側に行ったところなどでシャッターを切った。ありきたりの構図だ。

・・・<荒川>を撮っていた時も、よくモーターボートを見かけた。モーターボートに乗ったことは一度もないし、乗りたいと思ったこともない。が、ふと、ああいう乗り物に乗っている人間のことを思ったことがある。金持ちなのだろうか?それとも遊び人なのか?いずれにしても、自分とは違う種族だ。とはいえ、心の底では羨望と嫉妬が微かにうごめいていた、というのが正直なところだ。だが今日は、疾走するモーターボートを見て、アホやな、とは思わなかった。低俗な人間にはなりたくないが、現に低俗な自分がここにいるのだ。

さあ、時間だ。引き上げよう。エレベーターに乗って下まで降りた。車に乗り込んだ。五時前だった。これから、夕方の撮影が始まる。念のため、ナビを犬吠埼灯台にセットして出発した。

途中、道沿いの、海の見える、ちょっとした駐車スペースに車を止めた。なにをしたんだっけ?夜の寒さに備えて、ヒートテックでも着込んだのか、それとも、腹ごしらえに、何か持参していたお菓子でも食べたのか、しかとは思い出せない。ただ、フロントガラスの向こうに広がる、少し暗くなった海を見て、一瞬、こんな光景、前にも見たことがあるな、と思った。

君ヶ浜の東側駐車場に戻ってきた。辺りは少し暗くなっていた。車が数台止まっている。朝方の撮影の際に現れた、耐えがたい騒音の、族っぽい二台のバイクが、またやってきた。朝方は、狭い砂地の駐車場を我が物顔で走り回っていたが、今回は、あっさり、すぐに行ってしまった。うるせいなあ~と思ったが、ひょっとしたら、奴らの縄張りだったのかもしれない。

撮影機材を車からおろして、護岸の切れたところから、浜辺に入った。午前の撮影同様、岩場と砂浜の境あたりに三脚を立てようと思ったが、気が変わった。

護岸の下は、コンクリの段々になっている。そこに腰をおろして、三脚を短めにセットした。要するに、段々に腰かけたまま、撮影しようというわけだ。立ったり座ったりする必要もないから、これは楽だ。もっとも、ずっと腰かけてもいられないので、インターバル撮影の合間に、立ち上がったりもした。

それはともかく、カメラを構える位置が、灯台から少し右にずれた。灯台の垂直だとか正対だとか、厳密にいえば、位置取りが甘くなったが、暗くなってきた辺りの景色同様、頭の中も暗くなっていたのだろう。

ただ、よく覚えていることは、灯台からの光線を写真に撮ること。メモしてきたことはほぼ無効で、完全な真横一文字は望むべくもないが、何とか工夫して、光線をモノにしようという、ある種の意気込みだ。朝五時に起きて、一日中動き回り、それでもなお元気だった。完全にハイになっていた。

それはともかく、五時半過ぎから撮影したのだから、あっという間に暗くなってきて、灯台に明かりが灯った。ちらちらと、光線が見え始めた。じきに辺りは真っ暗。持参したヘッドランプを頭に装着した。こうしていれば、暗がりでごそごそしていても、他人に怪しまれることはないだろう。小心者!よけいなことを考えすぎだな。

バタバタと、カメラ操作などしているうちに、ついには漆黒の闇。下からの照明を受けた灯台が、ぼうっと浮かび上がっている。その明かりの影が、暗い夜の海を微かに照らしている。時々、灯台正面の駐車場に出入りする、車の赤いテールランプが点滅する。

どう考えても、一秒では、光線はとらえきれない。ためしにと、十五分の一秒、続いて三十分の一秒、さらには五十分の一秒とした。お、かすかに写っている。調子に乗って、八十分の一秒にする。やや物足りない。なるほど、五十分の一秒か。ホントなのか?

しかし、これでは光線が短すぎる。イメージとしては、灯台の目から暗闇へと、長い光線が欲しいのだ。でもね~、そんな光線は目視できない。だからこそ、何か特別な方法が必要なのだろう。それが技術というものだ。

だが、ありていに言えば、その技術を習得するには、あまりに年を取りすぎてはいないか?いや、年など関係ない。是が非でも、という強い気持ちがあるなら、やれるはずだ。きれいごとじゃないのかな?

とここまできて、灯台からの、真横一文字光線が是が非でも必要だとは思えなくなってきた。つまり、光線は一種の絵面でもあるわけだ。問題は絵面ではなく、心意気が欲しいのだ!カッコよすぎる、言葉に酔っている。いまの段階では、光線は撮れない。それだけでいい。

変な納得の仕方だったが、気持ち的にはすっきりした。今やれることはやったのだ。何と言われようと、ま、後悔はない。こうして四日目の夜の撮影が終わった。灯台からの、少しばかりの光線が撮れたことに、十分満足していた。

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2020

08/05

Wed.

11:06:25

<灯台紀行・旅日誌>2020 犬吠埼灯台編 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#17 犬吠埼灯台編
時計を見た。十時半だった。十一時半まで粘るつもりだったから、あと一時間かと思った覚えがある。撮影を続けながら、今日の午後、そして明日の予定を、頭の中で考えた。

ここを、十一時半に撤収して、<地球が丸く見える丘展望台>へ行く。すぐ近くだから、移動にはさほど時間はかからない。問題はそのあと、展望台からの撮影だ。撮影場所はワンポイントだろう。要するに、そこから犬吠埼灯台が見下ろせるかどうかにかかっている。ま、それでも、行って帰ってきて、二時間あれば十分だろう。

戻ってきたら<テラステラス>でカレーを食べる。それから<銚子タワー>へ行き、望遠で灯台を狙う。五時前に引き上げ、ここに戻ってきて、夜の撮影。撮れなかった灯台の光線に、もう一度挑戦してもいい。それから、明日の午前中には晴れマークがついているから、帰る前に君ヶ浜を少し散策してみよう。ざっとこんな感じだ。

…午前中の撮影は、どこか集中力に欠けていたな。だが、もういいだろう。少し観光気分になっていた。三脚をたたみ、機材を車の中に収め出発した。

灯台を見下ろす高台にある<地球が丸く見える丘展望台>には、すぐに着いた。コロナ禍でずっと休館していて、今日から再開。駐車場がずっと下の方だから、重いカメラバックを背負い<ふれあい公園>の中をうねうね歩きながら、展望台を目指した。

施設の中に入ると、思った通り、閑散としていて、売店に人影はなく、受付の女性が一人いるだけだ。生年月日を言って、シニア割¥360。高いのか安いのかよくわからない。エレベーターだったか、展望ラウンジへ行った。休憩所のようなものがあり、長机がたくさんあり、その両脇に椅子が並んでいた。ベランダに出ると、たしかに、太平洋が一望だ。

とはいえ、お目当ての灯台は、なんとも間抜けな話で、黄色っぽい二階建ての民家にさえぎられ、ほとんど見えない。なんで!と言いたいほど、ベストポジション?にその大きな家はあって、故意に、灯台を見せまいとしているかのようだ。

だが、せっかくだ。望遠を取り出し、ベランダの仕切り壁に寄りかかりながら、撮り出した。まったくもって、写真にならん!灯台の白い頭だけが、ちょこんと民家の横から飛び出ている。その向こうは太平洋、そして水平線だ。

撮っているあいだ、二、三組、若いカップルや家族連れがそばまで来たような気もするが、やや機嫌が悪かったので、よく覚えていない。こりゃだめだな、とあきらめて、観光気分でベランダを半周しながら、太平洋を眺めた。HPのうたい文句通り、水平線が少したわんでいる。だからと言って、どうということもない。

徒労だったな、と思いながら、エレベーターに乗ったのだろうか、施設の外に出て、公園の階段を下りた。…今この施設のHPを見た。海を背にした、白い犬吠埼灯台の写真が掲載されている。これは空撮か?それとも民家ができる前の写真なのか?定かではないが、そう、たしかにこの写真を来る前に見てはいる。だから行ったのに、いっぱい食わされた感じだ!

広い駐車場には、数台の車が止まっているだけだった。日差しが強くて、車の中はひどく暑かった。もしかしたら、と思いながら、高台を下りながら、辺りをきょろきょろした。どこか、民家の下に、見晴らしのいい場所はないのか。…なかった。

朝から、ブドウパンと牛乳しか腹に入れていない。昼食の時間はとっくに過ぎている。そうだ<テラステラス>でカレーを食べるんだ。あそこで、ひと息入れて、次の行動に移ろう。...今日は夜の八時頃まで写真を撮るつもりだった。

犬吠埼灯台前の商業施設<テラステラス>は、できたばかりなのか、きれいで、混んでなくて気持ちがいい。たが、昨日に比べ、灯台周辺の広場には人影が多い。県外ナンバーもちらほらで、観光地の雰囲気が戻ってきた感じだ。

この旅の習慣。昼食にカレーを食べ、きれいな温水便座で用を足す。さてと、今度は<銚子タワー>だ。ナビをセットした。…そう、銚子タワーに関しては、行く前から、さほど期待していなかった。HPに掲載されている、民家の屋根越しの写真は、どう見ても超望遠で、自分の400mmでは無理だろうと思っていたからだ。

浜での午前の撮影でも、その合間に、真後ろを振り返り<タワー>を目視、そのまま回れ右をして、今度は灯台を目視。なるほど、<タワー>展望台の右端からなら、左端かな?灯台が見えるはずだ。ただ、距離がかなりある。今でさえ、かなり遠目の灯台だ。期待はできないが、一度は行ってみるべきだよな、と思った。

<銚子タワー>にも、ナビ通り、すぐに着いた。さして広くはない駐車場に、数台の車が止まっている。施設に入ると、薄暗い売店、そして受付の女性が一人だけ。ここでも、さっきの<地球・・・展望台>とおなじく、生年月日を言って、シニア割り¥360。両方とも市の施設なのだろうか、何もかもよく似ている。

エレベーターで、かなり高いところまで登った。展望室は、ぐるっとガラス張りで、360度見渡せる。あ、あった。犬吠埼灯台だ。でもねえ~、あまりに遠すぎる。いちおう、来場者に気をつけながら三脚を立てた。何枚か撮ったが、ポイントは、ただの一点。HPの写真も、この位置から撮られたものだろう。

ちなみに、ガラス越しの撮影は<スカイツリー>で経験積み。よほどいい明かりでないと、きれいには撮れない。しかも、灯台は民家の屋根越し。ありていに言えば、海と空と灯台だけあれば、OKなんだ。ま、あとは、トリミングと補正と修正で、どのくらいできるかだが、帰宅後に、何をやっても、全然モノにならないことが判明した。惨敗!

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2020

07/30

Thu.

11:01:30

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#16
ナビをセットし、犬吠埼灯台の、君ヶ浜、東側駐車場へ向かった。ちなみに、ここは初日に下見していて、ぜひとも撮影しようと思った場所だ。つまり、灯台の先端から、弓なりに広がっている君ヶ浜の、ちょうど反対側で、距離はあるが灯台に正対できる可能性があるのだ。何を言っているのか?要するに、灯台の垂直を出すには、灯台に正対するしかないし、そうでない場合、灯台は、必ず傾いでしまう。

そういう場所で、無理に灯台を垂直にすれば、今度は天地が傾いてしまう。…人間の目は、実際には傾いでいる灯台を、あるいは、斜めになっている水平線を、頭の中で修正して、垂直、水平にしてしまう習性がある。写真を撮るときには、要注意だ。

その点カメラは、律儀すぎる正確さで、傾いているものは傾いたまま、斜めになっているものは、斜めのまま、写し撮る。とはいえ、カメラは、レンズ口径や性能にも影響され、<収差>という専門用語すらある。

要するに、水平線に直立する灯台などというのは、頭の中ででっち上げたイメージで、厳密にいえば、実際には存在しないような気もする。ただ、懲りない抵抗として、被写体に正対すれば、垂直は取り易いということだ。これは経験値ですな。

…灯台写真を、最近はネットでたくさん見ている。灯台が<ピサの斜塔>のように傾いている写真が数多くある。自分としては、かなりの違和感があり、そういう写真には、すんなり<いいね>をつけられない。

とはいえ、それは、人それぞれの感覚的なことで、たとえ傾いていても、その人にとっては、問題がない場合もあるのだろう。ただ、自分の場合は、屹立する灯台、垂直に、すっと立つ灯台の姿に魅力を感じるわけだ。それなくしては、意味がなくなってしまう。

だから、ま、あとで書くが、撮った後の落胆が大きい。つまり灯台が傾いているのだ!その結果、その後の綱渡りのような修正作業が、半端なく膨大になる。かなりうんざりだが、傾いたままの灯台を許せない。念のために言っておくが、これはあくまでも、自分だけの問題であり、他人様の写真を、とやかく言っているのではない。それほど偉くない!

さてと、話が、きわどい感じになってしまった。四日目の旅日誌を続けよう。…君ヶ浜の、東側駐車場はさほど広くもなく、下は砂場。高さ1mくらいのコンクリ護岸の前に、ぴたっと車の鼻面をあわせた。そこは、護岸が切れたところで、脇から砂浜へと入ることができる。

できることなら、そうだな、砂浜よりは波の打ち寄せる岩場まで進攻したいところだ。例の垂直の話で、弓なりになっている浜の、灯台とは反対側の頂点が最高なわけだ。だが、そうもいくまい、カメラに波しぶきでもかかったら終わりだ。だから、ぎりぎりのところを選択して三脚を立てた。

そばに転がっていた、丸くて黒いプラスチック、これはブイだろう、ちょうどいい、腰掛に使える。三脚の後ろの砂場に置いて、インターバル撮影の合間、そこに腰かけた。幸運なことに、今日も晴れの予報だった。はるか彼方の灯台を見ながら、誰にも煩わされず、撮影を続けた。

といっても、九時を過ぎたころから、浜遊びをする人が増えてきた。小さな男の子を連れた楚々とした感じの女性、子供と一緒に砂浜の貝殻を拾っている。ほかにもいたが、よくは思い出せない。そう、あとは海の中、波間に例の老サーファーが見えた。

…今調べたら、四日目の撮影は、七時半からになっていた。五時に宿を出て、飯岡漁港によって、それから一走りして、いまここにいるわけだ。もっと早くに着いたと思っていたが、のんびり、時間に関係なく動いていたと見える。

ふと思って、携帯で楽天トラベルを検索。最初に予約して、そのあと取り消した銚子市内のビジネスホテルをみた。お、今日、空いている。迷うことなく予約した。というのも、この後、まだ見るべきところが残っていたのだ。

<地球が丸く見える丘展望台>それに<銚子タワー>。午後から、それらの施設を回って、そのあと190キロの道のりを帰るのか、と思うとちょっとうんざり、無理だよな。ニャンコもいないし、もう一泊していこうという気持ちになったわけだ。ちなみに、連泊した宿の方は検索もしなかった。もう泊まるつもりはない!

…旅の日程を変更したことは、おそらく今回が初めてだ。<自由>を感じた。カネのことも日程のことも二の次で、思いつきで旅を楽しんでいる。そう今にして思えば、算段して旅に出ても、カネと時間に縛られていた。

一応、娘にだけは、もう一泊すると連絡しておいた。泊まるホテルの名も伝えた。と、そばに、ちょっと前からたたずんでいた中年男性から話しかけられた。少し前から気配は感じていたのだ。そう、この旅で話しかけられた人間のうちの一人だ。

携帯が終わるのを待っていたかのように、丁寧な感じで、写真のことについて聞きたいと言う。お、と思い耳を傾ける。最近ニコンの5600を買ったのだが、どうも使いこなせない感じなんです。なるほど、こちらがニコンのカメラを二台、三脚に立てているのを見て、話しかけてきたんだな。

ま、それから、いろいろと、小一時間話した。こっちも暇だったし、多少インターバル撮影に飽きてたしな、彼の方も一人で、駐車場が解禁されたので、久しぶりに海を見に来たのだ、とか言っていた。自分から、五十過ぎとかちらっと漏らしたが、独身かどうかはわからない。仲間とバイクでツーリングなどもしていて、行った先の景色をきれいに撮りたいらしい。

ま、偉そうに、少し初歩的な写真のテクニックを伝授したが、あとでよく考えてみると、でたらめを教えたような気がする。申し訳ない!この場をかりて、丁重に謝りたい。

帰り際に、彼が、いま撮っている写真がネットで見られるんですね、楽しみです、というようなことを遠慮がちに言った。おっと思い、名刺の裏に、投稿サイトの名前とハンドル名を書いて渡した。白っぽいシャツに黒っぽいズボン、地味な感じの少し小太りの、人のよさそうな男だった。

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2020

07/28

Tue.

11:36:36

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>2020#15
...浜に人影がなくなり、灯がともる前の灯台も、薄暗がりの中に佇んでいた。五時半だ、引き上げよう。三脚をたたみ、カメラをバックへおさめた。そうそう、書き忘れていたことがある。午後の休憩のあと、高台の駐車場から浜を見下ろした時のことだ。車が何台か閉鎖されているはずの浜の駐車場に入りこんでいる。あれ、駐車場の開放は、明日からだったはずだ。ようするに、<30日より開放>と告知されているので、早めに開けたのだろう。職員がわざわざ午前零時に開けに来ることもない。その辺は柔軟というか、お役所仕事だ。ま、どうでもいいが、こっちにとっては都合がいい。機材を運ぶ手間が省けるわけだ。

昨日、一昨日と、夜の八時近くまで写真を撮っていた。今日はまだ六時前、気が楽だった。途中、旭市の市街地で、ガソリンを補給。出てくるときに満タンにしてきたが、もう半分以上使っている。値段的に、さほど安くないので¥1000ほど入れただけだ。これで十分だ。けちくさい根性は一生なおらないだろう。

宿に着く前に、コンビニに寄った。三回目だ。まず、ブドウパンに牛乳、それにカツ丼弁当を買った。初日は食欲がなかったが、今日は腹が空いたような気がする。宿に着いたのは七時前。いつものようにすぐ着替えて、温泉に入った。こちらも今日が三回目だ。一応どうでもいいことだが、もっとも、どうでもいいこと以外には、書くことがあるとも思えないが、ともかく、一日目は、こちらに背中を向けた若い男が、湯船につかっていた。自分が入っていくと、それまでは寛いでいた感じなのに、そくそく出て行った。ま、こっちも一人の方がいい。

二日目は、風呂場の入口、下駄箱のところで、おばさんにばったり出っくわした。黒っぽい服を着て、愛想のないのっぺりした顔、猜疑心が目に出ている。よく出くわす人間の表情で、要するに警戒心や嫌悪感が丸出しだ。目礼もしないですれちがった。

他人を嫌な感じにさせる表情は、それだけで罪だと思う。自分もそういう時期があった。まずもって、額にしわを寄せ、目が険しい。人生が不幸なときだ。ある時そのことに気づいて、なるべく、<愁眉>を開くように心がけた。少しはニュートラル表情になったのか、ま、今はそれほど不幸でもないので、嫌な表情はしていないと思う。

三日目は、誰にも会わず、ゆっくり温泉につかった。温泉はさほど気にならなかったが、さすがに、ドライヤーを使う時には、コロナ菌が気になった。もっとも、あたり一帯、足ふきのバスマットも、脱衣カゴも、安全とは言えないだろう。

なるべく、物に触れないようにして、部屋に戻った。ノンアルビールを飲み、カツ丼弁当を食べた。レンジでチンすれば、もう少しうまかったかもしれない。だが、風呂場へ行く途中の、うす暗い物置のような場所に鎮座ましますレンジを、使う気にはなれなかった。

食事が終わり、布団にごろっと横になって、小さな画面のテレビを眺めた。まったく興味が持てず、八時になったので、部屋の電気を消した。あっという間に眠ったのだと思う。ま、静寂だけがこの宿の取り柄なのだ。

四日目。
翌朝は、四時に目覚めた。昨日、八時に寝たのだから、八時間寝たわけだ。そういえば、体も軽い。疲れが取れたような気がした。すぐに支度をして、部屋を後にした。と、その前に、一応、忘れ物がないか、冷蔵庫の中、クローゼットの中などをのぞいた。むろん、というか、性格だろう、布団もたたんで、そのうえ、流し周辺なども軽くふいて、部屋の原状復帰を果たした。

…宿から立ち去るとき、いつものようにふと思い浮かぶのは、今回は思い浮かばなかったが、二二六事件の兵士たちが、一晩泊った宿を去る時、布団もちゃんとたたんで、部屋をきれいにして立ち去ったという、ウソかホントか定かでない逸話だ。

その後の兵士たちの、軍隊内における処遇が過酷であったことを、後に知るのだが、皇軍兵士とは、そのようなものかとその時は思って、印象に残っている。が、いま思えば、上官の命令だったのかもしれないし、あるいは、残酷、残忍な内務班で、整理整頓を徹底的に教育されていたからかもしれないのだ。ま、今更、興奮しても仕方ない。老人の繰り言だ。

例の黄色のカゴに、使用済みのタオルなども入れ、部屋を出ようとした。ふと思いついて、室内の写真を数枚撮った。旅の記念だ。連泊の最後の日だから、鍵は掛けなかった。もう来ることもあるまいと思いながら、エレベーターに乗り一階に下りた。

まだ朝の五時すぎだというのに、受付には、穏やか感じのばあさんがいて<ありがとうございました>と言われたような気がする。鍵をカウンターの上の小さな箱に戻して、自分も口の中で<ありがとうございました>と言ったような気がする。

車に乗り込んだ。今日が最後だと思うと、朝っぱらから元気が出てきた。そうだ、飯岡漁港をちょっとのぞいてみよう。先日行ったときはコロナの影響で立ち入り禁止だった。

少し走ると、先日チューチューブで見た、目の前の大津波で立ち往生した、その自動車から映した、道沿いの民宿が見えた。外観はあの時のままだったような気がする。と、手前を左折して、すぐ左手に<いいおか公園>。前方には高い堤防が見え、その上に人がたくさんいる。釣りをしているのだ。

車をどこに止めようかなどと思いながら、行き過ぎてしまい、ユ-タンして、堤防近くの広い道に路駐。カメラを取り出し、付近の風景などをスナップ。とくに、刑部岬の断崖の上に立つ、飯岡灯台と展望台を、しつこく撮った。物にはならなかったけどね。

少し歩いて、堤防に斜めに掛けてある、たしかアルミ製だったかな、簡易的な階段を数段上る。と、そこはかなり幅広の道?堤防の上に出た。あとで知ったが釣りの名所らしい。それにしても、写真を撮る場所がないほど盛況。まだ朝の五時過ぎだぜ!

釣り人たちの間を歩いて、空いているところを探し、柵越しに太平洋の、何もない海と空を一枚撮った。あの向こうから、大津波が押し寄せてきたのか、という感傷に浸れるような状況でもなかった。要するに、朝っぱらから活気があって、みんな釣りに夢中だ。

これといった収穫もないまま、車に戻った。だが、往生際が悪く、またしつこく、逆光の刑部岬の、豆粒みたいな灯台と展望台を撮った。撮れた気もしなかったが、なぜか気分は上々だった。

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2020

07/21

Tue.

11:03:03

<灯台紀行・旅日誌>2020 

Category【灯台紀行 犬吠埼灯台編

<灯台紀行・旅日誌>#14
さあ、午後の撮影の開始だ。一番暑い時間帯は、昨日撮った。今日は、そのあと、二時半から日没前の五時半までにしよう。三時間の撮影が関の山だ。それ以上は冗長、散漫になってしまう。都合のいい理由をでっち上げた。

ほぼ予定通り、午前と同じ場所に、同じように二本の三脚を立て、五分間インターバル撮影を始めた。太陽は西に傾き始め、暑いというほどでもなく、アウトドアが快適だった。カメラと灯台の間にある波打ち際は、大賑わいだった。次から次へと、登場人物が入れ替わった。

小さな子供連れの家族が多かった。それにカップル。ときには高校生の男子だけの集団、小学六年生くらいの仲良し少女たちもいた。真っ白な灯台が、徐々に西日に照らされ、染まっていくことを期待したが、そういう現象は起こらず、海を撮っている望遠の方も、快晴ゆえに、空にはまったく動きがない。

いきおい、写真撮影よりも、波打ち際で遊んでいる人間を見ていることが多くなった。記憶に残っているものだけでも、記しておこう。小さな女の子、赤いボールが波にさらわれた。思い切って自分で捕りに行こうとして、波の中に沈んだ。すぐさま、メタボ体形の父親が、意外にも俊敏な行動で海の中に走りこみ、幼い娘を救い上げた。

小型犬を散歩している女性。寄せ波に、そのワンコは逃げようともせず、そのまま波につかる。そして、引き波の中、しゃがみこんで気持ちよさそうだ。それを幾度となく繰り返す。飼い主の女性が笑っている。大きなストローハットをかぶった若い女性、二人連れ。ひとりは、ヒールを手に持ち素足で波打ち際を歩いている。そのほか、あとからあとから、小さな男の子や女の子が走って登場、波打ち際で歓声を上げている。孫を見守るじいちゃんたち。

一番絵にならないのは、若い男二人連れ、それに男の若者一人。波打ち際は、やはり女子供がよく似合う。・・・そう言えば、地元の老サーファーが、波間に浮いていたな。一、二回、波に乗ったが、すぐに見えなくなり、また波間に浮いている。良い波を探しているようにも見えるが、なにせ、サーフィンをするような波じゃない。この、やや長髪の爺は、昨日、遊歩道を散歩していた。さばけた爺さんがいるなと記憶に残っていた。サーファーだったのね。

・・・陽もだいぶ傾いてきた。陣取っている柵の下、波打ち際に、先ほどの女の子仲良しグループが、インスタにでもあげるのか、スマホで自分たち写真を撮っている。距離的にも近く、要するにすぐ目の前なので、いやでも目に入ってくる。確か四人いたと思う。体つきからして、小6か中1くらいか。海を背にして、三人が並んでポーズを取り、ひとりが撮る。これを交互に繰り返している。写真が撮れたら、ワッと走り寄って、みなでスマホを囲む。実に楽しそうだ。

そのうちは、白っぽい風船を膨らませて、それぞれが手に持つ。シャッターチャンスの、念入りな打ち合わせをして、全員で指を立ててカウントする。と、ひとりの風船が割れて、中から何やら、小さな金色の星のような物が、ぱっと飛び散る。なるほど、面白い演出だ。これを交互に繰り返す。時間なんか関係ない。今の彼女たちに時間は存在しない。見ているだけで、こっちまで楽しくなった。

が、それが、妙な具合になってきた。女の子のうちの、誰かのお姉ちゃんなのか、茶系チェックのスカートに白ワイシャツ、痩せ気味の女子高生がどこからとも現れた。女の子たちを並ばせ、スマホで写真を撮ろうとしていのだが、ポーズの注文など、こまかく指図している。そのあと、スマホを覗いて何やらやっているのだが、その時間が、いやというほど長い。その間、女の子たちはおしゃべりするでもなく、シーンと、神妙に待っている。先ほどの快活な雰囲気がなくなり、白けた感じだ。

女子高生の方は、そんなことにお構いなし。ようやく、スマホから顔を上げ、またあれこれ長い指図をして、スマホを覗きこむ。その繰り返しだ。このあとどうなるのか、すこし気になったが、これといった動きもない。次第に飽きてしまった。こんな状態がかなり続いたのだと思う。あたりがだいぶ暗くなってきた。

今日は、灯台に灯がともる前に引き上げようと思っていた。灯台からの光線が撮れない以上、夜の灯台と対峙する意味はない。ふと下を見ると、女の子四人が、うす暗くなってきた海に背を向けて、まだ座っている。が、ひとりの子が、最後の風船を、合図とともに割ろうとしている。また、快活な声が浜に響いた。女子高生と一緒に指を折りながら、ついに風船が割れた。金色の星屑が、彼女たちの頭に降りかかった。この瞬間を撮りたかったわけだ。それにしても、写真一枚撮るのに、何十分かかってるんだ。ま、余計なお世話だな。

女の子たちは、ワッと女子高生のもとに走り寄り、スマホを覗きこんで、歓声を上げる。うまく撮れたのだろう。やっと解放されたと思ったのは自分だけだろうか、みなして風のように砂浜を走り、灯台の方へ消えて行った。そうそう、立ち去る前に、飛び散った金色の星屑を拾っていた。浜を汚さないように躾をされている。やはり、地元の子たちだ。ちなみに、この<君が浜>は<日本渚・百選>に選ばれているようだ。

人生の、一番楽しくて、美しい、高貴な時間を、今この瞬間、自分たちが生きているなどとは、おそらく思わなかったにちがいない。だが、少女たちよ、いずれそのことがわかる時が来る。それが年を取るということだ。

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